阪神・淡路大震災も起こって、母がガン宣告を受け、翌年母が亡くなって、nancixがいろんなことを断念した年。
後に百貨店で巡回で開催された「テレサ・テン展」は勇んで見に行った。日本デビュー前に台湾と香港で数本の映画に出演したという部分が興味深く、改めて、日本ではまったくの新人扱いされたテレサの苦労を思った。図録は貴重な資料になった。テレサに関する書籍は95年〜96年に相次いで出版されたけど、nancixが買ったのは平野久美子さんの「テレサ・テンが見た夢―華人歌星伝説」だけだった。平野久美子さんは、「中国茶と茶館の旅」といった書籍も書かれていたし、中国語が読めて話せる方なら間違いないだろう、しかも女性だしと信頼を置いたのだ。その後「食べ物が語る香港史」や「トオサンの桜 散りゆく台湾の中の日本」といった、nancixの心の琴線に触れる書籍を書かれた作家さんだしね。
国民党スパイ説とか、エイズで死亡説とか、薬物中毒死説とか、中国?の謀略による殺害説をセンセーショナルに書き立てる書き物は、読むだけで目が穢れるような気がした。
同年のオウム真理教が起こした一連の事件で一躍名を売ったジャーナリスト・有田芳生の本は、申し訳ないけど買う気になれなかった。オウムのせいで、阪神・淡路大震災の被災者に一旦は向けられたマスコミの注目が、一気に関東に向けられたんだもんなあ…ってこれ、八つ当たり。
今夜放送されたのは、その有田芳生の「私の家は山の向こう」を原作とした「テレサ・テン物語 私の家は山の向こう」だった。中国語題名なら、私の家は山の向こうは「我的家在山的那一辺」ですな。
………ううううううう…(ーー;)。
テレビ東京製作、上戸彩主演の「李香蘭」は、まだ日本人キャストが中国語を話す努力をしていたけれど、今回は全編日本人が日本語だけで押し通す単なる"再現ドラマ"だった。…「蒼き狼〜地果て海尽きるまで」並みに……。勘弁してぇな…。
香港ポリドール(レコード会社)の女性マネジャー、リンさんまで、どう見ても日本人の小林綾子が演じてた。
香港の富豪御曹司のエディ・タム譚(仮名。実在した婚約者はマレーシアの名門華僑の美男子、郭孔承とのことで、アジアの高級ホテルチェーン、シャングリ・ラ ホテルズ&リゾーツを経営する郭家の御曹司なのかな…)も中村俊介、その祖母も淡路恵子さんが演じる。
……おいおい、あの95年にさんざん放送されたチープな"再現ドラマ"でさえ、フランス人のステファン・ピエールはフランス語で話してたぞ。
西村和彦、成宮寛貴ら、nancix好みのイケメンも出演してたんだけどね…大杉漣さんまで"謎の東洋人"そのものの姿で……。トーラスレコード社長・舟木稔氏をテレサの半生の観察者として主軸にして描くドラマとしていましたが、その舟木役の高島政伸といい、テレサ役の木村佳乃といい……。いや特に木村佳乃、リキ入り過ぎ。空回りしてた。
もともとテレサってタヌキ顔なのに、キツネ顔の木村佳乃が演じることに無理があるし、声はアルトでテレサ・テンの透き通るような高音で優しい美しい声とまるで違うし。(子供時代を演じたタレ目の永井杏ちゃんは、かなり雰囲気出てた)仕草も現代日本女性そのもので、テレサの世代のアジア女性があんなに手振り身振りが激しいわけがな…い……それとも違うのかな…。
まあイーソン・チャン陳奕迅が言うまでもなく口パクで、あくまでもテレサの声で名曲を聞けたのはうれしいけど、それにしたってあんなに両親に真っ向から反発し突っぱねるような女でしたかテレサは? フランス人恋人を渾身の力で跳ね除け突き飛ばすようなヒステリックなDV女でしたか晩年のテレサは??
