2007年11月17日

TOKYO FILMeX 「それぞれのシネマ」02

 「ハイファの悪霊」は、タイトルが作品終了後に出てくる一作。「ワルシャワ1936」と注釈付きで紳士淑女が白黒映画(悪魔メフィストフェレスが出てくる「ファウスト」じゃないかと思った)を鑑賞する姿が映し出された後、時空はその70年後のハイファ(イスラエルで3番目に大きな都市)に飛ぶ。
 客席にはジーンズなどアメリカン・カジュアルなファッションの若者が多い。彼らも70年前のワルシャワと同じ白黒映画を見ているのだが、突然上映が打ち切られ「空襲警報が発令されました。ただいま情報を集めています」と映画館スタッフが説明に現れる。いっせいにブーイングする若者たち。
 だがその時…爆撃機が投下した一発が、観客をも襲うのだった…。「ラスト、コーション/色、戒」で、日本占領下にある上海の映画館で、洋画を見ていると唐突に打ち切られてニュース映画(戦果を告げる日本の自己宣伝映画)が始まる、あの一幕を連想した。映写技師がたけしでなくても、平和でないと映画は楽しめないのよね…しみじみ。

 どんどん飛ばして「是夢」と漢字でタイトルが出たとたん、「あ、ツァイ・ミンリャン蔡明亮!」と思わず呟きそうになった作品。ナレーションで「父親の夢を見た…」と状況説明がなされ、映画館内で、なぜか若い父親、幼い息子、白髪のおばあちゃんが床に座り込み、父親がドリアンを手で裂いて息子とおばあちゃんに分け与える。息子は何だか、匂いにへきえきしているような表情。BGMは李香蘭の甘いあまーーーい声の「是夢是真」、懐メロだ。
 マナーも何も吹っ飛ばして貪り食らうこと+タバコ+懐メロが、やはりツァイ・ミンリャンセットなのね!
 もちろん「父親」に扮しているのは小康こと李康生。白髪のおばあちゃんは何と、ツァイ・ミンリャンの母親?!

 続くマギー・チャンの元亭主オリヴィエ・アサイヤス監督作「Recrudescence(再発?)」。カップルが待ち合わせて映画館へ。その様子をじっと見ている一人の男。元カレか?女の方と何やら因縁があるのか?と思いきや、館内に入って行き、彼女が座席に無造作に置いたバッグを置き引きする。まったくもう、映画館は危険がいっぱい、の警告CMなのか? 映画人がそんなアピールしては、逆効果では?
 置き引きは映画館を出て行き、カフェに入る。しばらくすると、バッグから取り出し、テーブルに置かれた女の携帯電話が鳴り出す。なぜか置き引きは電源を切らない。カフェのガラス窓の向こうに、動揺したカップルが歩いて来る。面と向かって対決する気か? どうするつもりだ、置き引き!
 これも(……で、オチは?)。

 「職業」も、上映中の客席が舞台。「きちんと蝶ネクタイをしめ、タキシードを着た紳士、ドレス姿の淑女が居並ぶ客席。そのなかで、一人の観客の男が傍若無人にも、髪型だけスピルバーグに似た隣の男に話しかける。話しかけられた男は別に彼の知り合いでも何でもないようで、迷惑そうな表情。なのに、おしゃべり男は話しかけるのを止めない。自分は事業に成功した実業家で、車を8台持っていて、毎日別の車に乗り、1台は"特別な用途にしか使わないなど、まあ単なる自慢話ですな。酒の席ならともかく、そこは映画館だっつーに。だんだん彼の声が大きくなり、周囲の観客も驚き顔をしかめる。当然、話しかけられている男が最も映画に集中できずいらついている。
 「で、あんたの職業は?」とおしゃべり男に聞かれた隣の男、ついにこう言って金槌を取り出す。「俺か? 俺は殺人者だよ!」。そして容赦なく、金槌のとがってる方でおしゃべり男をめった打ち…。あーりーえーねー…。
 血しぶきが周囲の淑女の花のかんばせやドレスにも飛んでるっつーのに、男は「もういい、大丈夫ですから」などと周囲をなだめ、無残な血まみれ頭蓋骨陥没遺骸を横に置いたまま、平然と映画鑑賞再開…。
 監督はやはり、悪趣味で、二度と観たくないとnancixに思わせた「ダンサー・イン・ザ・ダーク」を撮影したラース・フォン・トリアー。"隣の男"役も彼本人でした……。何か溜まってますか、監督?

