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2008年05月08日

トニー・レオン最新CM

 やっぱり仕事となると、影帝さまってば、何から何まで違いますねー。
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 今年1月にトニー・レオンが撮影したP&Gの「head&shoulders 海倫仙度斯(中国では海飛絲とも表記)」の2008年版CM、中国で放送されているようです。

 ここで、最新CM動画が見られます。
 日本から見ようとすると、全部表示されるのにえらく時間がかかりますが、真夜中や早朝などにトラーイ!

 ……BGMがトニー主演作「月夜の願い〜新難兄難弟」でおなじみの、チャイコフスキー「舟歌〜ピアノ曲集『四季』より」のゆるやかなイントロに酷似しているのは、気のせいだろうか…?

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 相手役のショートボブカットの若い女性、かわいそうに、顔が見えません…(>_<)

 中国版「head&shoulders」の公式サイトでは、まだワン・リーホン王力宏クンが海飛絲大使となっていますが…。
 以前のトニー出演CM、まだここで見られました。
 2004年版CMはYoutubeでも。

 ちなみに、台湾版の現在のイメージキャラクターは、ヴィヴィアン・スー徐若[王宣]。
 
 このCMは、今年1月に香港の郊外、九龍スタジオで撮影されました。
 中国河北省の「赤壁」ロケ現場から駆けつけたトニーは、「信頼、言葉は要らない」というコンセプトを基に、台詞無しでボディランゲージとまなざしだけで、韓国人女性ディレクターのJung Sonさんの意図を完璧に演じたそうです。
 撮影現場では、スタッフは音を立てないよう厳命され、静まり返っていました。トニーは思いをこめた深いまなざしで、軽く頭髪を梳き、微笑みを浮かべてみせ、ディレクターを非常に満足させました。

 撮影中、最も大変だったのは、真夜中に撮った雨中のシーン。トニーが一人、雨傘をさし、雨粒が光輝きながら彼の前面に滴り落ちる、ロマンティックな一幕です。このシーンのために、トニーは寒い夜にもかかわらずシャワーのような噴水機にさらされましたが、一言も恨み言を言わなかったとのこと。
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 現場スタッフはトニーのプロフェッショナルな演技と仕事に真剣に打ち込む態度を賞賛してやまなかったそうです。また誰もが、トニーには少しも驕り高ぶったところがない、一人のとても誠実な人間だと褒め称えたのでした。
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下唇が何となくアニタ・ムイを思わせる女性ディレクターとモニターに見入る、影帝さま。

 トニーはいつも、感情を抑制している人なので、外界は余計に彼の愛情世界について関心を抱くのでした。今回のCMのなかで、トニーははっきりと彼の愛情に対する態度を伝えます。CMの中で、トニーが演じる男性主人公は、心から愛する女性のために、いつでも寄りかかれる「清潔な」肩を提供したいと望み、彼の彼女に対する、永遠の承諾の証とするのでした。
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posted by nancix at 23:19 | Comment(1) | TrackBack(0) | トニー・レオン

2008年04月26日

香港電影通信第211号雑感

 ようやく「香港電影通信」の封筒を開けて、第211号の中身を読んでみた。
 巻頭特集と日本人俳優主演作にはノーコメント。

 相変わらず、野崎歓先生は濃い旅をしてらっしゃるなー。
 同じ文化中心でエドワード・ヤン楊徳昌の展示を見ても、せんせは撮影用脚本+絵コンテに目が行くのね。
 あ、エリック・ツァン曾志偉ボスの本、買い損なった…(泣)。やはり2泊3日、しかもイベントありはきつかったわー。

 「江山美人」は、尖沙咀スターフェリー埠頭横の海運戯院でご覧になったのかー。
 ランガム・プレイス朗豪坊の某回転寿司屋に肥ったネズミ出現→閉店って、ひぃぃぃ…香港で"廻転壽司"だけは食わねえ!と決意しているのは、正しかったか!

 香港大学に電影資料館…まだ1度も行けてない(泣)。いつかは…いつかは、ゆっくりと…。

 んで、「飮茶倶楽部」と題した後書き。
 3月中旬、トニー・レオンは「香港電影通信」発行人らに灣仔のレストランで特製「鮑のフルコース」をご馳走したのねえ! よかよか、大いに旧交を温めてくれたまえ!
 クロム・ハーツ東京リニューアルオープン開幕パーティーにも一緒に来ていたセシリア・イップ・トン葉童(誰がセシリア・チャンだ! セシリア・イップだ!)&パートナーのルイ・タン陳國熹、台湾からのほうちゃんこと侯孝賢監督とガオ・ジェ高捷も同席! あああ、なんてゴージャスな映画人の宴席!
 真夜中の国際ファンの集いよりも、こちらに透明人間と化してテーブルの下に張りついて、耳をダンボにして話の内容を盗聴していたかった…(ヘンタイ)。トニーは北京語でほうちゃんやガオジェ兄さんと話したのかなー…?

 でもやっぱり、「ラスト、コーション/色、戒」でタン・ウェイ湯唯ちゃんだけが中国でのCM発禁、「封殺」扱いされ、一方では英国的思想の人権団体もバックに付く香港人VIPだからと、トニーが全くお咎め無し、という扱いは全く納得できない。トニーのせいでは決してないし、彼自身にもどうにもならないんだけど。
 結局、タン・ウェイ湯唯ちゃんはアン・リー李安の映画監督としての表現欲、西洋世界へ「中国人だってこれだけすごい性愛表現ができるんだぜ」と見せ付けたい功名心の犠牲になったようなものなのに、と女として義憤を感じずにはいられない。あの原作なら、もっと抑制の利いた、センセーショナルではない演出にすることだってできたはずだ。責任の所在はアン・リー監督と制作会社にあるのに、中国当局ってのは全くもう昔から……(以下略)。

 だいたい、日本式の料亭で、日本式の内装、日本式のお膳、日本式の座布団、聞こえるのは日本の三味線と端唄…と日式の真っ只中で、抗うように「天涯歌女」を歌い踊った王佳芝のどこが"売国奴"だ? 自虐的になっている易先生に中華民族の誇り、中華民族の美意識、中華世界の美しい情愛を示してみせたのが王佳芝じゃないのか。「天涯歌女」が劇中で流れた映画「馬路天使」の主役、チャオ・タン趙丹は投獄もされたけど、1976年には名誉回復されてるじゃないか。と、日本人のくせにわけもわからず憤慨してみる。
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posted by nancix at 23:00 | トニー・レオン

2008年02月17日

香港で親族と会食、15日に日本から帰港

 今週の「週刊文春」のほぼ1ページ記事にゲンナリし、刺激を求めるオバチャンの1人扱いされたくないなあ…オールド上海への憧れを持って、この丁寧に作り込まれた映画を観る客だっているのに!と、また前売券の余りが増えそうな「ラスト、コーション/色、戒」は、さておいて。

 15日の夜ぐらいには日本旅行から戻ったとみられるトニー・レオン梁朝偉&カリーナ・ラウ劉嘉玲。これが旅行前だか旅行後だか、読めば読むほどだんだんわからなくなったのですが、どうも英文ファンサイトのフォーラムでこのニュースが「バレンタインデーの出来事」として紹介されたことに、当のトニーが
「WHAT CAN I SAY???????
......REALLY STUPID..................
.........................................................................」

 と、あきれてコメントしているところをみると、バレンタインデー当日ではなく、旅行前か後のエピソードらしい。

 とにかく、ある夜の7時過ぎに、尖沙咀の朗廷酒店ランガムホテル香港内の高級広東料理店「唐閣タン・コート」で、トニーママとトニーの妹一家を招待し、共に夕食を楽しんだそうです。
 news.sina.comの画像集付きニュースはこちら
 カリーナはふわりとした黒コート姿、トニーは白のもこもこダウンジャケットに、いつもの色の抜けた青ジーンズ。トニー妹らしき女性は灰色コートに黒スラックス。姪っ子ちゃん、大きくなりましたねえ。黒Tに青緑のパーカー、グレー系ジーンズにスニーカーという姿です。トニーより背が高く、やはりジーンズに灰水色系セーターを着ているのは、トニー妹の夫なのか、成長した甥っ子なのか不明。多分、妹の夫=トニーの義弟かなあ。

 一同は赤ワインを飲みつつ舌鼓を打ち、気分がほぐれたのか、トニーは「レッド・クリフ赤壁」撮影時のエピソードを延々と語り続け、傍らのカリーナは時折り携帯電話をいじりながらも、その話に聞き入っていたんだとか。(と、まことしやかに書くってことは、芸能記者は近くのテーブルを確保して盗み聞きしてたんかいっ)
 未成年の甥と姪もいることだし、会食は午後9時半にはお開きに。トニーが勘定を済ませてレストランの外に出ると、一行に遠慮仮借なくフラッシュを浴びせるパパラッチたち。(妹一家は一般人だっつーの!)ホテルスタッフが割って入って撮影を妨害しようとしたのですが、口論を見かねたカリーナが「彼らの好きに撮らせてやって! あんたたち、好きにすればいいわ!」と口を出したのでした。…なんせ中華圏のパパラッチらを敵に回すと、火に油を注ぐことになりますからね…怖い、こわい…。

 その後、トニーらはトニーママと妹一家とに別れを告げ、微笑みを絶やさず迎えの車に乗って帰っていったのでした。

 そして15日夜、日本・長野県の志賀高原や東京?を満喫した後、トニー&カリーナは香港へ戻ります。偶然か意図的にか、「マイ・ブルーベリー・ナイツ」日本でのプロモーションを終えたウォン・カーワイ王家衛監督一行と同じ便だったとか。
 香港国際空港でパパラッチされたトニー、なぜか胸に大きく「中国」と書かれたオレンジ色のジャージを着用……3本ラインは、アディダスか?
0215空港トニー&カリーナ
 トニーの背後には、相変わらずノッポの王家衛監督が。
 黒いグラサンをかけたスッピンのカリーナは無表情で無言だったのですが、やや太ったように見えるトニーは春風のようにニコニコ。「春節(旧正月)は旅行でしたか?」と記者が聞くと「うん、遊び終わったよ!」と元気のよいお返事。「新年快楽!」とも挨拶し、車に乗り込む時は記者たちにお行儀よく「再見!」と一言かけて去ったのでした。
posted by nancix at 11:33 | Comment(3) | TrackBack(0) | トニー・レオン

2008年02月16日

んもー、カツカレーかよ。

 ……トニーさんてば……。

 「大スターがトレー持ってカツカレーの順番待ちしている辺りが高感度大。」だとぉぉぉ?!
 ホテルの昼食時に、しっかり中華系観光客と記念写真撮らされてるし!(カリーナは化粧してないからと撮影不参加)

 北海道だ北海道だと思えば、今年は意表を突いて長野の志賀高原だったのかいっっ!
 
