2004年11月09日

周慕雲の生い立ちを妄想する。

 「お金がない、借金返さなきゃ」と言いつつ日曜に「笑の大学」を見て、月曜に横光利一の「上海」文庫版を買ってしまう、こらえ性のない自分が空恐ろしい…。文庫版で1050円もするだなんて、あまりといえばあんまりだ〜文庫は450円までに抑えてほしい〜!とぼやいてる場合ではない…。
 
 「上海」は外国人排斥運動とストライキに大きく揺れる1920年代上海と、銀行員を辞めて彷徨う日本人男性参木とその友人の甲谷、運命に流されていく日本人の女たち、中国人の女闘士秋蘭らの織りなす群像劇だった。大学時代に途中まで読んで、参木や甲谷たちの区別がつかなくなり途中で放り出したんだっけ。ラストも結論の出ないままで、何だか釈然としないしなあ。
 何より、中国人が雲霞のごとく後からあとから湧いて出るような大群衆、個性を持たない肉塊、としか描かれていないのがキモチ悪かった。ヒステリー状態の暴徒に八つ裂きにされる同胞、日本人をうっかり乗せた車夫も同胞に捕まり殺される…。さすがは当時の日本人の視点から描いただけのことはある…祖父の代の人々も、あからさまに中国人をバカにする呼称や悪口を平然と口にしていたものなあ。
 参木も甲谷も、意中の女たちに執着しているけど、それは"愛情"か?というと、とてもじゃないけど愛情には思えない。独占欲、結婚したい一念、憐れみと自分が相手を救ってやれるんだというヒーロー願望…そんなものが入り混じって、彼らに女を追わせる。時には目の前にいる女性が、別の女性と重複し、自分でも訳がわからなくなっていく。あーあ。女ひとりを愛し抜くこともできないで、自分の心も見失ったまま、なんでそんな非常時に、二兎も三兎も追ってんだよあんたたち〜!(聞こえない)
 
 で、日本ではすっかり忘れかけられているような横光利一の著作って、中国語に訳されているのだろうか? 中文Googleにかけても、横の字が日本にない字体だからか、引っかからないよう。
 王家衛なら、参考までに読んだことあるかな?
 「そんな日本人、全然知らない」ってそっけなく言われそう。

 さて、周慕雲の生い立ちについて、勝手に妄想している。
 1963年に33歳ぐらいだったとしたら、彼は1930年生まれ。
 わっ昭和5年生まれか…。
 28歳ぐらいとしたら、1935年生まれ、わわっ、nancixの老父とほぼ同い年!_| ̄|○
 おんなじ昭和ヒトケタですよーん、お父上〜!
 てことは、日本との戦争が終わった頃には小学生or中学生かぁ。
 ま、このへんはあんまり深く考えないことにして…。

 まず両親。
 母親はきっと、幼い彼を残して消えている。それが病死なのか、自殺なのか、離婚なのか、彼を置いて外出し、戻ったときには事故で冷たい骸になっていたか、男と駆け落ちなのかはわからないけど。
 幼い慕雲にとって、母との別れは青天の霹靂で、生まれて初めて受けた女からの裏切りだったのだろう。
 いくら泣いても呼んでも、母は戻らない。
 無条件に信頼し、愛しているのに。
 あんなに細やかに愛してくれた母だったのに。

