
映画「色、戒/ラスト・コーション」のファースト・シーンは、nancixのあらゆる予想に反して、シェパードらしき犬のドアップでした。
そして眼光鋭い、守衛の顔のアップ。もちろん銃剣だかライフルだかを手にしている。
彼を含めた大勢の守衛に警護された、高い塀の邸宅。
1942年、上海・汪精衛政府首長住居區、というような字幕が出ます。
もうここから、「ライトに照らされて浮かび上がる麻雀卓、その上でまばゆく輝くマダムたちの大ぶりの指輪」、という"女が書いた小説版"のファーストシーンと異なり、"男が撮った映画"なのだ、という感、ありあり。
しかし、映画の筋は小説の筋にほぼ忠実に、進行していきます。
小説に名前が出ていた愛国大学生諸君も、全員確認。
頼秀金という、ヒロインの王佳芝の先輩にあたる女子学生役を演じる女優(朱[艸/正][瑩]、国立台北大学戯劇系卒、アン・リーの友人で舞台演出家でもある頼聲川の推薦で抜擢)が、何だかサンドラ・ンー呉君如を連想させる容貌で。
映画には、短編の原作小説にはなかったヒロインや[廣β]裕民の家庭事情が付け加えられ、人物に奥行きを与えます。易夫人も内陸部の安徽省出身だと判明するし。
ヒロイン、王佳芝の母親が上海出身で、一家を挙げて広東省に移住。そこで結婚して王佳芝が生まれたとか言ってたような。その母親の死後、王佳芝の父親は、彼女の弟だけを連れて英国に移住。王佳芝がようやく香港で学業を再開した頃、父は英国の白人女性と再婚し、王佳芝は結婚を祝う手紙を書く一方で、イングリッド・バーグマン主演?の洋画を上映中の映画館で声もなくむせび泣きする。
彼女の、父親への愛憎の想いが、やがてはずっと年上の易先生へと向けられる、いわばエレクトラ・コンプレックスが、彼女のひたむきな行動の動機づけとなったことを示唆する、設定です。
[廣β]裕民は、兄が戦死し、跡継ぎを喪いたくない両親の反対でやむなく軍隊に入ることを断念した、愛国精神に燃える大学生。
易夫人の出身地の安徽省……三国志の舞台の一つで、曹操の出生地じゃなかったかな。中国共産党の何人かの指導者の出身地でもあったような。
そして、易先生。
確かにトニー・レオン、老けメイクをしている。
厳しい、見たことがないほど厳粛な顔をしてみせ、時に見たことがないほど酷薄な表情を浮かべる。
にも関わらず、
アン・リーの、父親のような懇切丁寧・厳格な指導で「漢奸」に成り切ったはずにも関わらず。
カッコよすぎるぢゃないかーーーー!(座席の背もたれ蹴る勢い)
漢奸をこんなにカッコよく描いて、いいのかアン・リーーーーーーー!(アン・リーを揺さぶる勢い)
トニーーーーーー! あーたという人は!!!(胸ぐらつかみかかる勢い)
中山装がこんなに似合うなんて、今まで知らなかったよ!(拝む格好)

何より、ダブルのクラシックスーツにポケットチーフ挿して、片手をポケットに、レパルスベイ・レストラン内の電話ボックスから出て近づいてくるそのダンディぶりときたらーーーー!(自分の両膝叩きまくる勢い)
自宅での朝食時に長めのチーパオ旗袍姿で現れて新聞読んだりして、正妻と秘密の愛人を同じ食卓につかせてキョドリもしない、やっぱりあーたは華人!(♪中国人〜〜by 劉徳華)

それでいて、日本式畳の座敷の、四つ足付き膳(デザートの柿を残しちゃいけませんよ皆さん)の前であぐらかいて座っていても、ちっとも違和感がないんだから、不思議なひとだ…。
そう、予想以上にこの映画には、日本人が出て来て、日本語の台詞が聞こえました。
もちろん上海を占領中の、横暴な日本軍兵士も出てはきますが、彼らは遠景。それだけじゃない。
米屋の前の行列では「押すな!」という日本語の声が聞こえたし、香港を離れて上海の伯母宅に身を寄せ、伯母と祖母と同居しているヒロイン王佳芝が「学校に行ってきます」と言いつつ向かった教室では、敵性語であるはずの日本語の授業が行われている。日本人女教師が「日本人は、いかにモノをよく考えているかわかりますね」なんつって五段活用を教えているし。
とりわけ、日本人が多く住む通称"日本人租界"こと虹口区の、日本式料亭では。
易先生の指令によって一人で訪れた王佳芝を、仲居さんが案内し、1階部分はステージ付きレストランらしく、日本人女性歌手が何やら明るい曲調の歌を、日本語で歌っている。(服部良一先生作曲の流行歌か?)
