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2008年04月03日

冒頭しか見られなかった「三國志之見龍卸甲」

 さて、エアポートエキスプレス機場快線の九龍駅上シネコンで、いよいよ始まった「三國志之見龍卸甲」。

 制作中の頃のニュースに関しては、こちら↓。
いったい三国志映画ブームはどうなって
劉徳華主演「三國之見龍卸甲」にネット有名人出演
「三国志之見龍卸甲」ポスター02
 重厚な、堂々とした風格のあるオープニングに、期待が高まる。CGといい、筆文字(アンディの自筆?)で展開するスタッフロールといい、日本の大河がドラマにも遜色ない、威厳ある出来栄えだ。

 そして、いよいよアンディ・ラウ劉徳華、登場。
 山中のお堂のような場所にたたずむ老けメイクアンディ。お堂の中で、仏像を見上げている。
 対峙する大軍、どっかと座った女将軍?、マギー・Q。

 アンディのモノローグ付きで、どうやら老年の趙子龍の回想のかたちを取って、現在→過去→現在と物語を進めていく構成だとわかる。
 同じ仏像が何度か出て来て、ふと「インファナル・アフェア/無間道」を連想させるけど、さすがに趙子龍が無間地獄をさまようわけではなく、世の無常さ、はかなさ、諦念を表現したいのか…?

 この映画の製作発表の時は、サモハン・キンポー洪金寶が老年の趙子龍を、アンディが若い時の趙子龍を演じると報道されたりもしたが、そうじゃなかった。
 サモハンは、若き流浪者、趙子龍と同郷の常山で、一足早く劉備軍の義勇兵に志願し、趙子龍に「アニキ」となつかれる先輩の一兵卒・羅平安を演じていたのだ。
 少なくとも、この時までは羅平安が兄貴格であり、地図を持ち、それを読み解ける教養を趙子龍に示す。
「三國志之見龍卸甲」ポスター
 後ろ盾もなく、妻子も親もいないらしい、しがない義勇兵の二人だが、ある嵐の夜、不安なまま砦を守ろうとしていると、不思議な男が砦に出現する。
 砦に立てこもる兵卒たちに、思い込みを正し的確な指示を与える、その飄々とした不思議な男こそ、後の劉備寵愛の軍師・諸葛孔明だったのである。
 ……地味顔です。
  プー・ツンシン濮存マという俳優が演じています。中国の俳優さんだと思われます。あとで調べたら、栗原小巻が出演した「乳泉村の子」(謝晋監督)に中国残留孤児の明鏡法師役で出演していました。「青い凧」「こころの湯/洗澡」にも出ていたんだとか。覚えていない…。

 しかし、羅平安は劉備夫人と、まだ赤子の阿斗(後の劉禅)を曹操の軽騎兵隊から護衛する役目に失敗。夫人らの馬車は行方不明になる。
 劉備(オッ・ワー岳華、おおっ、「傷だらけの男たち/傷城」で阿頭の舅、殺される富豪役を演じた老優! 往年の武侠映画の剣士!)は、羅平安と趙子龍を、軍議の場に呼びつける。
 羅平安アニキを懸命にかばう趙子龍。氏素性の卑しい彼に母子奪還の任務を与えることに、劉備の義兄弟である関羽・張飛(陳之輝)は反対し、血気盛んな張飛は「責任を取れ!」と羅平安に襲い掛かる。
 アニキの身代りになって受けて立つ、義侠の人アンディ!
 殿の御前にも関わらず、丁々発止と激しく打ち合う張飛と趙子龍、割って入る関羽。
 三つ巴のこの激闘には、所作にも効果音にも京劇テイストが入ってます。
 劉備の横で、冷静に見守る孔明。
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posted by nancix at 13:15 | 香港映画

2008年04月02日

UFO印の「江山美人」は少女マンガちっく。

 旺角ランガム・プレイス朗豪坊の「UA朗豪坊」で、やっと映画鑑賞開始。

 予告編にタイ映画「チョコレート」が登場。ヒロインの可憐かつ勇ましいタイ人少女が、そこはかとなく志穂美悦子に見えてビックリ、明らかに高機能自閉症(HA)という設定の彼女が、動体視力に優れ、映像を見るだけでカンフーの高度な技をマスターでき、自分の身と母親を護るために…という設定にあぜんぼーぜん。
 これって、すぐに患者団体などが「患者への偏見・差別を助長する」と抗議活動起こす日本では、公開大丈夫か…?
 さらに、悪役だか謎のアジア人だかで、阿部寛が堂々と出現したのにも驚いた。「東京攻略」の伊藤タケシ役に比べると、出世したよねアベちゃん…ていうか、仲村トオルも二番煎じ邦画「少林少女」で、今回のアベちゃんと似たような役で出てるし…。「東京攻略」効果、おそるべし!である。
 それにトニー・ジャーことパノム・イーラムらを輩出したタイ製カンフーアクション映画の王道で、ヒロインは吹き替え無し、CG合成無しで非常に危険なアクションに挑まされている。それこそ、花のかんばせに傷がついても構わずこれ1作で使い捨てにする勢いだ。嗚呼女工哀史(ちょっと違う)。

 さてお待ちかね、「江山美人-An Empress And The Warriors」は、久々にあのUFO電影人製作有限公司のロゴから始まって、目頭が熱くなった。
 今見ると実に稚拙で素朴なシルエットアニメのロゴなんだけど、このロゴから始まる「風塵三侠」「月夜の願い〜新難兄難弟」「君さえいれば〜金枝玉葉」「ボクらはいつも恋してる!〜金枝玉葉2〜」「世界の涯てに/天涯海角」「裏街の聖者/流氓醫生」「アンナ・マデリーナ/安娜瑪徳蓮娜」「ラヴソング/甜蜜蜜」「ラベンダー/薫衣草」「小親親」などの佳作の数々に、今までどれだけ楽しませてもらったか…。

 今回は北京語版でしかもコスチューム・プレイ古装片ではあるのだけど、要するにUFOの作品ってのは、

煎じ詰めれば「少女マンガ」

 なんである。

 チャウ・シンチー製作映画がどうも少年ジャンプっぽい(スポ根もののセオリー、骨格を巧みに取り入れたストーリー展開)のに比べ、
 アンディ・ラウ劉徳華主演映画がどうしても男のロマンとおセンチ満載のヒロイック・ファンタジーとなるのに比べ、
 UFO作品は繊細で、感情描写に重きを置いていて、物語の骨格も線が細く、実に少女マンガなんである。
 これは、ツイ・ハーク徐克らの電影工作室の出身で、UFOでの製作プロデューサーを経てケリー・チャンの辣腕マネジャーに転身した、クラウディー・チョン鍾珍女史の好みなのかもしれないけど…。いやいや、今回は製作に徹したピーター・チャン陳可辛さんのシュミ…?
江山美人ポスター.jpg

 今回も、中原が十国に分かれて戦乱が絶えない戦国時代、燕国の燕飛兒公主(王女)様(ケリー・チャン陳慧琳)が、幼馴染で兄のように頼りにしている、武骨で誠実で忠義に生きる若き慕容雪虎将軍(ドニー・イェン甄子丹)と、自然を愛し生命を育むというロハスな生活を送る飄々とした風来坊で世捨て人の色男・段蘭泉(レオン・ライ黎明)との間で揺れ動くという設定。
 もちろん、恋で。

 深夜のNHK BS-2で放送中のアニメ「精霊の守り人」や、以前の「十二国記」のようではないか。(決して、美青年キャラだらけで絶対にコミケ狙いのこっちではない) 小野不由美がシノプシスを提供しました、と言われても驚かないぞ、と。
 …いやいや、流麗な描線の韓国コミックにも、こういうストーリー展開はありそうだなあ。

 燕飛兒公主様(ケリー)は例によって、戦に傷ついた兵士の手当てに励む、ナイチンゲールタイプの心優しい女性。こういうステロタイプ、日本だけじゃないのね。
 しかし、父王が悪大臣と組んだ王の甥?の胡覇(北京電影学院卒業の郭暁冬)の手で暗殺されたとき、彼女の運命が暗転する。国王は当初負傷した際、慕容雪虎将軍(ドニー兄さん)を後継者に指名していたのだが、親の名もわからない孤児だった彼が王の座に着くことを、胡覇一派は認めようとしない。父方の血筋を重んじる中国では"雑種"なんて言いますからね、父親のわからない子供のことを(怒)。

 燕国が悪大臣+胡覇一派と、よい大臣の藤伯常+慕容雪虎将軍一派に分裂しそうになった時、公主様は雪虎将軍の苦境を救うかのように決断を下す。それは自分が軍に入隊し、厳しい軍事教練に耐え抜いて一人前の戦士となり、誰にでも認められる戦神と化して、一国を率いることだった。雪虎将軍は心を鬼にして、か弱い公主を鍛え抜く。
 しかし、胡覇らはさらに、闇の仕事人…異民族らしい暗殺者集団に命じて、教練中に軍馬の世話をたった一人で引き受けた公主の命を狙う。危機を悟った公主は馬を駆り、必死で人里離れた森に逃げ込むが、毒矢に射抜かれて気絶する。

 その森に独り暮らす、ロハス男の段蘭泉が事件の現場に居合わせた。彼は公主を連れて自分の秘密基地…隠れ家に逃げ込み、追っ手を撃退し、解毒の処置をし、公主の命を助けたのだった。
 武人たちとはまるで異なるロハスな世界観、人生観を持つ心優しい段蘭泉に、公主はだんだんと警戒を解き、心を開いていくのだが…(このへんがコミカルで、まさに少女マンガ)。
 その時、祖国は彼女無しではいられない、存亡の危機を迎えようとしていたのだった! 必死に公主を捜していた雪虎将軍は、森に近い草原の地面に深く埋め込まれた、ある名剣を見つけ、段蘭泉の過去を悟る…。それは段蘭泉が、ある哀しい宿命を背負った一族の最後の一人だったというもので…。

 ……なーーんだか、トニー・レオン&フェイ・ウォン王菲&チャン・チェン張震&ヴィッキー・チャオ趙薇主演の「天下無雙」の元ネタになった「江山美人」という民間説話とは、全くかけ離れたストーリーでありましたよ。どうして「江山美人」てなタイトルにしたんだろう? (ちなみに民間説話の方の「江山美人」は1959年にリー・ハンシャン李翰祥監督の手で映画化され、香港を代表する可憐な美人女優のリン・ダイ林黛が主演しました。あらすじはこちら。)
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posted by nancix at 23:59 | 香港映画

2008年01月22日

世界同時株安…で思い出す「ラヴソング」

 午後10時半現在で、
 香港市場−8.7%、
 上海市場−7.2%、
 ソウル市場−4.4%…………。

 市場といっても、"街市"じゃないっすよ?
 株式市場のことです。

 東アジアも、米国のサブプライムローン問題から端を発した、世界同時株安の大波から逃れることはできなかったんですねえ……。
 最近、個人的な理由から投資信託などのおべんきょーをネット上でしてるんですが、そこへこの大波が押し寄せてきましたよ。
 中国銀行(Bank of China)が米国の低所得者向け(サブプライム)住宅ローン関連の投資で、07年第4四半期に巨額の評価損を計上する見通しという問題を真っ先に報じて狼狽売りなどの連鎖反応を引き起こしたのが、香港の英字紙サウスチャイナ・モーニング・ポスト(香港芸能オタクにもお馴染み)というところが、何ともはやです。まあ、報道の自由はあるといえば、あるんですが…社会不安を引き起こしてどうするよ。