 ところで「今年のウォン・カーワイ王家衛は一味違うぞ!?」と題して紹介した王家衛監督作品「I Travelled 9000 Kilometers To Give It To You」、ぜーーーーんぜん予期した内容とは違ってました(泣)。ファン・チーウェイ范植偉君のアップがスローモーションで映し出されるのだけど、それは機内でも列車内でもなくて、映画館内。しかもロードムービーでも何でもなくて、舞台は映画館内だけ。台湾「聯合新聞網」の嘘つき(泣)。真っ赤な座席の背もたれは印象的だけど。
 ま、内容は世の男どもの妄想をスケッチしてみましたって感じで。悲しいのは香港女優、チャン・ヨーリン張睿玲。一瞬でもいいから顔を映してあげれば?! いくら美脚の持ち主だとしても、膝のあたりしか映らないなんて、酷いよ……。まったくもって足フェチ優先、出演者の心理なぞ二の次の王家衛には困ったものだ。とかボヤキながらもぐぐぐーーーっと見入ってしまうんだからマニアも困ったものだ。
 作品タイトルは范植偉が見ているという設定の映画の台詞(歯が浮くような…)にも出てきた。何でしたっけ、この映画タイトル?

 チェン・カイコー陳凱歌の作品は、文字通りの"寒村"が舞台の「Zhanxiou Village」…漢字で書いたら何村になるのだっけ?
 1960年代、冬の中国の寒村。やはり村の腕白坊主たちが、自転車にまたがったまま集まってたむろする、広場?に設置されたスクリーンと、映写機(8ミリ? 16ミリ?)。映し出されているのはチャーリー・チャップリンのドタバタコメディ。腕白坊主たちは大喜び。ところが映写機の電源が切れてしまい、がっかり。ある子が思いつく。自転車にコイル?をつなぎ、漕いだらライトの要領で電気が生じるんじゃないか? 思いつきは3台の自転車を懸命に漕ぐことで実現、再びチャップリンが、スクリーン狭しと動き出す。調子に乗って夢中で自転車を漕ぎ、映像を早回ししていると、映写技師と思しき青年が駆けつけ、一喝。腕白坊主らは蜘蛛の子を散らすように逃げ去る。ところが、1人だけ逃げずにスクリーンに向かってじっと座ったままの子供がいた…。「おじさん、もう映画見るの、やめてもいい?」と子供は尋ねる。何故彼は逃げずにそう尋ねたのか? ご想像にお任せします。
 数十年後。その子は成人し、ゆっくりと映画館内の通路をたどっている…。
 無人の映画館に突然サルサバンド?が乱入してきて、映画監督がソニーのデジタルビデオでそのにぎやかな演奏とセクシーな女性ボーカリストを撮影する1作も、珍作だった。撮った映像を女性ボーカリスト本人に見せていると、最初は「きれいよね?」「セクシーだわ!」と大喜びするのだが、映像が乱れたのかインサートカットをパッパッと見せる演出なのか、のところで「何よこれ?」と女性ボーカリストは怒り出し、監督をボコボコに…。「で、オチは?」……単にこの監督が、このセクシーボーカリストを撮影を通じてモノにしたかっただけじゃないのかという…。

 (おお、これでこの短編集も終わりかな、だとしたら気が利いてるな)と思ったのにまだまだ続いたのが「カンヌから944km離れて」だったかの、ウォルター・サレル(「モーターサイクルダイアリーズ」)監督作。てことは、なぜか今頃「大人はわかってくれない」上映中のその小さな映画館は、ブラジルにあるのか?
 その映画館の前で、二人の男が掛け合い漫才を始める。持っているのはパンデイロと呼ばれるブラジル版タンバリンだそうで。(エンボラーダについて解説しているこのサイトを参照しました)片方の男は「俺はカンヌに行ってきた」と言い張り、まるで見てきたようにレッドカーペットなどの華やかな式典模様について、「カンヌの親玉・ジル・ジャコブ」について、節をつけて語る。相方は突っ込みを入れまくり、しまいには「実は俺はカンヌに行ってない、ネットで見ただけ」「やっぱりそうか」とオチをつけるのだった。しかも、結局二人とも映画館に入らないし! 彼女と一緒にいる方が幸せなんて言うし!
 途中の、韻を踏んだ早口台詞にはまったく脱帽。なんでトチらないんだろう…。名前も知らないけど、世界の人々に見せて恥ずかしくない、立派な漫才芸人ですよ。カンヌでは大爆笑・大受けしたんじゃないだろうか。

