2007年07月08日

トニー・レオンは"初の悪役"か?

 今回は、まだ「傷だらけの男たち/傷城」を未見の方は、読まずに放置しておいてください。

 モロにネタバレですから。


 「傷だらけの男たち/傷城」を香港で見てから、ずっと"悪人"について考えてきた。

悪人 ちょうど某新聞の連載小説で、吉田修一の「悪人」を読み続けていたし。

 九州北部で起こった1つの殺人事件。峠で殺された被害者は、愛に飢え、携帯サイトで知り合った男と会っていた若い女性。彼女は2人の若者と接点があった。
 何もかも冗談で済ませ、ゲーム感覚で女たちとつながり、被害者の懸命なおしゃべりに苛立って、人里離れた峠で車から蹴り出した若者と、
 身勝手な母に養育放棄され、祖父母の元で育ち、被害者に八つ当たりで罵られてカッとなって凶行に及んだ若者。
 悪人は殺人の実行犯のはずなのに、悲しみに打ちのめされた被害者の父親にいざなわれて事件の発端を作った若者を知ると、何もかも冗談で済ませ、不真面目にしか現実を捉えようとしない彼のほうが悪人に思えてきてしまう。
 そして、仕事に疲れた地味な女性と成り行き任せの逃避行のあげく、逮捕されて彼女を庇い、突き放すようにワルぶる、若者の方が悪人とは思えなくなる……。

 そう、もちろんトニー・レオンにとって、劉正煕役は"初の悪役"ではない。

 いまをときめくジョニー・トー杜[王其]峰監督の手で、かつてのTVBの先輩後輩にあたるラウ・チンワン劉青雲と対決した「ロンゲストナイト/暗花」(97)の刑事の方が、よほど見るからに悪辣だ。

 こちらのYouTubeのシーンを見るだけでも、監督と照明さんの苦心によって、あの人のよさそうなトニーがどれだけふてぶてしく暴力的な悪人顔に変貌しているか、それなのにあっけなく「陥れるはずが陥れられ、追い詰められる」立場になってしまうもろさを備えているか、わかると思う。何も好きこのんでレンタルで借りてきて首チョンパまで見る必要ないです、ハイ。

 「大英雄/射[周易]英雄傳之東成西就」(93)のトニーだって、不倫相手の王妃と仕組んで王位を簒奪しようとした悪人役だ(笑)。いかにも悪人風に見せかけたヒゲ、いやらしい高笑い。登場した時はどーしよーか、とうろたえたが、やはりトニー・レオンである。タラコ唇、歌神にしてよき友人のジャッキー・チョン張學友との絶妙のコンビネーション、隠しても匂い立つ愛嬌で最後にはやっぱり「あああ、可愛い…」と口走らせてくれた。

 日本未公開だけどゴシック・ホラー「等着イ尓回來」(94)の書籍編集者役だって、一見そうは見えないが、なかなかに悪人である。
 幼馴染の恋人がいながら、彼は謎の死を遂げた女流作家の全集を出す目的にとりつかれたように作家の館に引越し、恋人に40年代のオーダーメイドアンサンブルをつけさせ、もう一人の幼馴染のシングルマザーの告白を受け止め、愛の終わりの予感に脅える恋人の精神をどんどん崩壊させていくのだから。
 燃え盛る炎に、女流作家の恨みも苦しみも、彼女に殺された不実な男の白骨死体も燃えつき、全て浄化された…と思いきや、ラストでは無事に出産を済ませた恋人の産室で、何故か書類に女流作家とその不実な男の名前を書き入れ、外を眺め、目的を達したとばかりにほくそ笑み、ブラインドを閉じるその目つきが、何よりもホラーなんである。
 輪廻転生による宿願達成なのか、この書籍編集者と恋人のどちらにも亡霊が憑依しての結果だったのか…?

 「花様年華」「2046」の周慕雲だって、見かけはノンシャランとしてるけれど、善人とは言い難い。夫の不倫疑惑に悩む人妻に、真相究明シミュレーションゲームを持ちかける人の悪さったら。
 内心の憤怒の炎を、決して表面に出さないで微笑む男。情欲をむき出しにすることなく、病気を理由にホテルの個室に人妻を誘い出す男。
 悪人ではないけど、なかなかに食えない男ではないか。(だから色っぽいのだけれど)

 そして、劉正煕だ。

 役名からも解るように、この男の本来の造型はアンディ・ラウがイメージダウンも辞せずに演じた「インファナル・アフェア」シリーズの劉健明と、レオン・ライ黎明が演じたクールな眼鏡男子のエリート警官、ヨン様こと楊錦榮警司がミックスされたものだ。当初は酔いどれ私立探偵役をトニーが演じ、探偵が追う犯人役をアンディ・ラウかレオン・ライに演じさせようという企画だったのだから、安易だけど見かけはヨン様、中身は劉健明という人物造型をフェリックス・チョン荘文強とアラン・マック麥兆輝が思いついてもおかしくはない。

 劉健明とベストセラー作家のメリー(サミー・チェン鄭秀文)はまだ未婚だったけど、新居に引越し二人きりの甘い新生活をスタートさせようとしていた。劉の過去がどうであれ、裏で何をしていたとしても、彼がメリーを愛し、彼女との豊かで安楽な生活を夢見、その生活を守るためなら悪事にも手を染める覚悟だったことも、また事実だ。

 劉正煕と、フォト・ジャーナリストのスーザン・チャウ周淑珍は、海外で結婚式を挙げ、香港の新居で甘いあまい新婚生活をスタートさせようとしていた。天涯孤独で、40歳にもなろうかという劉正煕がどういうわけか今まで独身を通し、スーザンがやっと得た家族であったことも、また真実だ。

