**カテゴリー内記事一覧**
旅行記&鑑賞記を書き進めております.. 香港国際空港を、走り抜ける! 香港最終日。最後の任務は九龍駅で! 初の香港マックカフェ。 嗚呼「世界杯」の夜は更けて 信和中心攻略! しかし… 時代廣場で幾米(ジミー)展を鑑賞 格安全身マッサージ、張叔平を目撃! ユンファ夫妻の写真、City'superエコ.. 香港女人2人と飮茶。 朝も早よから土産物仕入れ。 やっとお開き。午前様のホテル帰着 ナーバスな夜。孤立感のどん底から。 呼び出し! 深夜の大冒険!! 恥ずかしながら、トニーを出待ち… フィナーレ、その後にレスリーの歌声 張學友の「追」にも泣きむせぶ… 甦る男の友情「當年情」〜グラスホッ.. トニー、「風繼續吹」を精一杯歌う レスリー@映画音楽コーナーでむせび.. 「由零開始」〜蘇絲黄のぶっちゃけト.. 遅刻ギリギリ!「繼續寵愛音樂會」開.. 「張國榮音楽之旅展覧」とエドワード.. 香港到着、ホテル〜香港文化中心へ 旅行前日は、いつも寝不足に。 4月の休暇、確保。 旅程計画変更。 チケット確保! 後は…。 香港で電話予約してくれるって(うれ.. 謎の国際無言電話攻防戦。 香港到着! 信和中心と旺角巡り 画像アップを進行中 帰っても頭から離れない 朝からテレビでトニー! 傷城2回目鑑賞完了。 見つけた!「傷城」バス!! SOHOロケ地探訪03 SOHOロケ地探訪02 SOHOロケ地探訪01 壮大華麗、壮絶なる家庭不和劇「滿城.. 信和中心潜入も…(T_T) 「父子(足本版)」鑑賞 香港の郵便局訪問中 蛋達仔〜! やはり鮮蝦雲呑麺を! 「傷城」鑑賞初回。 初日の戦利品 本日の香港は晴天なり

2008年05月04日

旅行記&鑑賞記を書き進めております。

 4月1日〜3日の香港旅行記&4月1日のみの「Miss You Much Leslie 繼續寵愛音樂會」の鑑賞記を、少しずつ書き続けています。

 …時間かかり過ぎやっちゅーねん。

 というのも、出発前に花粉症+風邪ウイルスで扁桃腺炎を引き起こし熱まで出し、香港到着前からヘロヘロの"ホタルのだめ"と化していた上に、
 帰国直後から1週間ばかり、ネット接続が突然できなくなって、すっかり心身ともにやさぐれていたせい。

 2泊3日だからシンプルな旅に、と思い決めていたのに、どーしてこんなにと我ながら情けなくなるほど、今回も走り回ったのでした…。

 seesaaブログは4月1日付けの一日分の記事でも、全部一気に表示してくれないので、リンク集をここに置いておきますね。

 旅行記として興味のある方は、下記からお読みください。
旅行前日は、いつも寝不足に。

 極めて個人的、感傷的なレスリー追悼コンサート「繼續寵愛音樂會」鑑賞記だけ読みたい方は、次の記事だけ読めば事足ります。
 まっどうせDVDが発売予定だというので、それまでの場繋ぎ程度にどうぞ。
「張國榮音楽之旅展覧」とエドワード・ヤン
遅刻ギリギリ!「繼續寵愛音樂會」開始!
「由零開始」〜蘇絲黄のぶっちゃけトーク
レスリー@映画音楽コーナーでむせび泣き 
トニー、「風繼續吹」を精一杯歌う
甦る男の友情「當年情」〜グラスホッパー登場! 
張學友の「追」にも泣きむせぶ… 
フィナーレ、その後にレスリーの歌声 

思い返すとつくづく情けないコンサート後の顛末…(-_-;)
恥ずかしながら、トニーを出待ち…
呼び出し! 深夜の大冒険!!
ナーバスな夜、孤立感のどん底から。
やっとお開き。午前様のホテル帰着

気を取り直して4月2日
朝も早よから土産物仕入れ。
香港女人2人と飮茶。
ユンファ夫妻の写真、City'superエコバッグ
格安全身マッサージ、張叔平を目撃!

時代廣場で幾米(ジミー)展を鑑賞
信和中心攻略! しかし…
嗚呼「世界杯」の夜は更けて
初の香港マックカフェ。
UFO印の「江山美人」は少女マンガちっく。

いよいよ4月3日、最終日。
香港最終日。最後の任務は九龍駅で!
冒頭しか見られなかった「三國志之見龍卸甲」
香港国際空港を、走り抜ける!
 というわけで、おしまい。とっぴんぱらりの、ぷぅ。
posted by nancix at 14:06 | 旅行記

2008年04月03日

香港国際空港を、走り抜ける!

 エアポートエキスプレスには、予定していたより15分ほど早く乗れた。
 さあ、空港へ、急げいそげ!
 搭乗予定時刻は、14:55だ! 35分には搭乗口に到着しなければ!

 空港到着は、ほぼ予定通りの14時。
 保安検査を、行きよりも難なく済ませ、税関も無事通過したものの、搭乗口に行き着くまでに両替店を捜さなければならない。

 …長いながい「動く歩道」を駆け抜け、ANA指定の搭乗口をかなり行き過ぎて、やっと見つけた両替店では、しかし2人も先客が!
 
 インド系のじいさま、何をもめているのか注文を付けているのか、係員と話し込んでなかなか両替を済ませてくれない(涙)。

 はーーーやーーーくーーーー。

 ようやくじいさまが退き、次の白人女性はさっさと両替を済ませてくれた。
 ……やれやれ。

 1万2千円分の両替を済ませると、またしても「動く歩道」の上をどたどた駆け戻る。
 搭乗口には、指定されたよりも10分ほど早く到着できた。
 まだ14時25分。

 やれやれ…こんなことなら、あと10分は「三國志之見龍卸甲」を見ていられたのにぃぃ。
 …ていうか、昼飯食べ損なった……_| ̄|○
 機内食は何時に出るんだろう…?

 などと心配していたら、1日真夜中に出くわした日本人トニーファンの人と再度出くわし、同じ便と判明。香港にいながら、もはや気分は日本……。ああうぅ、帰りたくなーーい。もっと気ままに映画見たいーーー。

 機内ではマスクをかけて爆睡するつもりが、空気の乾燥のせいか、飛行機の降下中に鼓膜がキーーーンと痛み出し、鼻をかんだらぼやんとしか音が聞こえなくなった。喉、鼻、耳と三重苦にあえぎながら関空に到着。耳は、空港バス内で座席倒してマスクして、香港のSちゃんがくれたリコラのど飴を舐めながら目をつぶっていると、少しはマシになったものの…。
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posted by nancix at 23:00 | 旅行記

香港最終日。最後の任務は九龍駅で!

 夕べやってた荷造りが、まだ終わらない。
 でもとにかく、朝刊を買わなければならない。

 今回は雑誌新聞スタンドではなくセブンイレブンに出かけ、目ぼしいものを買ってみることにする。
 平日の朝とあって、通勤通学の皆さんが大勢歩いてらっしゃる。日本と変わりません。
 セブンイレブンだと、新聞を買うとポケットティッシュを1部につき1個ずつオマケにしてくれるのが嬉しい。これも香港好きの友人たちへの格好のお土産になります。

 重い新聞の束入りエコバッグをぶらさげての帰り道、何文田勝利道のちょっと入ったところに、「才叔粥店」があると初めて気づいた。
 おおっ! 粥だ! やっと念願の皮蛋痩肉粥が食べられる!
 皮蛋痩肉粥と、凍檸檬茶を注文。
 内装は真新しく床もキレイだが、客はじいさん2人。従業員も、おじさんとおばさんの2人だけ。若者は周囲のベーカリーやカフェに行っちゃうのかな…。
 運ばれてきた皮蛋痩肉粥は、瑤柱(貝柱)でダシを取ったと店内の張り紙で自慢しているだけあって、上品かつしっかりと味がついた粥だった。腫れた喉にも、優しい感触。
 満足ーーー!

 我慢しきれず、食べながら朝刊の娯楽面だけを取り出して、チェック。
 おおおーーー! トニーがトニーが、歌うトニーがカラーでアップでーーー♪
 コンサート当日に来て、なるべく帰国を延ばした作戦勝ちだー!

 粥を食べ終わると、いったんホテルに戻り、自室のベッド上に収穫を放り投げ、再び取って返す。
 今度は雑誌新聞スタンドで、さっきと同じ新聞をありったけの3部買う。
 それでも足りないので、またセブンイレブンへ戻り、3部買う。
 15部ぐらい買って、トニーファン仲間にばら撒きたいところだけど…。足りない分はカラーコピーするか…。
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posted by nancix at 12:44 | 旅行記

2008年04月02日

初の香港マックカフェ。

 旺角ランガム・プレイス朗豪坊内のシネコン「UA朗豪坊」でチケットを確保、香港人トニーファンのIさんを待ちながら、階下のマックカフェで、生まれて初めての「香港マクドナルドバーガー」を食べた。
 サクサク揚げチキンとトマトの薄切りを挟んで、ピリ辛ソースを塗った、日本では食べたことのないハンバーガーだった。
 1990年の初めての香港ツアーで、ツアー仲間の男の子たちが「ここのマックで”オレンジジュース”って注文しても、通じないんだよなぁ」と嘆いていたのを思い出す。彼らのカタカナ発音では、確かに…って、自分も今回、「[女乃]茶、熱!(ホットミルクティー)」ならすらっと言えたけど、オゥランジィジュー(ス)!と発音するのは自信ないなあ…。

 ソースが意外に辛かったハンバーガーを、ミルクティーで流し込むように食べ終わって、セットだったフライドポテトを持て余す。まだIさんから電話がない。どうしよう。…もしかして、ビル1階にも、マックカフェじゃない方のマクドナルドがあったんじゃなかったっけ? 不安がよぎる。
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posted by nancix at 23:30 | 旅行記

嗚呼「世界杯」の夜は更けて

 旺角の太平道に差し掛かると、なんとTVBのロゴ入り局車両が何台か停まっていて、まばゆいライトが道を照らし出している。テレビドラマの撮影だ!とピンときた。

 この道は交通量が少なく、片側が土手に面していて、騒音を撒き散らす線路や道路が無いので、確かにロケにはもってこいかもしれない。「世界杯」ではない別のパブ入り口から女性が飛び出してきて、恋人か友人らしき男が後を追って来て彼女を引きとめようと腕をつかみ、その手を彼女が払う…というような撮影を、スタッフが遠巻きに眺めながら繰り返し続けていた。特に通行の規制もしていなかったので、ゆっくりと歩きながら様子を見守る。俳優は…あまり有名人では無さそうに思えた。
太平道TVロケ

 ……こんなドラマ撮影を日夜続けた延長に、トニーの今があるんだよなあ…。

 さて、昨日の明るいうちに撮影したスポーツパブ「世界杯」の外観は、こんな感じ。
「世界杯」外観
 「傷だらけの男たち/傷城」撮影時は、もっとサッカーにちなんだポップな外観だった。2006年8月24日、トニーがロケ中だった頃はこんな感じ。↓
060824トニーと世界杯

 今は、随分とシックに改装されていた。

 ドキドキしながら「世界杯」の扉を開けて中を覗くと、真っ赤なソファー席はほぼ満席。でも表面が照明で何色にも変わって光る乳白色のカウンターなら、席が空いていそうだった。
 ああぁ、あのカウンターに、マカオ帰りに律儀にエッグロールのお土産を買って来る阿邦と、無造作に食いまくる阿頭がいたのね……。