 株式と映画、別に関係無さそうに思えるかもしれませんが、どうしてどうして。香港の中国回帰(日本風に言うと香港返還)の1997年、タイバーツ暴落から始まったアジア金融危機の荒波をもろに受け、香港株は回帰からわずか数ヶ月で暴落します。
 映画は、資金を投入してくれるスポンサーがいなければ作れるものではありません。香港では制作中止や撮影延期に追い込まれた映画が有るわ、芸能人や芸能人と親しく交際していた実業家が自殺したり自己破産に追い込まれたり、映画会社が規模を縮小して大量のスタッフを解雇したり、香港映画界で仕事を失いやむなく中国や台湾のドラマ出演で糊口をしのぐ俳優もありと、いやはや惨憺たる有り様だったことを思い出します。

 今回も、いったいこの情況で「レッド・クリフ/赤壁」の中国電影集団公司の株価はどーなってしまうのーーー! 確か香港市場に上場しているはずなんだけど、H株なのレッドチップなのーー?と叫びつつ、まだ情報を発見できていません。
 もちろん、東証1部のエイ○ックス・グループHD(株)の株価もチェックしつつ、数値がマイナスになるたび血の気引いてますが……。
 がんばれーーー。「レッド・クリフ」ジャパンプレミア開催にトニー・レオン&金城武を招き、堂々公開し、DVDにするまではがんばれー(って、関係者に失礼かも…すいません、ずっとずっとがんばれーーー)。

ラヴソング それにしても、あんなに夢中になって、香港で出版されたノヴェライズまで個人的に日本語に訳してみたりした「ラヴソング/甜蜜蜜」(96)なのに、定期預金も持たずに有り金全部香港旅行に注ぎ込んでいたnancixは、当時は、株式投資で信用取引をやってたら、追証金が発生するのも知りませんでした…。
 「ラヴソング」のマギー・チョン張曼玉扮するヒロインのレイキウ李翹が、1988年のことですが、株の暴落で証券会社から信用取引口座に追証金を入金しないとどうしようもないと電話を受けるところまで追い込まれ、今までのバイト掛け持ちでは足りずに、フーゾクに限りなく近いマッサージ嬢になるのだということ、やっと今頃になって理解した有り様…_| ̄|○
 久々に「ラヴソング」、見たくなりました。

 思えば、香港に行き出した当時、街角の銀行ロビーには必ず外貨レートや株価のパネルがデカデカと掲げられ、超級市場(スーパーマーケット)のレジ袋を提げたオバチャンやおばあちゃん、新聞を脇に抱えビーチサンダルを履いたホンコンシャツのお爺さんらが、熱心に眺めているのを奇異に思ったものですが、
 香港在住の友人に「あのオバチャンたち、ああ見えても私たち以上に小金持ちなのよ」と教えられてのけぞったものです。
 あのオバチャンたち、もしや外貨預金やFX(外国為替証拠金取引)で稼いでいたのかなぁ…。
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posted by nancix at 23:55 | Comment(0) | TrackBack(1) | 香港映画

2007年06月26日

韓三平氏の発表を中心に「香港回歸十載電影界大型晩會」続報

エリックツイィートニマギ
 エリック・ツァンボス、ドレス&アクセサリーに気合い入りすぎのチャン・ツイィー章子怡、大笑いの嬉しげなトニー・レオン梁朝偉、マギー・チョン張曼玉。

 25日に北京で開かれた「盛世華章 光影傳頌 香港回歸十載電影界大型晩會」続報です。

 河北省での「赤壁」撮影を早めに切り上げ、トニー・レオン梁朝偉とジョン・ウー呉宇森監督、奥さんの牛春龍さん、フー・ジュン胡軍は、車で4時間!!!かけて北京にたどり着いたそうです。
 ……確かトニーさん、自分で運転するんじゃなければ、車酔いするんじゃなかったっけか…?

 しかもこの25日の北京は、最高気温が37℃を記録したそうで(泣)。レッドカーペット儀式は午後4時半からスタート、晩餐会イベントは午後6時半から開始とはいえ、まだまだ暑かったはずです。イタリアン・スーツ(よく考えると「2046」でカンヌ木村さんと並んだ時に着ていたのと同じスーツかも?)を着込んだトニーさん、さぞや汗だくだったのではないかと…。
 さて、香港映画人のリーダー格である呉思遠さんに率いられ、香港映画代表団は次々とレッドカーペットを踏みしめて会場入りしました。はるばる香港だか広東省だかから駆けつけたファンが、広東語で口々に声援を送っていたといいますから、昨日書いた「香港より中国で人気のトニー・レオン」は少々怪しくなってまいりました(^_^;)

 さて、北京新浪網によると、この10年間の数々の中国・香港合作映画を振り返り、主題歌披露などで華やかさを添えたこの一大イベントですが、なかでも注目すべきは、官民一体の映画製作・投資一大グループの中影集団董事長、ハン・サンピン韓三平氏の動きでした。
 今回はこの方の動きを中心に、イベント内容の抜粋をお送りします。

 韓三平氏はまず、ステージ上に陳凱歌監督率いる「梅蘭芳」の主要な出演者を招いて紹介します。レオン・ライ黎明、チャン・ツイィー章子怡、「たまゆらの女/周漁的火車」「セブン・ソード/七剣」のスン・ホンレイ孫紅雷、「黄色い大地」「ヘブン・アンド・アース/天地英雄」のワン・シュエイン王學圻です。

 レオン・ライは「梅蘭芳」のことについてはあまり話さず、撮影情況と京劇学習の情況について聞かれても「製作チームに聞いてください、ありがとう」としか答えなかったそうです。

 それに比べて饒舌なチャン・ツイィーは、カンヌ映画祭から戻って以来、北京であわただしく「梅蘭芳」の準備を始め、ヒロインの孟小冬役のために師匠に師事して苦心して京劇の演技を学んでいると話しました。(「女帝」プロモーションで来日してのあれこれは伏せておくべきなんでしょうか…?)「私は京劇を習ったことがありません。武術を学ぶのとはとても異なります」とも話したそうです。

 ところで彼女、レッドカーペットでのインタビューで「多くの香港スターと共演しましたが、最も忘れ難いのは『2046』でトニー・レオンと共演したことです。多くを学ぶことができました」と話したそうで。

 韓三平氏は、「梅蘭芳」は今年の映画製作計画の最も重きをおく作品であり、7月にはクランクインすると表明しました。陳凱歌監督は「私と撮影班のスタッフは最大の努力を払ってこの映画を素晴らしいものにするから、韓三平董事長は我々にプレッシャーをかける必要はありませんよ」と笑ったそうです。

 その後、韓三平氏はピーター・チャン陳可辛監督、フォン・シャオガン馮小剛監督、ジョン・ウー監督と周瑜役のトニー・レオンをステージに招きます。韓三平氏は、ピーター・チャン監督作品「投名状」はまさに後期工作=後工程を進行させているところで、年内には観客の前にお目見えすることでしょうと述べました。これがピーター・チャンと中影集団の最初の合作ですが、再び双方が手を組む映画の脚本を、すでに決定していると予告できるそうです。

 フォン・シャオガン馮小剛監督と中影集団の共同製作第一弾「甲方乙方」(97)は、中国国内での賀歳片=大衆向け娯楽正月映画の幕開けとなり、驚異的な成功を収めました。最近何年かのフォン・シャオガン作品はワーナーブラザースとの共同作品で、堅固な兵営となりました。しかし韓三平によると、馮小剛の次作は再び中影集団との共同製作となり、主演は馮小剛が最も褒め称えているチャウ・シンチー周星馳とグー・ヨウ葛優だというのです。現在、共同製作の基本的な合意にはもう達しているそうです。しかし今回の共同製作のキーを握る人物は韓三平であり、彼の長期的な「斡旋」こそが、この馮小剛、周星馳、葛優というゴールデン・トライアングルを形成することができたかもしれないのです。

 ジョン・ウー監督の時代劇大作「赤壁」は、まさに好調撮影中!というところです。ウー監督は「現在、まだ戦闘シーンと、トニーのシーンは撮っていません、いまだに"千軍万馬"の情景を撮影しています」と応えました。またトニーについて「本当にプロフェッショナルで、敬業精神を持つよい俳優だ」と絶賛したそう。
 トニー・レオンは「皆さんに一人の感性豊かな、楽観的な、ユーモア感覚を持つ周瑜像をお見せしたい」と語りました。司会に「周瑜の世界に入れたそうですが?」と聞かれると、照れ笑いしながら左右を見回し「そうですね。天気はとっても暑いです」と……まだ言ってる(^_^;)

 韓三平はまた、現在、中影集団と香港の著名なツイ・ハーク徐克監督とが手を組んで「尋人(尋ね人?)」を準備中で、イー・トンシン爾冬陞監督の新作も年内に撮影開始する、と明かしたのでした。
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2007年06月25日

北京にこだましたトニーファンの「生日快楽!」の叫び

 ……いやもう、ホントのほんとに、北京にみんな集結したんですねえ…。
 今夜華々しく開催された「盛世華章 光影傳頌 香港回歸十載電影界大型晩會」の速報です。

 トニー・レオンがレッドカーペットに姿を現すと、両脇を埋め尽くすファンの黄色い悲鳴は、最高潮に達したそうで。
 香港以上にトニーの人気がある中国なんだなあ、とつくづく思います。香港電影金像奨のレッドカーペット沿いでは、アンディファンの悲鳴>レオン・ライ黎明ファンの悲鳴>>>>トニーへのどよめき、なんだもん…。

北京トニースーツ01
 カーペット沿いを埋めた中国人女性ファンは「梁朝偉、生日快楽!(トニー・レオン、お誕生日おめでとう!!!)」と叫びまくり、微笑んで受けたトニーはレポーターに「赤壁」撮影について聞かれて「僕は順調に撮影に入れた、もう周瑜の世界に入ることができているよ」と応えたそうです。

北京トニースーツ02
 キザだったり、893っぽくなったり、ちょいワルオヤジに見えがちだったりなイタリアン・スーツを、こんなに可愛く着こなす45歳に2日前の細身の男性なんて、世界でも珍しいんじゃないかとーーー!

北京トニースーツ04
 白ネクタイと、青系ストライプにボタンダウンのクレリックシャツの組み合わせが涼しげです、我らのハニカミ王子トニーさーーんーー!

