このドラマ「再見十九歳」は、1983年5月16日から、全20話が放送されました。
トニー・レオンにとっては連続ドラマ出演6作目、レギュラー出演としては4作目です。
すでにチョウ・ユンファ周潤發兄貴やアンディ・ラウ劉徳華兄貴との共演を重ね、まさに主演級の若手俳優として独り立ちしようとしていた時期でした。
ところで、この1983年=昭和58年の日本はというと。
東京ディズニーランドの開園は、この年の4月。
任天堂のファミリーコンピュータは、この年の7月15日に売り出されます。
流行語は「頭がウニになる」「軽・薄・短・小」など。
マイケル・ジャクソンのアルバム「スリラー」が日本のヒットチャート6位になり、
ザ・ベストテンでは田原俊彦、近藤真彦、松田聖子が常連であり続け、
中森明菜がアルバム「セカンド・ラブ」で一躍ブレイク。「禁区」(=レスリー・チョンが「第一次」としてカバー)、「セカンド・ラブ」などをヒットさせていました。
シャネルズからこの年に改名したラッツ&スター(田代まさしも一員だった…)や安全地帯も、ヒット街道まっしぐら。
そうそう、H2Oの「想い出がいっぱい」が、この年の3月から放送されたTVアニメ「みゆき」主題歌としてヒットしたことも、忘れてはなりません。香港ではアラン・タムが「愛的替身」というタイトルでカバーしましたからね。
…あれ?…レスリーが「H2O」というタイトルで沢田研二の「TOKIO」を歌っていたのは、何だったんだろう。いまだにナゾ。
日本のドラマでは「金曜日の妻たちへ」「積木くずし・親と子の200日戦争」が、アニメでは「キャプテン翼」が、特撮ドラマでは「宇宙刑事シャリバン」が話題を集めていました。
シャリバンを演じた渡洋史の髪型…そういえば、天ちゃんや阿龍の髪型に共通するような(微笑)って、ココんとこに反応してくれるのは、もとはしさんだけかもーーー。
映画界では、つい先頃テレビ放送された「スター・ウォーズ ジェダイの復讐」が公開され、邦画ではカンヌ映画祭に出品された大島渚監督の問題作「戦場のメリークリスマス」がありました。
角川映画が元気に「時をかける少女」、TBSの2006年正月特番ドラマにもなる「里見八犬伝」、故・松田優作&薬師丸ひろこの「探偵物語」を製作、メディアミックスをカドカワグループで大展開。「時をかける少女」の原田知世がとり・みきや出渕裕、ゆうきまさみ達マニアック漫画家やSF作家の熱狂的支持(…「萌え」のハシリだな…)を受けて、新世代のカルト・アイドルとなっていました。…知世ちゃんも、いまじゃ結婚はするわ、「姑獲鳥の夏」ヒロインになるわ、でありますけれど。
原宿竹の子族が前年あたりに下火になっていた頃ではありますが、地方ではまだまだ、竹の子もどきファッションやメイクが不良少年少女に残っていたんじゃないかなあ。
83年には、すでにアニメ「機動戦士ガンダム」がブームとなって劇場版も公開され、
安彦良和やスタジオぬえが注目を浴び、
相手の本名・住所・学歴・職業を知らなくても共通のシュミや嗜好だけでつながっていて、初対面では「オタクさあ、アレの第12話の録画は持ってるわけ?」と、とりあえず相手を"お宅"呼ばわりするしかなかった若者が跋扈していた日本。
こうして見ると、22年も過ぎてるのに、現代日本のサブカルチャーの芽は、全て出揃ってたんじゃないか。
いったい22年間に、ソフト面では何がどれだけ進歩したといえるんだろう。
パソコン、インターネット、携帯電話普及というハード面でのエポックメーキングの他には。
そしてその頃、香港でこんなにピュアでひたむきで、精一杯さと切なさを併せ持ったテレビアイドルが、演技に打ち込んでいたとは。
全然知らなかったんだよ、トニーさん。
1983年当時の香港については、またそのうち。
……わぁぁ、そういえばこのドラマでトニーと共演のニコパパことパトリック・ツェー謝賢さん、すでに息子ニコラス霆峰が3歳になっていたよ…_| ̄|○。
2005年07月15日
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当時の記憶が蘇ってきます。
当時の私はトニーさんのトの字も知らず、まさしく『大人の階段のぼる〜』状態、シンデレラではないけど…。
ついつい古い曲に反応してしまうわぁ。
まぁ、調子乗って言えば『幸せは誰かがきっと〜運んでくれると信じている』これって、トニーさんの事かい?