 中に入って指1本を立て、店員らしきお兄さんに「1位(一人)」と言い、積極的にカウンターの空いたスツールに座った。
 まもなくバーテンダーが前に来て「何を飲む?」と聞いてきた。「生力(サンレッ)ロ卑酒(=サンミゲルビール)」と指1本立てて伝えると、まもなくカウンターにミニ瓶とグラスが置かれた。バーテンがまだ前から動かないので、(前払いなんだ)と気が付いて、財布を取り出す。……幾らだっけ? ちょっと高いと感じたんだよなあ…75香港ドル=900円くらい? チャージ料込みだったのかなあ。
サンミゲルビール
 これが生力ロ卑酒、サンミゲルビール。古くは「男たちの挽歌/英雄本色」で若き刑事キット(レスリー)が注文していた、由緒正しき?ビールである。

 店内を見回すと、2台ある液晶テレビには、競馬の結果発表らしき映像が映り、サッカーや他のスポーツではなかった。ちょうど目ぼしい試合の中継がなかった時間帯なのかも。

世界杯で01
 賑わう真っ赤なソファー席の間を歩き回っているのは……ビヤ・ガール
 胸ときめいたが、それはスー・チー舒[ミ其]が扮したサンミゲル・ガールではなく、もちろん元祖バドワイザー・ガールでもなく、白と緑の2トーンのミニワンピを着た、カールスバーグ・ガールだったんである。ちょっと残念。でもなかなかキュートな女の子でした。
ビアガールと
 あとで登場するオーナーの一人と彼女に、きちんと許可を取って撮影したので、皆さんはいきなりフラッシュパチパチ焚いて撮影し始めないように。”ライダースーツ姿のタチの悪いチンピラ”はいなかったけど、どんな方々が居合わせて怒り出すか、わかったものではないので。
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posted by nancix at 22:30 | 旅行記

信和中心攻略! しかし…

 信和中心は、まずは地下のCDショップから攻略だ。

 ここで、鮑比達ことクリス・バビダのCD「I remember...Leslie」を捜す。…新作コーナーでは、どうも見当たらない。

 レジの店員に、昨日レスリー展覧会「[聲留。情動]張國榮音楽之旅展覧」でもらったチラシを見せると「こんなのは…うーん、ずっと前に出たんじゃないか?」と首をひねりながら、高く高く積まれたCDの中から、さっと探し出してくれた。

 ……あれぇ…青い字で「JAZZ」って書いてある…ジャズアレンジのアルバムなのか。それもいいかも…。なるほど、2007年発売みたいだ、とジャケットの裏を見て判断。新作でなくても、まあいいや。自分用に1枚買う。
 他に食指の動くCDがなくて、階上にどんどん上がって、生写真屋を探す。かつて必ず訪れていた、映画ポスターを勝手に?印刷したポストカード店がないのが、つくづく残念…。

 生写真屋は幾つか見つかったが「梁朝偉」といくら言っても、若い店員に「ない」と言われる。
 あるのは台湾アイドル「飛輪海」や「棒棒堂」ばかり、F4すらなかなか無い…ましてや高齢化が進む一方の香港明星は、全く旗色が悪い。これでいいのか香港? いいはずがない。

 レスリー写真やレスリーアイドルグッズだらけの店では、趣味のわるーい、ショッキングピンクやショッキングイエローをあしらった立体シールシートや印刷の悪いマグカップを「これも梁朝偉、これも梁朝偉」と押し付けられる。さすがに苦笑して断った。
 ……昨日のコンサートの「歌うトニー」写真は、神戸の「香港王」さんの仕入れ力に期待するしかないのか…。

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posted by nancix at 22:00 | 旅行記

時代廣場で幾米(ジミー)展を鑑賞

 そのまま地下鉄に乗ればよかったのに、ふと雨の中、以前泊まったローズデール・オン・ザ・パークホテルのてっぺんあたりが目に付いた。
 …そうか、あっちに行けば香港中央図書館やビクトリアパークがあり、銅鑼灣の中心街に出られるんだよな…。

 そういえば、graceちゃんの携帯メール情報では、タイムズスクエア時代廣場で、台湾の人気絵本作家、幾米(ジミー)さんのミニ個展が開かれているという話だっけ。
 見るだけ見てみようか…。
 雨の中を、とぼとぼ歩き出す。
 直線的な高士威道ではなく、うっかり銅鑼灣道を選んでしまったので、エラく遠回りになってしまった。それでもやみくもに歩いているとリー・ガーデンズ利園のビルに突き当たり、やがてやっと時代廣場にたどり着くことができた。

 ……日本的に考えればかなり時間は遅いんだけど、まだ会場は閉場してないだろうか…?
 後で調べたら、午後10時閉場だった。さすがに夜更かし香港である。

 graceちゃんの携帯メールを改めて見てみると、タイムズスクエア時代廣場1階ロビー吹き抜けみたいなところで、幾米(ジミー)さんのミニ個展「Never Ending Story幾米創作10年展」があるんだそう。ビル内に入ってみると、そこに円陣のような白い壁が立てられ、壁の上には絵本「Separate Ways君のいる場所/向左走 向右走(映画版は「ターンレフト・ターンライト)(02)」、トニーが幾米作品で最も感情移入したとか、最初に出合った絵本だとか言っていた「君といたとき、いないとき/月亮忘記了」でお馴染みのキャラクターの、石膏のような白い立体像が飾られていた。

 ゆるやかに湾曲した白壁の内側に、各作品の原画が1枚か2枚ずつ掛けられ、その下に少し小さな液晶パネルが掛けられていた。そこに、展示以外の原画や絵本の一部が映る仕掛け。懐かしの「向左走 向右走」「地下鐵」絵本からの原画も展示されていて、細密なペンタッチとカラーインクの巧みな使い方にうっとり見とれた。…素人だとホワイトだらけになるし、下書きの鉛筆書きが残るものなのに、原画はその1枚だけでもう充分に完璧な出来だった…今までに永田萠安野光雅らの原画展もできるだけ行って見とれてきたけど、本当に幾米さん、すごいや…。

 また、一角にはファッションデザイナーの康嘉偉という人が、幾米の新作「完美小孩」(まだ買ってないや…)からインスピレーションを得たという、衣装各種も展示されていた。何だか生身の人間が着るには、少々小さいサイズに思えたなあ…。
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posted by nancix at 19:00 | 旅行記

格安全身マッサージ、張叔平を目撃!

 おそるおそる、ちょっと古ぼけた感じのマッサージ店の中に入ってみる。
 ヒマそうな受付のおばさん、相手をしている少し若いおばさんが目に付いた。
 「全身健康…、40分」と頼むと、あいよとばかりに個室に通してくれた。
 寝台に腰掛けて待っていると、現れたのは若いお兄さん。
 え……お兄さんなのか…おばさんじゃなくて…。
 お兄さんは着替えるか?と聞いてくれて、灰色のTシャツとジャージを用意し、一旦外に出てくれた。
 着替えて寝台に寝そべったのはいいんだが、何故か汗が全身から噴き出す。
 「ちょっと君ぃ、これじゃ身体が冷えて、風邪がさらに酷くなるよ」と呆れたお兄さんがタオルをくれて「拭け」と言って外に出てくれたり、替えのTシャツをくれたり冷房を強めたりしてくれ、結局3着目のTシャツに着替えてようやくマッサージ本格開始。うう…恥ずかしい。
 でもマッサージは実に気持ちよく、レム睡眠状態の中で「ふぁぁ…」とか「はわわ…」とかマヌケな声が出そうになって、焦った。

 結局1時間弱かかり、レジ前でコップ1杯の水も飲ませてくれ、1300円程度だったのだ! 日本なら5000円はするぞ! ありがたやーー。

 ホテルに戻ると、荷物整理もそこそこに、ベッドに潜り込んで午後寝……。

 はっと気が付いて飛び起きると、外が薄暗い。

 ひえーー、早くトニーへのファンレターを書いて、澤東電影公司に置き逃げしてこなくっちゃーー!
 コンサートの感想では「最初はレスリーの友人知人親族だけで彼の思い出を話し合えばいいのに、なぜフローレンスさんはコンサートを企画したのだろうと不思議だったけど、鑑賞してみてやっとわかった。音楽人、映画人、プロの人々だけでなく、聴衆もレスリーを支える大事な存在だったんだ、聴衆も一緒に彼の作品を味わってこその追悼企画だったんだね」というようなことを書いた。それと「どうして香港に張國榮記念館が作れないんだろうと、私は不思議。日本には有名歌手の記念館があり、台湾にはテレサ・テン[登B]麗君記念館があるのに。展示できる品はちゃんとあり、訪れたいと思う人は世界中にいる、無いのは建物だけ。何とかできないのかなあ」とか、「あなたが88歳になったら、私はお祝いに梁朝偉記念館を作りたいよ! 東京に? 香港に? それは今から考えておかなくっちゃ」とも。
 「昨夜は喉が痛くて話せなかったけど、私の言いたいことはこういうことだった」と結んで、便箋4枚の中文手紙はおしまい。

 ……ま、どうせ文法間違いだらけだし、面倒で読まないだろうけどね……_| ̄|○。

 マッサージと仮眠のおかげか、かなり喉が楽になっている。しかし、外はまた冷たい雨だ…。
 地下鉄でまた香港島に向かい、目指す駅にたどり着いたのはもう午後7時過ぎ。誰か事務所にいるかなあ…雨の中、地下鉄出口から目の前のビルに向かって電話をかけると、昨夜お世話になった、日本語を話せるスタッフさんがいた! ちょっとだけお邪魔するOKが出た!>>続きを読む
posted by nancix at 18:00 | 旅行記

ユンファ夫妻の写真、City'superエコバッグ

 茶瓶のお茶もお湯も尽きたので、お湯を補充してもらおうと言うことになった。
 nancixのすぐ背後に、たまたま白上着のウエイターさんがいたので「唔該、先生!」と声を出すと、SちゃんもJさんも爆笑した。
 …何、なに? ワタシの発音、そんなにおかしいですか?
 「違う、ちがう。先生を言わなくていいの。唔該だけでいい。こういう時に"先生"まで言うのは、えーと何て言えばいいのかなあ、丁寧過ぎるってこと」と、お茶を補充してもらいながら、二人は教えてくれた。うーむ…やっぱり日本で習う広東語テキストは丁寧過ぎ、時代遅れなのか…「唔該、小姐」「唔該、先生」って、どの広東語のテキストにも書いてあるのにぃぃ。

 やっぱり、生きた広東語を学びたいなあ…「ラスト、コーション/色、戒」で一日3時間、みっちり家庭教師に習ったというトニー並みに頑張れば、この年齢でも少しはましな日常会話が身につけられるかしらん…そうしたらトニーが何を言おうと、「ほんなこつ、○○の穴の小さい男ごたるぅぅぅーーー!(以下略)」と切り返せるのにぃぃ。

 あああ、トニーと口ゲンカしたかった。平然と言い返してムッとさせてみたかった。のだめこと野田恵だって、オレ様千秋真一に言いたいことを言ってたから、認めてもらえたんじゃないか。変態度はのだめに負けないのに(負けろよ)、オレ様千秋様トニー様に組み付いていけないのは(いくなよ)、ひとえに語学力の劣等感のせいなんである…。とにかく、通勤に往復4時間近くかけ、淋しがりやで耳が遠くなってきた老父の話し相手も務め、フルタイム働いて手抜きだが家事もやるという今の生活を、何とかしなきゃー…。

ペンギン餃子
 楽しく談笑しながら、おなか一杯食べた。ペンギン型餃子だけは写真と全然違っていたし、味もあまりよくなかったけど、他は及第点。また友人達と尖沙咀に来る時は、ここで飮茶して他のメニューにも挑戦しよっと。
 って、気が付いたらマンゴープリンは1個しか来てない! 「えっ私にだけ? 皆食べないの?」と聞いたら「私たちはいいよ、一人で全部食べな」とSちゃんはサラッと言う。いいのかな…申し訳ないな…。

 支払いは、また「割り勘にさせてー」とnancixが頼み、「ダメだめ、日本ではおごってくれたでしょ」と2人が押し返し…結局、今回は既婚共働きのJさん持ちになった。ゴチになりましたっ!