 12日後の今さら色めきたっても、もういないと思いますがね…。

 ファンとしては警視庁警備部警護課第四係のSP(長身の堤真一希望…)を雇いたいくらいな気持ちなのに、ふんとにこの人は無防備で、もー。もー。もー。

 「ラスト、コーション」公開中のモロ顔ばれの危うい時に、もー。もー。もー。
 ジャパンプレミアには参加できなかったというのに、のん気にもー。もー。んもー。

 某W社の社長が激怒されないことを、心から祈ります…。

 ♪ハハのん気だね〜〜。
posted by nancix at 01:50 | Comment(2) | TrackBack(0) | トニー・レオン

2008年01月20日

先週は香港人ファンと会食。

 さて、めでたく「レッド・クリフ」撮影を終えて香港に戻り、ビクトリア・ピークの新居で暮らし始めたトニー・レオンですが、
 住み慣れたハッピー・バレー[足包]馬地の方が土地勘があって好都合なのか、はたまたお気に入りのレストランなのか。
 先週のある日の午後9時ごろ、老舗フレンチレストラン「Amigo(雅谷餐廳)」で、長年の付き合いである香港人女性ファンの皆さん数人と、会食を楽しんだそうです。

 中国報新聞網のこの記事より。

 店名はスペイン語ですが、フレンチですから。

 このレストラン、女性客には1本ずつ赤いバラの花を渡してくれるサービス付き。
 そこで、香港人ファンの皆さんは、店を出る時にトニーに向かって花を差し出し、手を振ってお見送り。
 照れ照れモードのトニーは微笑み、自分の車を運転して去って行ったのでした(ん? …乾杯無し? アルコール抜きで歓談?)。

 この皆さんは、トニーがTVBテレビタレント時代から、何十年も献身的に支持してきた長年のファン。
 トニーの誕生日パーティーのボランティアスタッフも、彼女らが務めているのではないかと。
 今回の記事によると、トニーさんは職場のボス(上司)のように、女性部下風の彼女らと接している様子だった、とのこと。

 記事では「このように旧交を大事にする芸能人は、現在では得難い存在だ」とも書かれてますが、日本よりよほど情が濃いように思える香港でも、そうなのかしらん…?
 パパラッチされないだけで、香港芸能人の皆さん、とっても自分のファンを大事にしていると思えるんだけど。

 「Amigo(雅谷餐廳)」、行ってみたい店のリストに、加えておこう……。
posted by nancix at 21:15 | Comment(1) | TrackBack(0) | トニー・レオン

2008年01月08日

名前を出されただけなのか? レスリー記念コンサート

 今朝の中華ニュースサイトで、有名辣腕音楽プロデューサー兼マネージャーのフローレンス・チャン陳淑芬女史が、4月1日のレスリー・チョン張國榮没後5周年に際し、当日に香港コロシアム(紅館)で、記念コンサートを開くと発言したと知りました。
 東方網はこちら
 ETtodayはこちら

 フローレンス・チャン女史といえば、1989年にレスリーがいったん音楽界から引退する前からレスリーの音楽マネージメントを手がけ、レスリーのよき友でもあった女性。レスリーが中国コンサート・ツアーを断行した時に、当日の出来が納得のいかない出来だったのかプレッシャーに耐えられなくなったのか、ホテルの自室でモノを投げ家具を倒して荒れ狂っている時に、部屋のドアの外から必死で呼びかけて我に帰らせた人…と記憶しています。レスリーとは「母子情」なんて言われていたので、レスリーよりも年上でしょうね。

 5年前のあの4月1日当日も、フローレンス女史は唐さんと交替でレスリーに付き添うべく、レスリーとマンダリン・オリエンタルホテル内のティールームで会う予定で、レスリーと携帯電話で話していたのでした…。直後、路上に倒れているのはレスリー本人だと確認したのも、彼女ではなかったかと……何と残酷な…(泣)。

 ジャッキー・チョン張學友の名作ミュージカル「雪狼湖」の企画プロデュースも手がけたことがある彼女は現在、ジャッキーの世界巡回コンサートツアーも担当していて超多忙。なのでレスリーの記念コンサートについては企画を発表したものの、内容についてはまだ何も決まっていないとのこと。張學友、カレン・モク莫文蔚、エリサ・チャン陳潔靈、トニー・レオン&麻雀仲間でもあったカリーナ・ラウ劉嘉玲、イーソン・チャン陳奕迅及びアニタ・ムイ梅艷芳の弟分としてレスリーとも縁のあったグラスホッパー草[虫孟]が、もう出席者として基本的に確定している、というのですが……。

 さらに、「この記念コンサートは香港だけでなく、4月1日から9月12日まで世界各地でも行いたい、上海、成都、杭州など10ヶ所で。4月1日と9月12日(レスリーの誕生日)にはもちろん香港で行います。いつもレスリーを忘れずイベントに熱心で、毎年折り鶴を折って私に託してくれるファンが多い日本でもぜひ行いたい。私はいつも、折り鶴をレスリーの自宅(唐さんのもと)に届けていますよ。また杭州はレスリー最後の写真集『慶』の撮影地ですからね」とアピールしているのですが…。

 取材者が「トニーとカリーナは舞台上で何をするのか?」「(レスリーの公私にわたるパートナー)、唐鶴徳氏は出席するのか?」などと具体的なことを突っ込むと、フローレンス女史は「まだ具体的には何も確定していません。最も困難なのは、全員のスケジュールを押えること。メディアを通じて、レスリーへ誠意を伝えたい芸能人の皆さんに呼びかけてほしいんです、もしも名簿から漏れている方がいれば、我々に積極的に連絡を取ってください」とのたまう始末で……。

 やれやれ、香港業界人、企画が未確定でも本人承諾無しでも、平気で名前を出すからなぁ…。

 ……ええ、そりゃ、レスリー・チョン張國榮は決して、華人世界で忘れられてはならない存在ですよ。彼の成し遂げた音楽・映画界での業績はきちんと検証し、作品を後世にまで残すべきです。当時の世情、当時の香港芸能界及び映画界の事情も併せて。そしてファンは、彼の人となり、彼のお茶目さ、彼の自分に厳しいプロ根性、彼の思想、彼のこだわり、彼の思いやり、彼の孤独をも、たとえばジョン・レノンのように語り伝えていくべきだと思う。レスリーのファンが女性主体で、なかなかジョン・レノンのように日本のおっさん方が動かない、研究者が出ないにしても。

 そういう顕彰の意味では、ファン主体のフィルムコンサートや映画上映会の実施は、大いに結構だと思う。そしていつかは、香港に張國榮資料館だかライブラリーだかを建ててほしいですよ。テレサ・テン[登B]麗君なら作れたのに…。香港マダム&日本マダムの皆さん、貴重な資料が散逸しないように、張國榮記念ファンドでも作って、投資してくださいよーー!(あ、ただし銅像だの記念碑だのは要らないと思う…)

 でも、彼にゆかりのあった人々は、本当に4月1日その日、晴れの大舞台に立ちたいと望むんでしょうか…?
 たとえば、レスリーの法要だとか非公開の鎮魂の催しに地味に集まり、故人を偲び、故人とのエピソードについて心置きなく、メディアに流される心配無しに存分に語り合える方が、ずっとずっといいんじゃないんでしょうか…?

 そりゃトニーだってカリーナだって、かつてはCDアルバムを出して、それなりの音楽賞に輝いた経歴の持ち主。歌う必要があれば、メディアに心配されるまでもなく、ちゃんと練習してちゃんと歌いますよ。
 でも、レスリーの各地のファンはそれを喜ぶんでしょうか?
 レスリーが歌う、レスリーの歌だからこそ、価値があるんじゃないんでしょうか?

 余人を以って代え難し、とわざと難しい言葉を使ってみたりなんかするけど。
 誰もレスリーの代わりになんかなれやしないし、誰かを代わりにするのはその人に対して酷ですよ。
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posted by nancix at 23:58 | Comment(1) | TrackBack(0) | トニー・レオン

2008年01月07日

キネマ旬報ゲーーーット!

 ハァハァハァハァ…(鼻息荒い)。

 通勤途上にまず地下街の書店で、顔色の悪いトニー表紙を発見ーーー! キネマ旬報 2008年 1/15号だーーーー!
 隣に並んだ某映画雑誌の、ジョニー・デップ@スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師に、顔色の悪さでは決して負けてないぞ!
キネマ旬報 2008年 1/15号 [雑誌]

 まずは図書カードで1冊購入。

 昼休みに、親会社の売店でも1冊購入、弁当仲間(全員年下)に見せびらかし呆れられる。
 湯唯初表紙の「AERA」も買った。……くくく…トニーがプロモーションで来日していれば、二度目の表紙を飾れたかなあ…でも同誌の購読層的には、オジサン受けするように、やっぱり湯唯ちゃんの予定だったかなあ…?
 湯唯ちゃん、映画撮影当時より顔が細くなってる気がする。洗練されたのか、やつれたのか?

 昼休みにざっとキネ旬に目を通す。
 あーーー…「ラスト、コーション」未見で、なるべく先入観を持ちたくないってタイプの方は、買うだけ買って公開まで塩漬けにすることをお勧めするしかないかも…かなりの部分をネタバレしちゃっています。映画評論の宿命。

 ……はうぅぅぅ…。兵庫県姫路市出身の播州人、黒田邦雄氏も、野崎歓せんせも、トニー大絶賛……感涙……。

 おそるべしトニー・レオン、百戦錬磨の男性映画評論家をもメロメロに!

 ……いやあの、マダーム浦川留さんも誉めてくれてるわけですが…。

 ベネチアの会見だかグループインタビューだかに参加の石津文子氏、「いつもながら声が小さく」に大受け! でしょでしょ、トニーさんどうしてあんなに自分の声を惜しむのー? ちっちゃい声の方がみんなが接近してくれるっていう、計算?