北京トニースーツ03
 ほら、シークレットブーツなんてはいてません。普通の革靴。 念のため。

 他に出席が確認できたのは、司会進行役のエリック・ツァン曾志偉ボスはもちろんのこと、チャン・ツイィー章子怡、ジョウ・シュン周迅、レオン・カーファイ梁家輝、「傷城」エンディング・テーマ曲中国語版を見事に歌い上げた歌手のデニス・ホー何韻詩、ジョン・ウー呉宇森夫妻と中影集団代表取締役の韓三平、アンソニー・ウォン黄秋生、スー・チー舒淇、「地下鉄」のドン・ジェ董潔、アラン・タム譚詠麟とカレン・モク莫文蔚、アニタ・ユン袁詠儀とジュリアン・チョン・チーラム張智霖非婚カップル、ピーター・チャン陳可辛&サンドラ・ンー呉君如非婚カップル、イー・トンシン爾冬陞夫妻、ツイ・ハーク徐克と施南生夫妻、アンドリュー・ラウ劉偉強監督と何故か林一峰、レオン・ライ黎明とケリー・チャン陳慧琳、デビッド・ウー呉大維と懐かしいコワモテのシン・フィオン成奎安、そしてショーン・ユー余文楽などなど。
 
 ショーン君が「インファナル・アフェア」でアンディ&トニーがデュエットした主題歌を、晴れの舞台で披露したんですね!
 何となく指を口に持っていって、彼をまぶしく?見つめる客席のトニーさんが……何を考えてたんだろう?

北京陳可辛夫妻
 ……90年代のピーターさん(トニーと同い年)は、検閲制度のある共産主義国家中国と、誇り高い?中国映画人には、いろいろと含みがありそうだったのになぁ…だから一度はハリウッドに腕試しに行ったのになぁ…(^_^;)

北京胡軍
 39歳のフー・ジュン胡軍さん、ポケットチーフを無造作に丸めてポケットに差し入れ、まさにチョイもて、いやモテモテオヤジっぽい。

北京アーロン・クォック
 上海国際映画祭から駆けつけたと思われる、41歳のアーロン・クォック郭富城も同じページに。
 普通は40代南方中国系男性って、こんな濃さでこんな貫禄でしょ?
 なんで、トニー一人だけ………?

 画像は明日になるともっと出てくるでしょうね。今夜のところはこのへんにしたらんかいってわけで。(明朝は早出なのよー…)
posted by nancix at 22:23 | Comment(2) | TrackBack(0) | 香港映画

北京で「香港回歸十載電影界大型晩會」開催

 早いもので、香港が英国領から脱し「中国回帰」したのが1997年7月1日のこと。

 日本のニュース番組だの旅&グルメ番組だのがバンバン香港を特集し、明暗を報じたものです。(中には天安門事件と絡めて、笑えるほど深刻めかしたものもあったけど)。6月30日〜7月1日は真夜中まで中継番組があり、nancixは母の亡くなった後で、まだ老父と距離を測りかねてぎくしゃくしつつ、その夜は自宅で一人ぽつねんと膝を抱えてテレビに見入っておりました。
 まだEメールが普及してなかったんだっけな。いま便利に使いまくってる携帯メールもなかったし。テレビを見つつ、香港映画ファン仲間としみじみFAXのやりとりをしておりましたよ。

 2007年の今年は10周年ということで、北京西城区太平橋大街にある全國政協禮堂(総建築面積1万6千平方メートル!)を会場に、「盛世華章 光影傳頌 香港回歸十載電影界大型晩會」が今夜開かれるそうです。全國政協港澳台僑委員會、全國政協教科文衛體委員會、國家廣電總局による総合主催であります。
 またしても「国家の威信をかけて」の大イベントなんでしょうね。

 香港の中国寄り新聞サイト「大公報」によると、出席予定の俳優は我らがトニー・レオン梁朝偉はもちろんのこと、
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posted by nancix at 01:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | 香港映画

2007年05月13日

五虎将マイナス1?映画「兄弟」製作

 そういえば、三国志でも"蜀の五虎将"(関羽・張飛・馬超・黄忠・趙雲)てのが出てきたんですよね…。

 TVB(香港無線電視)テレビドラマに出まくっていたテレビアイドル時代のトニーが、"無線五虎将"と呼ばれた若手俳優5人の最年少、末弟の位置にいたことはすでに日本でも知れ渡っているはずですが、
 五虎将の一人で最も売れっ子のアンディ・ラウ劉徳華が、トニーを除く他の3人に呼びかけ自ら2千万香港ドルを投じて「兄弟」なる映画を製作することが「赤壁」記者会見と同じ日に明らかになり、ちょっとした波紋が広がっています。
 この映画は6月下旬にクランクインするもので、プロデューサーはベテラン俳優でもあるケント・チェン鄭則士です。監督はピーター・チャン陳可辛と同じくジョン・ウーの下で助監督を務めていたこともある、アンディと親しいデレク・チウ趙崇基(「奇異旅程之真心愛生命」(96)「天有眼」(00)「30分鐘戀愛」(03)など)。出演者は他にイーソン・チャン陳奕迅の名前が出ています。…日本の女性歌手の香港コンサートを観に行ったら3分の1が口パクだったよーと軽い気持ちでコメントしてしまい、大騒ぎになった話題の彼ですよ(泣)。

 他の4人はスケジュールを空けられるとしても、そりゃトニーの出演は「赤壁」のせいで絶対に無理でしょうとわかるのに、メディアは今更ながら、TVB時代の確執を蒸し返しています。2004年9月のアンディの第100回記念コンサートにもトニーだけがゲスト出演せずプレゼントを贈らなかったなど、決して社交的ではないトニーが不義理を重ねたように書かれていますが、当時のトニーは「2046」のプロモーション中で上海、広州、北京、台湾(ここで過労と風邪で寝込む)などを駆け巡っていて、到底駆けつける余裕はなかったはず。それに、90年代にはアンディ・ラウのコンサートに他の3人の先輩と一緒に出演して、SMAPばりのショート・コントを披露したり、アンディの歌をみんなで合唱したりしていたのです。ずぅぅぅぅっと不義理だったように書かれるのは心外。

 アンディ・ラウ、トニー・レオン、そしてケン(ケネスとも)・トン湯鎮業、フェリックス・ウォン黄日華、ミウ・キウワイ苗僑偉の5人が"無線五虎将"と呼ばれ出したのは、どうやら1983年のTVB主催のチャリティーイベント番組「星光燿燿燿勁爭W」で、5人が臨時にチームを組んで、おそろいの真っ赤なラメラメランニングシャツ+タイツ姿で組体操や、横たわるアンディの腹の上で石板を割る荒業などを披露したことがきっかけのよう。
五虎将、体操選手姿に

 TVB芸員訓練班の卒業年度はそれぞれバラバラなのですが、80年代は彼ら5人が、映画界に進出したチョウ・ユンファ周潤發兄貴の穴を埋めるべくテレビドラマで大活躍したのでした。

 YouTubeのこちらは、アンディ・ラウ劉徳華が芸能人としての半生を振り返るMTV「十七歳」ですが、その「星光燿燿燿勁爭W」(83年)の貴重な映像も挿入されています。もちろん、アンディと共演したテレビアイドル時代のトニーも、香港の歌謡大賞番組でプレゼンテーターを務めるトニーの姿もあります。

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2007年04月26日

「かちこみ!〜」こと「龍虎門」吹替版鑑賞

 昨夜は突然の残業指令で、字幕版の「かちこみ! ドラゴン・タイガー・ゲート」(以下、龍虎門 )を観ることが叶わず。
 やむなく代休の本日午後、吹き替え版を見てきました。神戸では上映が27日までなので。

 ……観客、4人(泣)。

 でも、映画開始前にロビーに置かれた液晶テレビで「傷だらけの男たち」予告編を堪能することができ、内心嬉し涙に暮れましたですよ。
 館内での予告編は、こないだもこの映画館で予告を見た"ターゲット一人に、殺し屋が殺到"という、香港ジョニー・トー映画のパクリのよーな西洋アクション映画と、某都知事の特攻隊映画のものだけで、がっかりでしたが…(岸恵子さん、やはりモンペ姿でもモダン過ぎます…)。

 さて「龍虎門」といえば、香港漫画之父…というより分業制コミック・プロダクション経営者兼実業家のトニー・ウォン・ユッロン黄玉郎氏(帳簿、決算書類などの偽造罪で入獄経験も有り)による35年来発行続行中の香港オリジナルコミックであり、いつ香港に行っても街角の雑誌スタンドで必ず薄っぺらいフルカラーの最新刊を売っていて、いわば米国のマーベルコミックスのようなもの。総合マンガ雑誌に連載されているわけではありません。
 その時々の明星をモデルに表紙を描く「古惑仔」シリーズは時々買ったものの、汗臭そうで絵柄がイマイチださくてやたら効果線だらけの「龍虎門」は、1冊も買ったことがありませんでしたよ。

 実はこの「龍虎門」、前身を「小流氓(小さなチンピラ)」と申しまして1970年創刊。主人公のウォン・シウフー王小虎と、柔道家でもある仲間のセッ・ハッロン石黒龍は14歳、兄のウォン・シウロン王小龍は17歳という設定だったそうです。社会の底辺であえぐ小市民の味方をし、強きをくじき弱気を助ける義侠心あふれるチンピラたちを描いた初期の絵柄は「龍虎門非官方網(アンオフィシャルサイト)」で見ることができます。

 たとえばこんな絵柄だった様子。
初期コミック龍虎門

 ……手塚治虫や石森章太郎というより、貸本漫画の丸っこい絵柄だ…_| ̄|○。
 ……キャラクターは全員、ブーツカットじゃなくて、パンタロンだ…しかも色使いがサイケ…_| ̄|○_| ̄|○。

 そして驚いたことに、主人公の王小虎は、家族を探しに中国大陸から香港にやって来た中国人という設定なのです。
 当時の香港なら、"大陸から来た貧乏人、田舎者"と差別される対象、いじめの対象になって不思議ではない設定です。そんな彼は四小将と呼ばれる少年らと出会い、闘いを通じて仲間となっていく。映画版でアンガールズが吹き替えなければ誰も気にも留めなかったであろう、メガネ君や光頭星クンらが四小将です。
 そこに悪人が次々と現れ、彼らを窮地に追い込むが必ず逆襲して死闘の末に最後には勝つ、とまあ、少年ジャンプやヤングジャンプやヤングマガジンで延々と連載を続けているあのコミックやこのマンガみたいなもので。
 さらに意外なことに、強大な敵役の「チュン(くさかんむりに全)灣十五狼」の首領、大狼王は実は、日本で最も勢力あるヤクザ組織Y…じゃなくて日本の犯罪邪教集団「羅刹教」の流れを汲む者であったのです。そこで主人公たちは、なんと香港を飛び出して日本に"遠征"するんですよ。Gメン'75の丹波哲郎御大に協力してもらったんでしょうかそれともインターポールに?

 当時の物語で三大悪役の一人とされたのが、羅刹教の教主・火雲邪神――そうです、吹替版で「シブミ」と呼ばれていた、あのマスクにマントの怪人だったのです!

 ……ん? すると、あのシブミは日本人か! 日本ヤクザなのか?