 階段を降りながら、壁に貼られた写真類を見ていて、びーーっくり。

 チョウ・ユンファ周潤發夫妻だーー!

 ユンファママと3人で、店主らと撮ってる写真もあった。
 かなり古いから、ユンファがハリウッドに行く前かな…?
 「料理の鉄人」にこの店の料理長が出演した際の、あの派手なマント姿の鹿賀丈史との記念写真もあった。

 「さて、午後出勤までもうちょっと時間があるから、お買い物に付き合うよ。どこ行きたい?」とSちゃんが聞いてくれた。
 んーーー…尖沙咀で買いたいのは…「City'superで、エコバッグ買いたい!」と頼む。
 「エコバッグぅ?」とキョトンとするSちゃん。
 とりあえず、面白そうだからと3人でオーシャン・センター海港城3階へ。
 あ、あれ? 前に来た時は向かいの新港中心じゃなかったかな…と一瞬戸惑ったが、新港中心にあるのはCity'superのフードコート「クックド・デリ・バイ・シティスーパー」だけでしたね。一人でこのあたりをうろついてたら、エラいロスタイムするところでした。

 ところで海港城の中央付近の出入り口のすぐ外側は、両側に透明ボードを立てて、喫煙場所と化していた。真ん中の通路を歩くだけでケムいのなんのって。気管支の弱い方は、要注意であるよ。
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posted by nancix at 13:30 | 旅行記

香港女人2人と飮茶。

 食後に京都念慈菴・川貝枇杷膏の「便利装」の箱を開けてみると、それは1回分ずつパックになっており、上部を切ってぬるぬる中身を出して、そのまま口に注ぎ込めばいいというものだった。
 …なるほど、蜜練と題してあるようにハチミツで練ってあって、実に甘い! でもまあ、シロップよりも腫れた喉に滞留する時間は、長そうだ。
 味は…子供の時はこれしか買ってもらえなかった、懐かしの固形浅田飴をもっと濃く甘くした感じ。

 テレビニュースにも見入って、ふと気づくと、そろそろ飮茶待ち合わせの時間が近かった。MTRで尖沙咀に行かなきゃいけないんだから、早めに出た方がよさそうだ。身支度をして、待ち合わせているSちゃんとJさんへのお土産入りミニバッグを忘れず持って、いざ旺角の街中へ…。

 MTRは意外に早く尖沙咀駅に運んでくれ、待ち合わせまで15分ぐらいあったので、ネイザンロードの向かいのカジュアルファッションショップを覗くことにした。こんなに春先の香港が涼しいと思わずに、半袖ばっかり持って来ていて、長袖Tシャツやブラウスがないのだ。
 いつものジョルダーノは、なぜかジョルダーノ・コンセプトというブランドに変身を遂げていて、ユニクロでもイタリアのベネトン風でもない、白黒中心のちゅーーーとハンパなオフィスカジュアルショップになってしまっていた。デザインも細身に……使えん

 その並びにあったのが、スポーツカジュアルのHANG TEN
 あら、黄色い足跡マークが何だか懐かしい気がする。デザイン的にはティーンズ向けかなと思ったけど、レディスのコーナーではグレーの衿付きカットソーや、ちょっと凝った模様付きの白ブラウス、茶色+水色の長袖Tシャツが見つかったし…何より安いと思う。ただしサイズ表記がユニセックスなのか女性サイズなのか、イマイチわからない。できるだけLかLLサイズを選んだが、長袖Tシャツだけは、女性店員が幾ら捜してくれてもMサイズしかなかった。…まあ、丈はちんちくりんにはなりそうにないし、ピタTのつもりで着るか。

 3着を買い、また待ち合わせ場所に駆け戻った。Sちゃんがすでに到着していて、手を振って合図してくれた。Jさんと携帯電話でやりとりしていて「彼女は少し遅れるので、先にレストランに行こう」という。

 尖沙咀で、飮茶レストランというと…いつも香港文化中心の「映月楼」しか思いつかないのだな。昔はザ・カオルーンホテル九龍酒店地下に、昼だけは安めの飮茶サービスのある、高級レストランがあったけど…。

 今回、Sちゃんが連れて行ってくれたのは、ワトソンズ屈臣氏のすぐ近くに狭いせまい間口の入り口がある、「鴻星海鮮酒家」だった。2000年にはお台場にも支店を出しているのね。日本で食べると高いだろうなぁ。

 入り口は狭いと思ったが、階段を上がってみると、でででかい! 広い! 席数多い!>>続きを読む
posted by nancix at 11:30 | 旅行記

朝も早よから土産物仕入れ。

 思ったより早く、謎の「グォーングォーン」という低音のせいで目が醒めた。
 ……どうやら、壁を隔てた向こうにある、エレベーターの動作音らしい。
 最上階の広くていい部屋だと喜んでいたが、そうか、エレベーター音がうるさくてホントのVIPを泊められないので、スーペリアルーム料金のはずのnancixを入れたのか…。

 バスルームで鏡を見ると、なんと! 鼻の下に、ちょうど鼻水を垂らしたような形の赤いただれ、「熱の花」ができてるー!
 あああ…何てこと…昨夜はまだこんなマヌケなものはできてなかっただろうな……こんなモン付けて、しかもスッピンで、泣き腫らした目でよくまあ、お耽美主義者の影帝様に会いに行ったりできたものだーーー!
 またズーーーーーーンと、落ち込む。バカバカーー! nancixのおバカさーーん!

 鼻の状態も喉の痛みも、さらに酷くなってる…。これは絶対に、朝刊を買いに行くついでに咳止めシロップを買わなければ…。

 ネット接続し、コンサート記事が確実に載っていそうな新聞の目星を付けた。どうも明報と文匯報が期待できそう。日本から持参のCity'superのエコバッグを持ち、ホテルから信号を渡ってすぐの新聞雑誌スタンドと、セブンイレブンを覗き、蘋果日報も加えた4紙ほどを買ってみる。帰り道には、もうホテル向かいのスーパー「百佳」が開店していたので、いったん新聞を置きに自室に戻り、またスーパーにお出かけ。

 某SNSであらかじめ読んでいた、香港土産にぴったりの品々が、ほぼここで調達できた。わーーい。

 買ったのは、>>続きを読む
posted by nancix at 08:30 | 旅行記

やっとお開き。午前様のホテル帰着

 そのレストランのドアと壁面には、所狭しと来客によるサインやコメントがマジックで書かれていたのだが、ちょいデブ王子君は天井近くを指さし「あれ、オレが書いたの」と広東語で言った。見ると、どうやら仮面ライダーのつもりのマンガチックイラストだった。
 「え? あなた、[巾蒙]面超人(香港での仮面ライダーの呼称)、好きなの?」と聞くと、彼はファンキーに「♪セマルゥー ソッカー!」と、調子っぱずれに歌ったのだった。ソッカーじゃないよぉ、ショッカーだよう。…全くもう、日本でも香港でも、特撮好きが昂じて映画業界に入っちゃう若者、いるんだよねえ…(^_^;) 
 そういえばこの歌を日本人インタビュアーの前で歌ってみせたと聞いたことのある、軟硬天師のエリック・コッ葛民輝は最近どうしているんだろうねえ…。

 トニーは一度、スタッフにうながされてドア近くまで来たのだが、また呼び返されて奥へ戻ってしまった。そして、2ショット撮影の順番が我々にも回ってきたのだった。持ってきたデジカメが、とりあえず一度は役に立った。
 うー……できればトニー1人の写真を…自分の不細工な、泣き腫らしたまぶたの顔は要らんのだけど…そんなワガママを言えるムードではなかった。トニーはいかにも慣れた感じで、誰にでも腰に手を回してくれた…顔はややムスッとしたまま…。

 2ショット写真の後は、全員での記念写真。それが終わって、やっとトニーは解放されるのか…と思うと、また戻って、日本人ファンの誰かが香港人か中国人ファンにプレゼントしたらしい日本製「ラスト、コーション/色、戒」パンフにサインしてるよ…店員にも頼まれて何やらサインを始めたよ…_| ̄|○
 あのー…もしもし、世界のトニーファンのみなさーーん、愛してやまないスターさんに帰宅して我が家でゆっくり休養してもらうという選択肢は、皆さんには無いのですかぁぁ?(自分も参加しといて言うな)

 でもいよいよ澤東スタッフが帰る気まんまんで、車が来ないか外をうかがっているので、一緒に外を見てみる。日本時間なら丑三つ時、人っ子一人、車1台すら通らない。「よかったですねえ、娯楽記者がいなくて」と思わず言ってしまう、どこまでもスタッフ根性で、ゲストに成りきれない自分が情けない…。

 トニーがやっとドア近くに来た。やっぱり、かなり疲れた顔だ…。思い出したようにnancixに聞いた。「君はいつ日本に帰る?」「3日です」と答えると「ふーん」だけ……。日本人は気ぜわしい旅行をするもんだなあ、と呆れたのかもしれない…。
 「今夜はゆっくり眠ってくださいね」と、おねんねの仕草付きで広東語で言うと「僕も、そうしたいんだけど」と、ちょっと情けない表情になってぼそっと言った。……そうねえ、今夜って言っても、もはや4月2日、明け方までたったの4時間ぐらいだもんねえ…でもどうせキミは朝9晩5の勤め人じゃないんだから、朝寝坊も好きなだけできるんじゃないの…? 俳優の日課の筋トレなどにいそしんじゃうの…?
 はぁぁ、今夜のやりとりはたったのこれだけかあ…。しっかり睡眠をとり、朝刊を買いに行き、飮茶の待ち合わせ時間までにブログを書いて、英文ファンサイトにコンサートレポートを書く方がよっぽど…(以下略)。

 やっと迎えのワゴン車が来て、トニーは皆に手を振りながら車に乗り込み、2人ぐらいのスタッフらと共に帰っていった。後のスタッフはそれぞれに、タクシーで帰る様子だった。日本語のできるスタッフさんが香港人ファンのIさんらと我々のことで相談して「彼女たちと一緒に帰ってくれるのね」と確かめてくれていた。足手まとい日本人への気配り、申し訳ありません…<(_ _)>。

 韓国人世話役のお姉さんも「再見、サヨナラァー」と声をかけてくれ、思わず「カムサハムニダー」と、天童よしみの演歌で覚えたお礼を言ってしまうnancixなのであった。クスッとお姉さんが笑ったのは、本当は口語では「コマプスムニダ」の方が一般的だったからであろうよ…(コマ…コマ…とっさに発音でけんっっ!)。
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posted by nancix at 04:00 | 旅行記

2008年04月01日

ナーバスな夜。孤立感のどん底から。

 うじうじ考え込んでいると、上機嫌の韓国人ファンの世話役おねーさんが「あんたたち、日本人? トニーを好きなのね!」とカタコト広東語で話しかけてくれた。…よかった…今まで怖い目で睨まれてばかりいるような気がしていたのに…。

 日本人席になぜか一緒にいてくれた、香港人のIちゃんと旧交を温められるのも救い。ぜひ彼女のアドレスを聞き、日本で発売された映画パンフや雑誌を送ってあげたいと、以前からずっと思っていたのだ。前にもらったのは職場の名刺だけで、その後まもなく転職したというし…。
 
 その彼女が、昨日今日は自分の宿泊しているホテルの一角で働いていたと聞いてビックリ。明日も九龍地区のホテルで勤務だと言い「仕事の後で、夕食を一緒に食べましょう!」と誘ってくれた。
 …ワタシは明晩こそ映画「江山美人」を見たいのだが、それでもいいか?と聞くと、いいと言ってくれる。……まあ、何とか時間の工面をつけましょう!

