2008年04月01日

甦る男の友情「當年情」〜グラスホッパー登場!

 ハーモニカのイントロだけで、もう熱い男の友情やましいものは何もない!(けどチョットはあるかもしんない)と悲劇の兄弟愛が甦る、「當年情」!
 あの伝説の映画「男たちの挽歌/英雄本色」(86)主題歌である。ポスターを観て、単純にレスリーのオトコマエぶりに惹かれて神戸東映プラザに観に行き、ティロン狄龍と、マーク哥ことチョウ・ユンファのアツアツの友情ぶりに陥落した、という思い出の…。
 この名曲を歌うは、さすがの実力派歌手、アンディ・ホイ許志安である。黒スーツにスタンドカラーの黒シャツと、黒ずくめ。この「當年情」、生まれて初めての香港で、この曲がどうしてもほしくて捜しに捜してネイザンロードを歩き続け、ついに旺角だか油麻地だかのレコード屋で、カセットテープだけ見つけて喜んで買ったっけ…まだCDが高くて一部のアルバムしかCDになってなかった、1990年12月のことですよ。
 安仔は続いて「這些年來」「無需要太多」も歌った。

 ジジに安仔といえば、トニー主演作「裏街の聖者/流氓醫生」(95)で見事なアンサンブルを見せてくれた共演者ではないか。楽屋でトニーと言葉を交わしたり…そんな余裕、今日のトニーにはないか(苦笑)。

 それにしても、北京や深[土川]、上海のファンは、熱い! 熱烈な歓声を挙げて、スクリーンに映し出される映像のレスリーに見入っている。彼女たちは知っているのか? 資産家だった祖父が文化大革命の時に共産党員に負わされた負傷が元で亡くなり、レスリーがずっと、メインランドへの屈託した思いを抱えていたことを? 台湾でコンサートをしたというだけで、中国当局に謝罪の手紙を書かされたりしたことを? 1997年よりも前にゲルト・バルケ著「香港の声」を読んだ時に、それまでアイドル歌手兼人気俳優としか見ていなかった31歳レスリーの見解に絶句し、複雑な思いを抱いたこと、まだ覚えてる…。

 nancixの隣のおねーさん、30代後半か40代だと思うけど、トニーの後に出て来た歌手とは、ずっと鼻歌を歌ってる。どれもこれも、彼女にとってはラジオ、テレビ、街角で聴き慣れた思い出の曲なんだろうなあ…。

 スージー・ウォン蘇絲黄がまた登場。今度は日本にまつわる話。その時のエピソードを話す時に「ガー仔が…あっここには日本人も来てるわよね。まっ彼女たちにはわかんないからいっか」とのたまう、がさつなスージーおばさんである。
 …ガー仔とは、香港を占領した当時の大日本帝国軍人らが「〜が、○○が」と話す助詞の「が」が有気音でとっても際立って聞こえて耳障りだったので、反感を込めて呼んだ日本人の蔑称だと学んだ記憶がある(間違ってたらすいません)。…広東語にはングァ、とか狗仔(ガウチャイ)の音はあっても、カタカナ読みの「ガ」に当たる音はないんだろうな…。
 1988年、まだ若かったスージーおばさんはマドンナのコンサート鑑賞のために東京へ。同じ頃、東京国際音楽祭に参加するため東京に来ていたレスリーと落ち合った。「新曲だ!」とテープを聴かされることになって、えーっ、ヘンな曲だったら何て言おう…と不承不承聴いたんだけど、意外によかった。そう言うとレスリーは「そうだろ? ギタリストは日本人でさ!……」と、しゃべるしゃべる。(レスリーの日本音楽界崇拝ぶりをチクリと皮肉ってたのかも)
 機嫌をよくしたレスリーに、東京でご馳走してもらうことになった。その時のエピソードを話す時にも「で、日本妹が牛肉を焼いてくれて」とか言うスージーおばさん。
 …「日本妹」は本来は別に蔑称ではないと思うけど、AV女優とかホテトル嬢の呼称が「日本妹」「泰國妹」だったりします…あからさまに香港のオッサンどもに「日本妹」と呼ばれたらムッとしていい。「日本女人と呼べ!」って。