 ただし、カラーグラビアの24ページ…。
 プレスリリースの引き写しとみえて、間違いが…。
 中国語で、指輪は「戒指」であり、「指戒」ではありませーーん!
 どうして中国語のできる浦川留さんか広東語のできる水田菜穂さんに、確認してくれないかなぁ…。

 28ページのトニーの紹介、香港生まれにちゃんとなってるのはありがたいけど、TVドラマ「紮師兄」ではなくて「紮師兄」です。
 「情城市」じゃなくて「情城市」です。
 "アジア人初のカンヌ国際映画祭最優秀男優賞"は94年、「活きる」のグー・ヨウ葛優ではないかと。
 あくまでトニーは"香港人初のカンヌ国際映画祭最優秀男優賞"です。

 各映画の公開年も……まあいいけど…。
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posted by nancix at 23:55 | Comment(0) | TrackBack(0) | トニー・レオン

2008年01月05日

キネマ旬報GETならず…

 1月5日は2008年初出勤。昨夜は広東語教室+はかどらないお部屋の片付けのため寝不足で、昼休みだけはデスクに突っ伏して沈没していたんですが、他はルーティン作業が超ヒマ。だらだらと過ごして、帰りに勇んで大型書店に寄ったのですが…。
 図書カードも用意していたのですが…。
 「キネマ旬報」1月下旬号が1冊も見当たらない!
 地下街の雑誌・文庫本主体の書店にも寄ったのですが、やはり見当たらない!
 久々のトニー・レオン表紙…いやもしかしたらキネ旬の単独表紙は、これが初めてなのに!

 同誌の内容は、某潜入捜査員の情報では、
カラー写真(おなじみのスチール)+紹介 4ページ
トニーインタビュー 石津文子(ヴェネチアのときのもの)
二律背反の映画「ラスト、コーション」の深さ 浦川留
トニー・レオン、甘美なまなざしの戦慄 野崎歓
リアリズムを貫いたセックス描写に診る究極のメロドラマ 黒田邦雄
アン・リーサイズのオープンセット 撮影現場を訪れて 種田陽平
1940年代の上海・香港の必然性 プロデューサー、ビル・コンに聞く
「ラスト、コーション」から見る中国映画のエロス 暉峻創三
アン・リーインタビュー 塚田泉
タン・ウェイインタビュー 水田菜穂
ワン・リーホンインタビュー 水田菜穂
 と、期待度ナンバーワン・充実のラインナップ!
 なのに…_| ̄|○

 ホタルの墓状態の"のだめ"になって帰宅…。
 淋しく「のだめカンタービレ 新春スペシャル」を見て、心の乾きを潤しておりました。
 やっぱり日本のお茶の間では、字幕じゃなくて吹き替えじゃないと、敷居が高いのね…。トニーのナマゴエにこだわる自分は少数派なのかも…。
 中国人留学生リ・ユンロン李 雲龍がいなーーい! 台湾からピーター・ホー何潤東かチェン・ボーリン陳柏霖でも呼んで来てほしかったなぁ…。孫ルイ役も、香港のイザベラ・リョン梁洛施でもよかったのに…?

 あああ…頭の中に、竹中シュトレーゼマン直人の声で「nancix、イマのままでは、"生涯1トニー・レオン者"なんて、得意がれなーい! トニーにインタビューもできなきゃ、トニーのバイオグラフィーやライフストーリーも書けな〜い、トニーのフィルモグラフィーもいくら作って公開したって全然!信用してもらえな〜いデスネ!」という台詞が鳴り響く……。
 オクレール先生(マヌエル・ドンセル)が、「nancixは、では何のために、ファンサイトを運営してイマスカー?」「全然、ダメね…」と頭を横に振って溜め息をつく……。

 nancixだって、「半年は休養したい」ばっかり言うトニーを、エリーゼと化して砂漠のプロメテウス作戦を遂行し、椅子に縛り付けて孫の手で思いっきりくすぐって涙が出るほどゲラゲラ笑わせたいんデスヨ!
 もちろんギュスターブ・モローの「縛られたプロメーテウス」(セミヌード)絵画にトニーをアイコラして!
 nancixだって、スーツで決めたトニーが両腕を広げて自信たっぷりに微笑んでくれたらと妄想はするけど、その腕に飛び込んで泣けるのは永遠に自分以外の誰かだって解ってるデスヨ!
 nancixだってグズグズ愚痴るトニーに飛び蹴り食らわして「はー、ホンに○の穴が小さか男ごたる! あーもう、せからしかーー!」(どこの言葉だ)と叱り付けてみたいんデスヨ!
 トニーに玉木宏ばりの白目演技、させてみたーーい!
 あああ、トニーに指揮者コスプレ、させたーーーい!
 ……誰ですか、「壇上でジャンプする日本人指揮者、片平さん@30歳妻子持ちの役?」とか言ってるのは。

 ……変態の森に、ようこそ……。

 何年ネット上で頑張っても、広東語を学んでも、ダメだったじゃないですかぁ……(涙)。
 他のヒトがトニーに会えて、他のヒトがトニーにインタビューして、他のヒトがトニーについて熱く語れて、他のヒトがトニーのことを書けるだけなんデスヨ………。
 それだけ、かつては日本では大して話題にもならず、いつもレスリーやアンディやジェット・リーや金城武の陰になっていたトニー・レオンが、研鑽して努力して、世界の映画界に於いてとてつもなく大きな存在の男優になったってことナンデスヨ…。
 NHK BS-2で「風とともに去りぬ」一挙放送をやってて、全部は見られないけどラスト辺りを見たら、あんなに大人の男だと思っていたクラーク・ゲーブルが稚なく若々しい父親兼浅はかな夫に見えてきて(自分が年取ったのか)、「2046」のトニーの方が色っぽいし魅力的だわーなんて思っちゃったくらいナンデスヨ…!

 でもね…でもね…。
 客席で、テレビ画面の前で、トニーに見とれること、仲間と熱く語り合うことだけは、nancixだってできるんだもん…。試写じゃなくて、前売り券で!
 トニーがまたまた長期休暇に入ったら、映画業界人の皆さんは他のスターの、他の映画のトピックスを追っかけていくもん…。韓流大旋風の間も、ただただトニーの動向を見つめてきたんだもん……。
 
 何にも報われなくても、もしもトニーが来日しなくても、トニー・レオン収穫刈り入れの年ともいえる2008年、やっぱりトニーをひたすら見つめていきマスヨ!
 「レッド・クリフ」プロモーションで世界行脚するであろうトニーが来日できたら、何とかしてジャパンプレミアに参加し、客席で涙ぐみながら、精一杯の拍手を送りマスヨ!

 そしてトニーが引退してのんびり香港に引っ込んで余生を過ごす頃に、日本では忘れ去られた頃に、何が何でも居所を突き止めて、誰かの知り合いとでも嘘八百並べて、ある日の午後にお茶の相手をさせてもらうぜぃ!
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posted by nancix at 23:55 | Comment(4) | TrackBack(0) | トニー・レオン

2008年01月03日

「マイ・ブルーベリー・ナイツ」香港プレミアに参加

 さて、日本でも3月22日から全国東宝洋画系で公開と決まっている「マイ・ブルーベリー・ナイツ」ですが、1月2日、香港でのプレミア上映会に、トニー・レオン&カリーナ・ラウが出席して、盟友ウォン・カーワイ王家衛初の英語新作公開に華を添えました。
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 台湾では「我的藍莓之夜」として12月21日に、中国では「藍莓之夜」として昨年12月22日に公開されていたのに、王家衛お膝元の香港では1月3日からの公開だったのね。
08トニー&カリーナ02

 あいにく、ノラ・ジョーンズやジュード・ロウ、ナタリー・ポートマンら、同作の出演者は出席できなかったのですが、ジェットトーン・プロダクションの若頭…もといチャン・チェン張震はもちろん、ジュリアン・チョン張智霖やカレン・モク莫文蔚、サイモン・ヤム任達華、ダニエル・ンー呉彦祖ら、名だたる香港明星が続々と集結。スタンリー・クァン關錦鵬監督やカム・コクリョン甘國亮らの映画人も加わり、シャンパンで乾杯して王家衛夫妻の苦労をねぎらい、同作のヒットを祈願しました。
一同乾杯

 …王家衛作品でお馴染みの往年の名歌手&女優、レベッカ・パン潘迪華さんも同席してますよね。他に、ルイス・クー古天樂、トニーと親しいケニー・B鍾鎭濤も、このプレミア上映会に出席したという未確認情報があります。

王夫妻と莫文蔚
 実らなかった恋に終止符を打って心機一転のカレン・モク莫文蔚と、王家衛夫妻。


 画像集はsina.com.cnのこちらと、東星娯楽のこちらを、とりあえず。
 動画(期間限定)はこちら
 (うーむ、ローカルマシンに保存ができない……)

 もともと、このキュートで浮遊感あふれる恋愛ロードムービー?の元ネタは、王家衛が「花様年華」製作において時空を超えた様々なアプローチを重ねるうちにできたもの。トニー・レオンとマギー・チョン張曼玉で断片的に撮影された短編フィルムが北京大学で上映されたことがある上に、「花様年華」DVDのメイキングに一部が収録されていました。それが元ネタ。しかも、「マイ・ブルーベリー・ナイツ」の脚本には、トニーが好きなミステリー小説作家、ローレンス・ブロックが参画している。というわけで、「マイ・ブルーベリー・ナイツ」はトニーとも充分にゆかりのある作品だと言えるのです。

 カリーナはインタビューに応えて「最近は(新居への)引越し作業に忙しくて、スキーをする時間もないのよー」と言っているとか。……年末年始恒例の、日本でのスキー旅行は、今年は無理かぁぁぁ。

 またトニーは王家衛&トニーの次作と言われて久しい「一代宗師」について聞かれ、「自分は最近ずっと苦心して詠春拳を練習している、年明けにはさらに多くの時間を費やして練習するつもり」と答えました。さらに新年の抱負について聞かれると苦笑して「できるだけ多くの時間を休息に充てたいという希望だけです」と言ったそうです……。

 中国長期出張→新居へ引越し→パーティーやイベントに参加で、休んでる気がしないってか、トニー。

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posted by nancix at 20:04 | Comment(0) | TrackBack(0) | トニー・レオン

2008年01月02日

年越しは家族と仲間となごやかに

 新年好〜! 本年も少し遅れて、トニー・レオン@年越しのニュースが本日、各中華メディアのサイトにアップされましたよ。

 「レッドクリフ/赤壁」撮影を終えて年内に香港に戻り、カリーナ・ラウと共に香港島の山頂区和福道(緑豊かでアバディーン香港仔などを見渡せる高台にあり、3年で土地の価格が倍に跳ね上がった優良物件)の一軒家(内装デザイナーはあのウィリアム・チョン張叔平叔父さん!)に引っ越したトニー。