 で? トニーさん、先ほどの宣告通り、もう帰り支度をしてるの?

 奥の座席を見やると、何だか掟破りのデジタルビデオカメラをコンサート会場に持ち込んだファンがいたらしく、こちらに猫背気味の背中を見せているトニーは盗撮をとがめるどころか、液晶画面に顔をくっつけるようにして、音声を懸命に、真剣に聞いていた。
 ……自分の歌のチェック? 楽屋では聞こえなかった、誰かのトークに聞き入っている? ……まだまだ帰りそうにないじゃん……やっぱり、ワタシと話をしたくなかっただけかーーー!(号泣) 今頃チェックしても、もうリテイクはきかないんだぞー! 往生際が悪いよ〜!

 「ねえ、もうとっくに午前0時を過ぎているんだけど、トニーは0時までに寝る習慣だったんじゃないのぉ?」と呟くと、誰かが「最近は眠れなくて、コンサート前夜も睡眠薬を飲んで寝たんですって」と教えてくれた。
 そうか…久々の大舞台に立つプレッシャーで"クヨクヨ君"になってたんだな…だったら余計、肩の荷を下ろした今夜こそ、バタンキューすりゃいいのに…カリーナもいない広い豪邸で独り夜を過ごすより、安心できる顔見知りの崇拝者たちとキャピキャピしていたいのかなー…?

 ……何だか、この4月1日の夜だけは、女たちとたわむれているトニーを、見たくなかったんだけど(泣)…それを見せ付けられているのが拷問のような気がするのは、単なる「話させてもらえない者」の嫉妬なのか…。
 ……そりゃもう5年も経って、トニーにはレスリーを偲ぶ機会は今までにもう充分に有ったんだろうし…プローレンスさんやジャッキーや王家衛監督、ウィリアム・チョン張叔平らと話し合ったり、折りに触れて思い出すこともnancix以上にあっただろうから……でも…だけど…。

 この場で、まだレスリーを偲んで流した涙が体内に宿っているのは、自分だけなんだという気がした…みんなトニーに会えたというそれだけで満ち足りているのに、とても自分が場違いに思えて…。

 レスリーについて、日本人として日本における香港芸能を振興させなきゃっとサイン会やコンサートにも出かけた、「ブエノスアイレス/春光乍洩」撮影中に神戸に来たクリストファー・ドイル杜可風に「レスリーはともかく、トニーは返せ戻せ無事に元気な傷一つないさらっぴんの体で香港に早く返せーー」と首を絞めたかった自分の複雑な気持ちを、トニーに話す機会なんて、もう無いんだなあ……。
だったらもう、自分がここにいる意味は、全く無いんだけど…。別にトニーにルーティンワークとしてのファンサービスなんてしてほしくない…ああ、また涙がこぼれそうだ…でも嫌だ…他のファンがキャピキャピ嬉しがってるところで、独りだけ泣いて周囲をしらけさせるなんて、みっともない…。こちとら、大陸や半島で戦いが絶えなかった頃「和をもって尊しとなす」と宣言した聖徳太子の末裔だーい(ウソ。先祖は大和朝廷には関係ない九州人)
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posted by nancix at 23:30 | 旅行記

呼び出し! 深夜の大冒険!!

 深夜の呼び出しは、確か先ほどの香港体育館の出待ちの時にいたはずの、香港人ファンのAさんからだった。「サウンド・オブ・カラー/地下鐵」初日の香港で、一緒に金雀餐廳でワイワイとおしゃべりした中に、いたはずの…香港人ファンのサブリーダー的存在の…。

 「トニーがいるの! すぐおいで!

 ……はぁ? そりゃ、トニーは香港にいますよね…さっきも目撃できたし…。
 「ど、どこに行けばいいのですか?」
 「銅鑼灣!」
 「じゃ、私は銅鑼灣のどこに行けばいいのですか?」
 「エイ、もう!」とじれったそうに、Aさんは誰かに替わる。それは香港在住の日本人の方だった。
 「トニーがいるって、そこは一般のファンも、いてもいいところなんですか?」「そうだと思いますが。とりあえず、来た方がいいと思いますよ」とおっしゃる。
 通りの名と、周囲に街市があることなど、目印になりそうなものを教えてくださった。必死にメモを取る。
「来られそうですか?」と聞かれたので「ハイ、地図帳を見れば大体は解ると思います、ここは旺角なので、タクシーで行きます! ただ、携帯電話が今夜は使えない状態で…」「では、大体の時間を見計らって、待っていますね」と言っていただけた。
 その時nancixが想像したのは、今夜のコンサートの出演者やスタッフが打ち上げパーティーをしていて、トニーも参加していて、レストランだかバーだかの外にファンがずらっと並んで大人しく待っていれば、トニーがちょっと席を外して出て来てくれて、少しでも言葉が交わせる…というような状況だった。

 少しの時間なら、地下鉄はもう帰りは動いてなくても、タクシーで何とか帰って来られるかな…。

 地図帳こと香港街道地方指南2007年版の「全港街道」索引で調べると、該当する道路名が見つかった。ひえっ、これって銅鑼灣というか、完全に街外れだ…「地球の歩き方」ではマップの圏外。どうしよう。周囲に何か目印…小さなホテル名の表記が見つかった。ここへ行くってことで、タクシーの運転手に言おう!

 デイバッグにデジカメを押し込み、一瞬、マスクをするかしないか迷う。……ダメだ、白マスクは香港人を2003年春当時に引き戻してしまう。スッピンのまま、ホテル1階の、ベルデスクに駆けつけた。夜勤のおじさんがベルキャプテンとして、一人いた。
 おじさんに、香港街道地方指南を差し出し、下手な広東語で「私、いまここに行きたい、友達ここにいる、私はプレゼントを持って行く」と一生懸命説明した。おじさんは驚いた顔になり「今から香港島に行くのか?」とブツブツ言いながら、地図を眺め、夜勤の相棒らしき若者を呼んだ。
 「おまえ、このホテル知ってるか?」「知らん。…シティホテルじゃないんじゃないの、ラブホテルかな?」とか言い合ってる。は、恥ずかしい…何でもいいから、タクシー呼んでよぉ。
 おじさんは帰りを危ぶんでか念のためにか、ここのホテル名と住所、電話番号、日本の110番にあたる999番の電話番号などを書いた名刺サイズのカードをくれて、タクシーを呼び、香港街道地方指南を見せて「この客はここに行きたいんだと」と説明してくれた。なんて親切なんだ…。

君さえいれば 金枝玉葉 タクシーは海底トンネルを抜けて、一路香港島を疾走する。nancixの脳裏に、必死に街を駆け抜け、九龍サイドから香港島のビクトリア・ピーク周辺とおぼしきサム・クー顧家明のもとへと急ぐ、白いワンピース姿のウィンことラム・チーウィン林子穎の姿が、「追」のメロディーと共によぎっていたことは間違いない。ええ、映画「君さえいれば 金枝玉葉」の名場面です。あのウィンも、さすがに途中で息切れして「タクシー!」と叫んでいたっけ…その現実感が、おとぎ話風ラブコメなのに、いかにもリアルで香港人らしかったんだよね…と、その時のnancixはクスリと笑ったのだ。
 …泣きじゃくってたら理由を聞いて考えを整理させてくれる、背中を押してくれる、陳小春みたいないいヤツは、nancixにはいないけど…。

 タクシーは仮想の行き先としていたホテル前で、ちゃんと下ろしてくれた。「ここでいいのか?」と念を押しながら。
 ……確かに、念押しされてもおかしくないわ……入り口の間口が狭くて電飾バリバリで…えと……やっぱり香港式ブティックホテルですか…? ぐわぁぁ、顔から火が出る思い…。

 その周囲に、確かに街市(市場)はある。完全に閉まってるけど。しかし、教わったようなレストランのネオンが、見えない…おかしいなあ…まさか、かつがれたわけじゃ…?
 半泣きになり行きつ戻りつしながら、海辺に近い通りの角を曲がってみた。
 ……あった! ネオンが!看板が! そしてその下に、さっき電話で説明してくれた方が! ちょっとでも疑ったことを猛省!

 「心配しましたよ!」と手招きされ、謝りながら店内へ誘われる。…え? ファンが入っちゃっていいんですか? おそるおそる、一歩足を踏み入れた。

 ……え?

 さっき、香港体育館機材搬出口の鉄柵前で見た面々が、ほぼ店内にそろってる、みたい。
 何なんですか? こんな夜遅くの時間なのに、皆さんレディーなのに、非公式トニー・レオン国際ファンミーティング?
 一番手前のテーブルには…何と、トニー本人もとり澄まして座っていた。どうやらそこが日本人テーブルらしく、さっきの顔見知りのファン2人が、トニーと並んで座っていた。
 まだ状況が飲み込めないまま、末席に腰を下ろす。トニーに何か言わなくちゃと思った。とりあえず、皆さんをお待たせしたみたいだから、それは申し訳ないと言わなくちゃ。

 「Sorry、I was too late.」と、しゃがれ声で、しかも英語で言ってしまった。(広東語の「遅到」と「知道」の発音がいつも混線するもので…涙)

 トニーは。
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posted by nancix at 22:00 | 旅行記

恥ずかしながら、トニーを出待ち…

 「Miss You Much Leslie 繼續寵愛音樂會」関連グッズ販売コーナーでは、あっらーーー…お目当てのポストカードは完売の様子。
 他のアイテムは、希望者には予約を取っているようだけど、通信販売になるのだろうか? 香港非在住のガイジンには到底無理とあきらめ、また歩き出す。

 ……そういえば! ここからは、かつてアンディ・ラウ劉徳華の「ケロケロけろっぴ」ステッカーやぬいぐるみだらけライトバンを目撃し、いつぞやの金像奨の時に目星をつけた、荷物搬出口が近いですよ!

 無理かもしれないけど、トニー・レオン梁朝偉が出てくる所を一瞬でも目撃できるかも!
 吸い寄せられるように、地下道に一旦下りて、搬出口に近い出口からまた上がってみる。

 ……あらら、搬出口の真向かいの道路ではなく、搬出口脇の、鉄柵の前に出ちゃった。

 鉄柵の内側にいる警備員の監視のもと、バックステージパスを首にぶら下げたスタッフがひょい、ひょいと出入りする。何と、今年の東京帰りのトニーが着ていて日本ファンの微苦笑を誘った、アディダスの中国ジャージを着た兄ちゃんもいる! 日本で買ったのか? え?

 しかし、この鉄柵の外の場所になら、誰の何のおとがめ無しにも、いられるみたいだ。
 現に、出待ちらしい女性の姿が……あらら?

