2007年09月29日

「色、戒」香港2日目鑑賞。

 朝から所用があり遠出していたので、本日の映画鑑賞は夜19時55分から。

 昨夜の「色、戒」と同じUA CINEMAS 旺角で、アーロン・クォック郭富城主演の「C+偵探」をまずは鑑賞。
C+偵探ポスター

 「色、戒」は長編でもあって、午前中以外は63ドル(958円)だけど、この香港映画は54ドル(822円)なんである。しかも上映回数が、公開直後の週末だというのに「色、戒」よりも少ない。確かに同作のプロデューサーが「不公平だ!」と怒鳴るわけだ。すまないねえ、アーロン……。
 帰国してから広東語の先生に聞いたのだけど、この「C+」は、成績表のA、B、C+、Cの評価に引っ掛けているだけでなく、「[イ私]稼(私立)」=si1ga1の発音に引っ掛けているのだと判明。広東語で+(プラス)はgaと発音するんですね。まさに私立探偵、英語題の「The detective」なのだな。

 んが………。真犯人当て、動機・犯行手口をアーロンが追って真相を解明するストーリーだと思いきや、物語はどんどん、どんどん超自然の存在の証明に偏り…アーロンが尾行し調査する人間は、次々と非業の死を遂げ……。アーロンのあのつぶらでおっきな瞳がさらに見開かれるたびに、凄惨な……凄惨な……。

 ひいぃぃぃぃ! 怖いよおぉぉぉぉぉぉ!
 アーーロン! 後ろうしろうしろーーー!

 推理モノじゃなくて、ホラーじゃねえかぁぁぁ!

 よくよく確かめると、監督はあの「the EYE」「アブノーマル・ビューティ(死亡寫真)」のパン兄弟の片割れ、オキサイド・パン彭順だったんです。そりゃ一筋縄でいく探偵ものは、撮らないわな…。

 あーー失敗した……。騙された……いや、ちゃんと覚悟しておかなかった自分が悪い…。

 しかも、場末の映画館の2階に住み着いて、流行らない私立探偵事務所を開いてるというアーロン=阿探(サム)の設定、どう考えても林海象の「私立探偵 濱マイク 」シリーズの設定をパクってませんか。いいのかこれ。林海象は承知の上? 日本公開できるんだろうか。

 この映画については後にもっと感想を書きますが、その後続けて「色、戒」を見ようとしたら、開始時間を勘違いして買ったことが判明。
 「C+偵探」は21時55分までの109分だったのに、うっかり21時からの「色、戒」を買ってたよ全くがうちょあー。20時半過ぎには「C+偵探」が終わると思ってたなんて…。

 改めて23時の回を買い直す。窓口のおねーさんが交替しててよかった。(この日本女、どんだけ3級片を見る気だよスケベさんねー!)と思われてもおかしくない情況だし。

 時間潰しに、朗豪坊10階の「満記甜品」で、ドリアンのクレープ包を注文してみた。
 ………んーむ。マンゴーの方を注文すればよかった……。後悔至極。
 でも店のおにいさんが「アーユージャパニーズ?」と聞き、レジでは日本語併記のメニュー表をくれるという親切ぶりだったんで、機嫌を直す。

 いざ、階下の映画館へ。

 ………「C+偵探」のアーロンの悪夢よりさらに恐ろしいのが、車の中で王佳芝をいきなり引き寄せる易先生の、低い声で物語る内容だった。

 もう夜が明けようかという午前4時。易先生の車が自宅に到着したのに気づいた、上海・易先生邸に逗留中の王佳芝は、そっと書斎を覗く。
 易先生は何やら、赤い表紙の命令書だか指令書だかを、書斎のゴミ箱で燃やしていた。
 王佳芝に気づいた易先生はキッとなって扉を閉めるよう指示し、短いやりとりを交わす。
 彼女が出て行く時、易先生は怖い顔つきになり「二度と許しが無いまま、ここに入ってくるんじゃない」と厳命します。

 翌晩? 長い間ジェスフィールド76号?前に停まった車の中で待たされた王佳芝。


 ようやく車に乗り込んで来た易先生、タクシー内でアンニュイだった周慕雲(「花様年華」「2046」)とは一味も二味も違う。
 王佳芝の太ももをぎゅっとつかむだけでなく、いきなり彼女の顔を引き寄せて、低い声で「おまえは美しすぎる…おまえの香りが書斎に残っていたので、今日の私は上の空だった。秘書がいぶかしむほど、おまえのことばかり考えずにはいられなかった…」と言い、世にも恐ろしい拷問と尋問の顛末を語り出す…。脳漿をぶちまけて眼球が飛び出して…とか、ヤメテェ〜〜(>_<) 2人のうち、一方は自分の軍学校の同級生だったとか……はうぅぅぅ。
車内の恐ろしい易先生
 「それなのに、今日の私は、おまえのことばかり頭にちらついていた…」だなんて。

 恐ろしい。

 怨霊よりも、生きてる易先生の方が恐ろしい。
 表面上はあくまで善人面していた復讐鬼「傷ついた男たち/傷城」の阿頭よりも、欲望全開の易先生の方が、さらに人間性の恐ろしさを感じさせる…。

