「2046」では、香港史を語る上で避けては通れない「香港大暴動」ニュース映像が流れるけど、現代日本じゃそれこそちんぷんかんぷんだよね。だって学校で教えてないもの。
細々とした家内制手工業から工場が激増した60年代香港。労働争議が絶えず、搾取しようとする富裕層=経営者と、組合を結成して突然のクビを防ごうとする労働者は衝突を繰り返した。中華系=華人はようやく”植民地の人間”から脱し、労働者としての権利に目覚める。それは今まで支配者層として特権を謳歌し、「二等市民」と華人を見下してきた英国人への反感が強まることにつながった。
組合には当然、中国で筋金入りの洗脳を受けた"文革派"も潜入していて、過激な行動を取るよう煽動しまくっていた。”親中国・反英国”の香港人が起こしたのが香港大暴動だ。
1966年春から、中国本土では文化大革命が表面に浮上してきた。毛沢東を、北朝鮮における金成日以上に神格化し心酔した行動部隊の紅衛兵が「造反有理」と叫び、毛沢東語録を押し頂いて、社会改革の理想のため、新しい時代の夢のため、封建社会の名残と思われるモノ・文化・人を片っ端からぶっ壊していった。親兄弟さえも告発した。
その影響を、地続きである香港ももろに受けた。1965年に始まった米軍のベトナム戦争本格介入も、東アジア人には欧米への反感をかきたてた。1967年1月末に米国第7艦隊の原子力空母エンタープライズ号が香港に入港し、北京政府は香港政庁と英国政府に強硬な抗議を発し、やがてそれは高圧的な外交要求となり、英中関係を悪化させていく。(このエンタープライズ号は翌年に日本の佐世保に入港、学生運動家と警官の衝突騒ぎを引き起こすのだけどね)
画像は「1:99電影活動」香港版VCDより。
1955年生まれ、当時11、2歳のアグネス・チャン陳美齡は「造反有理」と大書された壁新聞がビルの壁に張り巡らされた光景を覚えていると、エッセイに書いていた。ストライキやデモ、政庁関連の建物への投石騒ぎが相次ぎ、デモ一行は警官隊と激しく衝突し、ゴム弾や木弾が発射され、警官は容赦なく警棒を振るいデモ参加者の頭を割った。双方に死者が出た。爆弾テロが増え、車ごと爆殺された政庁要人もいた。暴動が最高潮に達したのは1967年夏。それまでに破裂もしくは発見された爆弾(大半がニセモノか不発弾だったが)は、5千発以上と言われている。
戒厳令が出され、人々は7ヶ月で9回も外出を禁止され、銀行では取り付け騒ぎが起こり、不動産は暴落する。バス、タクシー、スターフェリーはストライキで運航停止となり、香港の社会機能は麻痺した。映画会社も人材が流出し、製作を中止せざるをえなくなる。その間に周慕雲は(金雀餐廊で)小説を書き続けて「改心したのか」なんて言われちゃったわけだ。中国大陸と香港の行き来は遮断され、中国国内では台湾など海外に家族、親戚、友人を持つだけでスパイの嫌疑を掛けられた。「新中国建設」の甘言に乗せられ、日本の華僑が金を出し合ってチャーターした無料船で祖国に戻った青年たちも、迫害され下放され苦難を味わったのは神戸の華僑の皆さんがよくご存知だ。タイ王国では共産主義が伝染し王制を脅かすのを怖れて華人の行き来を許さず、そのためにやはり新中国に戻ったピーター・チャン監督の両親は、父母兄弟の待つタイに戻れなくなった。香港に留まり、映画界に仕事を得てピーターと妹を生み育てたのだった。
人も行き来できないが、水だってそうだった。1967年、異常渇水と英中対決のための珠江の水の給水協定改定が不調に終わり、中国側の送水が一時中断され、4日に1度、4時間しか給水が行われなかった。「2046」のオリエンタルホテル東方酒店が、各部屋に水差し(魔法瓶?)しか置かず、客が自分で給水タンクに水を汲みに行くのも当然だったのだ。
何しろ社会機能が麻痺しているのだから、まともな市民生活など営めない。「花様年華」ラスト近くで、上海人の家主のおば様が「米国の娘が心配してうるさいから、移民するの。あっちに行ったら毎日孫の守りだわ」と荷造りに追われ、隣人が去ったことを嘆き、蘇麗珍に部屋を借りたいと言われて喜ぶのも、文革・大暴動の影響なのだった。