12月30日夜には、トニーママ及び7、8人の親友達と、セントラル中環の中區雲咸街1號南華大廈3字樓にある会員制レストラン「上海總會」で、夕食会を開きました。午後8時過ぎ、レストランに到着したトニーはまったくの普段着姿。カリーナは同行していなかったのですが、トニーは機嫌よく杯を重ね、よく食べ、談笑していました。また同行の親友たちはトニーとトニーママの写真を撮ってあげ、団欒ムード満点だった様子です。
 さて、トニーは午後9時過ぎには母親に付き添って店を出ました。その時、トニーは外に群がっていた記者からママを守りました。同行した親友たちもトニーとトニーママをかばい、撮影しないように要請しました(でも撮られてる…)。逆に記者たちを手持ちのデジカメで撮る友人もいて、一行は笑って見守っていたそうな。
トニーとトニーママ2008
 トニーは記者らに向かっては「いま、家族とご飯を食べてきたんだ」としか言わなかったのですが、絶えず微笑を浮かべていたそうです。そして友人達を一人ずつきちんと見送ってから、母と二人で車に乗り込みました。

 そして31日は、トニー&カリーナ、その家族と、王家衛監督、ウィリアム・チョン張叔平、フェイ・ウォンの元マネージャーのチャン・ガーイェン陳家瑛、スタンリー・クワン關錦鵬監督、ジャッキー・チェン成龍のマネージャーであるウィリー・チャン陳自強ら大勢の友人達がコーズウェイベイ銅鑼灣のあるレストランに集結。2008年を迎えるカウントダウンに興じました。
王家衛2008
 フロアマネジャーに見送られて富瑶酒家を出る王家衛。珍しくサングラスではなく眼鏡姿。

 しかし早寝早起きを敢行する天才柳沢教授…もとい、トニーは午前1時過ぎにはお先に失礼して帰宅。カリーナ、王家衛、ウィリー・チャン、チャン・ガーイェン陳家瑛らは引き続き、午前2時頃から富瑶酒家に移動し、同レストランのVIPルームで歓談に興じました。
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posted by nancix at 14:57 | Comment(0) | TrackBack(0) | トニー・レオン

2007年11月30日

マカオのホテル開業1周年記念式典で

 本来なら、ギャンブル奨励マカオのカジノホテルなんて、いつかは香港・マカオマフィアの血なまぐさい抗争現場になりそうで怖いから、トニーには関わってほしくないんだけど…(泣)。

 例の「スターワールドホテル=銀河星際酒店」の開業1周年記念式典に、日本人ミス・ユニバース森理世やミシェル・リー李嘉欣と共に、中国から駆けつけて律儀に出席するトニー・レオンなのであった。CM出演者&イメージキャラクターとしての責任があるから、出席しないとホテルオーナーらの面子を潰すことになるんでしょうね…くわばら、くわばら。
 関連記事は、こちら。
「カジノホテルよりも「傷城」カップル画像」
「トニー・レオンの新マカオホテルCM」

 ちなみにこのCM、9月末〜10月の香港旅行中に、偶然、テレビで目にしましたが、CMラストでトニーさんは、ビキニの美女らが見守るなか、プールの水の上を颯爽と歩くのでした。あ、今ならホテル公式サイトのトップページでそのCMが観られます。(注:音が出ます!)

 ………イエス・キリスト…?

マカオトニー縦 まあそれはさておき、11月29日に行われた、この開業1周年記念式典での記者会見で、あまりに可愛い、あまりにトニーらしいエピソードが中華圏の各ニュースサイトで紹介されていたので、訳さないわけにはいきませぬ!
 トニーは銀色のジャケットと白シャツ、ダークグレー?細ネクタイ、グレーパンツに身を包み、派手なんだか地味なんだかよく解らないいでたちでロールスロイスに乗せられて会場に到着、赤絨毯に降り立ったのでしたが、式典進行中はかしこまっていて、笑みを浮かべてはいてもどこか顔の筋肉が引きつっていて、内向的な彼は永遠にこの種の「社交」には適応できないのだなあ、と香港の東方日報記者は感じたと書いています。
 ただ、単独記者会見の場でだけ、映画の中で見られるリラックスしたトニーを探し当てることができたそうです。

 「ラスト、コーション/色、戒」上映以来、トニーは娯楽界の話題の筆頭となってしまい、今回の主催者の話によると、全世界のマスコミが彼のコメントを取ろうと殺到したそうです。事前に記者に通知された合同会見の時間は10分だったのですが、直前になって5分に短縮されてしまいました。さらに、会見終了後はトニーはアシスタントらに抱えられて、殺到する記者の輪から連れ出されていきました。計算すると、質疑応答の時間はたったの4分12秒だったそうです。……亀田大毅の謝罪会見より短いのか…?

 会見直前、各テレビ局の記者たちは自分たちのマイク(テレビ局のロゴマーク板付き)を、トニーが座るソファーの前に仕掛けました。まもなく、トニーは記者たちの背後から、無言でトコトコと現れました。彼が銀色のジャケットを着ていなければ、誰も彼だと気づかないくらい自然体だったそうです。VIP用出入り口からトニーが入ってくると思いこんでいた記者らは、まさか彼が彼らと同じルートで入ってくるとは思わず、VIP用出入り口の左右に張り付いていたボディガードさえもとまどって、周囲をキョロキョロ見回していたそうです。

 さて、ソファーにちょこんと座り、記者らに向かってトニーは、プロ俳優らしく自信を垣間見せて微笑みました。
 さあ、記者陣の質問を受けようとした、その時。

 一人の香港人カメラマンがこう叫び、1秒間の静寂を破ったのです。
 「偉仔にクッションをやってくれよ、(座高が)低すぎて、テレビ局のロゴ板が顔にかかっちまうんだ!」

 トニーはアハハと笑い、自分でソファーの上にあったクッションの1つを取り、カメラマンの意見を何回も聞きながらそのクッションを自分のお尻の下に敷いて、座高が高めになるよう調節したのでした。
 「偉仔の背が高くなったぞ!」とある記者がからかいましたが、トニーは怒りもせず、いたずらっぽくその記者に笑いかけて、リラックスムードを作り出したのでした。
マカオトニー会見
 ↑お尻の下にクッションを敷いた、照れてれトニー。

 「ラスト、コーション/色、戒」についての質問から会見は始まったのですが、トニーは謙虚に「米国の第23回フィルムインディペンデント・スピリット・アワードの主演男優賞にノミネートされたのはとても嬉しいです。自分の演技が認められたのは素晴らしいことです。でもこれらの栄誉は、スタッフ全員に属するものだと思います。アン・リー監督が(監督賞に)ノミネートされなかったことについても、この映画の栄誉はスタッフとキャスト全員に属するもので、どの人も自分の持てる限りの努力をしたからこそ、高い評価が得られたのだと思います。なぜなら映画撮影とは集団作業ですから。僕が最も感謝する相手はアン・リー監督です」と述べました。
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posted by nancix at 23:55 | Comment(1) | TrackBack(0) | トニー・レオン

2007年09月18日

トニー・レオンの新マカオホテルCM

 バブリーな好景気に湧くマカオ、というかラスベガスなどからの外資系企業進出VS銀河娯楽集團有限公司などの地場産業の激しい攻防戦に、ご近所セレブのトニーも無縁ではいられないようでして…。

 どこまで攻防戦がエスカレートするか先行きが怖いから止めてよして巻き込まれないでといくらファンが願っても、トニー出演のマカオの(カジノ付き)豪華シティリゾートホテル「澳門星際酒店 StarWorld Hotel」CMは作られ続けている様子。
 前回ご紹介したのは、2006年10月でしたから、2年目もイメージキャラクター契約を更新するってことなのかしらん。

 今回の新作は「欧米か!」でございます。

美女とトニー01
 パーティーではカクテルだかワインだかを薦められ、
美女とトニー02
 プールサイドでもビキニの美女に声をかけられ、
美女とトニー03
 背の高いおねえちゃま達にも大人気のトニー・レオン、可愛がられてアイドル歴ン10年。
美女とトニー04
 ハイハイ、モテてモテて困るMMK男ぶり、幾つになっても健在ね。
 トニーのファッションはラフですっきりシンプルでいいけど、何だか演出にひねりのないCMだわねえ、トニーがモテるのはもう既成事実でアタリマエで別に珍しくもないんだから、もうちょっと何というか渋い男の魅力をかもし出してくれないかなあ…とトホホなのは、女心のシットなのかしらぁ…。

美女とトニー05
 ……なんですかこの仮面の女は。まさかオペラ座の怪人の1シーンですか?
 ♪マスカレーーーード〜 仮面に隠したぁ〜

 「まるで007(ジェームス・ボンド)のように」と中華メディアに形容されている、この美女に取り囲まれたCM、いったいいつ撮影したんでしょうねえ。

 ま、また世界のどこかの篤志家が、You TubeにCM動画をアップしてくれるのを楽しみに待ちます。

 ちなみに澳門星際酒店のCM第一弾は、こちら。



 ところで皆様、アクセススピードの格差などで、YouTubeなどで見る動画が何度も何度も途中で止まって、イライラされておられませんか?
 「いつになったらラストのトニーのウインクが見られるのよう!」などと。

 nancixもイラチなもんで、何とかしてローカルマシンにFLVファイルを落としこんで、好きなだけ繰り返し、ヨダレを拭きつつ見られないかしら…と悪戦苦闘してきた。
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posted by nancix at 23:55 | Comment(2) | TrackBack(0) | トニー・レオン

2007年06月27日

トニー・レオン、誕生日前日と当日

トニーとドン・ジェちゃん 東方日報&トニー・レオン公式サイトによると、トニーの誕生日27日の前日の夕方、ジェットトーン所属タレントの後輩にあたるドン・ジェ董潔ちゃんとジェットトーンのスタッフが、トニーの宿泊する北京のホテルに、特別にバースディーケーキを携えて訪問し、撮影に忙殺されるトニーが早めに誕生日の喜びを味わえるように計らいました。(25日のイベント「盛世華章 光影傳頌 香港回歸十載電影界大型晩會」の翌日も、北京に滞在していたんですね)。

 トニーは、自分の誕生日だからって過ごし方を特に注意するわけじゃない、最も重要なのは撮影の仕事が順調にいくことだと控えめにコメントしました。しかし、董潔は"お兄さん"の本音を代弁するかのように、可愛い願掛けをしました。「トニーがますます若々しくなって、仕事のほかは自由自在に四方に行って楽しく遊べますように!」

 ドン・ジェちゃん、「かちこみ!ドラゴン・タイガー・ゲート/龍虎門」(06)の後は順調にお仕事入っているのかしらん…。中国四川省で放送のテレビドラマ「梁山伯與祝英台」(07)に出てるだけなのかなあ。


 さて、誕生日当日の話は、例によって台湾聯合新聞網の記事を中心に。

 偉仔45歳の誕生日 カリーナは付き添う時間がない(午前3時24分)