 その辛い体験は、彼に(いくら女を慕い、信頼したって応えてはもらえない。いつかは見捨てられる、裏切られる)という精神的外傷を残すのだ。
 父親は、ある程度裕福だっただろう。だが謹厳実直な性格で、息子に愛情を注ぐより、支配し命令するばかりで、感情教育は省いて事業に没頭していたのではないか。人前で泣くことを禁じられ、人前で笑うことも叱られ、いつしか慕雲は、父親の前では心を閉ざし、説教や演説を聞き流すことを覚える。父は「男の子には、父親の背中さえ見せておけば自然と人生を学ぶものだ」なんて言ってたりする。あるいは、母そっくりの面差しの息子を正視するのが耐え難いというのが本音だったのかもしれない。
 愛情表現が苦手な者同士の父と子は、顔を合わせるだけでお互い不愉快になる。当時は寄宿制の学校があったかどうか知らないが、父は思春期になると慕雲を男子校か親戚に預けて教育を受けさせた。末は事業を継ぐか、弁護士や軍人になるかしてほしかったのではないか。父から遠ざけられたことで、慕雲は(見捨てられた)と感じてさらに心を閉ざす。同年代の子どもたちのなかでは、あまり頑健そうでも大柄でもない細身の彼は、友人の少ない物静かな文学少年だったのではないか。
 父への静かなる反抗として、慕雲はあえて文学の道を選ぶ。
 彼に読書の喜びを、当時は「無用の用」はずの文学の楽しみを教えたのは、誰だろう? 家庭教師か、学校の恩師か、従兄や年若い叔父といった親族か…?
 書院だか大学だかを勝手に選んだ彼に、父親は「一文の得にもならん文学を学びたいだと?」と激怒しただろう。学費送付を続ける交換条件として、父は取引先だか商売仲間だかの娘との婚約・結婚を命じたかもしれない。卒業したら強引にでも跡を継がせるつもりで。
 慕雲は大学を出ると、父を出し抜いて新聞社に入社。「記者ごときにするために教育を受けさせたのではない」との父親の嘆きを馬耳東風と聞き流し、経済的にも自立できることを喜ぶ。そして唯一の親孝行のつもりで、愛のないままに結婚する。
 とはいえ、結婚相手は古風で内気な良妻賢母型の娘ではなく、ハイカラ令嬢だった。共働きによる豊かな暮らしを望み、まだ子どもは作りたくないと妊娠を回避し、互いに干渉し過ぎない結婚生活を望む。
 感情を殺してしか人間関係を築けない慕雲は、妻にとっては煮え切らない、じれったい相手だ。中国女性は遠慮がないから、ズケズケと言いたいことを言い、ワガママを彼にぶつけただろう。慕雲は困惑しながらも(女ってのはそういうものなんだろうな)と、微笑みながら適当になだめ機嫌を取ることだけを学習する。それがまた、妻に(私に本音で向き合ってくれない)という不満をもたらす。妻は夫以外の誰にでも秋波を送り、笑いかけ、夫の反応を試す。時にはわざとケンカをふっかけてくる。困惑した慕雲が「人前でみっともない」とたしなめると「あなたは世間体しか気にしない、見栄っ張りなのよね」と非難される…。
 妻の心が少しずつ離れていくことは、彼には(ああ、やはり女ってのは)という軽い失望しかもたらさない。必死で説得し、懇願し、腕ずくでもわがものにしておこうとするほどの執着と愛情がないのだ。
 何事にも淡泊な男。妻はそうとしか思わない。失望を重ね、軽蔑し、最も手近にいた他の男にすがって羽ばたいていく。

 だけど、愛って何なのだろう?
 俺は本当に、他者を愛することができるのか…?
 「花様年華」で慕雲が時折り見せた放心と虚無的なまなざしは、自分の心の内をのぞき込んで、愛情の芽を探している姿だったのかもしれない。
posted by nancix at 18:05 | Comment(4) | TrackBack(0) | 2046
この記事へのコメント
横光利一の作品は、"中国語のheng"光利一で検索すると、中文訳も見つかりますよ:
簡体訳
http://global.yesasia.com/b5/artIdxDept.aspx/aid-733373/code-c/section-books/
繁体訳
http://www.books.com.tw/exep/prod/booksfile.php?item=0010039270
(など、検索すれば、結構たくさん)
といっても、こういう文学作品は絶版になっているものが多いようですが。

Posted by photon at 2004年11月10日 09:18
こんにちわ。
香港の商務印書館にも数冊ですが、ありました。

http://www.cp1897.com.hk/Search?Action=2&txtProName=&txtAuthors=%BE%EE%A5%FA%A7Q%A4@&txtIsbn=&txtPublisher=

太宰の『斜陽』も、台湾のサイトによると2種類の訳があるようです。

http://www.wisknow.com/version/book/index.php?view=query_C&book_id=lw034

http://www.books.com.tw/exep/prod/booksfile.php?item=0010232900
Posted by せんきち at 2004年11月11日 13:24
たびたびすいません。
YesAsiaでも扱っているようです。

http://global.yesasia.com/b5/PrdDept.aspx/pid-1001844149/aid-40614/section-books/code-c/version-all/
Posted by せんきち at 2004年11月11日 13:34
うわーせんきちさん、いろいろお調べいただいてありがとうございますー!
次の香港巡礼のときには、きっと商務印書館や二手の本屋で探そうと思っていたところでした。
先だっての巡礼のときは、太宰治の「人間失格」しか買うひまがなくて。
ようし、頑張って入手します!
Posted by nancix at 2004年11月11日 16:27
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