イメージが違う……_| ̄|○
テレサより先に日本でアイドルとして売れていたアグネス・チャン陳美齡も、欧陽菲菲も出て来ないなんて(泣)。
子供心に不思議だったのは、香港出身のアグネスはティーンズに支持されるアイドル歌謡路線を順調に歩み、すっかり日本人の仲間入りしてたのに、アグネス以上に下膨れで垂れ目でタヌキ顔で可愛いテレサが、アイドルではなくムード歌謡というか耐える女の演歌路線を歩んでいたことだった。ドリフの「8時だよ!全員集合!!」では、たどたどしい日本語力を逆手に取って、愛くるしいギャグを披露していたのになあ。合唱団の白いスモッグを着てベレー帽被ってニコニコしてたテレサ、うっすらだけど覚えてるよ。
1979年の「偽造パスポート事件」は、新聞や週刊誌が騒ぎ立ててたことを何となく覚えている。何だか"出稼ぎ芸人のくせに大変な犯罪を犯した"ように騒がれてたけど……。後に「香港の声」(ゲルト・バルケ著)を読んだり、同じ香港人でも海外移民先のパスポートと、英国人扱いでは決してない英国海外居民パスポートと、無国籍状態で国外に出るたびにいちいち申請して証明書を発行してもらう人がいる、家族でも国籍がバラバラだったりすると知ったりして、戸籍制度のある、二重国籍を認めない日本とは随分と感覚が違うんだなあと驚いたりしたっけ。79年にテレサをバッシングした人々のどれくらいが、そんな事情を知っていただろう?
今回のドラマでは「偽造」ではなく、友人の仲介で本当にインドネシアで作ったパスポートの英語名が、手違いでELLY TANGになってただけだ、というような説明だったなあ。
1989年5月27日、香港・ハッピーバレー競馬場に30万人が集まった民主化支援12時間コンサート「民主歌聲獻中華」には、天安門事件の後、事件に関わった学生や運動家を積極的に援助し、かなり危ない橋を渡り彼らを海外に亡命させて中国政府に睨まれた、香港大学生時代は学生運動家でその後映画プロデューサーとなったもじゃもじゃ頭のジョン・シャム岑建勲が出て来ないと嘘じゃん(泣)。エリック・ツァン曾志偉は? 有名作詞作曲家の故・ジェームス・ウォン黄霑さんは? Beyondは? エミール・チョウ周華健は?
ちゃんとYouTubeで在りし日のテレサの姿が残されていました。司会として彼女を紹介しているのが、ジョン・シャム岑建勲と・ジェームス・ウォン黄霑です。
ドラマの話に戻るけど、テレサが亡くなってから初めて彼女との短い恋愛を証言したジャッキー・チェン成龍は、どうして全然出て来ないのよ。サミュエル・ホイ許冠傑やアラン・タム譚詠麟は?
「我的家在山的那一辺」の貴重な音源を聞けたのは嬉しかったけど、その後テレサが香港から黒柳徹子&久米宏時代の「ザ・ベストテン」に生中継出演し、香港の夜景をバックに「香港HongKong」を歌ったことは忘れてないわよ。あれ以来、カラオケで必ずテレサの「香港HongKong」を歌ってたnancixなんだから!