 「電眼王子」トニー・レオンは本日が45歳の誕生日だ。彼の誕生日の願掛けの一つは「鐵馬精神を永く保つ」ことだ。しかし多くの人が関心を寄せるトニーのガールフレンド、カリーナ・ラウは現在香港で広告撮影をしていて、北京に駆けつけてトニーと誕生日を祝うことは無理な様子だ。

 トニーはこの半月、北京郊外の易縣で新作映画「赤壁」を撮影している。一昨日、ジョン・ウー監督と北京に戻って「香港回歸大陸10周年盛會」に参加し、昨日また撮影チームに戻った。最も親密なジョン・ウー監督は、口頭ではトニーの誕生日を祝うとは言わずに「27日は撮影はしない、リハーサルだけにする」と指令を出し、トニーが誕生日を過ごせるように取り計らった。撮影チームのスタッフとトニーの友人たちは、大きなケーキとプレゼントを用意することができる。

 トニーの毎年の誕生日の願掛けの内容はたいてい「世界平和、家族と友人と自分が健康でありますように」というものだ。今年はまた公私にわたって自分が「鐵馬精神(精鋭の騎兵の精神?)」を保ち、自立し自ら努力し、簡単にはあきらめず、努力し続けて前進することを望んでいる。

 トニーは近年、誕生日は香港のどこかに滞在し、誕生日前には韓国、日本などの地域のファンと一緒に食事会を開いてきた。誕生日当日には母親、カリーナらと一緒に団欒し、家庭の温かさを享受してきた。しかし今年は親友のジョン・ウーの「赤壁」のために、トニーは自宅を離れて誕生日を過ごす。内心では様々な調味料の瓶を幾つも引っくり返して混ぜたような味わいだというのは、彼自身だけがはっきりわかっていることだ。

 しかし易縣での映画撮影はとても辛く、トニーは周瑜として文武の両面を演じる。ロケ地の安格庄水庫は谷間に位置する地域であり、蒸し暑さは澱んで一向に解消されず、馬のように壮健な中国のスタッフでさえも暑気当たりに苦しんでいる。ましてトニーはなおさらで、噂では彼は病気にかかったように伝えられている。しかし他人に心配をかけたくないトニーは、自分の身体はちょっと調子が悪いだけだ、あまり深刻な体調ではないと言い張るのだ。

 撮影前に、トニーは身体を鍛錬し、ずっと早寝早起きを心がけ、毎日朝9時には起床して運動してきた。しかし「赤壁」は時間を有効に使って撮影を進めるために、毎朝7時前には起床し、真夜中に宿舎に戻る。トニーは(宿舎に戻っても)頭の中でまだ役作りを考えてしまい、考えが堂々巡りで寝付けない。体力の消耗と精神的プレッシャーはとても大きいのだ。

 来月の北京はさらに暑くなるとのことで、思いやり深い撮影チームはロケの合い間を縫って、トニーに数日間の休暇を与え、香港に戻って母親や親友たちと会い、心身を整えられるように、トニーの誕生日には1枚の「休暇期間の小切手」をプレゼントするつもりだ。


 この記事の後、同日午後にはこうなっちゃいます。
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posted by nancix at 23:58 | Comment(2) | TrackBack(0) | トニー・レオン

2007年06月23日

SUSHIでトニー・レオンを釣ってみた。

 一部スポーツ紙で報じられたりして、「傷だらけの男たち」の日本公開直前プレミアにトニー・レオンと金城武が来日(あ、いま日本にいる金城君に関しては「会場に到着」でいいのか)することがすっかり既成事実のようになり、しっかりと外堀を埋められた今日この頃、

 まだ半信半疑のnancix。

 「エビでタイを釣る」といいますが、
 SUSHIでトニー・レオンを釣ってみました。

 …いやあの、まさか釣れるわけもないよね、と思いつつ。
 真夜中にいきなり思い立って、ヘタな英作文+中国語繁体字作文して、英語ファンサイトのフォーラムと、公式サイトにマルチポスティング。
 ニフティ・フォーラム時代にはシスアドさんや先輩の皆さんに怒られたマルチポストですが(話が古過ぎるぞ)、これならトニー本人にも彼のマネージメントスタッフにも希望が伝わるだろうて。

 内容は
 今日、日本では、7月4日に「傷だらけの男たち」のプレミアショーが開かれると報道されました。
 ゲストのリストに、あなたの名前もあります。
 このプレミアショーには、映画ファンは抽選に当選しないと参加できません。
 あなたのファンたちは、必死になってこの抽選に応募しています。

 私はあなたがこのプレミアショーに参加できるかどうか、とても不安です。
 あなたは「赤壁」の撮影に参加したばかりです。
 ジョン・ウー監督は、あなたに日本旅行の許可を出してくれるのか?
 河北省易縣の撮影現場の天候はどうだろう?
 撮影現場で、事故がないだろうか?
 私の不安と心配は、7月4日当日まで続きそうです。

 もちろん私は、あなたが初対面の記者や映画批評家と会うのが苦手なことを承知しています。
 でも、彼らの背後にはあなたのファンがいます。私たちはあなたの話がとても聞きたいのです。あなたは彼らをファンの代弁者だと思ってください。

 あなたは香港”影視大使”です。Sir、日本であなたの任務を敢行してください!(そしておいしいおいしい寿司を食べてください…六本木ヒルズの寿司店で。その店はとても涼しくて快適よーー)

 私の心臓が破れないように、あなたが「日本に行く予定はない」「今は演技に集中したい」のなら、早めに教えてくださいね!
 もしもそうなら、私たちは東京集結を中止して、あなたが日本に来る次の機会を待つことができます!

 (あるいは、私一人はさびしくて耐え切れなくて、バイ・クァン白光の「等著イ尓回來」の歌を歌いながらあなたを待つかもしれない…当然これは冗談です、ハハハハ)

 いつも心のなかに。お身体大切に。万事がうまくいきますように。
 ちなみに白光の「等著イ尓回來」とは、トニー・レオンとンー・シンリン呉倩蓮主演の同名スリラー映画のモチーフにもなった、妖しい、待ちわびる女の恨み節にも近い懐メロである。
 ハハハハ、冗談にまぎれて少しばかり、カンヌ影帝を脅してみました。

 そして遅刻寸前に職場に駆け込み、寝不足に耐えつつ仕事して仕事して7月の休暇願を提出し、仕事して仕事して頑張って仕事終えて、Y橋カメラで(携帯電話とデジカメ買い替えたいなぁ…手持ちのデジカメの下取りは3000円均一か、はぁぁ…買った時は5万ぐらいしたのに…)と下見して、19時過ぎたのでデパ地下で定食食べてたら。

 トニーファン仲間から、携帯メールバンバン! あああ、1年過ぎの702iのバッテリーがバッテリーが!
>>「SUSHIでトニー釣り」の顛末を読む
posted by nancix at 23:29 | Comment(12) | TrackBack(0) | トニー・レオン

2007年06月17日

行きたかったなぁ…張學友コンサート…

 そんなわけで、張學友コンサートに、関西からも大挙して、
 あの人もこのヒトも、
 あーーんな子もこーーーんな方も上京されたんだなぁ…と取り残された悲哀感を噛みしめている、残留組です。
 「李香蘭」だか「秋意恨」は歌ったのかなぁ…。
 一度だけ大阪で見たコンサートの時のように、猫紙ことカンニングペーパーを見ながら、懸命に日本語でトークしたのかなぁ…。
 せめて大阪でも、やってほしかったなぁ…。

 サイト再構築の準備も思いのほか大苦戦で、はかどらないしさ……。

 すねながら、気分転換にYouTubeで「トニー・レオン&ジャッキーの友情版"一天一點愛戀"」を視聴するのであった。
 ええ、北京語歌詞の「一天一點愛戀」はトニーの持ち歌で、おそらく最大のヒット曲ですよ。


 …男二人で見つめ合って「たとえ世界がどうなろうと、君は僕の傍にいてくれて、長い夜を僕と過ごしてくれるだろうか?」とラブソングを捧げ合うって、どうなのよ。
 持ち歌なのに、照れまくりでおぼつかなくて、ジャッキーが慈愛に満ちた視線を向けつつフォローしちゃうって、鼻ピアスにサングラスで武装固めた歌手トニーさん、どうなのよ。

 そしてこちらでは、ジャッキーが珍しく英語で、トニーとの友情について語っているのであった。

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2007年06月12日

トラン・アン・ユン夫妻、訪港中   

 わははは、そんなことだろーと思っていたのだ。

 昨夜は「まーたゴシップ記事出たのかー。トニーってば安易に助手席に女性を乗せるからなー」と苦笑しつつ広東語教室で遅くなったのでそのまま寝てしまったのだが、案の定、今朝になると「助手席の女性」は「シクロ」のトラン・アン・ユン陳英雄監督の夫人で女優の、トラン・ヌー・イェン・ケー(初めて知ったが、中国語表記は陳努安姫または陳如嫣らしい。でも明報が書いてる「劉燕荷」は、発音的に違うんじゃないかな…)だったことが判明。
 「東方新地」、どうせ2年もしないうちに転職するモノ知らずの若者を契約記者として雇ってるからなー。トラン・ヌー・イェン・ケーを知らなくてもしょうがないか…やれやれ。

トラン・アン・ユン夫妻
 「青いパパイヤの香り」「シクロ」を撮った、フランス育ちのベトナム系華人であるトラン・アン・ユン監督は、長年、ハーヴェイ・カーテルとトニーで新作を撮るとる撮りたいと言い続けていて、でもスポンサー探しなどが難航し、トニーも「スケジュールが空いたらね…」と言っていたのだが、いつ果てるともしれなかった「2046」撮影を経てさすがに待たせ過ぎた。とうとうトラン・アン・ユン監督は、ジョシュ・ハートネットと韓国のイ・ビョンホン、香港のダニエル・ンー呉彦祖を起用して新作「I Come With The Rain(中国語仮題は我隨雨來)」を製作すると発表してしまった。カンヌ映画祭の最中にそのニュースを聞いた時は、カンヌ木村&慎吾空の物見遊山なんてどうでもよくなるほどガッカリしたよ……。

 でも、幸いなことにトニーとの友情は続いていて、今週はトラン・アン・ユン監督夫妻がロケハンで香港に来ていて、ジモティ・トニーがいろいろと手配したり案内したりしている様子だ。6月7日の午後7時ごろ、トニーは全くの普段着で自分の愛車を運転して旺角へ。旺角亞皆老街でトラン・ヌー・イェン・ケーさんを乗せて、しばし談笑しながらドライブ。運悪くゴシップカラーグラフ誌「東方新地」記者に追跡され、遠慮なくフラッシュを浴びせかけられたのだった。
東方新地のゴシップ写真

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posted by nancix at 10:09 | Comment(1) | TrackBack(0) | トニー・レオン

2007年06月10日

公式サイト設立に思う(2):官方網站Forum使用心得

 プレオープンしたばかりのトニー・レオンの公式サイトですが、この公式サイト作成にも協力している東方日報によれば、すでに会員登録者は1000人を超したとのこと…。

 英語ファンサイトには「中国語は読めないのよう!」と非中国語圏の皆さんから嘆きの声が寄せられていますが、さすがに香港。英語バージョンを近々用意するとのことで、日本人も恩恵に預かれますな。

トニー公式サイト
 台湾の「聯合新聞網」でも早速報じられています。やはりこの両新聞社には、ジェットトーンと親しい記者がいるのだろうな。

 (しかし本日初めて気がついたのですが、聯合新聞網のここのトニーのフィルモグラフィー、記念すべき連続テレビドラマ初出演作の「香城浪子」(82)が、なぜか映画処女作に入れられています(-_-;))

 それにしても、トニー1人で、全部のメッセージに目を通し切れるのか???

