2004年11月07日

隣の作家さん。

 動画を再生すると液晶ディスプレイ一面に白い千鳥格子が広がってポインタも白い線状になってフリーズする現象、ちっとも直りません。 Windows Media Playerをバージョンアップしても修復かけてもダメ。Real Playerで再生してもダメ。フラッシュ画像なら不自由なく見られる。パソコン本体のビデオメモリ不足のせいなら、どうしようもないなあ。ペンティアム4の2.53GHzで512MB積んでるのに〜。
 広東語もちっとも上達しない。たった3、4行を途中でつっかえずに読み通すのがどうしてもできない。読んでる自分の声がなんて棒読みなんだろう、と自己嫌悪。
 Webサイトのレンタルサーバーに先月末、ギリギリに1年分\24,360振り込んで一息つきました。預金口座の残高と携帯電話料金をチェックしたらどっと落ち込んだので(20日近く、どう食いつなぐか?)、気分転換に「笑の大学」を見に行きたいんですが、先立つものが。”未来の自分”以外に借金はできるだけしたくない。それでなくても「2046」前売り券2枚を譲ってくれた関西の友人に現金封筒でお金送らないと〜(宛名書きはしたのに…中身調達しないと〜)。
 
 気を取り直して、ネットで拾った10月15日自由時報(台湾)副刊のインタビュー記事「所有的記憶都是潮濕的 王家衛談文學與美學」に読みふける。
 実に充実したインタビュー。日本ではとても考えられない内容だ。こういうのこそ、ちゃんとした映画評論誌で読みたいのに。
 っていうか、現代日本でちゃんとした読ませる映画評論誌って……(-_-;)

 小説すばるさんユリイカさん、どうですか? 「ウォン・カーワイ監督が語る文学と美学」。十分読み物になると思うけど。自由時報から翻訳権買いませんか? 映画がヒットしないと、無理?

 長いので興味を惹かれた部分だけちょこちょこ抜粋。
 「花様年華」で縦書きで表記された文章は、上海出身の香港在住作家、ラウ・イーチョン劉以鬯の「對倒」からの引用だというのは、キネマ旬報の輝峻創三せんせの解説にもあったこと。
 
 実は「2046」にも彼の「酒徒」(63)からの引用がある。
「所有的記憶都是潮濕的」である。
「満開の牡丹のように、彼女は…」も、そうなんでしょうね。

 大体やねえ、トニー・レオン一世一代の色事師ぶりも日本トップアイドルもミステリートレインの旅も2046年の香港もラウ・イーチョン劉以鬯小説へのオマージュもチャン・イーモウ張藝謀がツバつけた女優たち(=「謀女郎」と中国サイトでは総称されている…露骨だねえ)の今までにない姿もどさくさにまぎれてレスリーへの追想も、全部ぜんぶ1作に盛り込もうなんて、無謀すぎるって! 誰か止めなかったのか! 王様の首に鈴を付けられなかったのか! 2時間には収まらんから削ぎ落とせ、あるいは2作に分けろと忠告できなかったのかーっ!!(今さら叫んでも遅い)

執筆トニー。
 香港の情報誌「亜洲週刊」が、20世紀最強中文小説ベスト100の72位に選んだ「酒徒」は、戦後、香港に移民した一人の文学者を主人公としている。つまりはラウ先生の分身だ。外来者の視点から、文学者は商業化されていく香港社会を見つめ、現実社会を浮遊する人間像を描く。彼は友人に励まされ、文学者の使命を果たすべく頑張るが、悪劣な環境と薄弱な意志にかなわず、酒色に溺れるのだ。
 酒が主人公を残酷な現実からしばしの間、離れさせてくれる。素面では酒でプレッシャーを減じる必要があり、酒に酔っている間は、酒によって自己の確実な存在を証明できるというのだ。
 それじゃあまるで、中島らも先生…_| ̄|○

 主人公が服毒自殺しようとするのを救ったのが雷老夫人。彼女も精神不安定な老婦人なのだが、主人公は彼女に最大のぬくもりを見出す。夫人は母のように接してくれたのだろうか? …だが主人公は思う。「自分は彼女を騙せない。彼女の精神はもう平衡を失っている。彼女は一人の気立てのいい老人だ。自分は自分を騙すことが出来る。しかし決して彼女を騙すことはできない」
 主人公は雷夫人のためにも禁酒しようとするが、結局はできない。飲んだくれは結局飲んだくれであり、午後には禁酒すると言いながら、夜になるとレストランでブランデーを飲んでしまうのだった。

