2007年07月30日

ジョアン・チェンとの共演を喜ぶトニー・レオン

 中央社の黄慧敏記者が、台北から7月30日に発信した記事が、さらに詳しく「ラスト、コーション/色、戒」についてのトニーの談話(河北省の「赤壁」ロケ地まで行った? 電話取材?)を報じています。

 "漢奸"こと売国奴を演じたトニーいわく、自分の俳優人生に於いてもっとも演じるのが難しかった役柄が「色、戒」の"易先生"だったというのです。
 撮影期間中、彼はひどく消耗し、不眠に陥り、食欲も湧かず、すぐにでも統合失調に陥りそうな精神状態だったと。しかし、最も楽しかったのは、ジョアン・チェン陳沖との共演だったとのことです。

 「色、戒」の物語の背景は、30、40年代のオールド上海です。アン・リー李安監督はトニーに、この役柄は絶対に南方訛りのある普通話(いわゆる中国標準語)で演じないといけない、少しでも(広東語的に)訛ってはいけないと要求しました。製作チームは台湾から、テレビドラマ出演者に与えられる「電視金鐘奨」戲劇節目單元劇男主角獎(単発ドラマ部門男優賞)を2005年に受賞した、ベテラン舞台劇俳優のファン・クォンヤウ樊光耀を家庭教師として香港に呼び寄せました。話題になったCMで「唐先生」を演じたことでも有名な彼の中国標準語の発音は、演劇界でも折り紙付きだそうです。撮影3ヶ月前から、トニーは毎日3時間は彼について、台詞を練習したといいます。
 樊光耀は、多分蟹入り海鮮鍋をむさぼってる、この人。
樊光耀先生

 トニーいわく、「訛りのない中国標準語の台詞を話すのは、自分にとって非常にプレッシャーが大きかった。映画の撮影開始前に、もう台詞を1千回近くは暗誦したよ」とのこと。さらに彼はアン・リー監督に「もしもシナリオを(撮影中に)修正したりしたら、僕はすぐに死んでみせるからね!」とぼやいたそうであります。アン・リーはトニーを「虐待」したことを笑って否定。「あれだよ、周瑜が(互いに納得ずくで)黄蓋を打ち据えたようなものだ」と粋なコメントをしたそうであります。

 また、この映画での易先生は、原作小説には無かったディテールが付け加えられている様子で。
 トニーは絶えず同胞を取り調べ、同胞に"漢奸!(売国奴)"と罵られ、凶暴残虐に相手をめった打ちしたり蹴ったりする必要がありました。彼自身も(この役は、本当にひどく残虐だなあ)と感じたといいます。トニーは自分がもうその人物になり切ったような気がしてきて、毎日憂鬱で重苦しく、情緒不安定で怯えの中に生きていて、また誰かの陰謀に陥れられることを恐れ、すぐにでも統合失調状態になりそうな気分だったのでした。撮影していない時にも、トニーは食欲が湧かず、撮影終了後は20数ポンド(9kg以上)も痩せたといいます。
凶悪易先生
 確かに、キョーアクな眼光を帯びている易先生……いいわ、いいわ〜。苦労の成果が実を結んでいるわ〜。

 現在のトニーは笑って言います。「当初は、自分がどうしてこの役を演じることに同意したかわからなかったよ!」。
 しかし、彼が嬉しかったのはジョアン・チェン陳沖と初めて共演できたこと、並びに互いに賞賛し合えたことだったといいます。「ジョアン・チェンと共演するのは、僕の長年の願いだったんだ。以前彼女が出演した『ラスト・エンペラー』を見たときには、彼女が僕の妻役になる日が来るなんて、思ってもみなかったよ!」
陳沖とトニー
 お忍びの溥儀と婉容皇后ではなく、ある夏の日の易夫妻。

 ええ、nancixだってデイヴィッド・リンチ製作総指揮のドラマ「ツイン・ピークス」をインスタントコーヒーとチェリー・パイ片手に見入っている時は、パッカード製材所の未亡人で、いつも悲しそうなタレ目の、謎の東洋系女性ジョスリン・“ジョシー”・パッカードが、まさかトニーと共演し、共にヴェネチアの華となる日が来るなんて夢にも思いませんでしたわさ。ジョシーって、確か香港マフィアに怯えてツイン・ピークスを去った設定じゃなかったかしらん。

 思えば「ラスト・エンペラー」で、溥儀の第二夫人・文繍を演じたヴィヴィアン・ウー[烏β]君梅も米中合作ハリウッド映画「紅美麗(シャンハイ・レッド)」の製作者兼主演女優を立派にこなしているし、「ラスト・エンペラー」の"妻たち"、いまや大活躍ですよー。

posted by nancix at 23:55 | Comment(0) | TrackBack(0) | 「色、戒」特集
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