 ま、中には"いっちょかみ"こと冷やかしの連中もいれば、トニーの生の発言を記事にしたいと虎視眈々なゴシップ誌記者もいることと思われます(苦笑)。また、いったんログインしたつもりがうまくできず、慌てて会員登録をし直した重複者もいそう。

 登録したつもりが、ログインがうまくいかない時は、ブラウザの「更新」で表示されているページを表示し直すか、いったんログアウトしてブラウザを閉じ、再びログインすることをおすすめします。Cookieの悪戯かもしれませんので。

 ところで、会員になると書き込み(タイトルと内容を書くだけで、登録名が自動的に表示される)・閲覧ができる「Forum」ですが。

 「回復主題」が、そのスレッドのテーマについての返信を書き込む投稿フォームを表示させる、「主題列表」がスレッドリストに戻るという意味です。「填好送出」が、送信ボタンですね。


 しかし、Flashを使ったプログラムのせいか、いささか使い勝手が悪い。
 (あ、お使いのブラウザでAdobe Flash Playerを入れておくのが、話の前提ですよ。念のため)
 nancixの場合、愛用マウスのスクロールボタンが効きません。ページ右のFrashによるスクロールバー(小さなグレーの長方形をマウスで左クリックしたまま、上下させる)で、リストや記事の読みたい部分を上下するしかありません。
 IE6だと、「回復主題」投稿フォーム内で、自分が打ち込んだばかりの文字のコピー&ペーストができません。FireFOXやNetscapeなど、他のブラウザーではどうなのでしょう? MACだったら?

 フォーラムはスレッドリスト形式ですが、最初にそのトピックス(テーマ)を立てた人ではなく、最終発言者しか表示されないので(あれ、自分が立てたスレッドはどこだっけ…?)と一瞬慌ててしまいます。

 また、日本語漢字がうっかり混じると
“具有潛在危險 Request.Form 的?已從用?端 (...........) 偵測到。 ”
 というような警告が出てしまいます。
日本人は英語を用いるか、Excite翻訳サイトの中国語訳した文章をそのままコピー&ペーストするしかないようですね。

 書き込んだ文章が、いったんアップされた後もまだ、投稿フォームに残って見えるのも何だか気持ちが悪いものです。うっかり「填好送出」を押して再度送信してしまいそう。それに、この時点で右クリックによる「新しいページで表示する」を選ぶと、自動的に送信されてしまうそうです。
 そんな時は送信後、すぐにいったん「主題列表」のページに戻ればいいんですけどね。

 また、「ニュース」の各項目にはファンが書き込めるコメント欄があるのですが、30文字までしか書き込めません。
 「フォーラム」も、100文字以内。また一人の会員が立てられるスレッドは、8個までに制限されている様子です。

 ま、不具合や困ったことがあれば、ユーザーが自主的に問題提起したり助け合ったりするのが、ネチズンのいいところ。
 広東省在住で、独自にトニーの中国語会員制ファンサイトを運営している飛雪(Feixue)さんが、さっそく「フォーラム」での様々な不具合を研究して、使用心得をまとめてくれています。さすがに自分でCGIプログラムを設置したりPHPを駆使してサイト作成ができる、聡明で献身的な小姐の皆さんは、一味違うぞ。
 いっそ彼女をフォーラムの管理人に任命したらいいのに。
 ……と思うけど、公式サイトとなると、ファンの自主性にお任せするわけにもいかないのか。

>>官方網站Forum使用心得を読む
posted by nancix at 21:17 | Comment(0) | TrackBack(0) | トニー・レオン

2007年06月08日

トニー・レオン公式サイト設立に思う(1)

 「ファンなんて、いないと思ってる
 と、ファンクラブに入るほど支持してきた俳優さんが女性誌インタビューに答えているのを見たときは、辛かったなぁ…。

 いやもう何年も何年も前の話。日本の俳優さんのこと。

 正確にはその後、こう続くんだけど。「ファンがどう思うか、意識してしまったら、俳優として演技の幅を持てなくなる。たとえば、ファンがショックを受ける、モラルについて悪影響を与えるかもしれないと意識したら、悪役や犯罪者の役ができない。そうなったら、役者としての幅が狭まってしまうから、僕はあえてファンの存在を意識しないようにしているんです。僕はアイドルではなくて、あくまで俳優なんです」。

 ファンクラブ会員には、一人ひとりの誕生日に自筆サインと「○○さんへ」と名前入りでカードを贈ってくれるような、律儀な俳優さんだったんだけどね。

 いないと思ってるようなファンに、コンサートに来てほしい、レコード(CDじゃなく(^_^;))買ってほしい、サイン会に来てほしいって望むのはどうなのよ?と引っかかりながらも、せっせとお小遣いを費やして応援したものです。
 彼が出演した舞台劇を見るために思い切って上京もしたし、映画ロケ地見学もした。出演映画公開初日に並び、その映画の監督さんと話もできた。彼の出たドラマ原作本もせっせと読んだし、向田邦子さんや倉本聰さん、山田太一さんのシナリオ集も探して読んだ。
 演劇や映画、ドラマ作りのいろんな知識を、彼を通じて得られて、単なる"本の虫"でしかなかった自分の世界が大きく広がったから、ファンクラブが随分昔に解散してもなお、深くふかく感謝してますよ。
 …現在の本人にお会いしたいとは思わないけど…お会いしても自分の得たものをうまく伝えられなくて「…ああ、そうですか…」で軽くいなされてしまうと解ってるしね。

 さて、余談はここまでにして、
 トニー・レオン

 公式サイト設立のニュースには、感慨深いものがありました。

 「今までなかったのが不思議なくらい」と言われても当然。nancixもトニーを好きになった頃は、彼の公式ファンクラブが無いのをけげんに思っていた。当時の映画芸能雑誌「銀色世界」には、スターへのファンレター宛先リストが毎号のように載っていたのだけど、トニーはすでに映画界にどしどし進出していたにも関わらず、ずっとずっと、TVB(無線電視)宛てでした。

 いつしか、その宛先リストからトニーの宛先がなくなり、あきらめた頃に、彼は突然、歌手として大々的に(再)デビューした。

 勇んで「飮茶倶楽部」を通じて取り寄せたCDアルバムには「梁朝偉國際歌迷倶楽部(トニー・レオン国際ファンクラブ)」の申し込み用紙が同封され、宛先はそのレコード会社(台湾)の香港支社となってました。
 応募しようかどうしようか、会費の海外送金方法はどーしたらいいのよと随分悩んだけど、広東語の先生が「国際たって、それは海外在住の華僑のファン対象だから。日本人が応募したって、あんまりメリットないよー」と助言してくれたので、見送りました。
 聞くところによると、会員になった日本人もいたんだけど、年に1、2回「会報」が送られてきただけで自然消滅したそうで…。

 やがて中国語記事が読めるようになり、夢中でトニーのインタビューを読み漁ったけど、何となく、彼もまた「ファンなんて、いないと」思おうとしているタイプなのかなあ、という気がしたのです。

 もちろん、歌手活動中は、香港・台湾では握手会やサイン会が盛大に開かれ、律儀なまでにファンに接するトニーの姿を新聞記事や雑誌記事でかいま見られたけど。
 香港にトニーファンの友人がいる、という香港映画ファン仲間に「トニーの追っかけをすると、彼は必ずファンに、『今日は君、学校は? 仕事は?』って聞くんだって。サボったなんて答えると不機嫌になる。学校の祝日で休みだとか、公休日だ、代休だって言わないとダメなのよね」と聞かされたこともある。
 …まあ、そりゃー10代から働いてママと妹を養って来たトニーなら、やれる時に勉強したり、稼いだりしなきゃダメじゃないか、僕のために君の一生を棒に振らないでよ、という気持ちがあって当然かなあ、と何となく思った。
 TVBテレビアイドル時代のトニーのことも知るにつれ、当時の香港では珍しかった"ティーンズアイドル"のハシリだったトニーが、周囲から「理想のカップル」「おしどりカップル」扱いされていたマギー・ツァン曾華倩との別離や新たな恋の芽生えによって、それまで熱狂的に彼を応援していたファンが一気に背を向けた、ある日トニーがテレビ局から外に出たら、それまで出待ち入り待ちをしていた顔見知りのファンが誰一人としていなくなっていた、という苦い経験を経たことも知った。
 ファンの移り気をあまりにも早々に知ってしまったら、固定的なファンクラブを設けようという気にならないかもね…と密かに納得したんである。

 映画界に活動の場を移したトニーは、長らくどこのマネージメントプロダクションにも所属していなかった。個人事務所も設けなかった。
 どんなに辣腕だろうとマネージャーという存在に管理されるのが嫌、出演作品は自分で選びたいという理由もあったんだろう。香港に取材に行った日本の雑誌ライターが「トニー・レオンにだけは連絡が取れなくて、インタビューできなかったよ。現地コーディネーターが、トニーの過去の出演映画の映画会社に掛け合ってくれたんだけど、こっちの連絡先だけ聞いて、トニーがその気になったら連絡するだろう、って返事しかもらえなかった」と苦笑していたこともある。
 帰国寸前にやっとトニーに連絡がつき、会ってみたら実に親切だった、ワインをご馳走してくれたと感激の記事を書いていた女性ライターもいたなあ(^_^;)。