 「私のロミオはどこ?」という、確かアッバス・キアロスタミ監督作は、あの名作、フランコ・ゼフィレッリ監督&オリヴィア・ハッセー主演版の「ロミオとジュリエット」のクライマックスを見ながら涙する、客席の女たちをクローズアップで見せただけのもの。もうね、あのロミジュリはBGMを聞くだけでも鮮やかに映像が蘇るのだ。もー女たちのアップなんて見ていませんでした。脳裏に浮かぶ、初々しいオリヴィアの花のようなかんばせと、レナード・ホワイティングくんの美しいヌードしか見ていませんでしたよ。これも「オチ無いんかい!」で終わった…。

 これに比べて、わざわざコンゴ(コンゴ民主共和国=旧ザイールなのかなあ?)で撮影したというヴィム・ヴェンダース作品の方が、同じように観客の顔をクローズアップで見せていても、よほど興味深かった。泥レンガを積み重ねただけのような「ビデオシアター」に集い、激しい戦闘・爆撃シーン(こちとらには画面を見せず、音のみ)に見入る男たち、子供たち。上映されているのは1993年に実際にソマリアでおこった壮烈な、米軍(多国籍軍)とゲリラの市街戦を描いた「ブラックホーク・ダウン」(リドリー・スコット監督、01)らしい。闇の中で、赤外線カメラで撮ったとおぼしき子供たちの大きな光る瞳は、明らかに不安と怯えを宿している。植民地時代が100年、内乱が続き、やっと平和が訪れて間もないこの国では、戦争映画は彼らにとって、ついこないだまでの現実だったのだ。やがて画面に登場するのは、台に乗せられた粗末なブラウン管テレビなのだけど…。本当に撮影隊が行ってみたら上映されていたのか、ヴィム・ヴェンダースが観客の表情を観察し撮影するためにわざわざ「ブラックホーク・ダウン」のビデオを持ち込んだのか? だとしたら何だか悪趣味だな…。
 ちなみにこの「ビデオシアター」、入り口に置かれた小さな黒板には「HOUSE OF FLYING DAGGERS」の文字も見えたのだ。そう、あの金城武、アンディ・ラウ劉徳華、チャン・ツイィー主演の「LOVERS/十面埋伏」(04)ですよ! 中華映画大作ともなると、こんな国でまで見られているのだ! 大興奮。

 悪趣味といえば、デヴィッド・クローネンバーグ作品「最後の映画館の最後のユダヤ人の自殺」も、何だか自虐的過ぎて悪趣味だったなあ。(まあいつもの悪趣味といえばいえるけど)。近未来なのか、インターネット中継かそれに類するメディアでの中継なのか、トイレにこもって拳銃を弄ぶ男の姿がアップで映し出される。後でわかったが、この男こそ監督本人。男女のDJ?が、そこが映画館のトイレであること、その男が世界で最後のユダヤ人であり、今ここで自殺しようとしていることを掛け合い漫才(違う)で紹介する。女のDJは「映画館なんて行ったことないわ、あなたよりずっと若いんですもの」と言い放つ。をいをい。とにかく男はこめかみ、片目、口の中に銃口を向けながらも、なかなか引き金を引こうとせず、中継は続く……やっぱりこれも「オチ無いんかい!」でした。

 一度観ただけでは到底全部は紹介しきれなかったし、再度見るとまた別の感想を持つかもしれない。でも間違いなく、自分は中華圏映画が性に合ってるんだなあ…彼らには確固としたスタイルがあり、映像を1シーン見ただけでもそれと解る強烈な個性があるんだと痛感した短編集ではありました。

 もしもまたこの企画が、別の監督たちも加えて行われるのなら、邦画「オリヲン座からの招待状」に登場した、レトロモダンな「京都の映画館」もぜひ加えてほしいもの。世界の人々に「京都の映画館」を見てほしいんどす。日活スタジオさん、どうか、セットを取り壊さないでおくれやす。

 でも山田洋次以外の俊英監督で、出演者もジャニ系などのテレビタレントでないほうがいいなあ…。"カンヌ○村さん"あたりが出たがりそうだけど…(ーー;)
posted by nancix at 23:50| Comment(1) | TrackBack(1) | アジア映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
nancixさん、はじめまして。

いつも楽しく見せていただいてます。
少し前のものですが、ご紹介させて
いただいてもいいでしょうか?
トニーさんが、オーストラリアの映画番組の
インタビューを受けてます。

http://www.abc.net.au/atthemovies/txt/s2030709.htm

Posted by コットンツリー at 2007年11月29日 10:13
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