 直後の交わりが、どれだけ激しくどれだけ濃厚なものになるかは、大体想像が付きますですよね?
 もうね、易先生、必死です。彼女の柔らかくしなやかな体に自分を深くふかく打ち込み、埋め込んでいる時だけが、紳士の仮面を外して自分が生きている実感を持てるかのようで。

 共存するエロスとタナトス。
 生へのあくなき欲求と、自己破壊=死への願望。

 暗殺されるわけにはいかない。生きていたい。生きてやるべきことがある。誰にも負けたくないし、政権闘争に勝ち抜きたい。
 しかし、日々尋問と拷問によって情報を引き出し、用無しになれば簡単に殺人指令を出し、必要とあらばレイプなどの悪逆非道にも手を染め、当面の支配者である日本人とも表面上はにこやかに和平を語り、自らの地位確保に努めつつ、相手の腹のうちを探る…。その易先生の日々を、スチール写真にはあった拷問部屋での尋問シーンをカットすることによって、アン・リー監督はボヤケさせてしまったわけで…ちょっと残念だけど…。
カットされた拷問部屋シーン
 ↑ヴェネチア前にカットされたとおぼしき拷問部屋でのシーン

 撮るには撮ったものの、やはり車内での易先生の王佳芝への振る舞いと独白だけでも充分、彼の内心のダークサイドを観客に伝えることができると判断したんでしょう。

 日々暗殺を警戒し、一方で同胞を虫けらのように殺していくべき生と死の狭間にあって、死への恐怖を忘れるための麻薬、だったんでしょうね、王佳芝との性交は。
 政略結婚なのか親の決めた結婚なのか知らないけど、正妻とは通り一遍の夫婦間の交わりしかできなくて。

 易先生を積極的に責めながら(やっぱりトニー…また下なのね…うるるぅぅ)、思わずベッドサイドの、易先生の護身用拳銃に目をやる王佳芝。
 その視線に気づいた易先生の視界を遮るべく、彼女は枕をとって先生の顔の上半分に押し付ける。

 あかんて! 易先生は暗闇恐怖症! 映画館にさえ行けないんだから!

 案の定、震え出し叫び出しそうになるその唇を、唇で塞ぐ王佳芝!

 ……もうね、どっちがどっちを苛めているのか、いたぶっているのか、ワカラナクナリマス……。
 これもトニー・レオンだからこその演出なのか、トニー・レオンだからこうしたかったのか、アン・リー……。

 ていうか、そのまんま腹上死させるわけにはいかんのですか、女スパイとしては…?

 易先生の精神的不均衡が、王佳芝にも伝染してしまう。若い分だけ、動揺は激しい。

  [廣β]裕民は、香港での彼ら学生の1938年当時の行動を監視し、あの惨劇の後始末をつけてくれた某組織の一員となっている。あの演劇仲間も同じ組織に属して、上海に潜伏している。

 そして王佳芝は彼の懇請もあり、再び香港から来た麥太太に成りすまし、訓練も一応受けて資金提供を受け、いまや上海の特務機関の親玉となった易先生宅に客人として迎え入れられたわけで。

 その某組織の幹部、呉として登場するのが、トゥオ・ツォンホワ度宗華。(度じゃなくて本当は尺が入る)
 かつてはトニーと「エンド・オブ・ザ・ロード/異域2〜孤軍」「新流星蝴蝶剣 秘術VS妖術」などで共演し、台湾若手演技派男優としてトニーと競い、ンー・シンリン呉倩蓮の長年の恋人としても名高かった度宗華ですよ。
 トニーと同い年の1962年10月生まれですが、ちゃんと年相応に老けてます。トニーの方が年齢不相応に若々しいんだってば。
 ありゃ。彼は予想した日本軍人役じゃなかったんだ。むしろ、最初は国民党軍服だけど2回目は藍衣を着ているところから見て、藍衣社(蒋介石側の特務工作機関)の幹部だ。
撮影現場での度宗華

 易先生が、二人きりの逢瀬のためにアパートメントを確保してくれ、王佳芝が易先生邸を出てそこに引っ越すことになると報告した時、立ち会っていた[廣β]裕民は「もういいじゃないか、行動に出ましょう! 彼女はよくやった、今こそ我々が(易暗殺を)実行に移すべき時です!」とはやる。
 しかし老呉は激しく彼を叱責して制止する。彼は自分の妻だけでなく、2人の子供も易先生らに殺されたと告白し、用心に用心を重ねて、周到に罠に追い込み、確実に易先生を仕留めるべきだと主張する。
 ……何のことはない、人民に、組織に、祖国に忠誠を!なんて白々しいことを並べ立てているけど、若い男女を鉄砲玉に仕立て上げて、私怨を晴らそうとしてるだけじゃん。
 易先生とどっちが悪辣なのか、解らなくなってくる。