 そんなわけで、トニーの公式ファンクラブは今までなかった。
 80年代〜90年代前半のトニーは、3年後には引退する、30歳になったら、33歳になったら、35歳になったら俳優業を辞めるんだと言い続けていたしね。
 ファンも「また言ってるよー。おいそれと辞められるわけないのにね」と苦笑いしながらも、ゴシップとパパラッチに苦しめられながらの昼夜問わない映画撮影・彼の苦手な宣伝に、いつまであのトニーが耐えられるだろうか、引退声明されても納得するしかないなあ…と密かに覚悟を決めていたんである。

サウンド・オブ・カラー 地下鉄の恋 nancixは「サウンド・オブ・カラー 地下鉄の恋/地下鐵」(03)を観に行った時以来、香港人女性トニーファンらとも知り合ったけど、彼女らの解説によると、トニーはファンからお金を徴収するのを絶対によしとしないらしい。そんなお金があったら両親にプレゼントするとか学費に充てるとかステップアップのため自分磨きの資金にしてほしいらしい。
 だから会費制ファンクラブの運営はしたくないのか。90年代にも、日本の成田空港で見送りに来たファンらのカフェテラスでの支払いを、自分から彼女らのレシート取って引き受けた、なんて逸話もあったし。
 (それに、何となーく、何となーくnancixの受けた印象だけど、TVB時代から絶えず外部から比較対象にされてきた、多芸多才なアンディ・ラウ劉徳華兄貴と同じようなことはしたくない…内向的な自分には向いてない…うまくできっこない…というようなこだわりもあるのかも…。アンディが早くから公式ファンクラブ「華仔天地」を結成し専属スタッフを置き会報を出しファンイベントを開き、アクセサリーやステーショナリーやグリーティングカードといったオフィシャルグッズを販売し、会員のボランティア活動を奨励し、経済的に恵まれない会員に奨学金まで出しているのは、香港台湾では有名な話である。それはそれで、若くて一途なファンが追っかけに熱中し過ぎて道を踏み外さないよう、人生の見本を指し示し啓蒙するには必要な配慮だった)。

 トニーが王家衛と彼が率いる映画会社ジェットトーン澤東電影制作公司と本格的に組み、辣腕女性プロデューサーでマネージャーのジャッキー・パン彭綺華さんら、スタッフを信頼してマネージメントを任せるようになったのは「花様年華」以後のこと、と記憶している。当初は「ウチは映画製作会社で、タレントのマネージメントは業務外だから」とややそっけなかった澤東電影制作公司も、映画界不振のためCM制作やブランドイメージキャラクター業務を請け負うようになり、ついに2005年にはアーチストマネージメントオフィス「Project House」を設けて、トニーを看板アーティストとして香港、台湾、上海に支社を設置、タレントマネージメント業務に乗り出す。
 看板アーティストというより、もはやトニーは同社のスタッフにとって専務か常務クラスの扱いらしいし。

 次々と国際的な大作出演が決まるし、本人の言葉よりも周囲の推測や邪推が先行または一人歩きするケースがみられるようになった。ファンも心を痛め、トニー自身の考えや本音を知りたいと切望するしで、公式サイトのオープンはまさにグッドタイミングと言えるのではないだろうか。

 一方、トニー個人のパソコン歴は「ブエノスアイレス」撮影中の96年頃に遡る。
 レスリーの腹痛について症状を聞き出し、インターネットで検索して疑わしい病名を突き止め、その病気に詳しい医師の連絡先を探し出したというのは有名なエピソードである。
 多分若いスタッフに「パソコン持ってるの? ちょっと検索してよぉ」と頼んだだけではない、自分でやったんだと…思われる。
 残念ながら「花様年華」プロモーションで世界中を駆け回っている間に、アカウント更新の手続きをする暇もなく、頼める友人もいなくて、いったんはメールアドレスを無くしたりしたらしいが(^_^;)

 ま、時間的余裕ができればネットサーフィンしたくなるのが、ネチズンのサガ。

 トニーには97年後半に、米国在住の一華人女子大生Sandyさんが無料サーバー上に作った個人サイトとして出発した老舗の英語ファンサイト(フォーラムにユーザー登録をしているのは現在、1084人)と、数人の男女ファンを中心とした共同運営である会員制中国語ファンサイト(会員数はもはや不明)の2大ファンサイトがあり、それぞれに活発なファン交流が行われている。
 トニー本人と思われる書き込みが、最初に出現したのは英語ファンサイト内の「ゲストブック」で、時は1999年5月25日のことだった。その日は当初独りで頑張ってサイトを運営していた管理人、Sandyさんの誕生日だったのだ。
 「u are so nice thanks」(uはYouの略。君はいい人だね、ありがとう)だけだったけど。

 そして、2003年のレスリー・チョン張國榮の死という、大いなる衝撃と世界中のレスリーファンの慟哭を目の当たりにするという経験を経た後、トニーは信頼のおける有能な香港人女性ファングループの支持を得て、少しずつ変わり始める。

 「2046」完成・世界を駆け巡ってのプロモーションという一仕事を果たした後の、2004年後半か2005年。中国滞在中、トニーは仕事の合い間に、中国語サイトのメインスタッフと対面している。米国在住の英語ファンサイト創立者Sandyさんとも、2005年4月末に、香港のファンを介して連絡を取り、その日にニューヨークに駆けつけられた米国内のファンらと併せて、グループ・ミーティング方式で対面している。
 「Interviewing, touring, and meeting people are all hard work.=インタビューもプロモーションも大勢の人々に会うのも、自分にとっては辛い仕事だ」と年下の女性ファンに愚痴ったトニーだが、ネットを通じてトニーを支持してきたファンとの、少数限定での対面と会話は、いささか俳優業にくたびれてきた彼にとって快い経験だったようだ。彼女らはキャーキャー騒いだり悶絶したり泣き出したりせず、あくまで平静に話し合えたようだから。
 そして、彼本人と思われる人物が両サイトのフォーラム形式の掲示板にひょいと書き込みを始めたのが、確かその2005年のことである。
 韓国の老舗会員制サイトにもほぼ同時期に彼の書き込みがあったらしい(が、ハングルが読めないし日本人はとかく敵視されやすいので、nancixは会員登録していない)。あくまで伝聞ですが。

 そりゃもうファンには驚天動地であり、会員登録すると使用できる、フォーラム付属の個人メールボックスはたちまち満杯になり管理人さんが急いで使っちゃダメ声明を出し、
 半信半疑のファンは、本人か?それとも騙りか?本人に限りなく近しい存在のアシスタントとかスタッフが、トニーの意志を汲んで指示を得て、代わりに書き込みしているのか?と論議したものである。

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2007年05月22日

トニーに感激した若手脚本家兼監督。

 ネットサーフィン中に見つけた「ちょっとイイ話」
 パトリック・コン葉念[王探](葉はイップのはずだけど、本名がゴン・パッサム江柏[王探]なので、英語表記の場合はコンとしている様子)さんは29歳の香港人。
 浸會大學歴史学部在学中の19歳で映画批評を始めて映画界に接触し、大学卒業後は新聞の別刷特集の記者を務め、現在では脚本家、映画監督、映画批評家を兼任しています。

 彼は監督最新作「十分愛」の中国公開のために主演女優のステフィー・タン[登β]麗欣(元アイドルグループCookiesのメンバー)を伴って長沙の王府井影城(影城はシネコン)を訪れ、プレミアショーを行いました。
 彼は脚本家としての経歴のなかで、最も忘れられないのは「行運超人」(03)でトニー・レオンと一緒に仕事をした時、彼が脚本をとても尊重し、終始脚本の修正要求をしなかったことだ、と話したそうです。

 97年から映画脚本を書き始めたパトリック・コンは、トニーのほかにもサンドラ・ンー呉君如、エリック・ツァン曾志偉、金城武、スー・チー舒淇らと組んできました。そのなかで最も素晴らしかったのは、トニーだというのです。

 「行運超人」の時、監督のヴィンセント・コク谷徳昭とパトリック・コンとトニーは、3人で約束してレストランに集い、食事をしながらシナリオのシノプシスについて話し合っていました。「僕はもともとトニーのファンなんだけど、この時以前には彼と会ったことがなかったんだ。監督が、トニーとシナリオについて話し合う必要があると言うのを聞いた時には、僕はとても興奮したし緊張もしたよ。彼が僕のシナリオに興味を持ってくれるかどうかわからなかったんだ。僕がシナリオのシノプシスを話した時に、トニーがあんなにとても熱心に聴いてくれるとは思いもよらなかった。さらに意外なことに、彼は演技が素晴らしいだけじゃなくて、僕のシナリオをとても尊重してくれて、徹頭徹尾ここを変えよう、あそこを変えたいとは言わなかったんだよ。僕はトニーの、僕に対する信頼にとても感激したんだ」。

 今回の香港電影金像奨では、ダニエル・ンー呉彦祖に負けて「最優秀新人監督賞」を受賞できなかったパトリック・コンですが、気落ちしてはいません。「ノミネートされただけでも一種の肯定なんだ。僕と呉彦祖とは確かに距離があるけど、僕自身の実力は決して不足していないと思うよ。でも来年は受賞したいなあ」。

 まあ、シナリオと出演者の関係ってホンットにケース・バイ・ケースで、
出演者が演じる側としての経験や感覚から提案してさらによくなっていく場合もあるし、
口出しし過ぎて監督が扱いあぐねてにっちもさっちもいかなくなる場合もあるだろうし、
どうも主演者の好み?主義主張?で(どーーしてこんな展開or結末になっちゃうの…?)と観客が頭を抱える(-_-;)筋になっちゃう場合もあるし、
一概にこうするべきだ!とは言えないですよね。
 トニーだって「インファナル・アフェア」第1作では、自分が提案して「三年又三年、三年之後又三年、十年ロ拉、阿Sir!」って台詞に変えて、結局それが香港で流行語になっちゃったこともある。
 他作品では極力台詞を減らして、自分の仕草や表情だけで伝えるように提言したと聞いたこともある。
 ただこの時は(若くてまだ経験が浅い脚本家に、あれこれ注文をつけるのはよくない。まずは全面的に受け入れて、自信を持たせるべき。もしもひっかかる台詞やプロットがあれば、監督とのディスカッションで現場で練っていけばいい)とトニーが判断したってことなのかな。
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2007年04月28日

小ネタあれこれ。

 世間様は「大型連休」開始だそうですが、nancixはこのン十年来、この時期こそが表稼業が超多忙…。本日も5月1〜3日もフル出勤です。むきーーーーっ
 なので、いつもの4日分の業務を休憩無しでこなして疲れ果てた本日は、小ネタをいくつか。

