日本人席になぜか一緒にいてくれた、香港人のIちゃんと旧交を温められるのも救い。ぜひ彼女のアドレスを聞き、日本で発売された映画パンフや雑誌を送ってあげたいと、以前からずっと思っていたのだ。前にもらったのは職場の名刺だけで、その後まもなく転職したというし…。
その彼女が、昨日今日は自分の宿泊しているホテルの一角で働いていたと聞いてビックリ。明日も九龍地区のホテルで勤務だと言い「仕事の後で、夕食を一緒に食べましょう!」と誘ってくれた。
…ワタシは明晩こそ映画「江山美人」を見たいのだが、それでもいいか?と聞くと、いいと言ってくれる。……まあ、何とか時間の工面をつけましょう!
で? トニーさん、先ほどの宣告通り、もう帰り支度をしてるの?
奥の座席を見やると、何だか掟破りのデジタルビデオカメラをコンサート会場に持ち込んだファンがいたらしく、こちらに猫背気味の背中を見せているトニーは盗撮をとがめるどころか、液晶画面に顔をくっつけるようにして、音声を懸命に、真剣に聞いていた。
……自分の歌のチェック? 楽屋では聞こえなかった、誰かのトークに聞き入っている? ……まだまだ帰りそうにないじゃん……やっぱり、ワタシと話をしたくなかっただけかーーー!(号泣) 今頃チェックしても、もうリテイクはきかないんだぞー! 往生際が悪いよ〜!
「ねえ、もうとっくに午前0時を過ぎているんだけど、トニーは0時までに寝る習慣だったんじゃないのぉ?」と呟くと、誰かが「最近は眠れなくて、コンサート前夜も睡眠薬を飲んで寝たんですって」と教えてくれた。
そうか…久々の大舞台に立つプレッシャーで"クヨクヨ君"になってたんだな…だったら余計、肩の荷を下ろした今夜こそ、バタンキューすりゃいいのに…カリーナもいない広い豪邸で独り夜を過ごすより、安心できる顔見知りの崇拝者たちとキャピキャピしていたいのかなー…?
……何だか、この4月1日の夜だけは、女たちとたわむれているトニーを、見たくなかったんだけど(泣)…それを見せ付けられているのが拷問のような気がするのは、単なる「話させてもらえない者」の嫉妬なのか…。
……そりゃもう5年も経って、トニーにはレスリーを偲ぶ機会は今までにもう充分に有ったんだろうし…プローレンスさんやジャッキーや王家衛監督、ウィリアム・チョン張叔平らと話し合ったり、折りに触れて思い出すこともnancix以上にあっただろうから……でも…だけど…。
この場で、まだレスリーを偲んで流した涙が体内に宿っているのは、自分だけなんだという気がした…みんなトニーに会えたというそれだけで満ち足りているのに、とても自分が場違いに思えて…。
レスリーについて、日本人として日本における香港芸能を振興させなきゃっとサイン会やコンサートにも出かけた、「ブエノスアイレス/春光乍洩」撮影中に神戸に来たクリストファー・ドイル杜可風に「レスリーはともかく、トニーは返せ戻せ無事に元気な傷一つないさらっぴんの体で香港に早く返せーー」と首を絞めたかった自分の複雑な気持ちを、トニーに話す機会なんて、もう無いんだなあ……。
だったらもう、自分がここにいる意味は、全く無いんだけど…。別にトニーにルーティンワークとしてのファンサービスなんてしてほしくない…ああ、また涙がこぼれそうだ…でも嫌だ…他のファンがキャピキャピ嬉しがってるところで、独りだけ泣いて周囲をしらけさせるなんて、みっともない…。こちとら、大陸や半島で戦いが絶えなかった頃「和をもって尊しとなす」と宣言した聖徳太子の末裔だーい(ウソ。先祖は大和朝廷には関係ない九州人)
やがてその澤東スタッフ達が立ち上がり、出入り口に近いこちらのテーブル前に移動し始めた。携帯電話をどこかにかけ、迎車を手配している。そのうち一人は顔見知りで、日本語の話せるスタッフだったので、しばし「マイ・ブルーベリー・ナイツ」の日本公開やBGMについて話が弾んだ。たまたまサントラ盤の日本版CDをデイバッグに入れてあったので、日本版ライナーノーツを見せたりして。
もう一人の男性スタッフ、大柄でぽっちゃりとした体格に、なぜか日本の和柄カジュアル「豊天商店」紺ジャージを着こんでいた。ひえーー、nissenの通販カタログに掲載されているようなものなのに!「なぜ香港人のあなたが豊天ジャージをぉぉ! 日本で買ったの?」(頼むから、トニーにだけは着せないでねええええ!)と聞いていると「いま香港の若者の間でこのブランドが流行しているんですよ」と、香港在住の方が教えてくださった。彼は自慢げにジャージ上着の背中も見せ、上着のファスナーを開いて、中に着ていたTシャツまで見せてくれた。
Tシャツに太字ゴシックの日本語で書かれていたのは…「ちょいデブ王子」。
ちょいじゃないでしょ、君はーーー! 立派なメタボ王子でしょー!
頼むから、トニーにだけは着せないでねええええ!
その夜初めて、いやこの数週間で初めて、心から愉快に笑えた……。
うん、笑えるうちはワタシ、大丈夫だよな…たとえトニーさんに真っ向から拒否されてもさ…。