2007年06月07日

その後の「我的家在山的那一邊」

 こないだのドラマ「「テレサ・テン物語 私の家は山の向こう」についての記事に、Blog「まぜるなきけん」のせんきちさんから貴重なコメントをいただき、思わずまたまたネットサーフィンしてしまいました。

 ……まずい……寝そびれた……(-_-;)

 テレサ・テンが1989年5月27日、香港での民主化支援12時間コンサート「民主歌聲獻中華」で歌った北京語曲として「我的家在山的那一邊(私の家は山の向こう)」としてドラマで紹介されていた曲ですが、
 せんきちさんのコメント&紹介してくださった中国語サイトによると「家在山那邊」という歌だとのことで。
 しかも台湾で作られた映画「水擺夷之戀」(1958、昭和33年)挿入歌で、上海出身で1949年に台湾にやって来た作曲家の周藍萍氏が作曲し、「2046」のフェイ・ウォンパパこと王[王探]氏が歌詞を手がけ最初に歌ったんだというではありませんか。
 王[王探]氏は、若い頃は台灣三大男高音(三大テノール)の一人として、民国軍の音楽教官もしながら声楽の公演をしたりしてた人なのねーー。でもその後は職を転々とし、やっと映画界に進出できたと思えば所属した映画会社(キャセイ・フィルム)の首脳陣が航空機事故で一度に亡くなり、せっかくの"歌える映画スター"へのチャンスをフイにしちゃったのねー。そして周藍萍氏は、台湾で買った「老歌情未了 流行歌曲60年(1920〜1980)」によると、チョウ・ユンファ周潤發主演の「プリズン・オン・ファイアー/監獄風雲」(87)の挿入歌、「緑島小夜曲」などを作曲、63年には「梁山伯與祝英台」の映画音楽を手がけたのが縁で香港に移住、映画音楽の世界で活躍した人です。

 …って、この「家在山那邊」が世に出たのは1958年? 終戦から13年も経ってから?

 テレサパパが台湾の雲林県で、1953年生まれ=5歳ぐらいのテレサに歌い聞かせたんだとしたら、山東省から移住した台湾での流行歌に随分と敏感なパパだったってことに…? 山東省の故郷の風景を偲んで歌ってたんじゃないのかー…?

 しかし、ここで引用してもいいのかどうかわかりませんが、尊敬している「実録 亞細亞とキネマと旅鴉」のxiaogangさんは、この「我的家在山的那一邊(家在山那邊)」は、あの中国大陸で♪九一八(ちゅいばー)〜九一八(ちゅいばー)〜と歌い継がれた抗日歌「松花江上」の替え歌らしい、と書いておられる。

 こちらのブログの方も「松花江上」とテレサが歌った「我的家在山的那一邊」の関係について、言及しておられる。
 確かに「松花江上」も「♪我的家在東北松花江上…」で始まるけどなぁ。
 ちなみに9月18日といえば、1931年に満州事変の発端となった「柳条湖事件」が勃発した日でありますよ。
 この事件を理由に、日本の関東軍は中国東北地方をあっというまに占領。人民は戦火を逃れるために故郷を捨て流浪の身とならざるを得なかったのでした。劇団四季の「ミュージカル李香蘭」でも反日活動に身を投じる学生らによってこの歌が歌われ、無理やり演出家が特攻隊映像と共に付け加えた「海ゆかば」よりこっちの歌の方が大事だろーこの際…と複雑な気分にさせられましたよ。
 まあ、元国民党軍の職業軍人で、日本軍と戦ったはずのテレサパパなら、台湾でも「松花江上」を口ずさむ方が似合うんだけど。
 当時の台湾では「松花江上」を歌っても問題無い情況だったのか? 
 問題になりそうだから流行歌として「家在山那邊」を歌って誤魔化したのか?

 うーーーむ、一体これは…??

 困ったときの「百度」(中国版Googleとも言われる検索サイト)で「松花江上」MP3を探して、試聴してみた。これはかなり多様なバージョンでヒットする。
 ……テレサが歌った「我的家在山的那一邊」に、冒頭とサビというか歌い上げる部分が似てないこともないような気がする。「九一八〜九一八〜」の部分は「我的家在山的那一邊」にはないけど。

 今度は「百度捜索」で「家在山那邊」の歌詞と試聴ファイルを探してみた。
 歌詞は全くヒットしないなー。試聴は、シェン・ウェンチェン沈文程という台湾の男性歌手名でヒットしました。
 http://www.uyang.com/MusicPlay/1/3715/71950.shtml
 で、途切れとぎれにだけど、試聴してみた。

 ………ええっ?
 ♪サバをーーーサーーーバーーを ーサーーバーを こけたらやーー
 蕎麦にーーばらーーばーらー そーばに バラバラ〜〜やーーー
って、何?(呆然) 日本語民謡?

 ………北京語ではなく、[門/虫]南語(びんなんご)と呼ばれる、台湾の内省人=土着の人々の話す言語による歌詞でした。
 06年に発売されたアルバムから、なせいか、編曲もポップで、テレサが美しく歌い上げた曲と随分イメージが違うーーー(泣)。

 王[王探]が歌った「家在山那邊」は、果たして北京語曲だったのかなあ…。
 
 てなわけで、付け焼き刃でネット検索した程度じゃ、"両岸懐メロミステリー"は、解き明かせそうもないなあと痛感した次第。
 やはり有田芳生氏の著書を読んでみるべき? この歌の成り立ちも書かれているのだろうか?
posted by nancix at 04:11 | Comment(3) | TrackBack(0) | 日々のこと。
この記事へのコメント
こんにちわ。とんだことに巻き込んでしまったようで、どうもすいません。
『家在山那邊』、オリジナルは北京語です。
『松花江上』との関連ですが、直接的な原曲とまではいかなくとも、下敷きにした、あるいは念頭に置いて作ったのかも知れません(といっても、調べたわけではないのであくまで仮説です)。
映画(『水擺夷之戀』)が観られれば、どんな場面で使われていたのかがよくわかってよいのですが、無理ですね、きっと・・・・。
Posted by せんきち at 2007年06月07日 19:58
はじめまして。xiaogangです。
「“松花江上”の替え歌」というのは、有田氏の本(文庫版)のp. 176に書いてあったのでそのまま信用しました。が、いまYouTubeで?ケ麗君のを聴いてみたら、とても同じ曲とは思えませんね…。
ちなみにこの歌の成り立ちについては、60年代に国民党の兵士が望郷の念にかられて歌った反共歌で作詞者は不明、という程度の曖昧な記述しかありません。
Posted by xiaogang at 2007年06月07日 20:16
 せんきちさん、xiaogangさん、ご教示ありがとうございます。"空耳アワー"も含め、昔台湾で買い込んだ歌謡曲&流行歌史の書籍を引っ張り出したりして、結構アームチェア・ディテクティヴ気分で楽しんでおります。
 台湾では他にも「望郷の歌らしき歌が数多く作られたようですので、曲調や歌詞が酷似する歌があっても不思議じゃありませんよね。八代亜紀の「舟歌」にダンチョネ節が挿入されてたりもするんだし…(ちょっと違うか)。

 
Posted by nancix at 2007年06月08日 02:25
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