 周慕雲が白玲とレストランで飲んでいたのも、ボトルから見て老酒ではなくブランデーでしたねー。

 王家衛は当初、この「酒徒」映画化を望んだが、すでに映画化権を誰かが買ってしまっていた。そこで「花様年華」「2046」では、劉以鬯にオマージュを捧げることしかできなかったそうだ。
 ラウ・イーチョン劉以鬯は1918年12月生まれ。1941年に上海の聖約翰大学(St. John's University)を卒業し、重慶・上海・シンガポール・マレーシアと香港で新聞特派員と雑誌編集者を歴任。内戦のため1948年に香港に逃れて来て、ずっと雑誌の編集の仕事を続けていた。
 たった一人で飛行機に飛び乗り、香港に来たばかりの頃を、ラウはこう語る。
 「香港には文学を好きな人間はとても少なくて、海外の華人はさらに受け入れてくれなかった。一時期、私は本当に何をどうすることもできずに、香港では発展できないと感じた。加えて人々はそっけないし、言葉は通じないし、私の持っていた金も(売れなかった?)文学書の山と一社の出版社に消えたさ。上海に戻ったって、国民党軍と人民解放軍は熱戦の最中だ。人民解放軍は長江を越え、すぐにでも上海に侵入しそうだった。私はどうすればいいんだ? そのとき、私は切実に運命に支配されている滋味を味わったね」。

 彼は幸い、「香港時報」編集部に副編集長として迎えられ、連載小説を書き始める。小説を書くことで、生計を立てる問題は解決できたのだった。最高で毎日13作もの連載小説を書いていたというからすごい。20年以上書き続けて、一日も原稿を書かなかった日はないという。
 もっともラウさんはお酒は飲まないようだ。妻と太古城(タイクーセン)のオーシャン・ターミナル海運大廈に行って飮茶をするのだけが、現在の唯一の気晴らしだという。飲み食いした後はタクシーで帰宅し、落ちた視力もものとはせずに、せっせと書き続けるのだ。
 ラウさんは結局、1985年から2000年に月刊専門誌「香港文学」の編集長を務め、2001年には香港特区政府から、中国語文学における成功と、香港文学事業の発展への大いなる貢献を認められ、栄誉勲章を授与されている。香港中央図書館には、劉先生が寄贈した蔵書を元に「劉以鬯文庫」が編まれているそうだ。ラウさんは、現在は香港作家協会会長と康楽文化事務署文学芸術顧問に任じられてもいるのである。日本で「新感覚派」ともてはやされ、心理主義を取り入れた斬新な手法を用いたが49歳で没した横光利一(1898-1947・明治31年-昭和22年)と比較研究する研究者も、東大方面におられる様子だ。

 主な作品には「酒徒」(63)、「對倒」(72)、「寺内」、「天堂與地獄(天国と地獄)」、「島與半島(島と半島)」、「他有一把鋒利的小刀(彼は鋭利なナイフを持っていた)」、「劉以鬯実験小説」、「龍鬚糖與熱蔗」など。
 小説のなかでは「對倒」が、名作の誉れ高いそう。
 英語では「Intersection」、交差点の意味だ。これは、天地が逆になった切手の対から着想されたという。
 こんなの。
対倒の着想の元になった切手
 決して交わらない、平行に発展していく物語。

 ラウ先生はSF掌編も書いていて、「間違い」「文芸編集の白日夢」「蜘蛛の精」「天国と地獄」(以上、渡辺直人訳)は「中国SF資料之六」(中国SF研究会) に掲載されているそうな。…って、どこで入手できるんだよおおおおおぉ。

 「花様年華」は彼の「對倒」の影響を受けていると評され、製作会社のジェット・トーンは「A Wong Kar wai Project」を題してウィン・シャ夏永康が撮影した「花様年華」スチールと、「對倒」の英訳(トレーシングペーパーに印刷した中国語文章も添付)、ラウ先生へのインタビューを組み合わせたCDアルバムサイズ写真集も出版した。…製本が例によって甘いので、外箱からめったに出せませ〜ん(T_T) しかも外箱の内側には、蘇麗珍にのしかかるベッド上の周慕雲が……っ! ああっ箱を破壊しないとちゃんと見られない! 拷問だ!! 早くに気づいていれば2冊買ったのに!(ウィン・シャの思う壺)