 龍虎門の面々と火雲邪神の死闘は、なんと200数冊を超えてもまだ決着がつかず、さらに火雲邪神と組む強敵邪教集団が現れます。それこそが韓国白蓮教

 白蓮五魔と呼ばれる魔人の一人が、実は火雲邪神の父親であり、白蓮教教主の東方無敵なんてのも出現………って、あれ? 白蓮教って、中国に南宋代から清代まで存在した宗教じゃなかったっけ。確か「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ 天地大乱」に出て来たよーな。それに東方無敵……。金庸の武侠小説「笑傲江湖」の日月教教主・東方不敗からパクったな! 「機動武闘伝Gガンダム」のマスターアジアも東方不敗だっけな……(^_^;)

 白蓮教を倒し終えると、主人公の王小虎と石黒龍たちは再び日本で火雲邪神を追い、そこでまたもんのすごく邪悪な陳傲雲(王小龍を殺してしまうほど!)という敵役に遭遇し、彼を追って一同は今度はタイへ……。
 陳との死闘のなかで、王小虎は「降龍十八腿」という必殺技を繰り出し、さらに石黒龍が「摧心錐」という必殺技で追い討ちをかけ、ついに彼らは兄貴分の仇を討つのです!!!!!

 とまあ、キリが無いほどあちこちに行っては、風を吹かせ雷を落とし海を荒れさせ土埃を舞い上げて、彼らは闘い続けるわけですね。環境破壊ハンターイ。地球温暖化を防ぐにはLOVE&PEACEで彼らの死闘を止めよう! おーーっ!

 ……まあとにかく。

 その間に、丸っこいキャラクターだった王小虎らはどんどん劇画チックになり、香港における池上遼一ブーム(「クライング・フリーマン」「傷追い人」など)にも多大な影響を受け、まさにドニー・イェン甄子丹兄貴やニコラス・チェー謝霆鋒、ショーン・ユー余文楽らのようなランニングシャツやTシャツ+青ジーンズが真によく似合う胸板の厚い足長の……。
 もとい、キャラクターに似せてドニー、ニコ、ショーンが造型されたんでしたっけ。
「龍虎門」海外用ポスター
 Adapted From the most popular Hongkong Mangaですよ!
 「Manga」がすっかり世界に通用する英単語の一つに…天上の手塚治虫先生がお知りになったら、何とおっしゃるか…(ハラハラと涙)。

原作のタイガー王小虎
 こちら↑が最近の原作の王小虎。
 髪型…パーマかけてるのか?
 ニコラスバージョンの方が兄と似ているんじゃないかな。

原作のドラゴン王小龍
 兄の王小龍がこちら↑。ドニーさん、かなり似せてます。雰囲気出してます。

原作のターボ石黒龍
 金髪なだけで、ショーンバージョンとは似ても似つかない、原作の石黒龍。
 
 もともと香港アクション映画は、劇画やアニメ、ゲームという日本の誇るサブカルチャーと、すこぶる相性がよろしい。
 日本の劇画「クライング・フリーマン」も日本ではOVAとしてアニメにしかできなかったけど香港で「紅場飛龍」「浪漫殺手自由人」(90)など映画化されたし、
 四大天王(レオン・ライ黎明本人は除く)が売り物だった禁断のカプ○ン無許可学園映画化「超級学校覇王」(94)も、実に楽しかった。カ○コンによるジャン=クロード・ヴァン・ダムやラウル・ジュリア、カイリー・ミノーグまで出演の実写映画より、よっぽど。
 ジャッキー・チェン成龍も「シティハンター/都市獵人」(92)で、香にハンマーで追いかけられる冴羽遼のギャグシーンまで嬉々として再現してたしね。(悪乗りしたのか例のゲームの春麗コスプレまでやっちゃうジャッキーのこの珍作、シティハンターファンにもジャッキーファンにも不評ですが…)
 「欲望の街 古惑仔」シリーズ第1作目も、イーキン・チェン鄭伊健や陳小春ら実写キャラのアップが一瞬にして劇画の止め絵になるところで、香港の観客らは「おおっ」と歓声を上げていましたよ。nancixは思わず拍手しそうになったくらいです。
 荒唐無稽なキャラクター造型も俳優たちが大真面目に真剣に再現してくれるところ、劇画原作だからってミョーにツボの違うところで誇張しすぎた演出をしたり、物語に手を抜いたりしないところが、日本の凡百のコミックスの映画化とは異なるんでしょうね。「どろろ」とはワケが違うのだよ、ワケが。
 もっとも日本でも「のだめカンタービレ」など、「少林サッカー」以降、大真面目に抵抗無しにマンガの1シーンを再現してくれる世代の俳優らが出てきましたから、今後に期待ですが…(一応「ゲゲゲの鬼太郎」は観に行く)。

 まして、もうあなた方は存在自体がアニメ美形キャラそのものよ!と言いたいニコラス&ショーン、
 トニー・レオンと同い年でその引き締まった体型維持できてそこまで動けるって、凄い努力してるんですね…と涙しそうになるド兄さん…いやドニー兄貴ですもの。

 アンガールズだの某テレビ局アナウンサーだのアゲアゲヌード着ぐるみシンガーだの大嫌いなK田ボクサーを投入しなくたって、こちとら楽しんでやるわい!と、日本での宣伝戦略にゲンナリでありまして、こんなに観に行くのが遅れたわけですが。

 本日は残念ながら、吹き替え版でしか鑑賞できませんでしたが、けっこうこれも堪能できましたよ。
 「HERO 英雄」では残剣さまの声、「花様年華」で周慕雲役を担当した小杉十郎太さんが、弟の王小虎(タイガー・ウォン)から実質主役を奪ったも同然の王小龍(ドラゴン・ウォン)担当。
 小杉さんの重低音がまことに、ドニー兄貴のしなやかなのにパワフルな必殺技と、ニヒルな「恋というのじゃないけれど…私は抱かれてみたかった…」の男と女の複雑な心理にふさわしく。
 小杉さんの声だと、ドニー兄貴はあまりカンフー・ナルシストっぽく聞こえないんですよねー。いやもうこれだけカッコよくて声渋いんだから、多少の自信は有って当然でしょう! ブルース・リー李小龍以上に「いらっさーーーい」ポーズを繰り返し取っても許されるでしょうマトリックスのキアヌよりは!!!と思えてしまうのです。

 ニコラスとショーンの声は、まさにアニメキャラ声。いかにもって感じで、まあ合ってると思いますです。タイガーって正義漢で兄貴分としてリーダーシップ取れるキャラ、実は「龍虎門」の正統な後継者の一人…ってだけで、従来のアニメ主人公と同じく個性はないんだよねー。そりゃターボ・節句…じゃなくてセック(ほんとは石だからセッで、クは発音しない)の方が屈折があって紆余曲折があって、演じるには面白い個性的キャラだと思う。続編ではぜひともニコ&ショーンの個性の違いとそれでも力を合わせる男の友情やましいものは何もない!(でもちょっぴりあるかもしんない…)の意気に感じるところを掘り下げて描いてほしいっす!(ダメ?)

 眞鍋かをりさん、意外にあの気丈ながら、しんねりむっつりした薄幸の美女の羅刹女ことローザ役に合ってました。
 ドン・ジェ童潔ちゃんだと、ちょっと違うんだけどなあと心配してたんですが。

 上海電影集團公司、北京保利博納電影發行公司、香港のレイモンド・ウォン黄百鳴が率いる東方電影發行有限公司の中港合作、なので、中国ロケもかなりあります。

 物語の骨格は、nancixが家族が川の字になって寝転んでテレビで見ていた頃のジャッキー・チェンほかのカンフー映画のセオリー=お約束を、きちんと踏襲してましたよね。
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2007年04月21日

やっと帰国、楊麗娟。

 香港電影金像奨の前後も、まだ香港にいたんですね…。

 不仲な両親の口論から逃避するようにアンディ・ラウ劉徳華に耽溺し、学校を中途退学し自宅に引きこもり、仕事にもつかないでファンレターばかり書いていたという中国・蘭州の女性ファン、楊麗娟とその母のことです。
 4月12日に父親の遺体を引き取り火葬にし、号泣しながら簡単な葬儀も済ませた2人。「アンディ・ラウに二人きりで会って1時間半は話し合うこと、サイン入りポスターをもらうこと、アンディに父の遺灰の前でぬかずいてもらうこと」の3カ条を実現しないうちは、絶対に香港から離れないと言い張っていたようです。
 しかし、中国人民として香港滞在を許される期間は、虚しく過ぎ去りました…。

 4月20日、母娘は荷造りをして、香港で自殺した父の遺灰を大事に抱き、サムソイポー深水[ミ歩]の安宿「銀星賓館」を引き払い、ある新聞社(宿泊代も出したという廣州日報か)がレンタルした自動車に乗って、中国行きの汽車の出るホンハム紅碪カ駅に向かいました。某新聞記者の付き添いで香港からまずシンセン深[土川]に汽車で入り、また安宿を探して一泊し、飛行機に搭乗して故郷の蘭州に向かうのです。
 香港入りしたときとほとんど同じ服装の母娘(その茶色いニットセーター、暑くないのか…?)はホンハム駅ロビーで、香港滞在中、連日のように群がりぞろぞろくっついてきた報道陣に手を振っていたといいます。無理難題もさんざん言って来たし弁当を投げつけたり、食べかけのモノを記者に向かって吐き散らしたりもしたけど、いざ別離となると、情が移ったんでしょうかね…。
 しかし、故郷にはすでに住み慣れた自宅はなく、あるのは借金の山ばかり。今後の生活のめどは何ひとつ立っておらず、帰国の飛行機代2000人民元も、ある玄学家の援助に頼ったといいます。どこまでも他人のお情けにすがり行き当たりばったりの母娘です。

 何はともあれ、この物騒なご時世ですから、アンディが無事でよかった。
 母娘が生きるか死ぬかの瀬戸際に自分たちを演出しないでよかった。

 蘭州に戻れば、だんだんメディアからの取材申し込みも減り、いっそう精神的支柱であった父親の不在が身にしみて感じられるでしょうが、
 公共機関の適切な援助を得て、生活を立て直せるように、単純労働でもいいから仕事に就いて借金を少しずつでも自力で返していけるよう、祈るしかありません。
 
 アンディだって、中国甘肅省瓜州縣の山奥のロケ地で厳戒態勢のスタッフに守られ、盗み撮りしようとあがく大勢のパパラッチらに呆れながらも、撮影に打ち込んでいるんだしね…。
posted by nancix at 00:21 | Comment(0) | TrackBack(0) | 香港映画

