「トニーがいるの! すぐおいで!」
……はぁ? そりゃ、トニーは香港にいますよね…さっきも目撃できたし…。
「ど、どこに行けばいいのですか?」
「銅鑼灣!」
「じゃ、私は銅鑼灣のどこに行けばいいのですか?」
「エイ、もう!」とじれったそうに、Aさんは誰かに替わる。それは香港在住の日本人の方だった。
「トニーがいるって、そこは一般のファンも、いてもいいところなんですか?」「そうだと思いますが。とりあえず、来た方がいいと思いますよ」とおっしゃる。
通りの名と、周囲に街市があることなど、目印になりそうなものを教えてくださった。必死にメモを取る。
「来られそうですか?」と聞かれたので「ハイ、地図帳を見れば大体は解ると思います、ここは旺角なので、タクシーで行きます! ただ、携帯電話が今夜は使えない状態で…」「では、大体の時間を見計らって、待っていますね」と言っていただけた。
その時nancixが想像したのは、今夜のコンサートの出演者やスタッフが打ち上げパーティーをしていて、トニーも参加していて、レストランだかバーだかの外にファンがずらっと並んで大人しく待っていれば、トニーがちょっと席を外して出て来てくれて、少しでも言葉が交わせる…というような状況だった。
少しの時間なら、地下鉄はもう帰りは動いてなくても、タクシーで何とか帰って来られるかな…。
地図帳こと香港街道地方指南2007年版の「全港街道」索引で調べると、該当する道路名が見つかった。ひえっ、これって銅鑼灣というか、完全に街外れだ…「地球の歩き方」ではマップの圏外。どうしよう。周囲に何か目印…小さなホテル名の表記が見つかった。ここへ行くってことで、タクシーの運転手に言おう!
デイバッグにデジカメを押し込み、一瞬、マスクをするかしないか迷う。……ダメだ、白マスクは香港人を2003年春当時に引き戻してしまう。スッピンのまま、ホテル1階の、ベルデスクに駆けつけた。夜勤のおじさんがベルキャプテンとして、一人いた。
おじさんに、香港街道地方指南を差し出し、下手な広東語で「私、いまここに行きたい、友達ここにいる、私はプレゼントを持って行く」と一生懸命説明した。おじさんは驚いた顔になり「今から香港島に行くのか?」とブツブツ言いながら、地図を眺め、夜勤の相棒らしき若者を呼んだ。
「おまえ、このホテル知ってるか?」「知らん。…シティホテルじゃないんじゃないの、ラブホテルかな?」とか言い合ってる。は、恥ずかしい…何でもいいから、タクシー呼んでよぉ。
おじさんは帰りを危ぶんでか念のためにか、ここのホテル名と住所、電話番号、日本の110番にあたる999番の電話番号などを書いた名刺サイズのカードをくれて、タクシーを呼び、香港街道地方指南を見せて「この客はここに行きたいんだと」と説明してくれた。なんて親切なんだ…。
タクシーは海底トンネルを抜けて、一路香港島を疾走する。nancixの脳裏に、必死に街を駆け抜け、九龍サイドから香港島のビクトリア・ピーク周辺とおぼしきサム・クー顧家明のもとへと急ぐ、白いワンピース姿のウィンことラム・チーウィン林子穎の姿が、「追」のメロディーと共によぎっていたことは間違いない。ええ、映画「君さえいれば 金枝玉葉」の名場面です。あのウィンも、さすがに途中で息切れして「タクシー!」と叫んでいたっけ…その現実感が、おとぎ話風ラブコメなのに、いかにもリアルで香港人らしかったんだよね…と、その時のnancixはクスリと笑ったのだ。…泣きじゃくってたら理由を聞いて考えを整理させてくれる、背中を押してくれる、陳小春みたいないいヤツは、nancixにはいないけど…。
タクシーは仮想の行き先としていたホテル前で、ちゃんと下ろしてくれた。「ここでいいのか?」と念を押しながら。
……確かに、念押しされてもおかしくないわ……入り口の間口が狭くて電飾バリバリで…えと……やっぱり香港式ブティックホテルですか…? ぐわぁぁ、顔から火が出る思い…。
その周囲に、確かに街市(市場)はある。完全に閉まってるけど。しかし、教わったようなレストランのネオンが、見えない…おかしいなあ…まさか、かつがれたわけじゃ…?
半泣きになり行きつ戻りつしながら、海辺に近い通りの角を曲がってみた。
……あった! ネオンが!看板が! そしてその下に、さっき電話で説明してくれた方が! ちょっとでも疑ったことを猛省!
「心配しましたよ!」と手招きされ、謝りながら店内へ誘われる。…え? ファンが入っちゃっていいんですか? おそるおそる、一歩足を踏み入れた。
……え?