 あっらー! 思わず声をかける。

 香港人のトニーファンで、以前「インファナル・アフェア3/無間道3 終極無間」を一緒に観て深夜の香港島を共にさまよいトニーについて語り合った、Iさんでないの!
 「お久しぶり〜!」と再会を喜んでいると、我々の背後にも次々と見覚えのある香港トニーファンの皆さんが集まってきた…何人かは「サウンド・オブ・カラー/地下鐵」の香港公開イベントの後、「花様年華」ロケ地の「金雀餐廳」で一緒に食事をした…あああっ韓国の世話役的存在のお姉さん(広東語かなりできる)も! 広州の熱心な女の子も!

 ……顔見知りの日本人ファンも2人、発見してしまった…。

 「どこのホテルに泊まってるのぉ?」と聞かれ、今回は一人旅で短期で、スケジュールが詰まってるのであまり教えたくなかったんだけど、「安かったんで、旺角と油麻地の間の辺鄙なところにあるホテルで…」とつぶやくと「もしかして、SARSが最初に発生したホテルですか?」とかクスッと笑われた。うっ…あまりそういう言い方、されたくないけど…。
 
 そうこうしているうちに、ナディア・チャン陳松伶、ジジ・リョン梁詠[王其]、アンディ・ホイ許志安らが搬出口から出て来て、真正面にいるらしいファンの歓呼を受けて手を振りながらまっすぐに迎えの車へ。我々の方からは横顔しか見えないなあ…。
 と、一人のちょっとすっきりとした顔立ちのイケメンが出て来て外の様子を見回し、また建物の中に入っていった。
 あれ? いまのイケメン、どこかで観たことあるような…と思ってると、韓国ファンサイトの管理人さんが、再び出てきたイケメン君に声をかけた。

 え?え? ええええーーー!
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posted by nancix at 20:40 | 旅行記

フィナーレ、その後にレスリーの歌声

 ファンクラブの皆さんはスクリーンに向かって「レスリー!」「レスリー!!!」と絶叫し続ける。
 いなくなった母を恋い慕う、迷える子供のように…。
 切ない…。

 スクリーンには、再び各界の著名人が映像で登場して一言メッセージを述べる。スタンリー・クァン關錦鵬監督、シルヴィア・チェン張艾嘉お姉様…。

 さて、まだ涙が乾かないうちに、出演者(16人だろうか?)がステージに横一列に並んで、いよいよフィナーレ。
 今回は、とっとと帰ったりしないで、トニーは中央近く、藝術顧問でもあるジャッキー・チョン張學友と、カレン・モク莫文蔚の間に挟まれている。
 フィナーレ曲は「風再起時」。
 映像でも紅凧が翻り、巨大な模型の紅凧も、ステージ脇の宙を舞う。
 トニーは一点を見つめて、決して視線を外さない。視線の先には歌詞が示されるモニターでもあるんだろうか?
 歌いながら、時折り隣のジャッキーがトニーを優しいまなざしで見つめるのに、トニーは全く気づかない。もー、歌うので一杯いっぱいらしい。
 90年代には、ジャッキーと肩組んで、照れてれのはにかみ笑顔を向けて、あんなになついてて、nancixの胸をキュンとさせてたのになぁ…。

 出演者一同が退場すると、やがて1本のマイクスタンドがスポットライトを浴びてせり上がって来た。
 1990年の「告別演唱會」の時、敬愛していた山口百恵がステージの上にマイクを置き、二度と振り返らずに引退を成し遂げたことに倣って、「封ロ米儀式」=マイクを納める儀式をしたとき用いられたマイクらしい。
 マイクスタンドの背後のスクリーンには、歌手引退を決意、二度とステージには上がらない悲壮な決意をして白光に輝く舞台奥に歩みつつ、百恵ちゃんと異なり、なおも客席を振り返った時の、若いわかいレスリーのアップが……。

 そしてスクリーンに歌詞が字幕で流され、
 レスリーのライブ音源かららしい、声と歌が場内に響き渡る。
 歌は「」だ。
 「私は私…」と、ミュージカル「ラ・カージュ・オ・フォール」(映画化もされた)の1曲「I AM WHAT I AM」からヒントを得て作られたらしい、これも忘れられない1曲。

 「私は私」と、自信を持って、誰が何と言おうと、自分なりの道を歩んでいくんじゃなかったの?レスリー…。
 それができる貴方ではなかったの?

 ファンクラブ会員さんらを中心に、観客席からも歌声が…。

 歌のラストには、マイクスタンドが、火を噴く!
 いや、花火仕掛けでまぶしく白銀の輝きを放つ!

 無人のステージ……。

 しかし、そうすると、これまでの他の歌手が懸命にレスリーの名曲を歌いこなそうと努力したこと、存在意義は一体……(汗)。
 レスリーの映像を集めたフィルムコンサートでも、レスリーファンは堪能できたのかも…と、ふと疑念がよぎる。>>続きを読む
posted by nancix at 20:30 | 旅行記

張學友の「追」にも泣きむせぶ…

 登場したのは………。

 いよっ! 真打ち、ジャッキーーーーー・チョン張學友ーーーーー!
 白のポケットチーフは正統的だけど、白シャツの裾を黒ジャケットとボトムの間にはみ出させた、ラフさ。四大天王時代にはご法度だったらしい無精ヒゲ?もちょっと生やして。
 彼のナマ歌を香港でnancixが聞くのは、もしかしてこの香港体育館で観たミュージカル「雪狼湖」以来じゃないのかーー!

 彼が歌い出したのは、レスリーがフォークソングのようなと形容していた「春夏秋冬」。(泉谷しげるの「春夏秋冬」は全然違うぞー)
 揺るぎない音程、優しさに満ちた、時には朗々と響くジャッキーの歌声に、うっとりと聞き惚れる。
 さすがは桑田圭祐、安全地帯or玉置浩二、槇原敬之、浜田省吾、何でも歌いこなし、どれを聴いてもジャッキーのためにあらかじめ作られた持ち歌としか聞こえないまでに歌える"歌神"様である。
 この「春夏秋冬」も、え? ジャッキーの新曲でしょ?というくらいに歌いこなしてる…それがいいのか悪いのかわからないけど。

 そして再び登場の女性歌手、エリサ・チャン陳潔靈とのデュエットは、実際にレスリーとエリサがデュエットした「只怕不再遇上」、「誰令イ尓心痴」の2曲、レスリーとアニタ・ムイもデュエットしてた「縁イ分」。
 「誰令イ尓心痴」は、"金妻"ことドラマ「金曜日の妻たちへIII 恋におちて」の主題歌だった、小坂明子の「恋におちて -Fall in love-」のカバー曲だよね。最近は徳永英明もカバーした…nancixもそっと日本語歌詞で學友とデュエットしました。

 だけど……。
 だけど……。

 次の曲が「追」だなんて……………!!!!

 「張國榮跨越97演唱會」で「追」を歌った時のレスリーと同じく、緑のレーザー光線がジャッキーの周囲を包み込む。後光かオーラのように…。

 また、nancixの目から鼻から力水。
 あまりにも、思い出がありすぎる歌なんだもの!!!
 記憶細胞のどこに潜んでいたのかと自分でも驚くほど、歌詞が(カタカナ発音だけど)発音できた。
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posted by nancix at 19:00 | 旅行記

甦る男の友情「當年情」〜グラスホッパー登場!

 ハーモニカのイントロだけで、もう熱い男の友情やましいものは何もない!(けどチョットはあるかもしんない)と悲劇の兄弟愛が甦る、「當年情」!
 あの伝説の映画「男たちの挽歌/英雄本色」(86)主題歌である。ポスターを観て、単純にレスリーのオトコマエぶりに惹かれて神戸東映プラザに観に行き、ティロン狄龍と、マーク哥ことチョウ・ユンファのアツアツの友情ぶりに陥落した、という思い出の…。
 この名曲を歌うは、さすがの実力派歌手、アンディ・ホイ許志安である。黒スーツにスタンドカラーの黒シャツと、黒ずくめ。この「當年情」、生まれて初めての香港で、この曲がどうしてもほしくて捜しに捜してネイザンロードを歩き続け、ついに旺角だか油麻地だかのレコード屋で、カセットテープだけ見つけて喜んで買ったっけ…まだCDが高くて一部のアルバムしかCDになってなかった、1990年12月のことですよ。
 安仔は続いて「這些年來」「無需要太多」も歌った。

 ジジに安仔といえば、トニー主演作「裏街の聖者/流氓醫生」(95)で見事なアンサンブルを見せてくれた共演者ではないか。楽屋でトニーと言葉を交わしたり…そんな余裕、今日のトニーにはないか(苦笑)。

 それにしても、北京や深[土川]、上海のファンは、熱い! 熱烈な歓声を挙げて、スクリーンに映し出される映像のレスリーに見入っている。彼女たちは知っているのか? 資産家だった祖父が文化大革命の時に共産党員に負わされた負傷が元で亡くなり、レスリーがずっと、メインランドへの屈託した思いを抱えていたことを? 台湾でコンサートをしたというだけで、中国当局に謝罪の手紙を書かされたりしたことを? 1997年よりも前にゲルト・バルケ著「香港の声」を読んだ時に、それまでアイドル歌手兼人気俳優としか見ていなかった31歳レスリーの見解に絶句し、複雑な思いを抱いたこと、まだ覚えてる…。

 nancixの隣のおねーさん、30代後半か40代だと思うけど、トニーの後に出て来た歌手とは、ずっと鼻歌を歌ってる。どれもこれも、彼女にとってはラジオ、テレビ、街角で聴き慣れた思い出の曲なんだろうなあ…。

 スージー・ウォン蘇絲黄がまた登場。今度は日本にまつわる話。その時のエピソードを話す時に「ガー仔が…あっここには日本人も来てるわよね。まっ彼女たちにはわかんないからいっか」とのたまう、がさつなスージーおばさんである。
 …ガー仔とは、香港を占領した当時の大日本帝国軍人らが「〜が、○○が」と話す助詞の「が」が有気音でとっても際立って聞こえて耳障りだったので、反感を込めて呼んだ日本人の蔑称だと学んだ記憶がある(間違ってたらすいません)。…広東語にはングァ、とか狗仔(ガウチャイ)の音はあっても、カタカナ読みの「ガ」に当たる音はないんだろうな…。
 1988年、まだ若かったスージーおばさんはマドンナのコンサート鑑賞のために東京へ。同じ頃、東京国際音楽祭に参加するため東京に来ていたレスリーと落ち合った。「新曲だ!」とテープを聴かされることになって、えーっ、ヘンな曲だったら何て言おう…と不承不承聴いたんだけど、意外によかった。そう言うとレスリーは「そうだろ? ギタリストは日本人でさ!……」と、しゃべるしゃべる。(レスリーの日本音楽界崇拝ぶりをチクリと皮肉ってたのかも)
 機嫌をよくしたレスリーに、東京でご馳走してもらうことになった。その時のエピソードを話す時にも「で、日本妹が牛肉を焼いてくれて」とか言うスージーおばさん。
 …「日本妹」は本来は別に蔑称ではないと思うけど、AV女優とかホテトル嬢の呼称が「日本妹」「泰國妹」だったりします…あからさまに香港のオッサンどもに「日本妹」と呼ばれたらムッとしていい。「日本女人と呼べ!」って。

 最後はレスリーのグルメぶり、美食をおごってくれた太っ腹ぶりを誉めて、キレイにまとめてスージーおばさんはまた退場。

 さあ、ここでグラスホッパー、草[虫孟]の登場だ!
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posted by nancix at 18:15 | 旅行記

トニー、「風繼續吹」を精一杯歌う

 トニー・レオン梁朝偉が歌った歌は、予告通り、山口百恵の「さよならの向こう側」…もとい、レスリーの「風繼續吹」である。
 はるかに遠目に見るトニーは、何だか苦痛をこらえているかのような表情で、もう必死のパッチって感じで、何だか痛々しくて…。

 場内から自然に、力づけるような温かい手拍子が沸き起こる。多分、トニーはそれに応える余裕もない。いや却って自分の声が聞こえなくて焦るんじゃないだろうか。棒立ちで、間奏の間には、ずっと耳に手を当てている。90年代とは異なる仕様のイヤーモニター装着に慣れていないせいか、音量調節がうまくいってないのか…。

 だけど。
 トニーは歌い出しこそ少し不安定だったが、音を外すこともなく、宇崎竜童が作曲した、「♪Thank you for your tenderness〜thank for your smile…」に当たる難しい部分も、ちゃんと歌いこなした。高音になると、少しレスリーの声質に似ていると感じるほど…。ファンの贔屓目(ひいき耳?)かもしれないけど。
 歌い終わると、オーケストラボックスの方を振り向き、指揮者だかバンドリーダーだかに、ほっとしたような笑みを見せた。安堵なのか、伴奏が自分に合わせてくれた感謝なのか…?

