今回は少し家庭人としての顔も覗かせています。

【張愛玲には愛と父の愛が欠けていた】
記者:映画は一度、「老易的故事」と改名されましたね。どんな原因だったのですか?(昨年9月頃の話題)
李:(笑)いえいえ、それは誤報です! あの時私たちはシナリオ進行の秘密を守るために、表紙に「色、戒」と書けなかったのです。主要スタッフが落とし、誰かが拾い上げることを恐れて。そうなると痛ましいことになります(笑)。ですから見てもとてもつまらない、吸引力のない名前を書くことにしたんです。私は「易さんの物語」に決めようと思いました。スタッフも全て了解できます。たとえスタッフの誰かがうっかり落としても、これが「色、戒」だと解りません。その後、スタッフカードも全て「易さんの物語」に変わり、ある人は映画タイトルを変えたのだと思った(笑)。実は全く(題名変更なんて)ことはなかったのです。
記者:あなたが「色、戒」を撮影する前に、台湾のエドワード・ヤン楊徳昌やペギー・チャオ焦雄屏(有名映画評論家で映画プロデューサーの女傑)と中国のアン・フー胡安監督(「西洋鏡-映画の夜明け-」(00)の女性監督)もこの小説を映画化しようとしました。あなたは最終的にいかにして改編権(映画化権だと思う)を手にしたのですか?
李:私が撮影したいと思った頃にはもう、誰もこれを必要としていませんでした。私は彼女の版権代理人――台湾の「皇冠」雑誌と版権について話し合いました。彼らは可能だと言い、私はそれを買い取ったのです。権利金は最後には張愛玲の古い朋友に渡りました――老夫婦です。以前、國泰(キャセイ)フィルムの映画企画者だった宋先生夫妻にです。彼らは「皇冠」の代理人でした。
記者:易先生は大物売国奴なのに、原作の中では死なずにいます。映画は原作と同じですか? 映画ではやはり彼の末路を引き継ぎましたか? もしも売国奴がうまく生き延び、青年革命家が全て惨死するのなら、審査上で通らないという心配はありませんか?
李:映画は基本的に原作小説を尊重しています。当然多くの芸術上の再創作はありえます。私は、審査機関が創作者に更に多くの創作空間を与えることができると信じます。もしも私たちが一々審査結果を心配していたら、何もできなくなってしまいます。当然、私は他人が私に与える意見を尊重できます。
記者:みんなも張愛玲と胡蘭成の関係を知っています。ある評論は張愛玲が「色、戒」の中に、彼女の胡蘭成に対する複雑な愛情を注ぎ込んでいると言っています。あなたがこのような評論に対してどう見ますか? あなた自身は彼らの関係をどのように見ますか?
李:私は張愛玲には父親の愛と愛情がとても欠けていると感じます。私は彼女が成長期に多くの虐待を受けたのだと思います。
ですから胡蘭成の才気と彼女に対する抜擢と認識が、彼女にとってはとても吸引力があったと言えます。胡蘭成はとても彼女に対して申し訳ないことをしました。私は胡蘭成という人物の人柄にいくつか問題があったのだと感じます。特に高尚ではありませんでした。ですから張愛玲の生涯は感情と愛情に対して欠落していたので、彼女が愛情に対してどのような見方をしていたか言いにくいです。そこで「色、戒」という小説では、とても残酷な書き方をしています。それも私を惹き付け、私が抜け出しにくい原因となりました――その真実で残酷な小説のなかに、どのように我々の感情の拠りどころとなり生きるよすがとなるものを探し当てるか? それは決して容易なことではありません。それは私たちが努力すべき方向なのです。張愛玲が胡蘭成に付き従った日々は実はとても短く、とても不十分で、とても不完全だったのです。
【年齢を重ねれば、脆弱になる】
記者:映画を撮影する前、あなたは8年間、食事を作り、奥さんに養ってもらっていた、だからあなたは再三彼女に感謝していましたね。現在のあなたは毎日映画製作に忙しくて、奥さんと一緒にのんびりするヒマはめったにないとおっしゃいます。彼女は不平をこぼしたりしませんか?
