Chinanewsの
こちらで、会見の様子が少しだけ動画で見られました。
各種の「赤壁」記者会見記事を読んでみて、まあ(ウーさん、以前の台湾での記事では自分が何となくトニーに電話をかけてみたとなってたけど、今回はトニーが自分でウーさんに電話したことになってるよ? どっちが正解?)などと疑問も生じたわけですが、
やはりウーさんてば情に厚い、♪古い奴だとお思いでしょうが…のロマンチストでドリーマーで、少々この世知辛い現代では苦労するタイプよね…皆でかばって盛り立てなきゃと思わせる人よね…とも感じたり。

思えば家族4人でテレビの前に寝そべってブルース・リーだのジャッキー・チェンだのデブゴンだのミニスカートで拳銃をぶっぱなす男勝り女刑事シルヴィア・チャン張艾嘉だのをケラケラと見ていた頃も、
スクリーンだったかロードショーだったかで毎週のように長髪ジャッキー・チェンとユン・ピョウがアイドルスターとしてカラーグラビアでニッコリしていたときも、何とも思わなかったというかむしろワンパターンに食傷気味だった香港映画なんですが、
そのnancixのイメージを大きく変えたのがジョン・ウー監督の「男たちの挽歌」でした。
深夜番組「11PM」でも紹介されたそうですが、残念ながら花も恥じらうというより箸が転んでも笑う関西女は見ていず、へえこの映画、見てみようかなと思わせてくれたのは、京都国際漫画ミュージアムにも創刊号が恭しく展示されていた、某"腐女子養成サブカルチャーマガジン"での「男たちの挽歌」小特集でありまして。
ポスターのレスリーのオールバック姿が何だか当時好きだったニヒルな日本男優に似ていると思ったのもあって、見に行って脳天かち割られたのでした。
………愛が、熱い愛が本当にあるわっっこの男たちっっ!と。
ジョン・ウー描くところの、スタイリッシュかつ熱いあつ〜い男の火傷しそうな友情に。
nancixは腐女子仲間と共に、この友情を
「男の友情、やましいものは何もない!(…けどちょっとはあるかもしんない)」と言いならわし、愛してやまなかった一人であります。
男が男の意気に感じ、生き様に痺れ、女は邪魔!いや騎士道精神で敬して遠ざけ生臭い性愛はちょっとあっちに置いておいて、むしろ友情に身を捨て命を賭けるロマンティシズムこそ、スローモーションだの手動ワイプだのサム・ペキンパーや高倉健映画の影響だのには関係なく、魅力に感じたのです。
「フェイス/オフ」だの「M:i:III」だのでは、そのロマンティシズムはすっかり影を潜めてしまって、残念な思いをしたものです。まあ、あのジャン=クロード・ヴァンダムでさえ「ハード・ターゲット」での登場シーンをあまりにもカッコよく演出しちゃって、さすがはウーさんだったんですが。
何よりも、ジョン・ウーさんが主要登場人物に成り切ってヒーローに向ける、憧憬の思いが、たまらなかったのです。
「男たちの挽歌」では、ティ・ロンもしくはレスリー・チョンから、タフで神をも畏れぬマイト・ガイながら、友情と義に厚いマーク哥に向ける、畏敬と歓喜のまなざし。
「狼〜男たちの挽歌・最終章」では、警察組織のはみ出し者刑事ダニー・リーが、誇り高く頭脳明晰・大胆不敵な一匹狼の殺し屋に向ける共感と親しみのまなざし。
「狼たちの絆」では、唯一無二の親友であり頼もしい兄貴分でもあるチョウ・ユンファに、弟分としてずっとずっと一緒にやってきたレスリー・チョンが向ける複雑なまなざし。
それはもう、男女の愛情なんか生ぬるい!と思わせるほど濃く熱く、火花のように弾けて消える、儚くも美しい神聖かつエロティックなもので。
その美しさが弾けたのは、nancixにとっては何よりも「ハードボイルド 新・男たちの挽歌」でありました。
このとき、ジョン・ウーさんがなり切ったのは、鑑賞前にnancixが予想した年齢的には弟分のトニー・レオンにではなく、長年の相棒にして分身、チョウ・ユンファにでありました。
公私共に苦楽を分かち合った親友を目の前で喪ったばかりの警察組織のはみ出し者辣腕刑事が、寂寥の念を癒やさんとするかのように、大胆不敵かつ根はロマンティストの孤独な一匹狼ヤクザ、トニー・レオンに向けたまなざし。