 やはり手を振ったり晴れやかな笑顔を見せて歓呼に応えたりの聴衆へのサービスができるほど、トニーはエンターティナーじゃないんだよね。1曲を歌い切る、自分の義務を果たすだけで、精一杯なんだろう。いっそ鼻ピアスにゴルチェデザインの巻きロングスカートの扮装ぐらいしなければ、"歌手・トニー・レオン"を演じられないのかもね。

 トニーがセリで下がって無事退場すると、こちらもぐったり疲れてしまった…。このとき、香港時間で21時近くに。

 ここでまた、スージー・ウォン蘇絲黄のトークコーナーに。やれやれ。
 「今日は、ここで、ちょっとレスリーに関する裏話をしてみようかな。皆、聞きたい? …聞きたいの? なーによ、あんたたちってば"八婆"=ゴシップ好きオバサンよねえ!」(場内、爆笑)なんて調子だった。
 とにかく、ここでメイタワー時代のエピソードが語られる。レスリーが住んでいた、ビクトリア・ピーク周辺の高級マンション「メイ・タワー」に、トニー・レオンとカリーナ・ラウが引っ越してきた当時の話。カリーナ・ラウ劉嘉玲の名前が出て来たので、思わず身を乗り出して聞いてしまったが、彼女のようなスピードでの広東語の聞き取りはまだまだ…(涙)。やはり「Welcome to Leslie Legacy News Blog」ステラさんのブログ「継続レスリー・チャン…and the story goes on…」を読んでくだされ。

 付け加えるとしたら「…ある日、カリーナが私たちに『あれ? 哥哥は仕事?』と聞いたのよ。仕事って? 哥哥(唐さん)は朝9晩5(朝の9時に出社して定時できっちり帰ってくる勤め人あるいは亭主の総称)だわよ(場内、笑)?と思って、それで私たちはやっと、私たちが哥哥と呼んでいるのがレスリーだと、彼女が勘違いしているのに気が付いたのよう! …でも無下に訂正して彼女を傷つけるといけないと思って、あえて黙ってた。まさかその後、全香港人のうち半分が、レスリーを哥哥と呼ぶようになるとは思わずにね!」というようなニュアンスで言っていたことだけ。…トニーの名前が出なかったかな…「偉仔? あいつは麻雀、やんないからねえ!」とかって出たような気もするけどな…気のせいか。
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posted by nancix at 18:00 | 旅行記

レスリー@映画音楽コーナーでむせび泣き

 ぶっちゃけトークが終わると、スージー・ソー蘇絲黄はまたセリから降りていった。スクリーンに、また映像が映る。今度は映画人たちからのメッセージ。
 チェン・カイコー陳凱歌監督、ピーター・チャン陳可辛監督、スタンリー・クワン關錦鵬監督、メッセージ中は「レスリー」と呼んでたツイ・ハーク徐克監督、レスリーと組んで旧正月映画を何作も作ったレイモンド・ウォン黄百鳴監督兼プロデューサー、最後に、「赤壁」製作が一段落して一息ついたかもしれないジョン・ウー呉宇森監督…字幕が無くて悲しい。
 そしてスクリーンに登場したのは、若い、わかいレスリーの映像…そう、「チャイニーズ・ゴースト・ストーリー」シリーズの、非力だけどけなげで一途な書生さんだ。
 もう何百回も聞いた気がする♪人生路〜〜の「イ青女幽魂2〜人間道」のイントロが始まる。テレビ番組でレスリーとじゃれ合っていた、作曲者のヒットメーカー、ジェームス・ウォン黄霑さんも、もはやこの世の人ではない…。
 歌うはウィリアム・ソー蘇永康。今までの出演者のような黒じゃなくて、ブルーグリーンの光沢あるミディアムコート+黒ボトムを着ていた。
 彼は巧いのよ。ほんっとに巧い。でも、レスリーの声の甘やかさ、ちょっとかすれたりする、湿り気のあるレスリーの歌声じゃない。カーーーンと突き抜ける。
 あああ、レスリーの歌声が恋しくなるぅぅぅ。
 ウィリアム・ソー蘇永康が続いて歌い出したのが「君さえいれば〜金枝玉葉」の挿入歌「今生今世」。「君さえいれば」の名場面が背後のスクリーンに流れ、もうもうもう……。

 nancixの涙の堰が、切れた。

 もうね、目から鼻から力水。
 声を出さずに、むせび泣き。

 そんなつもり、なかったのに。

 大阪での追悼上映会で、「君さえいれば」終映後、声を立てて号泣しているファンを見て(レスリーは観客に笑ってほしくて、楽しませたくて、ほのぼのして帰ってもらえるように頑張って演技したのに、そのキモチを無下にしちゃダメじゃないか! 泣くもんか。あたしゃ、人前でなんか、泣かないぞぉぉぉ)と内心思ってたはずなのに。

 5年分の屈託した思いが、知った人の誰もいない、香港庶民の中に一人混じったおかげで、噴出してしまった。
 声を出さずに泣き続けたのは、今年3月に十三回忌を迎えた母の死の後のしばらくの間だけなのに。

 ステージには、ウィリアムのコートと同じブルーグリーンのドレス姿の女性歌手、ウィニー・シン辛暁[王其]も登場。ウィリアムとデュエットを始めるのは、「さらば、わが愛〜覇王別姫」のイメージソングとしてロックレコードが出した「當愛巳成往事」。

 "愛はもう、過去のものになってしまった"……。

 そうだね、レスリー。
 「當愛巳成往事」を最初にデュエットしたサンディ・ラム林憶蓮と、作曲者でもあるジョナサン・リー李宗盛は、この歌のデュエット後に不倫の恋に陥り、世間の非難ごうごうを耐えて乗り越えて結婚し、でも結局、あっけなく別れてしまったよ…。サンディ&ジョナサン版
 サンディ・ラム林憶蓮を大歌手に育てながら別離を迎え、マンション階下に住んでいた若いロレッタ・リー李麗珍と結婚したクラレンス・ホイ許願も、結局はロレッタと離婚しちゃって、さらに若い女と再婚したよ……。

 本当に、人の思いなんてうつろうもの、はかないよね……。

 映画の中に封じ込められたひとときだけが、輝いていて…。

 ステージでは、あの断ち切られたブリッジをバルコニーに見立て、ブリッジの上にウィニー、ステージ上にウィリアムが立ち、ロミオとジュリエットよろしく「深情相擁」を歌うのだった。そう、この北京語曲は「夜半歌聲〜逢いたくて、逢えなくて」の挿入歌。さすがにウィリアムは提灯ブルマー+付けボクロは拒否したとみえる…。

 歌が終わると、スクリーン上では「レスリーキスシーン集」が始まる。
 いや、
アジア一キッスが巧くて、接吻だけで女をとろけさせることができるのは、トニー・レオンだ!
 と一人だけ声を大にして言って来たnancixですが、レスリーもいろんなキッスを、あーんな人ともこーんな人ともしてきたんだっけ。はううううう。
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posted by nancix at 17:25 | 旅行記

「由零開始」〜蘇絲黄のぶっちゃけトーク

 「Miss You Much Leslie 繼續寵愛音樂會」、開幕を飾ったベテラン歌手ディニー・イップ葉徳嫻の次の歌声は、「Will you remember…」としっとりと始まりました。やはり黒いドレスのベテラン女性歌手、エリサ・チャン陳潔霊。歌は「由零開始」である。

 歌い手の顔がよく見えず、誰なのか解らないので、nancixの右側のシニア夫婦連れの小父さんに「あれは誰ですか?」と聞いてみた。60過ぎぐらいの小父さんは妻に相談してから「チャン・ギッレンだぁ」と答えてくれた。…うう、その時は漢字が思い浮かばなかったのであるよ。
 ちなみにその小父さんがミニデジカメで、バッチリフラッシュ焚いて写真を撮ろうとする(この距離じゃ、小父さん、フラッシュ焚いても何にも写らないよ…)と、サッと私服警備員が懐中電灯で照らして警告を送ってきたので、やはりデジカメは置いてきて正解だったんである。

 セリで上がってきたのは、女性ダンサー2人。揃いの白と赤のパンツスーツ、オカッパがバクハツしている。さすがは香港、背後のボックスがワイヤーワークで宙に浮き、白と赤の薄布が風に翻る。女性ダンサー2人もワイヤーに器具を引っ掛け、宙に舞い上がる。なぜかステージ脇に、マッチョな男性ダンサー2人が抱き合い、睦み合うようにそぞろ歩きます……えーい、歌に集中できないじゃないか、と思うが、これこそ香港演唱會テイスト。

 彼女たちはとても歌が巧く、堂々としたものなのに、nancixの背後の香港師[女乃]の皆さんはぺちゃくちゃとおしゃべりに忙しい。

 次は男性歌手。グラスホッパー草[虫孟]の蔡一傑が名曲「為イ尓鍾情」を歌い上げる。黒スーツに金ぴかシャツといういでたち。……少々音を外していたような…。
 前日31日の、元お耽美デュオ・達明一派の黄達明による「為イ尓鍾情」「這麼遠那麼近」が聞きたかったです…。

 また場内が真っ暗になり、なんとビッグサイズの紅いハイヒールが、電飾ギラギラでゆっくりとステージに降りてきました。あの、日本・東京国際フォーラムも大阪フェスティバルホールも妖しい興奮と熱狂に陥れた、「紅」のイントロがっっ!
 嗚呼しかし、セリから上がってくる寝台に寝そべり、女性ダンサーらをはべらせながら上がってきた美脚の持ち主は、もちろんレスリーではなく、日本ツアーに同行もしたカレン・モク莫文蔚だったのでした…。まとめ髪に、長いお箸も刺して…。

 ……ちゃうねん。

 女じゃあかんねん。

 いくら女が、カレンのように「ワタシは前衛的なのよー! 体当たりでどんな色っぽい演技でもこなすわぁぁ」とセクシーに媚を表現し淫らに振る舞っても、萌えない…。
 気品も漂わせ、お澄まししたら誰よりも貴公子ぽかったレスリーが、あえて両性具有を妖しく淫らに演じてみせたことに、我々は萌えたんだってば…。

 そんな呟きなんか知らない黒ラメミニドレスのカレンは、女性ダンサーに絡みつかれている。
 やがてダンサー達が彼女の紅ハイヒールを脱がせ、膝上までの革ブーツをはかせ、黄金のジャケットを着せ掛ける。

 ……ボンテージ・ファッション?
 ……にしおかすみこ…?