2007年04月08日

楊麗娟の香港彷徨は続くよ。

 「アンディ・ラウ劉徳華は責任を取って、1週間以内に哀れな楊麗娟と結婚しろ!」などと、果物ナイフを自分の腹に突きつける写真や、窓枠に跨って飛び降りそうになる動画までアップして無茶を書いた自称"北京の大学生"の中国人男性ブロガーや、
 300万人民元の、アンディそっくりにする整形手術を受けて、一途なのがイマドキ珍しい楊麗娟と結婚すると表明した上海の詩人で富豪?の男性がいる(元が違いすぎるので止めたほうがいい…)とか、
 楊一家の再現ドラマを「追星家庭」というドキュメンタリー映画にして世間に若者の思想と教育と家庭教育について警告を発し、公開時の収益を楊麗娟母娘に寄付すると発表した「瀘州のブルース・リー」こと、農村出身の監督兼カンフー俳優の陳天星(36)とテレビドラマのシナリオライター黄放、
 まで出て来た、
 もはやしっちゃかめっちゃかな「楊麗娟騒動」ですが、中国の廣播電視總局は、騒動がまだまだ続いていることを憂慮し、口頭で各テレビ局に、この騒動について報じるのを禁止する命令を伝えたといいます。
 また香港中文大学新聞與傳播學院(コミュニケーション&メディア学部)の馮應謙副教授は、ここまで話がこじれたことについて、メディアが絶対に責任を負うべきだと表明しました。
 馮副教授は、楊麗娟一家にもしも何の助けもなければ、とっくに困窮してあきらめていたはずなのに、メディアが直接彼女らと接触し、事件に介入したために、楊一家は金銭的援助を利用して「追っかけ願望」をエスカレートしていった、事件を(父親の抗議自殺にまで)発展させてしまったのだと指摘します。このような行為は「ニュースのねつ造」にも等しく、ニュースメディアの道徳を取り違えていて、到底受け入れられないと。
 メディアがニュースを追いかけるのは理解できるが、あくまでメディアは第三者の身分で事件を報道すべきで、当事者に金銭的援助をして介入し、事件の発展に影響を与えるなどもってのほか、とても特殊で緊急な、あるいは人道的理由がないかぎりは、援助などすべきではないと表明しているのです。
 さらに、東方網の池墨氏の4月4日のコラム(香港でも中国寄りの新聞、大公報のネットニュースにも転載)では「不良メディアは楊麗娟よりもさらに『瘋』だ」と題した一文を掲載し、中国メディアと香港メディアの温度差にも言及しながら、一家による一連の頓狂な挙動の中に、我々は病的な心理を見た、もしもこのまま事件が発展するに任せるなら、疑いもなく我々の社会も理智を失ったことになり、「集団追っかけ」の狂気の中に陥れられてしまう、一部メディアのやらせはさらに狂気の沙汰だと憂慮しています。
 楊麗娟にもしも精神的障害があるのなら、我々メディアは心理的・医療的な援助をすべきで、再度の香港行きの資金援助をするべきではない、(中国の)我々のメディアは本末転倒しており、自分たちの独占スクープのために一家を道具としている、そんなことをするのは道徳と社会公徳のない記者だと厳しく糾弾し、そのような無責任な不良報道人のことを、我々は恥ずかしく思う、また成り行きに興味津々の野次馬諸君も楊麗娟と同じく、早く目を覚ますように!と言い切っています。

 全くもってその通りなのですが…。

 当の楊麗娟と母親の陶菊英は、いまだに香港滞在中なのです。
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2007年04月06日

第26回金像奨準備は着々と。

 いよいよ4月15日に香港文化中心で開催される「第26回香港電影金像奨」授賞式ですが、着々と準備が整っている様子です。

 ここ数年、各部門にノミネートされた男女優や監督がプロカメラマンによって、ファッションモデルよろしく揃いの姿でポーズを取って撮影されるのが恒例になりました。会場で招待客に配布&5日から一般販売される、分厚い図録「特刊」を飾るためです。

金像奨受賞候補者ら
 ネット上で発表された、その男女優の画像です。
 "端っこが大好き""周囲を前に出して一番後ろに陣取るのが安心する"トニーには珍しく、真ん中でいちばん前です。(合成だからね)

 今年の衣裳は、青春の活力を表現するという白シャツにブルージーンズ。
 もうね、はにかみトニーに合わせて決められたような衣裳だわ〜(はぁと)。
 思えば以前のシマシマジャケットは、ホントにひどいチョイスだった…_| ̄|○。
 せっかく男優が全員、ダークスーツでビシっと決めた年度は、トニーがノミネートされていなかったし…。

 でも…今回は…。
 言っちゃっていい?

 身長詐称じゃないか…?(爆)。

 亀田"八百長"兄のような髪型のアーロン・クォック郭富城とトニーと、丸刈りーたのジェット・リー李連杰がほぼ同じ身長なのも何だかだけど、らうちんこと劉青雲と、チョウ・ユンファ周潤發兄貴は、もっと背が高いはずですもんね。
 合成だからね。全員集めてえいやっと記念写真撮れたわけじゃないしね。金像奨委員会主席のマンフレッド・ウォン文雋によると、ジェット・リーの場合でも、彼自身がカメラマンを引き連れ中国のロケ地まで飛んで撮影したっていうし。
 それでも、海外にいるからって撮影できなかったのが、日本でもまもなく公開の「ハンニバル・ライジング」(現在、小説版を読書中)で、ハンニバル・レクター少年の伯父・レクター伯爵の日本人妻"紫夫人"を演じるコン・リー鞏俐。
 事務局に1枚の写真を届ける余裕もなく、もちろん金像奨当日にも、招待はしているけれど、コン・リーが姿を見せるかどうかは、マンフレッド・ウォンにも解らないらしいです。
 
 今年のキャッチコピーは「薪火相傳,承先啓後」。
 松明(たいまつ)をバトンタッチし、後輩は先輩の教えを受け継ぎ、先輩が後輩を啓発しよう!というような意味かな?
 今年の「特刊」では、14人の候補者紹介に加え、8人の注目株の男女優と、3人の新人育成に熱心な映画プロデューサーへのインタビュー記事が掲載されるとか。8人の注目株とは、ダニエル・ンー呉彦祖、ロナルド・チェン鄭中基、舞台人でもあるジム・チム・瑞文、ショーン・ユー余文樂、エディソン・チャン陳冠希、イザベル・リョン梁洛施、フィオナ・シッ薛凱[王其]、「永遠の夏/盛夏光年」「見鬼10」のケイト・ヨン楊淇です。3人の映画プロデューサーとは、「ウインター・ソング」でも駆け出し女優をいつも従えていたエリック・ツァン曾志偉、メディア・アジアのジョン・チャン莊澄、銀河映像控股有限公司主席のデニス・ロー羅守耀。

 1981年〜2005年(なぜ2006年までじゃなく?)の香港公開30映画の興収記録も載るとのことで、休刊になった「電影双週刊」が毎年出していたデータファイル別冊のような形式なんでしょうか?
 あのデータファイル別冊には、たまにミスを見つけていたけど、大丈夫だろうなあ…。

 この「特刊」、日本国内の某ショップで大枚はたかなくても、現在香港旅行中の方が買って来てくださることになり、大いに安堵しております。
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posted by nancix at 06:25 | Comment(1) | TrackBack(0) | 香港映画

2007年04月04日

その後の楊麗娟騒動。

 素人診断では妄想性人格障害、としか思えないヤン・リーチェン楊麗娟のことが、とうとう「産経Web」でまで取り上げられてしまいましたね…。
 "北京の男性が「彼女と結婚したい」と名乗りを上げた"というのは、中国人男性ブロガー、電車男ならぬ"照片男(写真男)"を自称する石峰(24)のこと。彼のブログはこちら
ブロガー照片男こと石峰

 北京の企業に勤める普通の職員だという彼は、気取った自分自身の画像を公開し、美人だと中国ブログ界で大人気の少数民族女性ブロガー"芙蓉姐姐"への大胆な求愛をブログで発表し、テレビ番組に出演するなど話題を振りまいたのですが、今回の事件が大きく取り上げられるとさっそく便乗。"芙蓉姐姐"を振ったと言い、楊麗娟の根性を誉め「楊麗娟にも"芙蓉姐姐"と同じように夢見る人なのだ、夢想を表現することには価値がある」「僕の目には、楊麗娟も"芙蓉姐姐"と同じように、とても美しい!」などと、本音なのか煽りなのかわからないことを書き綴っているそうです。
 コメントで「まずアンディ・ラウそっくりに整形しろよ」と誰かに書かれると「僕は充分自分がカッコイイと思ってるし、色白で、顔立ちは整ってる。13年片思いしても苦しみしか与えられなかった楊麗娟が、ちょっと(男の)シュミを変えればいい話さ。僕は将来、アンディから彼女を奪えると思うよ! 彼女の母親も養うよ。まあ僕は月収2千人民元で、プレッシャーは大きいけど、精神的に助け合えるさ!」などと書き綴っているそうで。
 しかし彼は楊母娘を助けるための、何の行動もまだ起こしてはいません。

 ……どうも中国のブロガーには、有名になりたい病的な連中も存在している様子です。

 もっとも中国国内の8大アンディファンフォーラムは、結束して「華仔を力づけ、楊麗娟に面会しないという彼の決定を支持し、健康的なファン活動を推進する署名運動」なるものを展開し、全国のファンが心のありようを正し、理性と健康(な精神)をもってアンディの支援活動をするように、このような悲劇が再度起こらないように呼びかけ合っている様子です。その数、なんと8万人とも…。

 当の楊麗娟は、メディアが出した金で、故郷の蘭州の東方大酒店(ホテル)に滞在し、まずは亡くなった父親の元の職場だった公立中学校に、ぞろぞろと記者団を引き連れて向かいました。しかし中学側はその日が「家長開放日」(保護者参観)の日だったため、混乱を恐れて取材を拒否。母娘だけが困惑する学校側と面談し、国家の規定による退職者への諸費用は従来通り保証する、しかし一家の借金の肩代わりはできない、などの協議を行いました。
 そして母娘は蘭州市公安局に向かい、父親の遺体を引き取って荼毘にふし、埋葬するまでの手続きについて教わり、再び「港澳通行證」の取得手続きを終えました。「父親の遺体を引き取り、弔うため」という理由なので、取得は他の場合よりもスムーズに進行したそうです。

 楊麗娟は例のアニータ気取りなのか? 「港澳通行證」など発行するなよ、と日本人としては苦々しく思うのですが、ある記者の調べによると、犯罪者もしくは国家に不利益をもたらす行為のための「港澳通行證」取得でなければ、発行を拒めないそうで。法的には楊麗娟への発行差し止めができません。

 そして3日午後、楊母娘は10人ほどの記者団に取り巻かれて空港に向かいました。広東のメディアの2人の記者に付き添われ、なぜか北京行きの飛行機に乗り、北京から深[土川]に入り香港を目指す予定だそうです。北京の空港で待ち構えていた多くの記者が蜂の巣をつつくような大騒ぎで彼女らを迎え、母と娘は北京の高級ホテルにチェックインしました。噂によると、楊麗娟は母の陶菊英と二人のツインではなく、あくまでシングルルームを求め、部屋に案内されるとじろじろ点検して「消毒してあるの?」と聞き、周囲はあっけにとられたとか。また「今日はインタビューの申し込みはないの?」と不満そうに、付き添いの女性記者に洩らしたとのことです。

 なぜ彼女らは北京に来たのか?
 困窮しているはずの彼女らが、高級ホテルに泊まる費用は、誰が払ったのか?

