keroさんにこのblogにコメントをいただいて以来、どうにかネット通販できないかと苦心惨憺していた台湾の文芸雑誌「INK印刻文學生活誌」48号、「張愛玲 李安 色・戒」特集。

んがしかし、台湾内の会員制書店サイトでは「我們所提供的産品配送區域僅限於台灣本島=我々の提供する商品は台湾本島にしか送付できません」という但し書きがあったり、1年分まとめての予約しか受け付けていなかったり。
海外の、北京語できない一日本人には、ハードルが高すぎた…_| ̄|○。
とうとう見かねたkeroさんが、台北で買って日本に帰国後に送ってくださったのだ。真的謝謝、本当にありがとうございます。もー足向けて寝られません。どっちに向けたらいいでしょーか。
表紙は中国の映画雑誌「看電影」からの提供写真ということで、内容にも、昨今次々とネットで紹介されている映画のスチール写真はない。
しかし、文章については充実そのもの。アン・リー李安監督インタビューはもちろん、ロドリゴ・プリエト撮影監督インタビュー、アートビジュアル解説、セットやロケ現場解説、原作小説の成り立ちと例の鄭蘋如事件の影響をどれだけ受けているかの考察、歴史的背景解説などなど、期待以上の盛りだくさんな内容で、もうもう貪るように読んでおります。(夏風邪ひいて、なかなか進まないのだけど)
果たして大陸発行の「看電影」による「色、戒」特集とどれだけ内容が重複しているか謎だけど、とりあえずこちらは繁体字だー。はっはっはっはーーっ(意味のない勝ち誇り)。
この特集、そのまんま翻訳してムック本として出版してほしーーーーー!
1800円、いや2000円でも買う。トニーの美麗スチールさえ巻頭に載ってれば、トニーへのインタビューが入っていれば、必ず買います。
ワイズポリシーさん、どうかどうかどうかお一つ、ご考慮願いたいーーー!
日本で客死した胡蘭成や、張愛玲の研究者も日本におられるし、劇団四季「異国の丘」の某演出家にも一筆書いてもらえばいいじゃん!
それはともかく、今回のアン・リー李安版の前にも、やはり台湾では「色、戒」映画化の動きが今までにも、あったのですね…。
驚いたのは、先日亡くなったエドワード・ヤン楊徳昌監督で、主演をブリジット・リン林青霞で、という話がかなり具体化していたという、音楽評論家の符立中氏による記述。
1984年のチョウ・ユンファ周潤發&コラ・ミャオ繆騫人版「傾城の恋/傾城之戀」(アン・ホイ許鞍華監督)が、張愛玲映画ブームを中華圏映画界に巻き起こし、フレッド・タン但漢章監督は「連環套」と「第一爐香」に興味を示し、ちょうど「恐怖イ分子」(86)で注目を集めていたエドワード・ヤン楊徳昌は「紅[王攵]瑰與白[王攵]瑰」をブリジット・リン林青霞を起用して映画化したいと望み、チャン・イー張毅という監督は「怨女」に興味を持ったというのでした。
ところが、エドワード・ヤンらとオムニバス映画「時の物語/光陰的故事」(82)の1エピソードを撮影したことで台湾ニューシネマの旗手の一人と目されたチャン・イー張毅監督は「わが愛」(86)を発表後に、離婚し主演女優のヤン・ホイシャン楊惠柵(1歳上)と手に手を取って台湾映画界を退出、一緒に中華圏初のガラス工芸工房を開いて、国際的ガラス工芸作家に転じてしまいます。
結局、すったもんだの末に但漢章監督が「怨女(邦題:怨の館)」(88)をパット・ハー夏文汐主演で撮影。これが但漢章監督の遺作となりました。わずか41歳で、90年に過労死されたんだとか…合掌…。
エドワード・ヤン監督は何年も撮影準備を続けていたのですが、映画会社が途中でコン・リー鞏俐を出演させることを提案するなど、ちっとも話がまとまらない。ブリジット・リンは「もう待てないわ」とばかりに、張愛玲作品ではなく張愛玲の半生を投影した女流作家を演じた「レッド・ダスト/滾滾紅塵(こんこんこうじん)」(90)に主演。監督はイム・ホー厳浩で、共演は当時ブリジットと恋愛関係にあったチン・ハン秦漢と、マギー・チャン張曼玉だったのでした。
結局、「紅[王攵]瑰與白[王攵]瑰」を94年になって映画化できたのは、スタンリー・クァン關錦鵬でした。主演はウインストン・チャオ趙文[王宣]と、易夫人でもあるジョアン・チェン陳沖と、当時女優として上り調子だったヴェロニカ・イップ葉玉卿。