 この「對倒」は「花様年華」公開後にさっそく単行本化された上に、王家衛の仲介で、フランスの出版社が版権を買ってフランス語版作品集の出版も決定。
 まさに王家衛サマサマなのでした。
 「對倒」には1972年版の長編と、75年版の短篇があるとのこと。長編の方については、estrangementとsolitudeについて描いている。70年代香港に生きていながら、意識は20数年前の上海と香港から離れられない主人公が淳于白だ。…彼は友人が少なく、妻にも去られた孤独な男で、絶えず煙草をふかしては回想にばかりふけっている…目を開いていながら白昼夢を看ており、現代感覚に乏しい「思豪酒店(ホテル)」にいて、木造のスターフェリー乗り場の建物を見下ろしている…といったシーンが出て来るそうなんですわ。

 一方ヒロインの亞杏は、一人娘として母親に溺愛され学業にも仕事にもつかずに済み、家事もしなくていいご身分。毎日街をふらふらとさまよっているだけの女。「馬券が当たったら最新流行ファッションを全部買い占めるのに」「機会があったら映画界に入ってもう1人の陳寶珠(当時の少女スター)になるのに」「チャンスがあればナイトクラブの売れっ子歌姫になるのに」なんて夢見てばかりのお嬢さんなのだった。淳于白と亞杏の物語が同時進行で語られ、二人はある日、映画館で隣り合わせに座るだけで、すれ違って行き、別々の結末へと発展していく。

 実は王家衛にはもう一人、忘れられない作家がいた。

 60年代前半に王家衛と両親が上海から香港に移民してきたとき、まずは「花様年華」のアパートメントのような、狭い貸し間に住み着いた。彼がいまでもはっきりと覚えているのが、隣室の作家のこと。毎日酒を飲んで酔っ払い、酒臭さをぷんぷん漂わせていたような男だ。
 東アジアでは、酔っ払いは日本以上に嫌悪される。日本ぐらいだ、こんなに”酒の上での過ち”に寛大なのは。
 王家衛は後に、その作家が上海にいた頃は有名な記者だったことを知る。
 香港に来るというのは、その作家にとって都落ちのようなものだった。生活空間は極度に窮屈で、汚いボロボロの小さな部屋しか執筆空間がなく、いろんな人間とひしめき合いながら暮らすしかなかった。生きるためには小説を書くだけでなく、マーケットに迎合してどんな「風花雪月的文章」=取るに足らない身辺雑記だって書かなければならなかった。その創作者の苦悶の姿を、王家衛少年は心に刻み込んだのだろう。
 ………まさか、夜な夜なギシギシギシ…&女の嬌声に悩まされましたか?
 ………お隣を覗いて、ママにひっぱたかれたりしませんでしたか?
 三つ子の魂、百までだもんな〜。

 で、その王家衛の「隣の作家さん」は、その後どうだったんだろう…。
 アル中で肝硬変を起こして、早くに亡くなりましたか?
 文学をあきらめて、別の仕事について長生きしましたか?
 女に刺されて……あるいは、酔って階段から落ちて…(以下自粛)

 2004年6月、トニーに会えた時に短い時間ながら「周慕雲には、中国か日本の作家のモデルはいるの?」と聞いた時、彼が劉以鬯のことも王家衛の「隣の作家さん」のことも教えてくれなかったのは、(日本人ミーハーが知るわけがない)となめられたんだろうなー。とっさに劉以鬯の名前を思い出せなかったのかもしれないけど…。
 くそー。日本人ミーハーをなめるなよー。いつか目を見張らせてやるんだもんね。ふんだ。
posted by nancix at 23:14 | Comment(2) | TrackBack(1) | 2046
この記事へのコメント
いつもながら、奥深いお話を多謝です。

ところで、
>天地が逆になった切手の対

ついつい、「2046」のペアチケットを思い出してしまいました・・・。


Posted by grace at 2004年11月09日 00:48
 興味深いお話ありがとうございます。先日やっとキネ旬を手に入れて色々読んだところでしたので、とても面白かったです。上下さかさまの切手の画像もありがとうございました。

 『2046』を見ていて、フランスの作家アンリ・バルビュスの「地獄」という小説を思い出しました。語り手が宿屋の壁にあいた穴から、隣の部屋で行われる痴態を覗き見る、という話なのですが、途中からどんどん哲学的になっていってついていけなくなって放棄したような記憶が。かなりいけない方面の本として認識していて、後ろめたさ半分で読んでいた記憶があります。今でも実家にあるかしら。

 香港は、スペイン内戦が勃発し世界が第二次世界大戦へと向って行く30年代のパリ、亡命者を受け入れてくれる自由な場所、みたいな感じやったんでしょうかね?う〜ん、ちょっと違うかな。
 とにかく、いろいろなものを喚起させらる映画であるのは確かですね。
 
 不謹慎ながら、中島らも先生のところで笑ってしまいました(^^;ゞ
Posted by noe at 2004年11月09日 01:37
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