2階の障子で仕切られた宴会場では、和服姿の女将さんが廊下を案内してくれる。
障子が開くと、まろび出てくるのは日本人の軍服の男。「おお、べっぴんだなあ、まあこっちに来て酌をしてくれ」などと、チーパオ旗袍姿の王佳芝に迫る。多分この軍人・佐藤中佐(中国語字幕ではなぜか大佐)を演じているのが藤木勇人さんだとクレジットされていたと思うんだけど、あのドラマ「ちゅらさん」にも出演していた、沖縄の元りんけんバンド・藤木勇人さんだったんだろうか?
転んだ佐藤中佐の世話を、その座敷に居合わせた芸者に命じ、女将さんは王佳芝に謝りながら、易先生が待つ座敷に誘導する。どこかの座敷からは、「同期の桜」の歌声も響き渡ります。……ええと、この軍歌は昭和19年=1944年頃に流行したはずなんですが…。
まあそれはともかく、日本人女性の和服姿も、街を行く人力車に乗った芸者さんの着付けも、「SAYURI」とは大違いで、ちゃんとしてました。帯止めやかんざしなどの細部や、時代考証はどうだか解らないけど。女将さん役で出演していた日本人女性が、ゲイシャ・ファッションコーディネーターも務めたとスタッフリストに出てたから、まあ大丈夫なのかと。
ここからは、原作には全く無かったオリジナル。

王佳芝は、自分がなぜここに呼ばれたのかいぶかしみながらも、障子を閉めようとします。廊下の向こうから2人の日本人(軍服だったような)が「税関も厳しくなってきてなあ…」などと話しながら歩いて来て、とっさに易先生は自分の顔を隠すような仕草をします。王佳芝は、自分の姿が外から見えないように、障子を素早く閉めるのでした。
別の座敷からは、三味線に合わせての都々逸だか小唄だかが聞こえてくる。物悲しい調子なのだが、易先生は「あれを聞いてみろ。家を失って怯える犬の鳴き声のようだ」とつぶやく。
……漢奸とそしられる立場にいる、親日家の一人のはずの易先生が、そんな……。
王佳芝は、易先生の横に座り、やがて易先生に膝まくらされる格好になって(羨慕…)、易先生の顔を見上げる。「私がここに呼ばれた理由が解りましたわ。貴方は私を貴方(専属)の妓女になさりたいのでしょう?」
「妓女? いいや、娼妓だよ」
王佳芝はすばやく起き上がり、「私の歌の方がマシだと思いますわ」などと言って、高く澄んだ声で歌い、舞い始めるんですよ。牽牛と織姫のような夫唱婦随、仲睦まじい男女の相思相愛ぶりを歌った「天涯歌女」を…。そう、周[王旋]が「馬路天使」(37)で歌った映画主題歌なんです。後に李香蘭も歌ってます。
見た時はとっさに思い出せず、伝統歌謡か民謡だっけ?といぶかしみましたが。周[王旋]じゃないか……何で思い出せないかな(涙)。
…人生呀誰不 惜呀惜青春
小妹妹似線郎似針
郎呀穿在一起不離分
愛呀愛呀郎呀 在一起不離分…
甘アマな歌なんですが、聞きながら易先生は思わず目頭を抑える。
全て日本式の空間で、彼女と易先生だけが、中華な小世界を共有できている……。
それまでは秘めたる野望と征服欲だけで、せめぎ合っていた2人なのに、この日を境に、何かが変わってしまうのです。
やがて王佳芝が訪れた映画館で上映されているのも、周[王旋]と趙丹?が兄いもうとのように見つめ合い悲しくかき口説くシーンじゃないかと感じた。「馬路天使」だか「天涯歌女」(41)だかだと思うんだけど。その映画館の片隅で、古書店のアジトを易先生側に急襲され、かろうじて逃げのびた[廣β]裕民と王佳芝が切羽詰まった会話を交わすのも、上映中の映画のシーンにシンクロしている。王佳芝は完全に易先生にのめりこみ「あの人には他にも女がいるのかも…こないだ隠れ家に連れて行かれたら、別の女性の気配がした…ジャスミンの香水がかすかに香って…」なんて任務には関係のないことを口走る。もう自分でも、嫉妬してるんだか父親にされたように棄てられると怖れているんだか、ワケわかんなくなっている。
そんな彼女を痛ましく見つめ、「僕だけは君を傷つけないから!」とキッパリ言い切る[廣β]裕民。
♪愛のままにわがままに 僕は君だけを傷つけない〜……って、B'zかよ! 理論ばっかりのてめーがいちばん当てになんないんだってばよー!