 その答えは、4日に北京で明らかになりました。

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posted by nancix at 23:29 | Comment(2) | TrackBack(0) | 香港映画

2007年04月02日

中国人アンディファンの悲劇(2)

 そして翌日、彼女らは深[土川]で、多くの中国メディアのインタビューを受けたのでした。
 父の死のショックで、楊麗娟は憔悴してはいましたが、中国メディアは「香港メディアが報じたような知能障害は彼女にはない、言語ははっきりしていて、思考回路にも問題はなさそうだ、ただどちらかというと偏執的で、情緒不安定でくるくると気分が変わる。部屋の中を行ったり来たり落ち着かない」と感じたようです。

 メディアの質問に、楊麗娟は「私は依然としてアンディに会いたいと望んでいます。この13年間ずっと彼にファンレターを書いてきました。次の対面は単独対面であるべきで、少なくとも1時間半は会いたい。ボディガードとマネージャーがその場にいてもかまいません。私の父の死はアンディ・ラウのせいです。いまは父親の最後の願いをかなえるために、私も彼に会う必要があるのです。アンディも私の父親を弔うべきだわ!」と主張するのでした。

 松葉杖を手放せない母親、陶菊英は、とても疲れている様子でした。「私はとても私の娘に感動しています。この子は13年間ずっと思いを堅持してきたのです。現在、このようなことはもうとても少なくなりましたよ。娘の願いは大きな返事となって返ってくるべきです。1時間半でも足りないくらいです。私は娘をアンディに嫁がせたいわけじゃない、娘も彼をただ自分と長年離れていた長兄のように捉えているだけですよ! 私は娘に引き続き付き添い、願いを叶えてやりたいのです!」と主張するのでした。
 楊麗娟はまた、「昨年、多くのメディアが私の父が腎臓を売ったと報じた。だからアンディに誤解されたのです! 私の父は腎臓を売ってはいません、私は悪い印象を与えてしまった、だからアンディは私を批判したのです」とも主張するのでした。そして母親は「あなたたちは私の娘を取り囲むべきじゃないのよ、アンディ・ラウにこそ圧力をかけなさいよ!」と叫ぶのでした。

 すったもんだの遺族に見放され、宙に浮いた楊勤冀のご遺体ですが、今でも香港の公共葬儀館に安置されています。2週間の猶予期間が過ぎても引き取り手が現れないなら、荼毘にふすしかありません。そして5年以内に中国国内に遺灰を移送できないなら、香港の公共墓地に埋葬されるしかないのでした。遺族は毎年、清明節(日本でいうお盆ですね)にしかお参りできません。

 アンディはマネージャーを通し「ファンが正常ではない、不健康な方法を用いて彼に会おうとしても、彼は決してそれを受け入れません。そして彼が最も嫌うのは親不孝なファンであり、家長はそのような子どもの行き過ぎた行為を放任すべきではありません」とコメントしたといいます。

 さらに、アンディ・ラウの事務所は、29日に写真付きで声明を出しました。
 「各報道機関からの今日のご質問について、私たちは次のようにご返答いたします。
 アンディ・ラウのマネージメントオフィスが昨日、記者の皆さんに重ねて申し上げた通り、楊さんの娘さんの一目アンディに会いたいという願いは、先週(25日)に達成されました。
 楊さんの父のご不幸の後、我々はすぐにスタッフを派遣し、楊さんの母に接触し、適当な援助と慰問を致しました。しかしそのとき、楊さん娘さんの非正常な要求を受け、我々は再び援助をすることはできません。
 いま、彼らがなすべき事は、ご自分の故郷に戻り、新しい生活を築くことであるべきです」


公開されたアンディとの2ショット

 この写真が、証拠として公開されたもの。マネージャーによると、アンディ本人は公開をためらっていたのですが、楊麗娟が「2ショット写真なんか撮っていない」とメディアに嘘をつくので、やむなく公開に踏み切った…そうで。

 ともかく、母娘は深[土川]に留まり再度香港に行くチャンスを待つか、広州から蘭州に戻り、香港に入る手続きを取り直すか。
 政策として、中国人民が再び「港澳通行證」を発行してもらうには15日という期間を置く必要があるそうで。結局、母娘はあるメディアが出した旅費に頼り、30日に飛行機で蘭州に戻ったのでした。機内でも楊麗娟は「何をするの? 何をするの? 私は帰らない! アンディは私にサインしてくれなきゃ!」と言い張り、フライトアテンダントに携帯電話を取り上げられかけると「爆発する、爆発する! みんな死んじゃう」と騒いだそうです…。
 そしてあるメディアが彼女らをホテルに宿泊させ、当座の面倒をみている様子。一応、蘭州市民政局の職員は、正式な申請があり情況の調査の結果必要があれば、母娘に日本の生活保護に当たる制度を適用できる、また地域のソーシャルワーカーが生活の手助けをして、彼女たちの新生活を助けられるとのことです。同じ楊姓の親族の一人も、父親の葬儀費用と旅費を肩代わりしてやろうと申し出ているらしい。
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中国人アンディファンの悲劇(1)

 アンディ追っかけ中国人女性と両親の悲劇。

 最初は見過ごしていたのですが、だんだんおおごとになってきましたよ…。
 「中国・国際在線」では、特集ページとバナーまで用意していますよ_| ̄|○

 自分たちの新聞記事を見せる楊母娘
 自分たちが載った記事をメディアに見せる、これが追っかけ女性の楊麗娟と、その母親陶菊英です。
 一般人とはいえ、メディアに露出することをいとわない家族なので、あえて画像も出します。

 中国甘粛省・蘭州市在住の楊麗娟は29歳。小学生の頃から、学校の成績は悪いけど香港・台湾のスターについて詳しいと同級生に一目おかれていた彼女は、94年のある夜、アンディ・ラウ劉徳華の写真を夢に見ます。その写真には「イ尓這樣走近我,イ尓與我真情相遇(君がそんなに僕に近づいて来るなら、君と僕は真心を持って巡り会える)」と書かれていたそうです。彼女は「これは縁だ」と夢のお告げを信じこんでしまったのです。その3年後、彼女はまた同じ夢を見て、さらに夢に見たのと同じ写真を、雑誌の1ページに発見します。以来ずっとアンディの熱狂的な追っかけを続け、中学を卒業すると、以後は就職も進学もせずに、一日中アンディの記事を切り貼りし、アンディのアルバムの(海賊版)テープを買い集め、アンディへのファンレターを書く日々を重ねてきてしまいました。
 父親の楊勤冀は元中学教師で、今年68歳。毎月、年金の1900(2060とも)人民元だけが頼りです。母親の陶菊英(54歳)は農村出身で病弱、ずっと仕事をせずにいました。家事さえこなせずテレビを看てばかりで、家中のことは楊勤冀が一手に引き受けてきたようです。

 当初は娘の熱中ぶりを心配し、諌めたり説教していたという両親ですが、何せ一人っ子政策の中国のこと、遅く生まれた一人娘が全く両親の諌めを聞き入れずにアンディに固執するのを、止めることができなかったようです。

 楊麗娟は1997年9月、父が四方に頼んで借金した1万人民元で中国からの香港ツアーに参加し、アンディに会おうとしました。しかし当時は団体旅行のこと、フリータイムは少なく、旅行業者にせきたてられ、アンディの公式ファンクラブ「華仔天地」のドア前で、アンディの写真を見るのがやっとでした。
 2004年10月、アンディは北京でソロコンサートを開きました。その時も父が5000人民元を借金してくれ、両親が楊麗娟を伴って北京の工人体育館でコンサートを見ることができました。彼女のチケットは前から11列目だったのですが、アンディにそれ以上近づくことはできませんでした。両親が記者に訴えたところによると、この時一家はすでに住み慣れた家を失い、2室しかない粗末な家に引っ越したのでした。そして病弱な母はこの旅行中に転倒し、足をくじいて今でも後遺症が残り、松葉杖をつく状態だと言います。

 すでに借金がかさんで首が回らなくなっているのに、一家は2005年9月、娘の「どうしてもアンディに会いたい」という願いをかなえるために、40平方m足らずの家を3万人民元で売ってしまいます。
 その年の10月、家を売ったお金で楊麗娟ら一家は再度、香港ツアーに参加します。その時は香港のタクシー運転手と「華仔天地」スタッフの好意で、一家はなんとアンディの自宅の前までたどり着くのです。しかしアンディは不在で、楊麗娟は隣の家にアンディへのファンレターを託すだけしかできませんでした。そしてもちろん、多忙なアンディからの返事は届きませんでした。楊麗娟はこの時「華仔天地」の会員になる手続きを取り、会費を払います。

 2006年1月、楊麗娟は幸いにも、団体旅行でなくても香港との往復ができる「港澳通行證」を入手します。両親はまたもや、香港旅行のための金策に走り回ったのでした。この頃、父親は病院で、腎臓を売る相談を持ちかけますが、当然中国でも臓器売買は犯罪です。医師はきっぱりと父親の頼みをはねつけたといいます。
 メディアが彼女ら一家の存在を知ったのは、この2006年だったようです。4月に一家は蘭州晨報社を訪れ事情を打ち明けます。「我々はもう300数元しかお金がありません。我々は今度こそアンディ・ラウに会わねばなりません。もしも会えなければ北京で彼を待ちます」と宣言した楊麗娟は"林娟"という仮名でニュースとなります。中央電視台、上海東方衛視など多くのメディアが彼女にインタビューし、国内で争論となります。北京衛星テレビと中国のファンらは"林娟事件"に関する「歌手のファンはいかに理性をもってスターを追うべきか」と題した討論会を開いたりしたのでした。

 楊麗娟の父親は記者の取材に「アンディ・ラウは慈善の人であり、敬虔な仏教徒でもある。私の娘に会って一家の12年もの夢想を実現してほしい」と語りました。しかし母親の陶菊英は「娘は12年間ずっとアンディにファンレターを書き続けてきた、彼女はアンディが何も受け取っていないと言うのは信じられない。アンディは故意に娘に会わないのだ、故意に娘の青春を奪ったのだ、不道徳なことだ」と批判的なコメントをしていました。そして全国のメディアに助けてほしい、アンディが一家に会ってくれるように計らってほしいと泣きついてもいたようです。
 またアンディが「墨攻」北京プレミア上映会に出席したとき、北京晨報の記者が取り計らって、楊麗娟をプレミア上映会に潜り込ませてやります。それでも楊麗娟は不満でした。アンディとの対面は1対1でなければ、とこだわるのです。

 この年の9月末、アンディは香港にやって来た"變臉師父"こと彭登懷師匠に、楊一家が財産を使い果たし生死を賭けてまで自分に会いたがっているが、どうしたらいいだろうと相談したようです。当時、2人はどのようにして一家を苦境から救うか頭を悩ませたと言います。そしてアンディは「楊麗娟が社会に歩み出し、正常に仕事に就いた後に、僕が働きかけて彼女に会い、サインし、2ショット写真を撮ってあげることもできる。問題の鍵は、彼女が仕事に就き、両親に再び迷惑をかけないことだ」と話していたといいます。彭登懷さんは飲食業界の友人に頼み、楊麗娟のために月収1000人民元のレストランの仕事を世話し、両親を安心させるつもりだったと証言します。しかしその後、楊一家と連絡が取れなくなり、彭さんに対してまったく何の返事もなかったのだと言うのです。

 そして2007年3月19日。父親の同僚の息子に1万1300人民元の借金をして、アンディに対する「請願書」をメディアに公開し、一家は香港に3たびやって来ました。油麻地の旅館にも2日泊まる金しかなく、後は両親は野宿したと言います。
 20日に、一家はまたまた公式ファンクラブ「華仔天地」に頼ります。20日朝は10時にしか事務局が開かず、ようやくスタッフが来てもアンディには連絡を取れず、一家はアンディの姿を見ることができずに悄然として去りました。
 21日、3人はなんと政府総部に行って香港特別行政区のドナルド・ツァン曾蔭権行政長官に請願し、アンディに会わせてもらおうとしますが、もちろん要求ははねつけられます。警備員が「尖沙咀の文化中心に行って助けてもらえ」と追っ払います。そして一家にすがられた文化中心の職員は、彼らに「やはり直接、華仔天地に頼むほうがいい」と助言し、職員が付き添って、一家は午後6時に「華仔天地」に再び向かったのでした。
 香港人、親切だ…。