そして、レオン・ライ黎明&マギー・チョン張曼玉の「ラヴソング/甜蜜蜜」のモチーフとなった「甜蜜蜜」や、レスリーの来日コンサートで必死に声を張り上げて歌った「月亮代表我的心」が出てこない……。
せっかく香港のTVBから協力を受けていたのに…。
10代のテレサが香港のライブレストランの「美麗華(ミラマー)」で歌っているシーンでも、中国語の「再見我的愛人」じゃなくて日本語でアン・ルイスの「グッバイ・マイ・ラブ」を歌っていたのに_| ̄|○でした。
80年代に、彼女が情熱を傾けた、中国の古典詩に曲を付けて歌ったアルバム「淡淡幽情」にも言及してほしかったよ。日本語の歌もいいけど、少女時代の中国語の歌や「淡淡幽情」での伸びやかな歌声も、本当に素晴らしいんだから。
こんな日本の視点だけに偏ったドラマを、台湾の「緯來日本台」ほか、世界30カ国で放送したのかよ……_| ̄|○
まあ、どうせマニア向けケーブルテレビ局で放送されて、日本に興味ある人しか見ないかもしれないけどね。
余談ですが、テレサが御曹司との破局を迎える場面では、どうしてもまだ若かりしテレビ女優時代のカリーナ・ラウ劉嘉玲が、香港の実業家御曹司と婚約寸前にまで漕ぎ着け花嫁修業までしていたのに母親の反対で別離を迎えたエピソードを連想しないではいられなかったり。格式を重んじる名家の方々にとっては、ポップス歌手なんてナイトクラブでギンギララメドレスを着て酔客を相手に歌い、時には春もひさぐ"交際花"同然に見えたわけね……。
同業ともいえる映画会社社長と結婚したミシェール・ヨー楊紫瓊さえ、うまく結婚生活を維持できなかったしなあ…。社交の花扱いより、そりゃひとかどの仕事人として実績を積み認められる方が、やりがいあってうれしいわよ…。
こちらのサイトで「我的家在山的那一邊/私の家は山の向こう」の全歌詞を知りました。ドラマでも「元々は日本の関東軍から逃れ、故郷を捨てて逃れるしかなかった中国人民が歌ったもの」と説明していたけど、中国で共産党政権に追われて故郷を後にし、台湾に逃れた外省人の心情を歌った、台湾ではよく知られた歌…という部分は、テレサの父親の感傷にすり替えられていたなあ。
「朋友 不要因一時歡樂 朋友 不要貪一時苟安 要盡快的回去 要把自由的火把點燃 不要忘了我們生長的地方 是在山的那一邊 山的那一邊」(友よ 一時の歓楽に溺れるな 友よ 一時の安楽を貪るな 早く戻らなければ 自由の松明に点火し燃やさなければ 我らの生まれ育った土地を忘れるな それは山の向こう 山のあの向こう)というラスト部分が、改めて胸にぐっときました…。
天安門事件の夜、おろおろしながら一人で膝抱えてテレビにかじりついてたあの夜を思い出した……。
でも……日本に住み続けていても思うことだけど、故郷というものはしょせん、心の中にしかないのかもしれない。60年代の神戸の面影は、もはや今の神戸にはほとんどないのと同じで。
台湾も変わった、香港も変わった。経済的に高度成長を遂げた中国も、もはや海外に出た誰にとっても、故郷と呼べる場所ではないかもしれない。
忘れてはならない場所だけど、変化を受け入れなければならない場所でもある。変化を受け入れた上で、愛するか愛せないかの自由もあるべき。それが「故郷」であり「故国」ではないのか。誰にとっても。強制されて愛せるものではない……。



私はどちらかというと浅いファンですが、nancixさんにとってはかなりストレスのたまるドラマだったのですね。確かにひどかった。
詳しくは、こちらをお読み下さい。
http://taipedia.cca.gov.tw/Entry/EntryDetail.aspx?EntryId=28307
http://www.taiwan-panorama.com/show_issue.php?id=200018901075c.txt&cur_page=1&distype=text&table=0&h1=&h2=&search=1&height=1&type=1&scope=4&order=1&keyword=%A4%FD%B5%60&lstPage=1&num=10&year=&month=
なるほど、
http://mypaper.pchome.com.tw/news/chrishui/3/1274039887/20061008140220/
に紹介されている歌詞を見ても「家在山那邊」と「我的家在山的那一邊」は同じ曲ですね。
ところでネット上であれこれ調べていると、この「我的家在山的那一邊(家在山那邊)」の元歌は「九一八…九一八…」でも有名な(劇団四季ミュージカル「李香蘭」にも登場しましたっけ)「松花江上」だ、替え歌だという説も発見しまして。
http://box.zhangmen.baidu.com/m?gate=1&ct=134217728&tn=baidumt,侬本多情%20%20松花江上%20首页%20妙音唱片%20320K/mp3&word=rm,http://www.hbrtv.com/music/zxyy/mtv/min2/aDI$.rm,,[%CB%C9%BB%A8%BD%AD%C9%CF]&si=%D9%AF%B1%BE%B6%E0%C7%E9;;%C2%FC%C0%EF;;0;;0&lm=16777216
で「松花江上」を試聴してみると、冒頭と結末が似ているような似てないような…(汗)。確かに「我的家在…」で始まるし…。
ああ、またしても中園英助先生が追い求めた「何日君再来」のようなミステリーが…!