そして「2046」冒頭。
周慕雲がシンガポールでの暮らしに「俺にはもうここでの発展がない」と見切りをつけて、香港に戻ったのは1966年12月。
シンガポールの華人系新聞社の組織変革によって周慕雲が「顧問」になり給料が半分になったというのも(もしかしたら、正社員ではなく契約記者にされたと中国語台詞では言ってないかな?)、あの新聞社が右派だったか左派だったかわからないが、シンガポール当局に「文革派の手先の巣窟か」とにらまれたせいかもしれない。シンガポールの華人らも新聞を読むどころでなく浮き足立ってしまっただろう。
ちなみに、香港大暴動前後について最も詳しい日本語の読み物は「突入せよ! あさま山荘事件」原作者、佐々淳行氏の「香港領事動乱日誌―危機管理の原点」だろうと思う。あくまで在留日本人、しかも警察関係者から見た、一方的な視点なんだけど。
7ヶ月に及んだ香港大暴動は、文化大革命の変質の影響もあり、67年12月にはようやく鎮静化していく。
というわけで、周慕雲ものんきに同年のクリスマス・イブのディナーを楽しめたわけである。
もちろん「2046」は60年代という時代と、動乱の東アジアの様子を克明に描いた作品ではない。むしろキナ臭い社会情勢からできるだけ隔絶したところで男女の関係性を様々にスケッチし、現代にも通じる都市生活者の刹那的な関わりと孤独を、王家衛流の浪漫とペシミズムで彩ってみせたものだ。
なぜなら王家衛は、実際の60年代香港を描こうとしたわけではないからだ。上海でのインタビューによると、彼は60年代香港に40年代上海の摩登(モダン)とデカダンと絢爛を重ね合わせていたのだから。自分は40年代上海が好きなのにその面影は今の上海では完全に喪われてしまった、だから60年代香港に40年代上海をオーバーラップさせているのだ、そうだ。
「2046」という作品を「中身がない」「ストーリーがない」「退屈」と斬って捨てて省みない日本人は、きっとスクリーンに映し出される小道具にも説明台詞にもニュース映像にも、まったく興味関心を持たず、ひたすら「ワカラナイ」「わかりやすく教えてくれない」作品自体に反感抱いて、近未来SF風予告編に騙されたことばかりにこだわり、わかることを拒んでいるのだよな…。(でもあの予告編は日本だけのものじゃない。公式サイトには日本のアレからTakさん映像だけを抜いた英語バージョンがある。でもホントはコッチを流すほうが親切だったと思うんだが)
やれやれ。縁がなかった、ってことだ。
金払って、ほーんともったいないのにと関西人のnancixは思ってしまう。知ろうとしさえしたら、興味を広げようとさえしたら、このネット時代に調べる方法は幾らでもあるのに。
いや、別に調べたからって、1文の得もありゃしないんだけどね。
1966年1月30日 米空母エンタープライズが香港入港
4月6日 スターフェリー料金値上げ反対デモが暴動化(九龍暴動)
5月16日 中国で文化大革命始まる
6月12日 香港島で集中豪雨による大被害
6月29日 香港で隔日1日4時間の給水制限始まる
7月5日 香港国境で銃撃戦、国境警備の英国警察官5名が死亡
12月3日 マカオ暴動勃発
1967年5月11日 香港九龍地区で労働者、警官隊と衝突(香港暴動開始)
5月17日 中国系住民約3000人、警官隊と衝突(反英闘争激化)
6月17日 中国、初の水爆実験に成功
8月22日 紅衛兵、北京の英国代理大使館に放火
1968年1月30日 南ベトナム全土で南ベトナム民族解放戦線軍・北ベトナム軍、大攻撃開始(テト攻勢)
4月4日 米国でキング牧師暗殺される
5月4日 フランスでカルチェ・ラタン闘争始まる。(五月危機)
(佐々淳行著「香港領事動乱日誌―危機管理の原点」より抜粋)
TBありがとうございます。
「香港領事動乱日誌―危機管理の原点」はまだ読んでないので、ぜひ読んでみます。
ところで早々質問なのですが(すみません)前作『花様年華』、彼らはどこから引越してきたのでしょう?