 懇願に負け、スタッフは25日に開かれた会員のためのお誕生会「春風得意慶生會」に、特別に彼女を参加させてやりました。

 首尾よくアンディとの2ショット写真を撮影でき、2時間の間ゲームに興じるアンディを眺めた楊麗娟ですが、彼女はそれでは到底満足できませんでした。どうしても、アンディと二人きりで話がしたい、と言い張ってきかないのです。父も「やっと会えたのに、(こんなに犠牲を払って)たったこれだけの扱いか」と怒り出し、ビル下に駆け下り、アンディの車に体当たりしてやろうとさえしますがもちろん阻止され、娘の願いはかなえられませんでした。

 しかし、一家の香港への滞在期限はその25日まででした。その夜、両親は尖沙咀・星光行の24時間営業マクドナルドで朝を待ちますが、明け方、父の楊勤冀は「新鮮な空気を吸いたい」と、娘一人を残して外に出ます。母もついて来て、二人はスターフェリー乗り場天星碼頭近くにやってくるのですが、突然楊勤冀は海に飛び込んでしまったのでした。午前6時頃のことでした。

 母親は仰天して、マクドナルドの店員に頼み込み、警察に通報してもらいました。消防関係者が父親を救出して陸に上げ病院に運んだのですが、父親は助かりませんでした…彼が持っていた、12ページ4千字余りの遺書を妻がメディアに公開しますが、そこにはこうあったといいます。
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2007年04月01日

そしてまた4月1日が。

 そしてまた、今年も4月1日が巡ってまいりました。

 日曜なんで、静かにたった一人で、レスリー・チョン張國榮のDVDを鑑賞して
 彼の無邪気な笑顔、彼のキッと睨んだ顔、彼の憂愁、彼の性を超越した色気、彼のひたむきさを眺めたいと思っています。
 
 「男たちの挽歌」(関西のテレビ大阪では放送なかったよね…?)のポスターを街中で見て、オールバック風のレスリーにこそ興味をそそられ、
 観に行って(あらら、某俳優よりも坂本龍一教授似だった)と拍子抜けしながらも、
 仁王のように熱く狂気のように激しく血まみれで親友を求め、親友に殉じるチョウ・ユンファ周潤發兄貴に当時はおののき、紅一点とばかりに華やぎと少年っぽさを身にまとったレスリーに心惹かれたものでしたっけ。
 香港でトップチャート争いを続けていた流行歌手だとは夢にも知らず。
 「チャイニーズ・ゴースト・ストーリー」シリーズで、(えーーーもっと凛々しく美しい書生に描いてくれてもいいのにぃ、何だかお間抜けさん過ぎ…)とガッカリし、
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2007年03月21日

第3回香港影視娯楽博覧、開幕!

 3月20日、香港コンベンションセンター香港會議展覽中心で、華やかに開幕した「第3回香港影視娯楽博覧」の「亜州電影大奨」ですが、イメージ大使を務めるトニー・レオン梁朝偉さんももちろん内外の取材陣を集めた記者会見に登場しましたよ。
 儀式ということで、正装のブラックスーツに黒蝶ネクタイです。
 画像はこちら

入場するトニー

手を振るトニー01
 ………可愛い……はにかみ坊やモードだ…_| ̄|○
 韓国のイケメン、イ・ビョンホンも、東アジアのスーパーシンガーRain(ピ)も、中谷美紀も安藤政信も参加してるというのに…。
 「グエムル -漢江(ハンガン)の怪物-」に、ラファエル・ホイ・シーヤン許仕仁香港特区政府政務司長と共に作品賞を渡す大任があったというのに…。

手を振るトニー02

 可愛い。可愛すぎる。

 香港人トニーファンいわく「小学生のいい子ちゃんそのもの。子ども時代のブレザーを着たトニーの写真と、ちっとも変わってない」…それは言い過ぎ…?
行儀よく手を重ねて
 こういうふうに、手を行儀よく重ねている姿が、品よく見えるんだよって、トニーママに教わったのかなあ…?

クールトニー
 しかしプレゼンテーターとして壇上に上がり、無言のときはこういう「酷哥(クールなお兄さん)」に変身するのであった。

 と、思いきや、やはりお偉方と並ぶと、ひときわそのスリムさカッコよさが引き立つのであーーる。
壇上の3人

政務司長に背中を…
 ラファエル・ホイ政務司長もついつい背後から手を出しセクハ…違うちがう。
 壇上から下りるときは、ちゃんとご老体をエスコートする、礼儀正しいトニーでしたよ。

 さて、「赤壁」降板以来、公式に記者会見に臨むのは久々のトニーさんですが。
 その記者会見での問答の様子を抜粋で。
 トニーは3年連続でイメージ大使に任じられたことについて「きっと主催側が僕の仕事ぶりに比較的満足なんでしょう」と答えました。傍にいた代表さんはそれを聞くとすぐに「当然です! 当然、相当満足ですよ」とフォローしました。

 自分の映画界デビュー以来の軌跡を振り返ったトニー大使は「香港映画業には、巨大な変化が生じました」と証言しました。「80、90年代は毎年数百本の映画が作られ全盛期を迎えていましたが、アジア金融危機の後は艱難辛苦の歳月を迎え、香港映画業は大波に翻弄され激しく浮き沈みするような状態でした。現在、香港映画界はまさに転回期を迎えています。過去にも(香港映画は)海外マーケットから注目を浴びてきましたが、さらに多くのまなざしが中国国内に投げかけられています。中国国内を後ろ盾として、さらに多くの大型で、質の高い映画を合作し、手を携えて海外マーケットを開拓するのです」といったようなことを話したようです。

 米国ハリウッドの「インファナル・アフェア」リメイク版「ディパーテッド」がアカデミー賞で多くのオスカーを獲得したことについては、トニーは「非常にうれしいことです」とソツなく答えたそうです。「これは香港映画界に、才能ある人材が多く存在することを証明しています」と言いました。そして彼自身はアメリカ版「ディパーテッド」をとても好きだと言い、レオナルド・ディカプリオが演じた自分の役柄に対して、とても高い評価をしているそうです。
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posted by nancix at 02:47 | Comment(0) | TrackBack(0) | 香港映画

2007年03月18日

トニーの次作はアラン・マック監督作品?

 さてトニー・レオン梁朝偉「赤壁」降板のニュースの時に、理由の一つとして挙げられたうちの1つが「半年も『赤壁』に拘束されていたら、別作品に出演できなくなる」というものでした。
 別作品って何なに? ウォン・カーワイ王家衛は欧米で引っ張りだこだし…と首を傾げていたものですが、16日付の東方娯楽網(元は青年報に掲載)で、こんなニュースが報道されておりました。

 すでにアンドリュー・ラウ劉偉強監督がハリウッドでも仕事をすることは明らかにされていますが、それでは「インファナル・アフェア」シリーズ、「頭文字D」「傷城」と組んできた相棒にして脚本家のアラン・マック麥兆輝監督及び、脚本家のフェリックス・チョン荘文強はどうするかというと、待ちぼうけにはならず、メディア・アジア寰亞電影の出資により新作を製作する予定だそうです。その作品に、トニーが出演するのではないか?ともっぱらの噂だそうで。
 まだ脚本執筆中の段階で新作の題名も明かせないと、アラン・マック監督は取材を避けているのですが、メディア・アジアのプロデューサーにして香港電影金像獎副主席でもある大物ジョン・チャン莊澄氏が「アラン・マックの新作に出資する」と明言したそうです。「本来はアンドリュー・ラウ監督作を準備するつもりだったんだが、彼が米国で仕事をするというので、多くの計画が棚上げなんだ。でもアンドリュー・ラウ、アラン・マック、フェリックス・チョンの"鉄の三角"がこれで永遠に解散するわけじゃない、また3人が揃って映画を創る機会もあるだろうと見ている」とも。

アラン・マック麥兆輝監督
 アラン・マック麥兆輝といえば1965年3月12日香港生まれ、麥家は代々警察官、母は敬虔な仏教徒というお家柄。父と一番上の兄も警察官だそう。なのにアランだけは香港演藝学院に進学、舞台芸術を学んで1990年に卒業。演劇界を志すも香港内の劇団に空きがなく、やむなく映画界に転じ、お茶汲み、記録係、エキストラ集めなどの下働きから始めてほとんどの仕事を経験し、ジョニー・トー杜[王其]峰、ベニー・チャン陳木勝、ジョー・マー馬偉豪監督らの助監督を務めて、97年末にジョー・マー監督の手助けで、ようやく監督になれた人物。

曖昧な週末 「追兇20年」(98)、テレンス・イン尹子維出演作「曖昧な週末/周末狂熱」(99)、当初はトニーの主演作として企画されていた「愛與誠」(00)、エディソン・チャン陳冠希主演の「ファイナル・ロマンス 天若有情3/願望樹」(01)「別戀」(01)などを監督し、映画専門誌「電影双周刊」の"最も期待させる新進監督10人"に選出されたりしてきましたが、当時の興行成績はメガヒットとはいかず。

 作品化できるかどうか、誰が演じることになるかもわからないままひたすら温め続けた、激しい銃撃戦も爆発シーンも無い「無間道」のシノプシス(99年当時はたった2ページのあらすじと人物設定だったそう)を、アンドリュー・ラウ監督が「最後まで書き上げろ」と励まし、それでも3ヶ月かけて40数ページしか書けず。3歳年下ながら同じ頃に映画界に入ったことで仲がよかったフェリックス・チョンが手伝いメールでやりとりし、3年越しで練り上げ、アンドリュー・ラウ監督と親しいアンディ・ラウ劉徳華が仲介してくれようやくメディア・アジア代表のピーター・ラム林建岳氏のお眼鏡にかない、出資が決まり、「どうせ俺たちじゃトニー・レオン起用は無理なんだから、陳小春で充分だよなぁ…」とフェリックスと言い合っていたのにアンディ&トニー+アンソニー・ウォン黄秋生、エリック・ツァン曾志偉という4大影帝のビッグキャストが決まり、アンドリュー・ラウと共に何度もディスカッションして書き直して、ようやく日の目を見たのは有名な話です。
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2007年03月13日

「傷城」日本公開が不安。

 職場の旧部署(ビルすら違う…)に行って、とある方と雑談していたら、「そーいえばこれって、あんたの好きなトニー何ちゃらの映画だよな?」と、某vexエンタテインメントの「2007 LINE UP」と書かれた郵便物を見せていただけました。
 ええと、話した内容忘れたけど、年賀状代わりだったのかな?