こうして、王佳芝は易先生との関係にのめりこみ、抜き差しならない愛憎に、心身共に憔悴していき……。
もうね、もう……。
アン・リーにここまでやらせたのは、やっぱり若さゆえ何をも怖れないチャレンジャーで、「おっ○い全部見せたら御曹司に見初められないしお嫁に行けなくなっちゃう〜」なんてことはどうでもよい世代で、いかようにも自分色に染められる逸材の湯唯の存在はもちろん、やっぱりトニー・レオンなんですよぉ!
この人はこの人はもうもうもう! 普段はあんなに照れ屋で恥ずかしがり屋で人見知りなくせして!
ゲージツだって懇々と言い聞かされて納得したらもう、やるときゃやるんだから! 昔から!
嗚呼、しかしトニー……。
何だか、情欲とか色欲とか劣情とかを超越して、ただただ痛ましいとしか言いようのない境地にまで、二人の男女は至ってしまうわけですよ!
エロスとタナトス、生と死のはざまで求め合い、貪り合う男女。
これについては、再見してからまた取り上げます。とにかく「色、戒」初体験は
内心シクシクと(アン・リー先生…そこまでトニーにやらせなきゃなりませんか…そこまでをも映さなければなりませんか…いえ不満があるわけじゃないんですけど歯止めはどこで利かせ…あああぅぅ、何もそういう角度で、そういうカメラ目線で、そういうところ……ああっその表情! 汗みずくのその顔のアップだけで次はすぐに朝になっちゃっても、トニーファンはいっこうに差し支えないのに!残念でないのに! その部分をそういうふうにまで映さなきゃゲージツでないですか、ヴェネチアで一等賞取れませんかオスカー獲れませんかーーーっ!)と、悲鳴に近いあえぎ声を挙げてしまったですよ!!!!!!!
痛ましい……人間として、役者として、ここまでやってしまったトニー・レオンが、何だか痛ましい……。
「色、戒」撮影終了後、日本の北海道でスノボ三昧やって寿司食ってもまだ、心身の疲労が取れず「赤壁」出演を断ろうとしたキモチ、やっと、少しは理解できたような……。
見る前は(ワタシ、ビッグサイズバスタオル持って、スクリーンに飛びついてトニーのあーんなところとかこーんな姿勢とかを隠したくなるんじゃないかしらん…風呂上りのはだかんぼのお子ちゃまを追っかけるママみたいに…)なんて軽く考えていたのですが、
自分の鼻息が気がかりで、それで独りで海外に観に行くことに、とうから決めていたのですが、
そんな境地を通り越して、もんのすごく厳粛に受け止めてしまったですよ…。
かといって醜悪なものを見せられたとは決して思いませんです。結合部を隠すために(どんだけ湯唯は体が柔らかいんだよ! お酢飲んで上海雑技団で秘密のストレッチでも訓練してきたのかよ!)と内心呆れるほどのポーズ取らされてますから。日本のAVだとかポル○なら、劣情をそそるためにきっとそういうところばっかり大写しするんじゃないのかしらん。いやよくは知らないけど、ホントに。ジョシダイセーの分際で、女3人で「女性監督と女性脚本家によるポ○ノ映画」を好奇心の赴くまま成○映画専門館に見に行ったなんつー若気の至りもあったけど。……台詞棒読みでつまんなかったよ……。
で、ホンバン疑惑ですが、これがホンバンなわけないでしょ全くもう。マジだったら全身各所からの体液流出で、ベッドも役者のボディもエラいことになってまするよ。湯唯ちゃんの滑らかなお肌、エラいことには決してなってませんでした。キレイキレイ。よかったよかった。(でもなー、同性の厳し過ぎる審美眼かもしれないけど、○首があんなに黒っぽいのはよくないよね…日本になら、薄ピンクになるクリームも通販で売ってるし化粧品専門店で売ってるのにね…せっかく小ぶりだけど形のいいおっ○いしてるのに…それと当時の女性の風俗再現なのか、脇の永久脱毛処理をしてない…してない方がコーフンするって日本人男性は、多いのか少ないのか…?)