 そして、インテリの警官、劉健明は真空管アンプにこだわり、大学卒業後に警察入りしたキャリアの劉正煕もまた、独りを楽しむ時は、ややクラシックなステレオコンポの前に座るのだ。

 劉という、アンドリュー・ラウ劉偉強監督と同じ姓を持つ二人の男は、だから嘘を平気でつける、多重人格であることを宿命づけられる。
 フィアンセが無邪気に語る「多重人格の男」の小説の構想に内心ドキッとしながらも、微笑んで聞き入る劉健明。
 たった今凶行に及んできたというのに、目覚めた妻に平然と、優しく語りかけ口づけする劉正煕。
 彼らが愛する女たちを、騙しているのは間違いない。
 間違いないのだが、しかし……。

 あれも彼の真情、これも彼の真情なのだ。その矛盾をけげんに思うほど青くは、nancixはもうないのだ。

 愛しているはずの相手がどうにも思いのままにならない時、振り向いてほしい相手が決して振り向いてくれないと悟った時、あふれる愛が憎しみに容易に変わるように、劉はアンビバレンツな思いを抱え続ける。
 本心は、真情はとタマネギを剥くように彼らの心理を剥がせばはがすほど、芯など決して見つからない。

 「傷城」を香港で鑑賞する前、実をいうとnancixはどんな「悪役」をトニーが演じるのか、心ときめかせていた。
 何せフランソワーズ・サガンの小説「優しい関係」の美青年殺人者に夢中になった時代もあったもので。

 以前から、女に無邪気に微笑みかけ、ベッドの上で少しも表情を変えることなく縊り殺し、動機は「相手は誰でもよかったんだよ。快感を得られるから」とうそぶく快楽殺人犯を演じても、トニーなら演れる!と勝手に思い入れていたから。
 殺人直後に脈を計っても全く変化のない、息も切らさないハンニバル・レクター。彼に勝るとも劣らず、目を剥いていかにもワルっぽい不敵な形相にはならない、「息をするように何気なく人を殺せる」シリアル・キラーをトニーが演じたら…いやいや、役に入り込む性分のトニーがそんな役を引き受けたら、ある日の明け方、カリーナ・ラウが首に絞め跡をつけて青ざめて警察に駆け込み保護されたりしちゃうかも〜。トニーママがぶっ倒れるかも〜。やっぱりダメだダメだ!と自分を戒めてもいたのだった。

 そんなわけで、「傷城」を見ながら、恋人の死に直面して号泣する金城クンの痛ましい姿に同情しながらも(これが阿頭が入念に仕掛けた罠による自殺だったら…いや、自殺に見せかけて阿頭が殺していて、動機は?と金城クンに胸ぐら掴まれて、「だって彼女が生きていても、おまえのためにならないから。おまえの悩みを終わらせてやっただけ」と無邪気に答えたらどーしましょー!)などと妄想していたnancixは、はい、人非人です。

 それに比べれば、そして劉正煕と同じく家族の死を目の当たりにし、唯一の理解者で擁護者のはずだった紫夫人に背を向けられて完全に壊れちゃったハンニバル・人食い・レクターに比べれば、
 人の心を失わず社会規範から逸脱しきれず、ついには唯一の家族に対して"愛を乞う人"と化し、永遠にそれが得られないと悟って自ら始末をつけた劉正煕は、
 少なくともnancixにとっては、悪人とは呼び難い。

 ただただ、哀しい人、孤独な人、肝腎な時に必要な嘘がつけなかった、言葉を尽くして真情を語れなかった不器用な人、
 悲惨な犯罪現場を目の当たりにしてきて、正義が必ずしも行われない(現にレイプ殺人犯がたった3年の間に自由の身になっていようとは!)のをどうしようもなく傍観するしかない警官に、
 なるべきではなかった人と、思えるだけだ。

 こんな風に同情してしまうのは、やはり演じたのがなで肩で肩幅が狭くて、黒Vネック長袖セーターなんか着せられてうなだれたら本当に肩先に淋しい風が吹きぬけるトニー・レオンだからであって、
 図体のでかい、大味な演技しか出来ないハリウッド男優がいかにも冷酷に、嘘つきっぽく演じても、同情し感情移入できないと思う……。

 金城クンに乗り移って、その広い肩幅で阿頭を背後から抱きすくめて、
 「阿頭がどこの誰でも、何をしでかしたとしても、俺にはどうでもいいんだ! 阿頭は酒びたりで1週間何も食わず引きこもってた俺に、スープ飲ませてくれたじゃないか! そして窓際に佇んで言ったじゃないか!『…生きなきゃ…』って! だから阿頭は、俺にとってかけがえのない人なんだ! 生きなきゃ! 阿頭、生きていてよ!」と阿頭の肩を涙で濡らしてみたい…(心根が腐ってる)。

 そしたら、劉正煕は生き続けられただろうか……でもやっぱり、彼には刑務所暮らしは……数十年後に出所できたって、もはや生きる目標もなく抜け殻同然だろうし…。

 あああ、切ない。
 この切なさは、あの連中のハリウッドリメイク作で表現できるかってんだ! 二重人格のエリート警官を、元部下が追い詰めて真相を暴き、最後は銃撃戦で元部下が勝ってめでたしめでたしってなふうにしちまうんだろー!
posted by nancix at 23:55 | Comment(0) | TrackBack(0) | 「傷城」特集
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