 曲は「大熱」に変わり、歌い踊るカレン。
 カッコイイのはカッコイイのよ、カレン姐御。

 カレンの退場の後、スクリーンには、映像と共に浮かび上がる文字。
 漢字の国の人であることに、感謝します、神様仏様天后様關羽様。

 「明・當年情」
 「我・全身都是愛」

 そして、スクリーンいっぱいに広がる花火の映像と、「煙花湯/火」の文字。
 フローレンス・チャン陳淑芬の署名入りで。

 ステージには白い紗布が。その紗布越しに、ほとんど顔の見えないあの新人女性歌手、エラ・ウォン王若卉がすっと立っている。白い薄布を幾重にも重ねたようなドレスで、素晴らしい透明感あふれるソプラノで歌い上げる。まさに、絶唱。
 アリーナ席の一角にスポットライトが当てられ、赤いジャケットの女性がそこにいたような気がするんだけど、もしやそれが陳淑芬さんだったんだろうか…? 違うか。
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posted by nancix at 17:00 | 旅行記

遅刻ギリギリ!「繼續寵愛音樂會」開始!

 そのままホンハム紅[碪カ]駅で降りればよかったのに、デジカメを持ったままコンサート会場に行ってはまずいのではないかと気が付く。取り急ぎ、デジカメをホテルに置きに行き、まだ何とか時間がありそうなので、ホテル横の叉焼飯屋「廣東焼味餐廳」で叉焼と何とかのW豚肉の掛けご飯&檸檬茶(冷)を注文する。
 ここも、「地球の歩き方 香港・マカオ」で紹介されていた。本当は乳猪叉焼飯にしたかったのに、オバチャンが「乳猪はない!」と力強く言うもんだから…。
 パリパリに焼けた豚皮と、しっかり味の染みた叉焼は美味しかった。しかし……冷え切った体に、食欲は全然無い。だからご飯は半分残した。オバチャン、ごめんなさい。
 時間も無いし、急いで精算してまたまたKCR旺角東駅へとって返す。やっとホテルから駅への経路が飲み込めてきた気がする。
 駅近くの巨大ショッピングモール新世紀廣場内で、ベーカリーを見つけて、チーズ入りフランスパン1個とココア味豆乳(維他[女乃]Vitasoy)の紙パックを買った。何しろ長時間のコンサートだもの、食欲があろうがなかろうが、途中で何か補給したほうがよさそうだ。

 KCRで紅[碪カ]駅に到着したのが、ちょうどコンサート開始予定より5分前の20時10分!
 なのに、香港体育館への地下通路にはぞろぞろと観客らしき群集が。ちょっとちょっとぉぉ、皆さん、急がなくていいのぉぉ?
 あああ、トニーが何百とサインしたという「春光乍洩」DVDボックスなどの、関連グッズコーナーを捜すヒマもありゃしない…と嘆きながら、チケット持って入場。日本のような携行品検査を覚悟していたのに、何もなかった。…わざわざカメラを置いて来ることなかったかなあ…?

 あらかじめ調べた方角の座席へ向かう。……あああ、やはり最後列より3列前なだけ。Sちゃんが「山頂付近」とか言ってた通り。通路で下手によろけたら、滑落する急角度…手すりをしっかり持って移動すべしだ。
 いいのさ、オペラグラスより倍率の高い、スポーツ・グラスは用意してきたさ。豆粒トニーでも、場内スクリーンにアップが映ればい…と、天井から吊り下げられたスクリーンを見ると、照明やらコードやらケーブル類やらで、スクリーンが見えそうにない!うぎゃぁぁぁ。目論見外れた…?

 舞台はというと、新聞記事で読んだ通り、赤い絨毯が敷き詰められたブリッジが奥から左へと続いている。オーケストラビットというのか、バンドボックスというのか、演奏者のスペースの背景には黒い幕。これが後にスクリーンとなった。
 通路は手前のステージへと続き、ステージのすぐ下にまぶしいほどの照明が。ステージと赤いブリッジの2箇所にセリが設置されている。そして5角形のアリーナ席の後方に、サブ調整ボードがある。

 向かって右手のアリーナ席のすぐ上には、中国から駆けつけたらしきレスリーファン軍団が。「張國榮 北京」というどでかい電飾と、「上海」という少し小さめの電飾が目についた。一方、アリーナ席の左側1区画全てもレスリーファンクラブ席らしく、揃いのTシャツに揃いのキャップ、同じ青色の蛍光棒を持っていた。……この一糸乱れぬ集団行動ぶりって…本当に香港人? それとも日本人? よくわからないけど…。
 
 やっとコンサートが始まったのは、予定よりも20分遅れて午後8時35分。オーケストラビットの背後の黒い幕がスクリーンと化し、様々なレスリーの友人知人たちが「哥哥、Miss you much」と言って、胸に人差し指と親指を立てた「L」字のサインを作る映像が映し出される。このスクリーンなら天井から吊り下がっている常設スクリーンよりもよく見えるので、安堵。
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posted by nancix at 16:00 | 旅行記

「張國榮音楽之旅展覧」とエドワード・ヤン

 MTR尖沙咀駅の構内、C出口近くで、健康茶&スープのドリンクスタンドを発見。街中の涼茶舗ではない、若者向けロハスな内装の、ドリンクスタンド「健康工房(同治堂)」である。2005年にはコカコーラ・ボトラーズに買収されたか、共同出資の契約結んだかしたみたいですね。機内で読んだ「地球の歩き方 香港・マカオ」で記事を読んで、確か尖沙咀駅構内にあったはずと、当てにしていたのだ。
 
 ここで、しわがれ声で喉を指差して「唔該! 我而家有喉龍痛〜! 邉杯茶ロ係好好呀?」と訳の解らない広東語を叫ぶ。おねーさんがちょっと迷って「ロ甘、ロ尼杯茶(じゃあ、このお茶)」と選んでくれた、三何とかというお茶を異議無く受け入れ、紙コップで少しぬるい漢方ブレンド茶を飲みながら、文化中心へのE出口へと進む。
 うううぅ、苦い…苦甘いけど、冷たくはないし、少しでも喉が楽になるならと、頑張ってほとんど飲み干した。あ、出口を抜ける前に設置されていたゴミボックス(金属製)に、ちゃんと紙コップは捨てましたわん。

 E出口からカウルーン・ホテル九龍酒店とペニンシュラホテル半島酒店の間の中間道を抜け、YMCA脇から地下道に下りて、文化中心に到着した時は、もう雨がしとしと降り出していた。いつもの大ホールではなく、「行政大楼 展覧館」棟へ。エレベーターホールに、中年以上のおねーさまおば様方が集結していた。会話からして、韓国人、日本人、中国人…?

 目的のフロアに到着して驚いた。「[聲留。情動]張國榮音楽之旅展覧」、ファンによる無料展示だからと侮れない。百貨店での美術展並みの規模だわ、こりゃ。かつて日本の百貨店で「テレサ・テン記念展」を鑑賞したことを連想した。
会場入口01

会場入口02
 レスリーの生い立ちを総括的に紹介し、音楽界に於ける軌跡、映画界に於ける業績を紹介し、貴重なプライベート写真や初回プレス盤レコード、アルバムジャケット、ポスター、関連アイテムなどを展示してあって、うわーこれもあれも現存してたんだ!とオドロキ。
 中には、信和中心地下の中古レコード店(今はもう無い)で以前見かけたけどあまりに高価で手が出なかったものも混じっていて、懐かしく鑑賞した。

 何よりの発見は、悪戦苦闘の新人時代から抜け出そうとしていたレスリーのアルバム「風繼續吹」(83)のデザインコンセプターを、まだ映画界で活躍し始める前ぐらいのウィリアム・チョン張叔平おじ様が手がけていたのを知ったこと。
 真っ白なマフラーを巻き、少し挑むようなまなざしをまっすぐ向けているレスリーのアルバムジャケットである。復刻CDは買っていないので、かつて東京の友人宅に泊まった時に、現物アルバムを見せてもらって以来の再会だ…。
 このあたりから、レスリーは都会的な洗練されたムードを漂わせ、その上で元気一杯で躍動感あふれ、まぶしいほどにはじけるポップスターに、劇的に変身していくのであったことよ…。
 ウィリアム叔父さん、またしてもあなたへの敬愛が深まりましたよぉ……。

 それにしても、場内は撮影自由なのかよ!
 展示物レスリーと記念写真撮るおねーさんたち、君は君たちは一体…。
展示会場で撮影
 一応、スタッフが見守っているのだが、展示物の全体が回っているのに気づかず、枠にうっかり手を突きかけて「それは触っちゃ危ないですよ!」と心配して注意されただけで(すみません…<(_ _)>)、写真撮影している人にはおとがめ無しだった。いやもう日本ではありえません…。

 最後のほうでは、自分も持っている日本語発行物や写真集、東京国際フォーラムなどでのコンサートツアーポスターなどがまとめて展示されていた。日本人ファンの提供なのか。
 観れば観るほど、本当にほんとうに、レスリーはこんなに日本とゆかりの深い人物だったのに…と胸が詰まった。

 場内での撮影はともかく、この展示物一切がっさい、日本の百貨店や近代美術館に持ってきて日本語解説つけて公開しやがれーーー!
 何年経っても色褪せることのない、レスリーのスーパー・エンターティナーぶり、東アジアに多大な影響を与えたその存在の凄さを、日本でもっともっとアピールしてくれーい!(ただし再現ドラマ化禁止)と、誰に訴えかけたらいいかわからないまま、強くつよく思ったのであった。

 出入り口近くには長机が設けられ、小児ガン患者のための募金箱と、小冊子と、クリス・バビダ鮑比達のアルバム「I Remember」のチラシが置いてあった。クリス・バビダといえば、「つきせぬ思い〜新不了情」(93)や「夜半歌聲 逢いたくて、逢えなくて」(95)、「美少年之戀」(98)のBGM、様々なコンサートの音楽総監督を務めた有名音楽人だ。彼のアルバムなら、どこかで捜してみようと思った。

 長い、ながい間展示に見入っていたのだが、ついにそこを離れて、文化中心の大ホールの方に行ってみた。ある方から、エドワード・ヤン楊徳昌監督の関連展示もあるはずだと聞いていたので。…そうかぁ、開催中の香港国際電影節にちなんでの展示だったのね。

 レスリー展に比べればほんのささやかなもので、展示に見入っているのもインテリというか、映画オタクっぽい青年が数人だけ。貴重な年表、直筆絵コンテ、イッセー・尾形さんのスチール写真、「エドワード・ヤンの恋愛時代/獨立時代」(94)日本パンフレットにも掲載されていたという直筆の達者な自画像イラストなどがあった。「ヤンヤン 夏の思い出」(2000)のフランス版大判ポスターは、53回カンヌ映画祭とおぼしき赤絨毯を、一人歩いていくヤンヤンことジョナサン・チャン張洋洋君の後ろ姿ショットがあしらわれていて、実に印象的だった。
 そして、1946年、第二次世界大戦の翌年生まれのエドワード・ヤン監督が手塚治虫の諸作品の「人文主義に吸引された」=ヒューマニズムに感化された?のは、1956年頃だというから、こちとら全然生まれてません!
 あああ、機会があったら、そして言葉さえできれば、10歳の徳昌君の心にどんなふうに手塚漫画が食い込んでいったのか、どんなことを彼が感じ取っていたのか、聞き出したかった……。