いかん、妄想が入りすぎるので、ここら辺で…。
天ちゃん見れないので、ストーリー解説楽しみにしてます。
なるほど、こうして22年前を思うと
確かにほとんど出尽くしてしまった感がありますよね。
そして、うんうん、ほんとうにそんな22年前に、
トニーさんがこんなに演技にひたむきに打ち込んでいたなんて・・。
このドラマはそれを体現させてくれますよね。
今、この時代に観れて改めてトニーさんに惚れ直してます。
もう、天ちゃんにめろめろです。
そしてnancixさんのおかげで、より詳しく
このドラマを楽しむことが出来て
ほんとうに感謝の思いでいっぱいです。
これからも天ちゃんを応援していきましょうね♪
>演技に打ち込んでいたとは。
若い頃から真摯な姿勢で演技に打ち込まれてきた。
だからこそ、今の彼が、あられるんですね・・・
天性を備えて、尚、努力する。
梁朝偉氏と同世代の、日本産アイドルの方で
果たして、そうゆう感じのヒトって、おられました?
そして、今現在も、ガンガンに働いているヒト。
おられなかったらどうしよう・・・
(頑張れ、日本)
邦題「あの日に帰りたい」でした。
先週見たばかり・・・
ジェダイの復讐を何度劇場で観ただろう。このころコンサートに明け暮れていたなぁ〜。
ほとんど洋楽、片田舎からエッチラオッチラ武道館や厚生年金会館とか渋谷公会堂へ行ったもんです。
そんなころトニさは精進してたんですねぇ。
同世代の日本産アイドルで現在もガンガンに働いておられる人・・・真田広之さんなどが同世代かと(トニさより年上ですけど・・・ちなみに705号はタメです)。
いやぁnancixさん、いくらワタシが平成仮面ライダーを5年前からずーっと観ている特撮ドラマ好きだからと言っても、さすがに宇宙刑事シリーズは…観てましたよ(うわー言っちゃったよ。爆)。
渡洋史さん、昨年の『ゼブラーマン』で久々に御姿を拝見しましたが、基本的に当時とほとんど変わっていない…さすが永遠のヒーローだ。そういえばトニーと渡さん、年齢的に変わんないんじゃないかなぁ(一つ違いくらいか)、とお約束の反応でスミマセン。
さて、『再見十九歳』レビュー、興味深く拝見させていただいています。ドラマの筋を追いつつ、今回のように放映当時の舞台背景を日本と比べながら読むと、いろいろ考えることが多いですね。天ちゃんの着ているパーカーはルコックか?とか、写真一つとっても面白い発見があって楽しいですねぇ。えー、83年ってもう23年も前なんだ。あの頃のワタシは…いうのやめときます(^_^;)。
こう書くと年がバレバレですが^^;
なんかこうピンポイントで83年を取り上げていただくと不思議な感じがします。嬉しいような、けど改めてトニーとの年の差を感じさせられるような。N○○Sの山○ーより断然カッコイイと思うトニーも、現実的に考えれば私より年上で、私の知らない20数年を生きていたわけで・・・やっぱりその時間は埋められないよねぇと思うことがあります。
けど、トニーを好きな気持はみなさんと同じなので宜しくお願いします!
< 1983年当時の香港については、またそのうち。
楽しみにしています。
私も当時は、トニーといえばトニー・カーチス(声は広川太一郎さんの吹き替えで!)しか思いつかないありさまでした。東アジア映画・ドラマの情報など、てんで日本に入ってきませんでしたからねえ。
>ガオさん:
当時はYMOの活躍で、21世紀は音楽も風俗もすっかりサマ変わりしてるんだろうなと想像してましたよねえ。まさかこんなにリメイク・リカバーの嵐が吹き荒れるとは思いもよらず。
>多謝。さん:
おお、先週とはタイムリーな。「あの日に帰りたい」は84年度作品? じゃあ、やはり日本のH2Oの影響であの曲名になったの?
>705号さん:
渋谷公会堂…田舎モノには憧れの場所でした。レオン・ライ黎明舞台挨拶付きの「ラヴソング」上映で、やっとこさ足を踏み入れたような記憶が。真田広之さん…そうですよねえ。当時、トニーと同い年の豊川悦司も三上博史もアイドルというわけではなかったし。
>宇宙刑事もとはしんさん:
わーい、反応してくださって嬉しい♪ 渡さん、当時は奥二重か一重まぶたじゃなかったっけ? 最近の画像を拝見すると、くっきり二重に。感じが違う〜。成熟のせい? それと、ルコックって? グレーのヨットパーカーの胸にはTRAININGと書かれています。
>Cathyさん:
……お誕生年ですかーーー! いやいや、若いってことは素晴らしいよ、うん! トニーも男冥利に尽きるってもんだ!
83年の香港、調べてますぅー。お待ちを(アセアセ)