・ゴールデンウイークなので、と早めに出た「週刊文春」5月3・10日GW特大号、「阿川佐和子のこの人に会いたい」のチャン・ツイィー章子怡と阿川サンの対談目当てに買ってみた。
 阿川サンは「初恋の来た道」や「グリーン・デスティニー」「LOVERS」の話は聞いてくれていたが、「2046」の話は皆無。もちろんトニーのトの字も無し。
 ツイィーの中では「2046」は消したい過去なのか? 香港電影金像奨の最優秀主演女優賞ももらったのに…_| ̄|○ 阿川サンだって、トニーと対談したことあるのに……。

・そのチャン・ツイィー主演の「女帝(エンペラー)/夜宴」のイメージソングを"女王"松任谷由実が手がけたそうな。
 しかも書き下ろし曲ではなく、なぜかアルバムに収録されていなかった「人魚姫の夢」という在りモノの曲だとか…(ユーミンの公式サイトでは新曲と紹介されてるけど、未発表曲というべき?)。
 ユーミンといえば、そりゃ「ひこうき雲」「卒業写真」には随分とお世話になったし「♪どうしてどうーしてー 僕たちはー」をカラオケで歌ったことなど、おセンチな思い出もあるにはあるんですが(オフコース派で女性シンガーではどちらかといえば中島みゆき派で、暗くてわるかったな!と一人ですねてみる)、やはり「インファナル・アフェア」日本プレミアで、アンディ・ラウ、トニー・レオン、ケリー・チャン、エディソン・チャンが揃った記念すべき舞台挨拶途中にいきなり登場し、歌手仲間としてのアンディとの仲を見せつけ、アンディとトニーに熱狂する客席を何となく白けさせた印象がまだ尾を引いているんですが…。
 本当にほんとうに素朴な疑問ですが「女帝(エンペラー)」の客層とユーミン支持層って、重なるんですかぁ?
 「インファナル・アフェア」シリーズで「ワタシ、イメージソング歌うわっ!」とユーミンが言い出さなくて、本当によかった助かったと改めて胸をなでおろす…(-_-;)。

 このぶんではチョウ・ユンファ周潤發&コン・リー鞏俐&ジェイ・チョウ周杰倫(&いつも涙目のリウ・イェを忘れないで…)の「満城蓋帯黄金甲」も、日本公開時に音曲危うし。ジェイの歌、ぜひプッシュしてくだされー! 消さないでくだされー!

・神戸の花隈(はなくま)に長年住み「花隈隠者」と呼ばれたという、日本画家の村上華岳を取り上げるというのでテレビ大阪で「KIRIN ART GALLERY 美の巨人たち」をフルで見てみた。以前はエプソンがスポンサーだった気がするのに、いつの間にかKIRINに変わったのね。
 そして、エンディングで気が付いた。オープニング・テーマ曲「ビューティ・オブ・ジ・アース」は、あの「インファナル・アフェア」シリーズや「頭文字D」「傷ついた男たち」「SPL 狼よ静かに死ね/殺破狼」の音楽監督を務めた作曲家で音楽プロデューサーの、香港のコンフォート・チャン陳光栄先生その人だった!
 陳先生〜いつのまに日本のこんな仕事を請けてたんですかーーー! 「インファナル・アフェア」でのテレビ東京つながりですかー?
 プロフィールにイーキン・チェン鄭伊健や陳小春の名前が無いのがいまいち解せないんですが…。特に若き日のイーキンには、歌唱指導も相当なさったはずなのに…。
 とにかく日本との繋がりがあってよかったよかった。
 村上華岳については「製作は密室の祈り」という言葉が心に残りました。アン・リー李安監督も「色、戒」を編集しながら、祈っておられるのだろうか…。
 余談ですがどうも華岳の描く美人は、松本零士が描き続ける美女に似ているような気がします。付けまつ毛バチバチで映画「ドクトル・ジバゴ」(65)の薄幸のヒロイン、ララをベースにしたメーテルやクイーン・エメラルダスと、アルカイックスマイルのエイジアンビューティーとは、ちょっと違うようですが…。
 今回、華岳の有名な「裸婦図」が、実は西洋でよく描かれるモチーフ"レダと白鳥"を踏まえていて、裸婦の足元には実は白鳥を描こうとした下絵が残されているという逸話が紹介され、そうかやはり東西のミクスチャーで創り出された美女像だったのだなあ、と何となく勝手に納得した次第。ちなみに"レダと白鳥"の白鳥は、好色なゼウスの化身。無邪気な人妻にまんまと近づき誘惑し押し倒すために白鳥に化けるなんて、酷い神である。
やはりアジアには、美女の素足をちらっと見たせいで空から落っこちる仙人みたいな可愛い男の方が合ってる気がする…。

・25日ごろから、トニー・レオンの英語総合ファンサイト「tonyleung.org」が閲覧できなくなり、心配しております。
 この表示のされ方だと、利用してきたレンタルサーバーが突如サーバー運営事業を止めたとか、独自ドメイン利用継続料の払い込み手続きが遅れているとか、そういう事情ではないかと思えるのですが…。
 サイト管理人は米国在住の中華系アメリカンのキャリアウーマン(技術系のはず)、現在フォーラム管理を引き継いでおられる方は香港と海外を往復している有能なキャリアウーマンなもんで、両方とも超多忙なのは間違いなく。昨年のフォーラムのプログラムの、セキュリティ強化のためのバージョンアップ作業のために手こずってた時はともかく、何らかの理由でサイトを閉鎖するなら、きちんと事前に予告されるお二人のはずですし。
 来週になっても復活されないようなら、以前控えておいたメールアドレスに「どうされましたか?」というメールを送ってみようかと思いますが、アドレスが変わってたらお手上げだなあ…。
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posted by nancix at 23:55 | Comment(2) | TrackBack(0) | トニー・レオン

2007年03月25日

陸川監督作でマギーと再共演?

 今年が1937年12月13日に発生した南京大虐殺(南京陥落、南京事件とも)から70周年の記念の年ということで、中華圏では何人もの監督が、当時の南京を舞台にした映画を撮影しようとしていることは知っていましたが、
 昨日になって突然、陸川監督の「南京、南京」にトニー・レオン梁朝偉が出演するのではないかというニュースが浮上してきましたよ…。

・台湾の聯合新聞網
・中国長江日報の武漢晨報からの転載
・中国sina.NEWSの鳳凰新聞からの転載

 マギー・チョン張曼玉とアンディ・ラウ劉徳華が出演するのではという、前評判だったのになあ。
 日本人のエキストラも大々的に募集してましたよねえ。

 ルー・チュアン陸川監督のアシスタント、閻さんによれば、すでにこの作品は、中国電影局から正式の撮影許可証を得たとのこと。北京中影集団からの出資も取り付けています。
 監督と撮影スタッフはロケハン中で、"気候の涼しい北方の都市"でロケをするつもりだそうです。撮影開始までに数ヶ月かかるという報道もあれば、4月下旬ぐらいにはクランクインできる見込みという報道も。
 四川省南充市高坪区に、約7万2千平方mの南京城のオープンセットを建設するという話は、どうなったのか?
 4月中に撮影開始としたら、これまたトニーが出演するとしたら「準備期間が足りない、言語をマスターする必要がある」ってことになりそうじゃあーりませんか!

 怪しい。まことに怪しい。
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posted by nancix at 15:45 | Comment(0) | TrackBack(0) | トニー・レオン

2007年03月22日

インタビュー時のトニー

 3月20日、香港コンベンションセンター香港會議展覽中心での「第3回香港影視娯楽博覧」における、記者会見でのトニーの画像特集です。
 蝶ネクタイにブラックスーツの「亜州電影大奨」時とは打って変わって、ストライプシャツにジャケット、前髪しゃらしゃらのラフなスタイル
記者会トニー01
 記者の辛口質問に聞き入っている姿、かな。困った顔はいつものこと。

記者会トニー02
 憂愁のヒトコマ。

記者会トニー03合掌
 無意識に両手を組む合掌ポーズも、いつものクセ。

記者会トニー04笑顔
 困ってるばっかりではなく、ハツラツ笑顔だって見せる。

記者会トニー05破顔一笑
 破顔一笑。
 笑いジワだって左側だけくっきりと刻み込まれたほうれい線だっていとおしい、緒形拳レベルに到達しつつあります(nancixの中だけで…(^_^;))

 日本では考えられないほどズケズケ突っ込まれたり、「えっそんな悪意ある捉え方する人も世間にはいるの?」と傷つくこともあるだろうけど、トニー、めげないで…ヤケにならないで…。
 ま、気心の知れた仲間と酒でも呑んで、明日は明日の風が吹く〜と午前0時には寝ちゃいましょーや。わははははは。
 
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2007年03月07日

「〜Leslie 繼續寵愛音樂會」開催のニュースに

 花粉症が本当に辛い……職場での昼休みも電話番をしながらデスクにうつ伏せて仮眠しないと保たないし、仕事から帰ったらバタンキューだ…。

 ネットで、「Miss You Much Leslie 繼續寵愛音樂會」開催のニュースを知る。紅[碪カ]の香港体育館で開催。トニー・レオンも1曲歌うことになっているという。
 以前の2003年9月の追悼コンサートは、まだレスリーの不在が生々しく、事件直後の狂乱・迷走する報道の後遺症もあり、2003年の香港金像奨授賞式後に、レスリーが「カルマ」で受賞しなかったことに失望したレスリーファンが受賞者のトニーに向かって罵倒しトニーが青ざめたという報道に辛い思いをしたこともあり、
 レスリーの歌を他の歌手が歌って、何になるんだろ…レスリーファンは本当に嬉しいのだろうか…と疑問と空しさが募り、
 また日本のレスリーファンが最も狂乱…熱かった頃だったから、彼女らこそが参加するべきだ、座席を奪うべきではないと思い、
 トニーがちゃんと歌ってくれることだけを、日本で祈っていた。

 今回は、音楽會公式サイトの「歌曲下載」のコーナーで、新人女性歌手らしきエラ・ウォン王若卉がレスリーに捧げる歌「煙花湯/火」(なぜ北京語なんだ…)を歌い、MP3でダウンロードできるようにしているのを見て、疑念が募る。やり手音楽人であるフローレンス・チェン陳淑芬さんは、このいまプッシュしたい女性歌手を華々しくお披露目するために、レスリーの名前を冠にしたイベントをやるつもりなんだろうか…?

 まあ、そんな下心が透けて見えるようなイベントだったら、ジャッキー・チョン張學友やトニーが協力するわけもないか…。これは確かに、フローレンスさんの熱情で香港の、中華圏の皆を動かし協力して行うイベントなんだろう…。
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posted by nancix at 23:55 | Comment(0) | TrackBack(0) | トニー・レオン