 生身の彼らを目の当たりにしながら、コミュニケーションらしきものさえろくに取れないでいたわが身の卑小さを思い知らされ、打ちのめされながらも、文化中心建物の外に貼られた巨大トニーさんを撮影する。


壁面トニー>>続きを読む
posted by nancix at 15:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 旅行記

香港到着、ホテル〜香港文化中心へ

 まだ扁桃腺が腫れている。香港で絶対に「マダム・パールのハーブ咳止めシロップ」を買わなくては。鼻水と涙目は、スギ花粉のない香港に行けば治るだろー。

 関空には予定通り9時に到着。EチケットだからANAカウンターでの手続きはすぐに済む。保安検査に時間がかかるのが解ってはいるけど、それでもクイックマッサージを受けずにはいられない。すぐに「クイックリラクゼーションスタジオ フォレスト」に駆けつけたが、15分のクイックコースなのに、30分待ち…あああ、搭乗に間に合うんだろうか。

 仕方なく売店で、10年越しで旅行に際し車内や機内で使い続け、ついに底がモロモロになって割れたビニール製室内履きを、新調した。今度のはフリース製だから、あまり長持ちはしそうにない。次に、書店で「地球の歩き方・香港マカオ」2007〜2008年度版を買ったり雑誌をパラパラ見たりしてして時間をつぶす。もうね、「香港街道地方指南」と「地球の歩き方」併用でないと、香港では行動できない身体にされちゃってるんですよ。…「地球の歩き方」は分厚くて重くて、持ち運びに困るんだけど、不要なページを捨てるべきなんだろうけど…。
 ところで、関空の売店では、Pitapaカードが使える店が随分増えていた。両替前に紙幣を崩さなくて済むのが、ありがたい。

 マッサージのお姉さんはとっても頑張って時間通り終了させてくれ、Pitapaでさっと支払い済ませて出国検査へ。透明なポーチに化粧品やクリーム類をあらかじめ入れておき、デジカメや携帯電話とトレイに出したのでこれで大丈夫!と思ったら、何とベルトのバックルのせいでX線検査に引っかかってしまった。トホホ。とりあえず、免税店には見向きもせず、搭乗口に指定時間通りに到着ー!

 ……あらら。まだ整備が済んでないとかで、搭乗開始が遅れるとアナウンス。拍子抜け。
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2008年03月31日

旅行前日は、いつも寝不足に。

 扁桃腺が腫れた…ひどいしわがれ声になった。
 痰もどんどん出るし、目から鼻から力水。

 今日は結局、休暇なので、まだ助かった。
 自宅で家事を片付け、香港で宿泊するホテル周辺についてネットと「香港街道地方指南」という地図帳で調べる。この地図帳は手元に2007年版しかない。香港で2008年版を買わなくては。

 実は今回、無謀なことを企てている。アンディ三国志異聞こと「三國之見龍御甲」の公開開始が、残念ながら帰着日の4月3日なのだ。
 昔ならどこかの映画館で封切り前夜に特別先行上映があったりしたのだけど(そしてそこに中国星のボスや、主演のチャウ・シンチー周星馳がやって来たりしたのだけど)、シネコン全盛の今となっては当てにできない。
 そこで、帰着日は早めに機場快線エアポートエキスプレスの九龍駅でシティ・チェックインし、駅の真上にあるThe Grand Cinemaで、ギリギリまで鑑賞しようと思うのだ…が。
 調べてみると、初日だというのにThe Grand Cinemaでの最初の上映は正午から…。天呀ーーーー! 一体何時何分の機場快線に間に合えば、帰りの便の搭乗に間に合うんだろう?

 そして、本日の「Miss You Much繼續寵愛音樂會」追加公演に、トニーは出演したのだろうか?

 前日も休暇なら、ゆっくり荷物詰めができて、たっぷり就寝できると思い込んでいたのに、お茶の間に荷物を広げられるのは老父がテレビの前の定位置からどいて、就寝してから。

 結局、4時間しか眠れず。
posted by nancix at 23:55 | Comment(0) | TrackBack(0) | 旅行記

2008年03月14日

4月の休暇、確保。

 4月1日〜3日の日程で問い合わせていた「楽天トラベル」から、ホテルと航空券の予約が成立したとメールが入った。

 おそるおそる、上司に休暇の期間変更を申し出る。「いや、以前申請していた日も併せて、全部休めばいいよ。君、ちっとも有休を消化しないんだからさ」とあっさりOKが出て、かえって拍子抜け…ワタシのような不注意ミスの多い役立たずはいなくてもいいですかそうですか…。

 航空券がANAのを利用し、58,780円。
 ホテルが2泊で24,372円の予定。
 合計、8万3千152円で収まった。やれやれ。



 
posted by nancix at 23:55 | Comment(0) | TrackBack(0) | 旅行記

旅程計画変更。

 どうも4月2日帰着便が取れないので、思い切って作戦変更。

 3月31日出発・4月2日帰着をあきらめ、4月1日出発、3日帰着で航空券GETを試みる。すると楽天トラベルのANAエコ割14(早期割引航空券14)なら、5万8千円そこそこで取れることが判明。キャセイは……ダメだ、8万円ぐらいする…。
 やむなくANAに決める。理想的な午前出発、夜帰着だし、まあいいか。
 同じく楽天トラベルでホテルも物色。おっ、以前、ネット接続無料・バスタブ有りという点に着目していたメトロパークホテル・カウルーン(九龍維景酒店)が、かなり安い。スーペリアルームで1泊800HKドル。MTR地下鉄の駅からはかなり歩くが、KCRの駅の方が近そうだ。今回はホンハム紅[碪カ]に直結で行けた方がいいんだし、ここでいいか。

 この時は、このホテルが2003年2月、SARSに感染したと気づかず親族の結婚式に出席するため中国広東省の医師(60代の医科大学教授)が9階に宿泊し、医師と同じエレベーターに居合わせたりして宿泊客ら16人が次々に感染したホテル「メトロポールホテル」と同じだとは、全然気づかなかった…_| ̄|○ 気づいても、まあその分厳重に消毒したり清掃に力を入れたりして清潔になってるでしょ、と気にも留めなかったと思うけど。
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2008年03月12日

チケット確保! 後は…。

 香港人の友人Sちゃんからメッセージが届いているのが携帯電話によるメールチェックで解ったので、気もそぞろで自宅に飛んで帰る。

 彼女からのメッセージによると「150ドルのチケットしか買えなかったわよ。朝10時の発売開始から10分でやっと電話が繋がったのに、URVIXのオペレーターは初日のチケットは扱ってない、チケット売り場に行くか、明日VISA予約ホットラインに電話しろって言った! 2日も待てないわよ。さらに待って30分でまた電話が繋がったのに、480ドルのチケットはソールド・アウトですって! 250ドルのチケットは全部カップルシートで、1枚だけだと売れないって! 会場構成は3面で、あなたの座席は36列目。私は、確か最後列が36列目だったと思うんだけど…。はああぁ、私知らないっと。じゃあ、夜勤に行くわね」だそうで…手間かけて、本当にごめんね〜(涙)。

 最後列でもどこでもいいのよ、香港一般ピープルに混じって、そっとコンサート全体を見守れればいいの。変に欲張ると「トニーファンのくせにレスリー追悼のためのコンサートに行くのか」とまたいじめられるんだしさ〜。
posted by nancix at 23:55 | Comment(0) | TrackBack(0) | 旅行記

2008年03月09日

香港で電話予約してくれるって(うれし涙)

 急転直下! 何と、香港人の友人Sちゃんは、「Miss You Much Leslie 繼續寵愛音樂會」チケット一般発売日の12日には夜勤で、日中は在宅だから、電話で香港版ぴあことURBTIXに予約してあげると言うではないか! 何ていい子!
 ありがたく、厚意を受けることに決めた。

 大阪旅行を控えた彼女に当面の金銭的負担はかけないように、チケットは1枚で。第一候補は480香港ドルのチケット、第二候補は150ドルのチケット。
 代金は彼女が大阪に来た時に、日本円でも香港ドルでも希望の紙幣で払うと伝えた。…大阪ヨドバシカメラか、地下街の三井住友銀行で、手持ちでは足りない香港ドルは両替できるよね…確か。

 そして航空券+ホテル探索も、まだ続く。もーホントに、どうしてこんなに燃油サーチャージが高くなってるのぉぉ(泣)。
posted by nancix at 23:33 | Comment(0) | TrackBack(0) | 旅行記

2007年09月30日

謎の国際無言電話攻防戦。

 ここでちょっとばかし、ブレイク。

 その電話が最初にかかってきたのは、香港に到着した9月28日。日本時間の23時13分のことだった。
 自分の日本で使っている、携帯電話にかかってきたのだ。今回は携帯の機種変更をして初めての海外。もう海外レンタルサービスを利用しなくても、そのまんま持ち出せばいいのね♪ 現地の写真もすぐにメールでアップできるわルンルン♪(古い)と喜んで持っていったのだが…。

 その2分後にも着信。次は23時24分。29日午前0時35分にも着信。どれも、「色、戒」鑑賞中で出てはいない。きっかり46秒呼び出して、切った様子だ。受信履歴には「通知不可能」としか出ないので、日本からか香港からか解らない。

 翌日の29日午後5時50分の電話には、出てみた。「ハロー?」と言っても「もしもし?」と言っても「イ尓係邊個呀?」と聞いても無言で、10秒前後で切れた。次が午後8時56分。これも無言。ピポパポ、といった電子音が一瞬聞こえたような気がする。

 次はなんと、30日の午前4時55分、57分だ。携帯電話も重要な怖がらせツールだった「C+偵探」を見た後だったので、さすがに心底震え上がった。いくら何でも、老父がどーにかなったとしても、弟や親族がそんな時間に電話をかけてくるはずがない。あきらめて朝まで待つはずだ。そして午前10時8分にも。この時は、問いかけるこちらの声がわずかに遅れて反響していた。

 大体、nancixはホラーを見た後の電話にはトラウマがあるんだよう。何年も前の夏の、寝つかれなかった深夜、くだらないくだらないと思いつつ、テレビ放送のSFホラー映画(題名いまだ不明)を見ていて、宇宙からの病原菌に伝染した男が醜く変わりはて、病院で医師や看護師に次々と襲い掛かって眼球から脳髄をすすり出し、殺された人間がまた同じようなゾンビと化して…というホラーを見てしまい、たまりかねてテレビの電源を切ってお茶の間の電燈を消した途端、まるでどこかで見ていたように、自宅電話が鳴ったのだ。
 それでも高齢の親族に何かあったのかと受話器を取り、「もしもし?」といくら問いかけても何も答えず、シーーーーンとなったまま、電話は切れた。心底震え上がって戸締まりを確認し、寝室に逃げ込んだものだけど…あれは何だったんだろう…。

 今回もいたずらだろうと思いつつ、一応関西と関東のトニーファン仲間にメールと電話で「私に急ぎで連絡を取りたがってる人がいるのかな?」と聞いてみた。彼女達は連絡網にこの質問を回してくれたようだけど、誰もわざわざ国際電話してきた人はいないみたいだ。
 電話をかけてきて普通に話してるのに、電波の関係で声が聞こえないだけかもしれない。関東の友人が「テストとして、電話してみてあげるよ」と申し出てくれ、申し訳ないけど