中文字幕を読むのが精一杯で、広東語口語台詞を全て聞き取るにはまだまだなんだけど。
たとえば、あまりに有名な台詞。

3年前の阿頭が、飲めない阿邦がウイスキーのロックをすすって喉にカーッときて顔をしかめると、こう言う。「酒を飲む良さは、それが飲みにくいところにこそあるんだ」。
阿邦は素直に受け止める。
そして3年後。阿頭の妻となったスクツァン(やっぱりスーザンにしてほしかったよ…)は、バルコニーで、阿邦に言う。

「ねえ、酒を飲むことのよさって何か知ってる? それが飲みにくいところにこそあるのよ!」
聞き覚えのある台詞に、しかしやさぐれた阿邦は広東語だと、こう言い返す。
「邊個ソーイ老講ロ架?(どこのバカがそう言ったんだ?)」
……バカとはもちろん、阿頭のことだと解っていて、だ。
一人の男と出会い、彼を理解し、共感し愛した、はずの二人だからこその、親密なひととき。
そうそう、阿邦とフォン細鳳の間の微妙な駆け引きも見ものだ。

太平道の「世界杯(ワールドカップ)」というパブに、彼女に会いたくてやって来た阿邦だけど、互いにツンデレし合ってしまう。
キティちゃんの髪飾りで前髪を上げているフォンの額が、叩かれたのか殴られたのか、いつのまにか紅く腫れている。心配した阿邦が「おい、どうしたんだそれ?」と聞くと、フォンは恨めしそうに睨み、キティちゃんの手鏡で腫れ具合を見ながら「客の悪ふざけが過ぎただけよ〜(日本語字幕では"悪ノリしただけ")」と言い返す。
その後、例の"阿頭のストーカー"いや第3の男の追跡劇で、頭をレンガで殴られた阿邦は、店でもらったのか氷で患部を冷やしている。
彼に気づいたフォンが近づいて来て「どうしたの、その頭?」と面白そうに(でも本心は心配で)尋ねる。

阿邦は以前の彼女の口調を真似して「客の悪ふざけが過ぎただけだ〜(日本語字幕では"悪ノリしただけ")」と答えるのだ。フォンは決まり悪そうに周囲を見回し、口を閉じて去ってしまう。
これも台詞の反復。
こうして反復について、今日も映画館で確かめているうちに、気づいてしまった。
パブで陳偉強がマカオでたどった生い立ちについて、阿邦の説明を受けた阿頭が、阿邦を凝視しながら尋ねる。「もしもおまえが彼なら、どうした?」

阿邦の答えは、日本語字幕なら「俺が彼でも、同じようにしたと思う」となってなかったっけ?
だけど、中文字幕だとこうだ。

「俺が彼なら、何もしない」

「(家族の復讐を)やろうと思えばそれができる、(でも)俺は何もしないで負けたっていい」
中文字幕だとこうかな。「我也會這麼做、我没甚麼可輸。」
我没甚麼可輸って、何もしないで負けることができるってこと?
これを聞いた阿頭の、そうかとうなずきながらも複雑な表情ってば。

こここそ、親友にして先輩後輩にして、心の傷を抱えて生きる男同士の道が、決定的に別れてしまった分岐点ではないのか。
なのに、日本語字幕のせいでそれが曖昧になってやしないか。
でも広東語台詞が完全に聞き取れているわけではないので、早とちりかも。単なる疑問提起だと思ってください。
(彼は俺とは違うんだ…彼の受けた心の傷なんか、俺のそれに比べればどうってことないようなもんだ)とどこかで阿頭は侮りながらも、なおも
パブで一暴れし、愛を確信してウキウキのフォンが阿頭の車から降りた後。
阿邦は陳偉強のアジトに2人で捜査に入る前に、実は自分ひとりで下調べに行っていた、と阿頭に告げる。
平静な声で「俺を疑っていたのか」とつぶやく、阿頭。

申し訳なさにしょげる阿邦に「いいさ、俺がおまえでも、そうしたさ」と阿頭は微笑みかけ、さらに阿邦のミニボトルウイスキーを取って呷ってみせる。(間接キッスー!)
本当は……本当は……。
阿頭は阿邦に「俺が陳偉強でも、そんなふうに復讐したと思う」と同意して、理解して、肯定してほしかったんじゃないのかな…。
車を下りた阿邦を見送る、阿頭に一瞬よぎる表情は(俺の疑いはまだ晴れてない、次の手を打つか)という冷徹な計算というより、一種の寂寥感を浮かべてはいなかっただろうか。
さらに。
これは核心にも触れるのだけど、

スクツァンの父とマン文叔を襲ったと見られる二人組についての推理をスクツァンに話した阿邦は"第3の男"がエアコン取り付け用穴から密室を脱出したに違いないと話し「こじつけが過ぎるかな?」と自嘲する。
中文字幕では「是不是很牽強?」だ。
そしてクライマックスの"痛みの告白"シーン。
マカオ生まれの男、陳偉強が1978年に家族を惨殺され、名前を偽ってかろうじて生きのび、孤児院に保護され、香港に移住し…とその半生を語ってみせた阿邦は、うつむいて言うのだ。「こじつけが過ぎるかな?」=「是不是很牽強呀? 陳偉強?」

「強(キョン)」の広東語の発音が韻を踏んでいて、余計に印象深いのだけど…。
リフレインと対照は、まだ続く。

スクツァンを計画的に誘惑し結婚に持ち込んだ、そして…と聞かされた阿邦は、結果的にスクツァンを阿頭の罠に掛ける手伝いをさせられたわけで。
悲しみに震えながら、彼は言う。「スクツァンは死ぬべきじゃない」
対照的に、阿頭は言う。静かな口調に、抑え切れない怒りをこめて。「俺の家族は、死ぬべきだったのか?」