李:ヒマがなくても、彼女と家族はもう慣れっこで、とても強靭に変われました。かえって私が年齢を重ねて、脆弱になりました(笑)。でも仕事が忙しいとそんなことにこだわっていられません。私と家族は週に1回、電話で話をするだけです。撮影期間はおそらく10ヶ月半は外にいることがあって、その間は約9ヶ月も帰宅していません。8ヶ月以上彼らと会えず、完全に働くマシーンと化しました。
記者:あなたの父親はもう亡くなりました。現在のあなたは父と息子の間の伝統観念と現代思想の衝突というようなテーマで、考え方を表現することを続けられますか?
李:機会があればね。しかしそのようなテーマ(の舞台)は中国国内にはなく、米国であるべきです。私は自分の子供を伴って米国に行ったからです。
中国と米国の文化混合のあれは、私の成長のようではなくて、父親を主とするべきです。私の子供は妻のしつけを主人としています(笑)。彼らは母親と過ごす時間が比較的多く、母親は比較的彼らに厳格です。私はいつも家にいないために、彼らを気ままにしてやり、彼らは私の前では結構腕白で、この類の関係と一般の人がよく知っている父子関係とは全く同じではありません。私も生きるために適応するしかありません(笑)。
しかし私の2人の子供は男の子です。時には男の子が直面するいくつかのものについて、母親は知るのが難しいものです。とても大きな変化のある成長期に、私はいつも家にいません。ですから私は少し申し訳なく思います。彼が大学に入学する前にずっと、私は彼と比較的よい意思の疎通を取ることができました。彼が米国の中学と小学校で、その期間に何が発生したのか、私はわかっていません。
下の息子の性格はわりに外向的で、どちらかといえばおしゃべりです。長男への申し訳なさから、私はいつも下の息子とおしゃべりするようにしています。彼はわりと演技が好きで、役者になることが好きです。そこで私たちが雑談できるものも比較的多いのです。私たちは時にはママに背を向けてでも、幾つかの男の話題について話します(笑)。
記者:「色、戒」の後、新作映画の計画についてスケジュールを教えてくれますか?
李:目下のところは「色、戒」の後処理の仕事を完成させるだけです。次の計画は何もありません。
記者:ハリウッドでは「ハルク」(03)を、主演者も監督も変えてまた撮影する必要があるようです。当初あなたが撮ったあの作品は、興行成績はかんばしいものではなく、あなたを心身共に疲れさせました。あなたは今後、またハリウッドの商業大作を撮ることがありますか? もしも映画会社の招請を考慮に入れないなら、あなた自身が最も撮りたいのはどんな商業大作ですか?
李:どんな題材の映画でも、私の創作の一過程です。私個人はそれを商業と芸術に区分していません。映画の成否は観客の評価にかかっていて、私個人としては全力を尽くすだけです。どんなジャンルであろうと、私にとっては商業と芸術の両方を重んじます。どんな題材の映画を撮るのも、私には一つの試みと試練の過程なのです。
日本では悪評しか聞こえてこない「ハルク」ですが、米国では関連グッズの売れ行きがよく、映画公開での赤字を解消できてモトが取れたので、続編を企画しているようですね。
アン・リー監督には、ジム・キャリーとキャメロン・ディアス主演のロマンチック・コメディ「A Little Game」の企画が来ていたと思ったのに、決定事項じゃないのか…ジム・キャリーらが降板したんで、白紙に戻ったのかな。60年代の英国のポップ・アイコンだったシンガー、故ダスティ・スプリングフィールドの生涯をシャーリーズ・セロン主演でアン・リーがメガホンをとって映画化、なんて企画も聞こえてきてるのに。
とにかく「色、戒」を期日通り完成させて、世界中をプロモーションで駆け回ることが先決ですよね…(トニーとも仲よく回ってくだされ)。アン・リー監督が、日本で観客の質問に答えてくれる機会はあるのだろーか……無理かなぁ…_| ̄|○