2008年04月01日

遅刻ギリギリ!「繼續寵愛音樂會」開始!

 そのままホンハム紅[碪カ]駅で降りればよかったのに、デジカメを持ったままコンサート会場に行ってはまずいのではないかと気が付く。取り急ぎ、デジカメをホテルに置きに行き、まだ何とか時間がありそうなので、ホテル横の叉焼飯屋「廣東焼味餐廳」で叉焼と何とかのW豚肉の掛けご飯&檸檬茶(冷)を注文する。
 ここも、「地球の歩き方 香港・マカオ」で紹介されていた。本当は乳猪叉焼飯にしたかったのに、オバチャンが「乳猪はない!」と力強く言うもんだから…。
 パリパリに焼けた豚皮と、しっかり味の染みた叉焼は美味しかった。しかし……冷え切った体に、食欲は全然無い。だからご飯は半分残した。オバチャン、ごめんなさい。
 時間も無いし、急いで精算してまたまたKCR旺角東駅へとって返す。やっとホテルから駅への経路が飲み込めてきた気がする。
 駅近くの巨大ショッピングモール新世紀廣場内で、ベーカリーを見つけて、チーズ入りフランスパン1個とココア味豆乳(維他[女乃]Vitasoy)の紙パックを買った。何しろ長時間のコンサートだもの、食欲があろうがなかろうが、途中で何か補給したほうがよさそうだ。

 KCRで紅[碪カ]駅に到着したのが、ちょうどコンサート開始予定より5分前の20時10分!
 なのに、香港体育館への地下通路にはぞろぞろと観客らしき群集が。ちょっとちょっとぉぉ、皆さん、急がなくていいのぉぉ?
 あああ、トニーが何百とサインしたという「春光乍洩」DVDボックスなどの、関連グッズコーナーを捜すヒマもありゃしない…と嘆きながら、チケット持って入場。日本のような携行品検査を覚悟していたのに、何もなかった。…わざわざカメラを置いて来ることなかったかなあ…?

 あらかじめ調べた方角の座席へ向かう。……あああ、やはり最後列より3列前なだけ。Sちゃんが「山頂付近」とか言ってた通り。通路で下手によろけたら、滑落する急角度…手すりをしっかり持って移動すべしだ。
 いいのさ、オペラグラスより倍率の高い、スポーツ・グラスは用意してきたさ。豆粒トニーでも、場内スクリーンにアップが映ればい…と、天井から吊り下げられたスクリーンを見ると、照明やらコードやらケーブル類やらで、スクリーンが見えそうにない!うぎゃぁぁぁ。目論見外れた…?

 舞台はというと、新聞記事で読んだ通り、赤い絨毯が敷き詰められたブリッジが奥から左へと続いている。オーケストラビットというのか、バンドボックスというのか、演奏者のスペースの背景には黒い幕。これが後にスクリーンとなった。
 通路は手前のステージへと続き、ステージのすぐ下にまぶしいほどの照明が。ステージと赤いブリッジの2箇所にセリが設置されている。そして5角形のアリーナ席の後方に、サブ調整ボードがある。

 向かって右手のアリーナ席のすぐ上には、中国から駆けつけたらしきレスリーファン軍団が。「張國榮 北京」というどでかい電飾と、「上海」という少し小さめの電飾が目についた。一方、アリーナ席の左側1区画全てもレスリーファンクラブ席らしく、揃いのTシャツに揃いのキャップ、同じ青色の蛍光棒を持っていた。……この一糸乱れぬ集団行動ぶりって…本当に香港人? それとも日本人? よくわからないけど…。
 
 やっとコンサートが始まったのは、予定よりも20分遅れて午後8時35分。オーケストラビットの背後の黒い幕がスクリーンと化し、様々なレスリーの友人知人たちが「哥哥、Miss you much」と言って、胸に人差し指と親指を立てた「L」字のサインを作る映像が映し出される。このスクリーンなら天井から吊り下がっている常設スクリーンよりもよく見えるので、安堵。
 歌手、音楽人はもちろん、今宵の出演者であるトニー・レオン、アニタ・ユン袁詠儀、レスリーと親しかった、往年の粤劇(広東オペラ)娘役だった白雪仙さん、「君さえいれば〜金枝玉葉」のピーター・チャン監督や「チャイニーズ・ゴースト・ストーリー」シリーズや「金玉満堂〜決戦!炎の料理人」のツイ・ハーク監督、相変わらず仏頂面の「さらば、わが愛〜覇王別姫」チェン・カイコー陳凱歌監督も。ラストが、このコンサートの企画者、フローレンス・チェン陳淑芬女史。
 続いて、レスリーの幼いときの写真が次々と映し出される。白黒の、家族写真。5年前の今日以来、奔流のようにネットに流出した、それまで見たくてもなかなか見られなかった写真群が…。
 それらの白黒写真がやがてセピアに、そして色づく。張學友とメイメイ羅美薇夫妻とレスリー。
 ツイ・ハーク徐克とやり手キャリアウーマン施南生夫人(離婚疑惑はどうなって…)とレスリー。
 そんな貴重な、初めて見るプライベートショットもありました。
 いつのまにか、ピアノソロはレスリーもトニーも歌った「明星」のメロディーに。編曲が実に美しい。

 そして、黒いドレスで登場したのが、この名曲を最初に歌ったディニー・イップ葉徳嫻だった。
 スクリーンにはまだ、レスリーの写真が映し出される。つまようじをくわえてポーズをとるレスリーは、あの「男たちの挽歌/英雄本色」(86)当時なのか? 黒いグラサンをかけていたりして、本当にあの時代を感じさせる…。

 曲は「明星」から途中で「最愛」に変わったか、イントロだけ「明星」で、彼女が歌い出したのは「最愛」だったか、覚えていない。
 歌い終わったディニー女史は、胸に手を当てL字を作り「Miss you much レスリー」と呟く。赤絨毯を敷き詰めたブリッジの仕掛け花火が燃え上がり、ディニーは奈落へとゆっくりと消えていく…。
 ブリッジ端を彩る仕掛け花火は緑と赤の炎を出して、燃え続ける。機内で読んだ前日のコンサート内容を記録した新聞記事によると、このブリッジはあの世(彼岸?)と現世の路を、あの日レスリーが突然断ち切り、あの世へ行って二度と戻らないこと、を意味していたそう…。
posted by nancix at 16:00 | 旅行記
△TOPへ