さっき、香港体育館機材搬出口の鉄柵前で見た面々が、ほぼ店内にそろってる、みたい。
何なんですか? こんな夜遅くの時間なのに、皆さんレディーなのに、非公式トニー・レオン国際ファンミーティング?
一番手前のテーブルには…何と、トニー本人もとり澄まして座っていた。どうやらそこが日本人テーブルらしく、さっきの顔見知りのファン2人が、トニーと並んで座っていた。
まだ状況が飲み込めないまま、末席に腰を下ろす。トニーに何か言わなくちゃと思った。とりあえず、皆さんをお待たせしたみたいだから、それは申し訳ないと言わなくちゃ。
「Sorry、I was too late.」と、しゃがれ声で、しかも英語で言ってしまった。(広東語の「遅到」と「知道」の発音がいつも混線するもので…涙)
トニーは。
トニーは。
「君はおそーーーい! 僕、もう帰る」
それだけ言って、ニヘラ笑いを頬に貼り付けたまま、でも目は笑ってないまま、席を立ってさっさと奥のテーブルに行ってしまった………。
はいぃ?
もしもし? トニーさん?
トニーさーーーーん? 国際影帝さまーー? 香港電影大使様ーー?
もう帰るの? 他のファンに、帰りのご挨拶に行ったの? ワタシ、いまやっとの思いで到着したばかりなんですが?
まだ、歌うあなたがやっと香港体育館のステージで見られてうれしいとか、山口百恵&宇崎竜童に恥じない歌いっぷりだったとか、でもレスリーファンが可哀想で泣けちゃったよとか、一言も言えないうちに、對日本人歓談タイム、もう終了?
他のファンが日本代表を務めて歓談できていっぱいお世辞聞いたから、補欠とはもういいの?
あぜん、ぼーぜん。
誰かが「冗談ですよ、また来てくれますよ」ととりなしてくれたが、あの目つきは本音だと、解っていた……。
何なんですか?
これは何の罰ゲームなんですか?
ワタシ、こんなファンミーティングがあるから何時にどこに集合なんてこと、事前に全く聞いてませんが、それでも撮影現場に遅刻した新人スタッフと同じ叱責をトニー室長から受けるんですか?
ガイジンのレディーを一人ぼっちで、真夜中に街外れに呼び寄せるなんてと危ぶむこともなく、僕に逢えるんだから当然だと思ってます? それとも、全く状況を把握してなくて、ただマヌケが一人だけ遅れたとか思ってます?
脱………力…………。
これが、六本木で出くわした玉木宏なら(いや特に鹿男に恨みはない)、ぐいっと腕つかんで引き戻して
「あんまりファンをバカにするんじゃなかよ! ほんなこつ、○○の穴の小さい男ごたるぅぅぅーーー! ほら、追い返すならタクシー代金を出さんね! もうこんなところに用はなかけんとっとと帰るたい、あんたもデレデレ朝まで女と遊んでまた両のまぶた腫らしてんじゃ、なかよぉぉぉー! 国際影帝だろーが結婚間近な幸せ男だろうが、病人に思いやりのなかニンゲンは最低じゃけんねーーーっっ!」
と、のだめよろしく耳もとで怒鳴って、憤然と席を立ってホテル帰ってぐっすり寝るのだが…。(だから玉木宏クンは、いま日本人男優のなかで最も好きな一人♪)
今夜は無理、誰ともバトルする気力はない…取り巻きのお姉さん達に袋叩きにされて放り出されたら、死ぬ…。
見回してみると、どうやらこのレストラン、今夜は隅から隅までトニー&トニーファンで貸し切りの様子だった。テーブルには大量のワサビと、サーモン刺身の切れ端が載ったほぼ空の皿も置かれていた。…ふうん、海鮮類のレストランなんだ…。「何か食べますか?」と聞かれ、オイスターを皿に取ってくれた人もいたが、なんせ真夜中である。冬の日生ではなく、春先の、香港である。
牡蠣食えば 腹下るなり 亜熱帯
と一句出来てしまい、無理やり飲み下すのが精一杯だった。もちろん、トニーが飲んでいるような白ワインも、扁桃腺の炎症を悪化させる気がして、飲むに飲めない。
………無理してまで、来るんじゃなかった…のか…。
トニーにピシャリと会話を拒否されるくらいなら、電話もらった時点で「トニーや他の皆さんに風邪をうつしてはいけないので」と断り、しっかり睡眠をとり、朝刊を買いに行き、飮茶の待ち合わせ時間までにブログを書いて、英文ファンサイトにコンサートレポートを書く方がよっぽど有意義だったなぁ…。(溜め息)わざわざ電話で呼び出してくれたお二人には心から感謝するけど…勇気を持って、誰にどんな陰口叩かれようと覚悟して……。