 「ステップ・アップ」「クイーン」に続く、「傷城〜Confession Of Pain〜」(原題)の文字に、内心うぎゃーーー!と歓声。写真はトニーと金城クンが所在なげに、窓際の骨董中華風椅子に並んで座っている例の逆光写真。
 頼み込んでカラーコピーさせてもらったんですが…ですが…説明文が。
 「インファナル・アフェア三部作」「頭文字D THE MOVIE」アンドリュー・ラウ監督最新作。ベテラン刑事 ヘイ(トニー・レオン)の養父で莫大な遺産相続人でもあるキムが惨殺される。ヘイはその捜査に昔の同僚で今は私立探偵をしているボング(金城武)に協力を要請する。ボングはこの事件に長年にわたる激しい確執や血の復讐の匂いを感じる。そして真相が明かされた時、二人は壮絶な最期を迎える 2007年ロードショー
 ……って。
 ……って_| ̄|○。

 違うだろ……某vex。しっかりしろよ某vex。出資してるんなら内容ぐらいきちんと把握しておけって。

 どこが違うか。

 キム金は本編ではチャウ・ユンセン周元勝に改名されました。ラウ・チェンヘイ劉正煕総督察の妻はスーザン・チャウ周淑珍、その父ですからチャウ・ユンセン周元勝はラウの義父もしくは岳父(妻の父)にあたり、養父ではない。しかも莫大な遺産というのはユンセンがマカオでの運輸業(プラスアルファ…)により、一代で築き上げたもので財産というべき。遺産相続人というのならスーザンのことだ。
 そして金城クン演じるのは阿邦ことヤウ・ギンボン丘健邦、ボングじゃなくてボンと読むんだよ! bongの最後のgは無気音、わざわざ発音しないの! ピンインぐらい頼むからググってくれい!
 そのボンはラウの「昔の部下」であって「同僚」ってわけじゃない。そしてラウがボンに協力を要請したことなんてない。「警察が当てにならないから」と独自調査を依頼したのがスーザンで、ラウは表面上、自分の妻の依頼だからと内密に警察資料を渡したり事件現場を見せたりで便宜を図っているだけだ。その真意は…むにゃむにゃむにゃ。
 壮絶な最期って…最期という言葉は、フツーは息絶える時に使いませんか。香港の「生死対決」のキャッチコピーと同じくらい誇大広告っすよ。少なくとも金城クンは無事で幸せでラブラブですから!(あ……ネタばれごめん)

 アンドリュー・ラウ監督だけじゃなくてアラン・マク麥兆輝監督もちゃんと記してあげてよ! 監督としての仕事は五分五分にやってるんだから!
劉偉強と麥兆輝監督の名コンビ

 というわけで、着々と製作進行されているとおぼしき予告編(T&A夫妻によるナンクルナルタイ参照)もプレスリリースも字幕も「ボング」になってたら…「蒼き狼〜地果て海尽きるまで」と同じく、断固一般ロードショーには見に行かないかも…。
 今なら間に合うはずだぞ、某vex! どうせ下請けプロダクションに出してるはずの宣材を、急いで校正するんだ某vex!
 日本人の無知を、日本語のできる華人映画ファンにさらけ出すんじゃないぞ某vex! 「傷城」香港記者会にも出席して、フォトセッションでニヤケ顔でトニーらと並んでた(でも記事ではカットされた)MAX松浦、何とかしてくれーーーい!(絶叫)
 「僕らは儲けたいんじゃなくてみんなを楽しませたい」っていうんなら、マニアもオタクも納得いって楽しませられるように、ちゃんと配慮してくれー!
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2007年03月09日

アンドリュー・ラウ劉偉強はクビにならず

 かねてより尊敬しており、長年そのご活躍を見つめてきた、ライターのたかのひろこさんのBlog「雕刻時光 movie cafe」で、マーティン・スコセッシ監督にアカデミー賞を取らせた男・アンドリュー・ラウ劉偉強監督が"ハリウッドでクビ?"と仰天したのだけど、
 本日の香港「明報OL網」で、アンドリュー・ラウ監督が監督交代を否認し「編集し直し」に過ぎないと明言しておりました。
 ホッ。
 こうやって前日のニュースが翌日には否定されたりするから、中華ニュースは難しいです。どの時点で紹介するか…。

アンドリュー・ラウ劉偉強監督

 ラウ監督はハリウッドでリチャード・ギア&クレア・デインズ(「ロミオ+ジュリエット」「ターミネーター3」)主演作「The FLOCK」(FLOCK=群れ、会衆、群集、信徒)を撮影したのですが、査小欣という有名ラジオ局パーソナリティ兼司会者の電話取材を受け「Bauer Martinez Studiosのボス兼プロデューサーのPhilippe Martinezから監督交代を宣言されたわけではない。契約では、僕には2度の編集権しかなく、相手に不満があれば別の人物を立てて編集することができるということにしていた。しかし撮り足しではなく、あくまでも再編集なんだ」と強調していたそうです。
 この監督による自作の「編集権」については自作「Shall・we・ダンス?」を全米公開し、またリメイク作(やっぱり、リチャード・ギア主演作だった)にも関わった周防正行監督が、著書で詳しく書かれていましたっけ。邦画なら、監督がフィルム編集にも立ち合い、編集担当者にあれこれと口を挟み、映像の緩急・緊張と緩和のリズムに気配りしてこそ"○○監督作品"と呼べそうだけど、米国では全く監督はほとんど編集にタッチできない。プロデューサーや宣伝部の意向、限定試写会の結果で、極端に言うとラストシーンや結末さえ変えられてしまうと…。

 ま、香港映画でも一般公開後に観客の出足だか何らかの事情で、2週間目から結末が大幅にカットされ再編集されてしまい、台湾公開分だけが当初のバージョンだった…なんて作品がありましたが。
 「インファナル・アフェア3」も、香港公開当初は短縮版しか見られなかったんですよねえ。香港版DVDで、完全版を見て「あれ、シーンがあれもこれも増えてる!」とアッとビックリでしたよ。ちなみに日本公開されたのは完全版のほう。

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2007年02月18日

恭喜發財、萬事如意!

 恭喜發財、萬事如意!
 ……世の中華系芸能ブログのどれだけが、本日、この文句で文章を始めているのかなぁ〜?(^_^;)
 とにかく旧暦の正月、春節でございます。
 今は香港旅行費用を返済中で、お金が無いのでせっかくの「神戸・南京町の春節祭」にも足を向けられませんが、さぞかし李連杰主演作「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ」シリーズ主題歌としても有名な「男兒當自強」の勇壮なメロディ(注・クリックすると音が出ます)に乗って、各種の獅子や龍が練り歩いていることでございましょう。我が家でも映るケーブルテレビでは、時折り「舞獅隊(獅子舞同好会)」メンバー募集のCMが、「男兒當自強」のメロディをBGMにして映し出されます。

 さて、昨年の春節=旧正月元旦は何をしてたっけと自分のBlogを見直すと、
 テレビのゴールデンタイムに放送された「HERO 英雄」で残剣様にまたもや胸を熱くし、
 裏番組だった「インスパイヤ・アンフェア 無間輪舞曲」(○C=もとはしたかこさん)の録画分を見て突っ込みを入れまくり、
 アンドリュー・ラウ劉偉強監督の韓国映画「デイジー」に激しく期待していたんですよねえ。
 
 その数日前、2006年1月21日には、香港・セントラル中環で「ブロークバック・マウンテン」のプレミアショーが開催され、当夜のプライベートパーティーでの記念写真がネットに出回っていたのでした。
アン・リー監督たちと。
 ウィリアム・チョン張叔平叔父さんを1人はさんでの、トニーとアン・リー監督、端にチョウ・ユンファ周潤發兄貴のショット…今見ると感慨深いものがありますです。

 「グリーン・デスティニー/臥虎蔵龍」と「花様年華」が2001年4月29日の第20回香港電影金像奨にて、各部門で激突、
 「グリデス」チームが賞を獲得するたびに客席で嬉しさいっぱいで祝い合っているのに、二鍋頭(アルコール度数が56%もある中国の米酒)をミニボトルで持ち込んだ泥酔トニーさんは沈没寸前で、王家衛の隣席にズルズル沈み込んでいるのがTVB授賞式中継番組では映し出され、ハラハラしたこともあったのに…。
 マネージャー役のジャッキー・パン彭綺華さんに「もう帰りたいよぉ…もう主演男優賞受け取ったし、いーじゃん、帰るぅ」とせがんでなだめられているようなシーンも一瞬あったのに…。
 きっと(僕と王家衛がこんなにこ〜んなにこんなに苦労したのに! このところマギーとのゴシップも勝手にメディアにねつ造されるし車で追跡されるし、うっとうしくて面白くないのに! なんでアメリカから香港に乗り込んで来て賞をさらっていくのさ?!)とか酔った頭で意地になって考えていただけだと、推測するけど。
 ちなみにその第20回では、作品賞が「グリーン・デスティニー」、監督賞がアン・リー監督、助演女優賞がチェン・ペイペイ鄭佩佩、撮影賞がピーター・パウ鮑徳熹、アクション指導賞がユン・ウォーピン袁和平、音楽賞がタン・ドゥン譚盾、主題歌賞が「月光愛人」を歌ったココ・リー李[王文]、音響効果賞がEugene Geartyと、8部門をグリデスチームが獲得。
 主演男優賞がトニー、主演女優賞がマギー・チョン張曼玉、編集賞&美術デザイン賞と衣裳デザイン賞がウィリアム・チョン張叔平と、5部門が王家衛チームが獲得、だったのでした。

 欠席のマギーの代理でステージに上がった時はユンファ兄貴が祝福のキッスを両頬にしてくれ、レスリーもまた、拗ねモードのむっつりトニーをエスコートしてステージに一緒に上がってくれ、祝福のキスを両頬にしてくれたあの年は、まさかアン・リー監督&トニー主演作を見られようとは、夢見ながらも遠い日の話だと溜め息ついてたなあ…。

 その後、04年12月の台湾金馬奨授賞式後の"2046受賞祝賀会改め2部門しか獲れなかったのでトニーを慰める会"にもアン・リー監督が午前3時にたどりつき、トニーと話し込んでいたわけで。
 このとき、すでにアン・リー監督の頭には「色、戒」映画化の構想があり、易先生の扮装をしたトニーの面影が深く脳裏に刻み付けられたんでしょうか?

 この頃、トニーが盛んに語っていた「侯孝賢監督とローレンス・ブロック作の探偵小説マット・スカダーシリーズを映画化する構想」が、一方では「傷城」に化け、一方ではローレンス・ブロックが王家衛と縁を結んで「My Blueberry Nights」に王家衛&ブロックで共同脚本者として名前を連ねることになるんだから、運命って数奇ね♪

 さてさて2007年、今頃は銀世界の中で無心に夢中で戯れているか東京で遊んでいるかのトニーが、どんな人々と出会いどんな展開を迎えるのか、改めてウォッチングし続ける決意を新たにするnancixでありましたよ。
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2007年01月26日

映画雑誌「電影双周刊」がぁぁぁ!

 ショックだ……。

 香港きっての良心的映画雑誌「電影双周刊」が、創刊28周年を迎えてついに休刊に追い込まれたというのだ。第725期がどうしても出せず、やむなく、の休刊だとか。
 創刊28周年記念号らしき、この第724期が最終号になってしまうのか?!
電影双周刊724期表紙

 ソースは19日付の香港の大公報(今頃気づくだなんて…バカバカ…)と「YAhoo!雅