 この、敵国の日本人だけでなく中国人同士も欺瞞に満ちた関係だったと静かに暴く、アン・リーの視線が複層的で、いいですな。

 王佳芝は老呉を睨み、肉体を与えて絶対服従し、奴隷のように奉仕するしかない、自分の境遇と易先生への憎悪を赤裸々にぶちまける。早く(暗殺)してくれないと、自分は交わりの果てに拳銃を取って易先生の後頭部を撃ってしまうかもしれない、彼の飛び散る脳漿と血潮にまみれること、それこそが今の自分の望みだと、身を震わせながら言ってのけるのだ。
 凍りつく男たち。「もういい、黙れ!」とたまりかねて立ち上がり、部下を従えて出て行ってしまう老呉。

 あでやかで冷たいまでに美しい、はずの彼女が、精神崩壊一歩手前にまで追い込まれた姿を、痛ましく見つめる[廣β]裕民…。彼の精一杯の求愛は、しかしもう王佳芝の心を揺り動かさない。「3年前に、こうしてくれていたら…」みたいなことを言い置いて、王佳芝は一人、アジトを去るのだ…。

 易先生に肉体を求められることは、王佳芝の、実の父に認められ弟よりも深く愛されたかったという潜在的欲望を充たすことでもあり。
 易先生に見放されることは、上海で孤立無援になるだけでなく、実の父に見捨てられたトラウマの傷口をさらに拡大することでもあり。
 自分がもう、易先生を愛して繋ぎ止めたいと念じているのか憎み滅ぼしたいと思っているのか、王佳芝には解らなくなり……。

 そこへきて、あのアン・リーが言ってた「映画のなかで最初で最後の、一回きりの」トニーのつぶらな瞳からの悶絶光線発射!」だもんなあ…。それも、上目遣いでの。
 優しい微笑みも加えての。

23禁じ手のタレ目
 どんな激烈なベッドシーンより、あのまなざしだけで、女はイチコロです。堕ちます、ハイ。

 それなのに、嗚呼それなのに…。
 「太晩了」なのだ、原作にあった、王佳芝の呟き。

 「太晩了」。
 遅すぎた。

 いや、性急すぎたのかもしれない。束の間の「男の優しさ」という遊戯を、真の愛情だと錯覚するのが。

 やっと捕まえた人力車の、若い車夫の屈託ない笑顔が、ハンドル部分に挿されて回る3色の風車が(原作にも書かれていたのね…読み飛ばしていた)、空虚な王佳芝の心を少しは癒やすことになる。

 易先生にしてみても、紆余曲折があり、あらゆる疑惑を取り払ってやっと手に入れたと信じた若い女の心を、その次の刹那、もう奪われてしまったなんて。
 ただの若い女じゃない。ファム・ファタール…いや、やはり彼にとってはピンクダイヤモンドのような、独特の輝きを放つ、得難い宝玉だ。
 妻にさえ買ってやらなかった6カラットの鴿子蛋(鳩の卵=大きなピンクダイヤモンドらしい)を、その細くしなやかな指にはめてしかるべき、女。

 その4年後の1945年、日本は敗戦し、中国大陸は国民党軍と中国共産党軍の内戦に見舞われ…"漢奸"らはやがて裁判にかけられ…。
 同じ汪精衛政権に組していたが、日本に亡命した胡蘭成と異なり、易先生も丁黙村と同様に獄に繋がれ、漢奸裁判にかけられて、絞首刑になっただろうか。
 獄中で、刑場に引き出される道のりで、彼は一瞬でも、宝石のような女=王佳芝の面影を、ささやきを、脳裏に浮かべただろうか。

 そんなことを、どうしても考えてしまう、二回目の鑑賞でした。
posted by nancix at 23:55 | Comment(2) | TrackBack(0) | 「色、戒」特集
この記事へのコメント
nancixさん、1回目2回目と充実の観賞記ありがとうございました!
ワタクシ、広東語はちんぷんかんぷん、英語の字幕はついてゆけずに
なんとな〜くこんな感じ?なあらすじで勝手に解釈し
あとはトニー・レオンに浸っていただけなので
これではとてもこの映画を語れない、日本で字幕付きで着るまでは・・・・と思っていました。
nancixさんの観賞記で、背景や心情を知ることが出来
濃霧が晴れたようです。
さあ、もう1回みにいくぞ=!

PS.確かに痛々しいほどあんなそんななトニーさんでした。
でもこの役をできたのはきっと彼をおいて他はなく
それを熟知していたリー監督の思いに彼も応えたのだと思います。本当にお疲れ様でした・・・・。
衝撃のベットシーンもさることながら、
歌を歌う王佳芝を見つめるトニーに、毎度毎度のことながら
ノックダウンされてしまうのでした。

Posted by くりりん at 2007年10月08日 20:35
nancixさん
お帰りなさい。
レポートありがとうございます。
見てもいないのにnancixさんの文章だけでウルウルです。
ほんと苦労したんですね、トニーさん。
そしてやっぱりかっこいいのですね。
見たい映画は批評とか情報とかはあまり頭に入れずに見に行くのですが・・・
あまりに先の日本公開を待ちきれず、
内容を知りたいような、知りたくないような、葛藤の毎日です。

PS
公開まで寂しいので「ヒーリングハート」を見に行くことにしました。楽しみです。
Posted by nao3 at 2007年10月08日 21:16
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