そんななか、エドワード・ヤン監督について、台湾「聯合報」が1988年1月30日に「香港に赴いて"暗殺"を撮影する予定」と報じたのを、符立中氏は覚えているというのです。構想は張愛玲小説の「色、戒」から取ったものの、4ヶ月もの間、シナリオの推敲を繰り返し、大幅に内容が変わったので、題名も「色、戒」ではなく「暗殺」にしたのだと、記事は報じていたんだそう。
エドワード・ヤン監督が亡くなった後、台湾では多くのゴシップが出回り、元妻のツァイ・チン蔡琴さんも取材攻勢にさらされたのですが、それでも「エドワードが『色・戒』を映画化したいと望んだ頃、まだ張愛玲はご存命でした。当時私はエドワードに付き添って香港に行き、張愛玲作品のエージェントを務めていた宋淇(文化界・映画界の大物、文芸批評家)と会いました。今でも覚えているのは3人でコーヒーショップに座り、『色、戒』について語り合ったことです。まずは小説を脚本にしてみて、さらにディスカッションを重ねる約束をしました」と、当時の回想を発表しているそうだ。
ツァイ・チン蔡琴さんはこの小説が忠誠と裏切りを描いていると感じ、大好きで、エドワード・ヤンに多くの意見を述べたそう。「私たちは当時、ヒロインにブリジット・リン林青霞、相手役にレイ・ジェン雷震を選び出していたのよ」。
雷震…政治家ではない方は、たしか、50〜60年代の國泰(キャセイ)映画で、歌って踊れる可愛いグレース・チャン葛蘭と共演していた、往年の二枚目では…。1963年の「家族/小児女」では、ユーミンの由来となった美人女優ユー・ミン尤敏と共演していたはずです。
80年代にも、まだ俳優業をやっていらしたんでしょーか。
しかし結局、資金調達がかなわず、エドワード・ヤンが「色、戒」を撮影することはありませんでした。
そして張愛玲が世を去った年、エドワード・ヤンとツァイ・チン蔡琴もまた、別れを迎えることになってしまったのでした……。
アン・リー李安がトニー・レオン梁朝偉らを起用し「色、戒」を撮影するというニュースは、果たして闘病中だったエドワード・ヤンの耳に入ったでしょうか…?
彼は、かつて自分が思い描いた「暗殺」のシーンを、ストーリー展開を連想しなかったでしょうか。
どんな思いが去来したのかなあ…。
今となっては、胸がキュンとするばかり、なり…。
「色、戒」が今回「ブロークバック・マウンテン」後のアン・リー監督の指揮の元、トニー主演で完成されたのもある意味巡り合わせと思いたいです。
それにしても、この作品でまた海外のトニー・ファンが増えるんだろうなぁ・・・。
そうなんですよねえ。巡り合わせで、ご縁で。
ちょっと前までは、米国資本で、中国を舞台に、台湾出身の監督が映画を撮影して中国・台湾・香港・米国で上映するなんて、できなかったかもしれないんですから。84年に「傾城の恋」を撮影したアン・ホイ許鞍華監督はそのために、台湾で"附匪影人"と裁定されて台湾で上映禁止の憂き目に遭ったりしてます。
海外のトニーファンが増えるかどうかは…?? 描き方次第ですね。中年の、憎まれ役のはずですから…ワン・リーホン王力宏の方が悲劇の愛国青年ってことで若者に人気出たりするかも…? まあ、日本なら"色悪""美形悪役"の伝統があるので、トニーがどんなことやらかしてもウットリ見ちゃうんですけどねえ。
「ラスト、コーション」を封切初日、初回上映を見るという人生初の快挙でもって見に行きました。4日たってもなんか、ショック状態から抜け出せませんわ〜。いえ、衝撃的だったという意味じゃなくて、監督のストーリーの描き方とかさんざん自分の頭の中で作り上げていたイメージと違ったので、いい意味で「裏切られた〜!」というのが感想の第一です。
あらためてnancixさんの今まで書いてこられた膨大な「色、戒特集」を読ませていただいてます。いつもながら、スゴイです〜。その探究心!張愛玲の名前も最近知ったくらいなので、消化するのに時間がかかりそうです・・・。ゆっくり楽しみますね♪
それと同時に「色・戒的世界」(07年11月5日にHKPolice's Diaryさんが取り上げて新浪読書のページも貼ってらっしゃいますね)も読んでみています(カメのような速度で)。
その中で脚本作りに参加した王慧(ホントは草かんむりに恵)玲さんの「専訪色戒編劇王慧玲(1)〜(7)」が、研ぎ澄まされた言葉遣いの原作を一度徹底的に解体し、いかに人物を膨らましていったのかを詳しく述べていて面白かったです。インタビュー採録形式で書面語ガチガチではないので読みやすかったです。
ネタバレを避けるために控えてらっしゃるのだと思いますが、また日本語字幕で観た映画のnancixさんの感想、楽しみにしています♪