2005年07月05日

毛沢東役者の死

 "毛沢東役者"として知られた中国の俳優、古月さんが亡くなられました。

 7月2日に。広東省佛山市三水区のホテルで入浴してベッドに入ろうと準備をしていたときに、心臓発作を起こし、人民病院で緊急治療を受けましたが、ついに妻の張燕さんと息子さんの同意を得て、治療を中止。死因は心筋梗塞と発表されました。享年68歳(66歳と報じる新聞も)。まだ若いがな…。
 今日の午前9時半から、広州市で告別式が行われました。

 本名は胡詩學。1939年に湖北省漢口で生まれ、日中戦争のさなか、孤児院でたった一人の姉と身を寄せ合うように育ち、13歳で夜学に通いながら働く工員に。その後、軍に入り、78年に葉劍英元帥の推薦で毛沢東を専門に演じる"特型演員"になります。81年に映画「西安事変」で毛沢東役を演じて注目され、「開國大典」(89)で百花獎の1990年度最優秀男優賞を獲得、1992年に「毛沢東故事」に主演、93年度の百花獎最優秀男優賞を獲得し、中央政府にも高く評価されます。確か一級俳優という位を中央政府からもらっているはず。
 一生で84回、毛沢東を演じたというから、何ともすごい。とても研究熱心で、1作ごとに歴史資料を読み漁り、勉強怠りなかったといいます。

「毛沢東故事」で毛役を演じる古月さん
 「毛沢東故事」より。

 広西省で「中國電影百年慶典」に出席、帰途で妻子と共に広東省で遊んでいたときの悲劇でした。

 古月さんといえば、今年4月の香港電影金像奨に軍服を着て出席、ニコニコとトニーや星仔に祝辞を述べていた姿を拝見したばかりなのに…。
毛沢東役者も表敬訪問

  歴史上の人物を演じるというのは実に難しく、リスクがつきまとうものです。
 時代の趨勢によって評価が大きく変わる近現代の人物に関しては、特に。
 伊藤博文も、子どもの頃習った「偉人」というだけでは、必ずしもなかったと大人になってから知りました。少なくとも朝鮮半島では、偉人の逆の存在です。
 今でこそ悲劇の英雄扱いの新撰組も、ある時代までは世を騒がせ京の都を荒らし回った反逆者、血に飢えたテロリスト扱いだったのです。
 
 最近でもヒトラーの秘書の証言をもとに、ヒトラーの最期を描いたドイツの映画監督が、厳しいバッシングに遭っていると聞きます。映画監督でそれなんだから、まして演じた俳優は、命の危険すら伴うもの。
 有名悪役役者が街角で石を投げられる、いきなり殴りかかられるなんて時代も、この日本ではありました。

 毛沢東も、ある時代には生き神様のように、大日本帝国時代の天皇のように崇め奉られ、個人崇拝の極みにありました。日本にも多くの崇拝者がいました。北朝鮮の二代の将軍様も、毛沢東のような存在になることで人心を掌握し国体を維持しようと、あのような国家体制をいまだに敷いているような。
 しかし、確かに時代は変わったのです。
 最近では、愛人関係を暴露され、晩年の老残の姿もことさら醜悪に報じられる始末です。
 しかし古月さんは「文化大革命当時の毛沢東も私は演じたい、老年の毛沢東だって歴史の真実に基づいて演じておきたい。それが後世の人々のためにもなるだろう」と、何も恐れなかった様子です。

 それもまた、職業俳優としての一つの闘いだったのでありましょう。

 ご冥福を祈ります。
posted by nancix at 13:03| Comment(0) | TrackBack(0) | アジア映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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