 最後はレスリーのグルメぶり、美食をおごってくれた太っ腹ぶりを誉めて、キレイにまとめてスージーおばさんはまた退場。

 さあ、ここでグラスホッパー、草[虫孟]の登場だ!
 エドモンド・ソー蘇志威、カルバン・チョイ蔡一智、レイムス・チョイ蔡一傑の3人がステージに勢ぞろい、軽快なダンスナンバーメドレーが始まる!
 何と、3人のうち一人は黒帽子の下は長髪ストレートカツラ、ギラギララメの上着、黒ボトムと、まるで「熱情演唱會〜Leslie Cheung Passion Tour」でのゴルチェファッションのレスリーを彷彿とさせるいでたち。遠目には、パッションツアーのレスリーが、時を越えて躍り出したかのよう!
 「側面」「黒色午夜」「Monica」「Stand Up」「不羈的風」「熱辣辣」「拒絶再玩」(玉置浩二の「じれったい」http://www.youtube.com/watch?v=u-e0uUdLgBkカバー曲)「無心睡眠」などなど、3者ともマッチョダンサーと盛んに絡み合い、盛大に腰を振っておりまーす!
 「熱辣辣」あたりで、ジャケットを脱ぐ3人。一人は、さあ俺のマッチョな肩から腕のラインの美しさを見てくれ男の皆!って感じに、白のノースリーブ・ツナギ姿になる(多分、 エドモンド・ソー蘇志威だと思った)。
 だけど…だけどね…。

 彼らだと、さあゲイの集うショーパブ・ターーーイム!って感じになるのよう!(いや一人だけがゲイで他の2人は結婚してる!と香港の友人に後で突っ込み入れられた)。

 レスリーのような、品が、無いの…。
 レスリーだと、本来ならアッパークラスの上品な御曹司が、世の人もすなる淫らな真似を我もしてみんとてって感じになるのが色っぽくも艶やかだったのに、
 グラスホッパーだとモロにストリートシンガー、ヒップホップの生まれ故郷のヒトがクラブで仲間と、全く恥じらいなく興奮し陶酔して踊り狂ってるって感じに…。

 萌えない…。

 思えば1997年1月28日の「ワールドツアー1007 in JAPAN」や2000年12月の「熱情演唱會〜Leslie Cheung Passion Tour」大阪フェスティバルホール、熱狂した客が立ち上がって踊り出す(nancixも萌え萌えで夢中で踊った)と、レスリー魔王は「ふふぅん、日本の観客はこんなにもノリがいいから大好きさっ! さあみんなもっともっと踊るのだーー! 踊れ、私の歌に合わせて〜!」とますますオペラ座の怪人化…じゃなくてヒートアップしてたっけ…。その楽しい思い出のフェスティバルホールも今年中に取り壊されて、ツインタワーになる予定とは…安らかに眠るレスリーは知るまい…(泣)。

 「Monica」「Stand Up」などは、グラスホッパーよりも、ついつい背後のレスリーMTVに目が行ってしまった。懐かしいの一言。歌い踊る元気一杯、若さ弾けるレスリーなんだが、実は今回は巧妙に編集でカットされていた周囲の女性ダンサーやヒロイン役?が、ハイレグではないレオタード姿で厚化粧で当時の太眉(「バブルへGo!!〜タイムマシンはドラム式」の広末涼子でなくても『眉毛、濃い!』と驚く)なのだな。最も可憐なのは、スッピンのレスリーだっていうのはどういうことなんだー!と、東京の友人に泊めてもらい、夜通し貴重なレーザーディスクのMVを見ながらのた打ち回って笑ったっけ…。

 それでも男くさーいお祭り騒ぎが大いに盛り上がり、やっと興奮が収まると、バイオリニストのデュオによる演奏が始まる。

 登場したのは………。
posted by nancix at 18:15 | 旅行記
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