原作通り、物語は1942年に戻り、そのまま日本に移築してほしいほどモダンな凱司令珈琲館(キースリング・カフェ?)で易先生の車を待つ王佳芝の姿に戻り、やがて車が到着し、素早く乗り込むと易先生が「待たせてすまなかったね」と言い、車が発進するとすぐに王佳芝が「そうだわ、あの指輪がもう完成しているはず。先に受け取りに行きましょう」と提案し…。
物語は結末へと、否応無しに突き進んで行くのでした……。
結末へ至るまでの描写は、原作ともかなり異なり。
もちろん麻雀卓を囲みさんざめく、いつもと同じマダムたちの賑やかなやり取りは再現されるのですが。
………そうか………そういうふうに演出したのか、アン・リー……。
予告編で見た、花々の咲き乱れる庭を窓越しに眺めていた全裸の湯唯…あの屋敷が上海の易先生宅ではなく、香港時代の英国人邸宅だっただけでも予想外だったのに…。
……そうか………やっぱりトニー・レオンなんだな……トニー・レオンだからこその、あのラストの表情なのかな…。
しかし、nancixが原作を読んで勝手に造り出した易先生像とは、少し……。
妙に納得できるような、納得できないような、微かな煩悶と深いふかい余韻を抱えて、映画を見終えたのでした…。
はぁぁぁ……何という、濃密な時間が流れたことか……。
ちなみにジャッキー・チョン張學友による主題歌「ヤンモー/淹沒」は、映画館では聞けませんでした。サントラでは「Wong Chia Chi's Theme」にあたる、インストゥルメンタルだけ。
東アジア圏でのイメージソングという、位置付けなんだろうなあ。歌は収録されているサントラ盤にも、中国語歌詞が見当たらないし…。
映画館をぞろぞろ出ると、ゲッ午前2時15分近く? 映画館にたどり着く時にはエスカレーターが停まっていてエレベーターも1階や地階に行くのしか見つけられず、半泣きで4階から7階までエスカレーターを歩いて上り、そこから階段で上がって2分前に座席に着いたのですが、帰りはちゃんと8階から4階までの下りのみ、エスカレーターが動いておりました。ホッと一安心。
ホテルに戻ろうとすると、エレベーターで階数表示が押せない。
あれ? ランプが点かない?とドキッとしてよくよく見ると、夜間は自分のカードキーを差し込まないと、そのフロアには行けないようにしてあったのでした。渋谷エクセルホテル東急のレディースフロア以来だなあ、こういうセキュリティかかってるところに泊まるの。
ホテルの自室で「色、戒」サントラ盤を小さくかけっぱなしにして(両隣は空室の様子だった)、熟睡したことでしたよ…。
そうですか…そうですか。
胃の辺りがキリキリ痛むような気持ちになります。
昨日香港から友人が電話をくれて、
「私たちはエラい人のファンになってしまったよ」と言いました。
これはどうやらスクリーンでトニーと真剣勝負しなければならないようですね。
あぁ、見るのが怖いな、でも今すぐにでも見たい。
これから日本公開が近づくにつれ、様々な情報が入ってくるでしょうが、
頭の中をまっさらにして挑みたいと思います。
今か今かと待ちかねてようやく読ませていただきました。息も継がずにいつもながらのあなたの博学ぶりに感心しながら読み進めていました。でもそのうち、トニーのこと、読んでるうちに涙が出てきてしまいました。「そうまでして演じたトニーが人間として痛ましい。」、同感です。単にかわいそうとかそういうのではなくつらくなってしまいました。演じたトニーの方がつらかったでしょうに。私、映画を観る前からこんな状態では。いったいどうなるのでしょう。見るのが怖くなりました。でも見たい。早く、見たいです。
の後はこの映画の重要な部分だと思うのですが、
易先生は「娼婦だって?自分の方がどうやって娼[イ長](娼婦と日本軍の手下であるというダブルミーニング)になるのか良く知っているよ」と言って、自虐的に自分の苦悩を表すのですが、これは一種の言葉遊びなので字幕にはできないようです。
ワタシはソウルで見ました(トニー・レオンの人気高いですし)が、藤木勇人の登場シーンで爆笑して冷ややかな視線を浴びてしまいました…。
彼の公式ブログには、この映画のことは書いてませんがね。