それぞれの、事件。
それぞれの、犠牲者。
こういうセリフの細かなニュアンスが日本語字幕では伝わらないものだから、キネマ旬報8月上旬号の星取り表は、あんなに低いものになってしまうんじゃ……?
1回こっきりのマスコミ試写だけ見て、配給会社のおざなりプレスシートだけもらって、元のセリフも聞き取れないで印象だけで星付けなきゃいけないなんて、無名ブロガーの素直な印象や解釈の方がよほど面白いなんて、いやはや、昨今の映画評論家も大変だよねえ。
もちろん、毛糸帽にサングラスの"謎のストーカー"が、そしてガス噴出中のキッチン外で昏倒させられていたのが、冒頭のこの男だって判るようなカットをもう一つ、オーバーラップででも入れておいたら、
どんなに観客の誤解が解けたかって、アンドリュー・ラウ監督とアラン・マック監督には忠告したいけどね。

私も映画館で1回観ただけでは、恥ずかしながら途中話の流れさえも見失いかけていましたが(汗)、中文字幕で観るとセリフの掛け合い、後の場面への伏線とか様々な意味が含まれているんですね〜。このエントリーを見て、やっぱり中文字幕付き(できれば英文字幕もついた)DVDをポッチリ注文しちゃいました〜。
さて私は広東語は全く解さず、あくまで↑載せていただいた部分的なセリフの中文字幕からの解釈ですが、
「如果我跟他一様・・・」のところが「もし俺が彼のように何もかも失ったら」
それに続く「我也會這麼做、我没甚麼可輸。」が「俺も同じようにしただろう、負けることになっても構わずに」となるでしょうか?
「甚麼都」:何もかも
「没甚麼」は「気にしない=没関係、不在乎」の意味にとれるかな?と思いました。
DVDを入手したらじっくり見てみます。ちゃんと話の流れも把握したい・・・うう。
なのにここまで意味がズレちゃうのは…?
限られた字数で表現しなきゃいけない字幕翻訳ですが、やっぱり、外国語そのものより、日本語の表現力がないとダメなんですね〜。下手するとストーリー全体に影響する。
ボサーッと日本語字幕を追って見てただけでしたが、nancixさんの解説で細かいことまで納得できました。ありがとうです。
>心理とストーリー展開の分水嶺ともいえる根幹に関わる台詞
nancixさんのご説明を伺ってこそ、トニーさんの微妙な表情が解せます。演技の深さが身にしみます。ご教授ありがとうございます。
何が何でも、劇場でもう一回観たいです。
DVDの英語字幕も見てみました。
What would have done in his position?
If I had noting to lose like him, I would have done the same.
これなら、日本語字幕と同じニュアンス。
広東語で聞き取れた限りでは、
阿頭:如果イ尓係イ巨一様、イ尓ロ甘做?
阿邦:如果我同イ巨一様、セ都没有(本当は有の中の二本線が無い1文字、モウ)哂。
我都會ロ甘做、不過我會輸。
なんだけどなあ。肝腎のラストの1行が自信無いです…。あああぅ。
明後日、広東語教室でここの意味を聞いてみます。
我都會ロ甘做、不過我會輸。
だったら、「自分もそうしただろう。でも負けるだろうな」って感じだと思います。
ヘイを疑いながらもそうであってほしくないポンの警告でしょうか?
今パソコンの前で、あんぐり口を開けて
「あぁ〜、そうだったのかあ!」って
納得しました。
(私はかなりこの映画を理解できていなかったみたいです。)
私の住む地方では、上映されている映画館が無く
また見たいと思っても一日がかりになるので
何回も見ることができていません。
どうして、こんな良い映画が一部の地域でしか
見られないのでしょうか。ほんと残念です。
DVDが出たら、じっくり見たいと思います。
If I had noting to lose like him, I would have done the same.
横から失礼します。
原語ではありませんが、この英文の字幕は
「お前が彼の立場にいたらどうした?」
「彼のように失うものがないなら、同じことを
していたと思う」
だと思います。つまり、遠まわしながら
ポンは、ヘイの行動を否定しなかったということになります。
広東語を聞き取ってみました。
如果[イ尓]係[イ巨]ge話、會[ロ甘]做?
如果我同[イ巨]一様、セ都mou晒。
我都会[ロ甘]做、mou me e 輸 a。
もし君が彼と同じだったら、そうしかた?
もし僕が彼と同じように、すべてを失ったら、
僕もそうしたと思う。何もなくすものはないんだから。
(負ける=なくす)
すべてを失っているのだから、これ以上失うものはない。つまり失うものがあるなら、しないだろう、ということです。
これがラストに繋がるのでしょう。
彼には失うもの(淑珍=家族)があった、してはいけないことをしてしまったのだということになるわけですよね。
もしポンが「自分が彼の立場だったとしても復讐しない」と答えていたらヘイは座ったまま喧嘩に参加しなかったと私は思います。
観客に登場人物の気持ちの流れをいろいろ推測する余地を残してくれる良い映画ですね!
ありがとうございます〜。「〜我都會ロ甘做、没有ロ羊ロ野輸呀」なんですね!
そしてぐうさんのおっしゃる通りの感情の流れだと納得できました!
単なる"聞きまつがい"に、皆様いろいろ推理していただきありがとうございました!