大陸からではなさそうですよね。
香港又は東南アジアからの引越しと解釈してよろしいのでしょうか?
『花様年華』『2046』はいろいろな想いをかきたてることができて私にとって大変楽しい作品です。
これからもnancixさんのブログ楽しませていただきます。
※私のTBがダブッてしまいました。私の方では「TBの送信は失敗しました」との表示が出たので2度送ってしまいました。重ね重ねすみません<(_ _)>
最近、時間帯によって(特に夜)Seesaaの動作がすっごく重いんです。トラバ失敗と出てしまったのも、そのせいかもしれません。他にもコメントが2重投稿になる場合も。
手直ししておきますので、気にしないでくださいね。しかし運営側に何とかしてほしいものだ…。
>前作『花様年華』、彼らはどこから引越してきたのでしょう?
香港内からの引越しですが、マギーは「母親が上海人なので、家主のおばさんの上海語がわかる」と話すシーンが「花様年華」メイキングに収められていました。
トニーは両作とも広東語を貫いているので、広東省生まれの香港育ちか、広東省からの移民かどちらかの設定ですね。ただしモデルとなった作家のラウ・イーチョン(「キネマ旬報」参照)は、上海出身の香港の作家です。
ところで、チャウさんがシンガポールから香港に戻ったのは1966年12月でしたっけ・・・画面にでてましたかしらん?
私は、もう少し早いかなーと思っていたんですが。香港に戻った彼がルルと再開した1966年XmasEveまでを追うと、
生活苦→官能小説書き始め→余裕が出てきて女遊びを覚える、
これが1ヶ月内に起こるって、ありえるけれどちょっと日程詰まり過ぎな感が。見ている方としては、もう少し余裕をいただきたいな、と思ってしまいます。
「相変わらずぼーっと見てるね」・・・そのとおり。
お騒がせしました。
「2046」では妙に給湯場らしきところ(給水してたのですね)ばかり出てくるなと思っていたことも納得できました。これを読んでまた観てきたいと思います。
『2046』の中でそういう歴史的背景って意味を成してますかね?
『千言万語』のような映画ならまだしも、あのニュース映像が無かったからといって映画が成り立たないわけではないのでは?
一般大衆が「中身がない」「ストーリーがない」「退屈」と言っているからといって、60年代の香港の歴史がわかったところで「中身がある」「面白い」「わかった」と思うでしょうか?
わかる、わからないでいうなら監督がはっきりと『2046』を『花様年華』の続編であることを言うべきだったのではないでしょうか?
観客の怠慢を嘆くより、監督の不誠実を問いたいですね。
んーそうですよねえ、でも監督ってああいう人で、女の足フェチと同様に、わかろうがわかるまいが、スタッフが変わろうが変わるまいが自分のシュミや記憶をどんどん盛り込んで作ってしまう気質は死ぬまで変わらないと思うんで、むしろ周囲に監督に向かって正直に「王様はハダカだ!」=「わかりませんし面白くないですよ」と言える人材がいないのが問題なんだと思いますよん。
いつか、世界中の映画館に一人の観客も入らなくなったら、誰一人として出資してくれなくなったら、映画の作り方を変えるか、監督を辞めるでしょうけど。
アジア&日本がダメならヨーロッパに食い込んでやる、といま奮闘中なので、当分監督廃業はないでしょうねー。カンヌにもギリギリ出品し続けるでしょうねー。はぁぁぁ…悪い男にひっかかっちまったもんだよ(ため息)