その誇り、その意地っ張りぶり、その純粋さ、そのひたむきさ、その孤独の痛み、その若さゆえの過ちと心の揺れ。
いつかチョウ・ユンファ演じた辣腕刑事もたどったであろう道を、今更に苛酷な情況に身をさらしてたどろうとしている青年に向けたのは、憧憬というより慈愛、教育的指導の厳しいまなざしでもありました。

「
独りであること、未熟であること、これが私の二十歳の原点である」と、かつて日本の美人女子大生が書いて夭逝しましたが、まさに童顔のトニー・レオンは、若いがゆえの初々しさ純粋さ傷つきやすい脆さ、思わずかばい励まし背中を押し叱咤したくなる未熟さを宿していました。立派な一人前になった男も自分の原点を思わず振り返り彼にだぶらせるほどに(いやもう当時のトニーはとっくに20歳は越してたんですが)。

あんなにも上司に愛され心配されながら(べーつに、関係ないね)と言いたげに振る舞う姿はまさに当時の若者像。他人の干渉を拒みクルーザー内に
引きこもり折り鶴を折る自閉的な現代青年。そんな彼の心に入り込んでわしづかみにしていくユンファ兄貴。おかげで地獄の沙汰でトラウマを克服し自信を取り戻し(自分は一体警官なのか人殺しの悪人なのか、誰なのだ)という自己確認の悩みへの回答を自ら得て「俺は、警官だ!」と莞爾と微笑み火の中に消えていく姿は、いつまでもいつまでも心の中に残像として宿り、やがて「インファナル・アフェア」シリーズのヤンへと重なり発展していくのでした。
それまで、どうもお澄まし美人女優の横でへら〜っとニヤついている優男、のイメージしかなかった(だって当時出回っていたブロマイドがそんなのばっかりだったのだ!)トニー・レオンを、
一皮剥いた、男にしたのがジョン・ウー&チョウ・ユンファという人生の先輩だったと思えてならないのです。
そして、自分も少年期に父を喪い(ウーさんの長らく病床にいた実の父の姿は、「男たちの挽歌」のティ・ロン&レスリー兄弟の父に投影されているのでしょう)、成長過程で父親不在=男の理想像を身近で学べず映画の世界に求めるしかなかった悩める時期を過ごしたに違いないウーさんは、後輩のトニーにも若き日の自分の面影をだぶらせたのかもしれません。「ワイルド・ブリット」で、貧しくても悪に染まることなく社交ダンスに興じていた若き日の自分をモデルにした役を、トニーに演じさせたのですから。プライベートでも、ウーさんは海の向こうから、トニーへ、兄もしくは父親のような、慈愛を帯びたまなざしを向け続けてきたのでしょうか。トニーはひたすら王家衛一派になついてきたというのに。
うん、香港時代のユンファはウーさんが男としてこうありたかった理想像、トニーは若き日の自分をかなーり美化した分身、なのよ。どっちもウーさんの分身。
できれば…そのウーさん&ユンファ&トニーで、あの夢をもう一度!ハリウッドではホモフォビアの連中に理解されずできなかった「
男の友情、やましいものは何もない!(…けどちょっとはあるかもしんない)」を実現して巻き返そうぜ! 北京オリンピック前に世界を感服させようぜ! と、夢見たかったのは山々ですが……。
仕様がない。覚悟を極めましょう。(from 夏目漱石「それから」)
そう、今のトニーは、もはやかつてのユンファ兄貴の立場なのです。
ウーさんの目となり分身となり理想像を演じ、それぞれに魅力あふれる男たちの群像を描き出す、手がかりとならねばならない立場なのです。
たとえば、金城武クンとか。
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