TVB(香港無線電視)テレビドラマに出まくっていたテレビアイドル時代のトニーが、"無線五虎将"と呼ばれた若手俳優5人の最年少、末弟の位置にいたことはすでに日本でも知れ渡っているはずですが、
五虎将の一人で最も売れっ子のアンディ・ラウ劉徳華が、トニーを除く他の3人に呼びかけ自ら2千万香港ドルを投じて「兄弟」なる映画を製作することが「赤壁」記者会見と同じ日に明らかになり、ちょっとした波紋が広がっています。
この映画は6月下旬にクランクインするもので、プロデューサーはベテラン俳優でもあるケント・チェン鄭則士です。監督はピーター・チャン陳可辛と同じくジョン・ウーの下で助監督を務めていたこともある、アンディと親しいデレク・チウ趙崇基(「奇異旅程之真心愛生命」(96)「天有眼」(00)「30分鐘戀愛」(03)など)。出演者は他にイーソン・チャン陳奕迅の名前が出ています。…日本の女性歌手の香港コンサートを観に行ったら3分の1が口パクだったよーと軽い気持ちでコメントしてしまい、大騒ぎになった話題の彼ですよ(泣)。
他の4人はスケジュールを空けられるとしても、そりゃトニーの出演は「赤壁」のせいで絶対に無理でしょうとわかるのに、メディアは今更ながら、TVB時代の確執を蒸し返しています。2004年9月のアンディの第100回記念コンサートにもトニーだけがゲスト出演せずプレゼントを贈らなかったなど、決して社交的ではないトニーが不義理を重ねたように書かれていますが、当時のトニーは「2046」のプロモーション中で上海、広州、北京、台湾(ここで過労と風邪で寝込む)などを駆け巡っていて、到底駆けつける余裕はなかったはず。それに、90年代にはアンディ・ラウのコンサートに他の3人の先輩と一緒に出演して、SMAPばりのショート・コントを披露したり、アンディの歌をみんなで合唱したりしていたのです。ずぅぅぅぅっと不義理だったように書かれるのは心外。
アンディ・ラウ、トニー・レオン、そしてケン(ケネスとも)・トン湯鎮業、フェリックス・ウォン黄日華、ミウ・キウワイ苗僑偉の5人が"無線五虎将"と呼ばれ出したのは、どうやら1983年のTVB主催のチャリティーイベント番組「星光燿燿燿勁爭W」で、5人が臨時にチームを組んで、おそろいの真っ赤なラメラメランニングシャツ+タイツ姿で組体操や、横たわるアンディの腹の上で石板を割る荒業などを披露したことがきっかけのよう。

TVB芸員訓練班の卒業年度はそれぞれバラバラなのですが、80年代は彼ら5人が、映画界に進出したチョウ・ユンファ周潤發兄貴の穴を埋めるべくテレビドラマで大活躍したのでした。
YouTubeのこちらは、アンディ・ラウ劉徳華が芸能人としての半生を振り返るMTV「十七歳」ですが、その「星光燿燿燿勁爭W」(83年)の貴重な映像も挿入されています。もちろん、アンディと共演したテレビアイドル時代のトニーも、香港の歌謡大賞番組でプレゼンテーターを務めるトニーの姿もあります。
彼らの人気が急上昇したのをみて、TVB上層部はしめしめ今のうちにと5年間の長期出演契約を交わし、彼らが音楽界や映画界に進出するのを防ごうとします。これは1世代前のアダム・チェン鄭少秋や、すぐ上の先輩チョウ・ユンファ周潤發が次々とTVBのマネージメントを離れたことからの危機感でした。
しかし、5年間も安いギャラで拘束され芸能活動をドラマ中心に制限されるのはゴメンだと、トニー以外の4人は示し合わせて契約を拒否し、藝能娯楽という芸能プロダクションと契約し直そうと目論みました。ところが最年少でドラマ出演に忙殺され、他の4人と連絡が取れなかったトニーは、一人だけ上層部に呼ばれ契約書(英語)にサインするように軽い調子で言われ、じっくり読めず深く考えずに(ママと妹を養わなきゃならないし、僕が稼がなきゃ)とサインしてしまったのでした。…まんまと罠にかかったようなものです…_| ̄|○。
マスコミに「トニーが裏切って一人だけTVBに残った」と叩かれ、4人の先輩達も一時的ながら腹を立て、トニーは孤立無援の状態に追い込まれます。この苦い経験から、彼は長い間(今でもか)「芸能界に、仕事を離れて付き合える親しい友人はいません」と発言していたのでした…。最もこんな情況がなかったら、トニー一人にTVBが総力を挙げて、歌にドラマに司会に映画にと総合マネージメントすることはなかったかもしれませんが。トニー自身にしてみれば、最も興味のある演技に集中したいのにアレもコレもやらされて…と疲れ果てていたようです。歌わされてる気分が充満していた歌手活動はやがて止めてしまったのでした。トニーが本当に自己表現のパフォーマンスの一環として歌い出すのは、90年代になってからです。
フェリックス・ウォン黄日華はトニーの連続ドラマシリーズ初出演の記念すべき「香城浪子」で堂々の主役を演じ、ライバルのケン・トン湯鎮業の弟役のトニーに、親身になって演技を教えた先輩。ちなみにこの「香城浪子」は、明らかに日本の劇画「愛と誠」の翻案から物語がスタートします。フェリックス・ウォンの眉間には、少年時代に見知らぬお嬢様を助けた時にできた、三日月型の傷がくっきりと…(笑)。
この五虎将がエリック・ツァン曾志偉監督のもとに集まり、全員で映画初共演したのが「アンディ・ラウ トニー・レオン 蒼き獣たち[五虎將之決裂]」(91)でした。しかし、10周年記念というのにこんなに悲痛で救いのない作品に仕上げてしまったのが、間違いのもと。「チャイニーズ・ゴースト・ストーリー3」撮影直後のトニーがカツラ着用で頑張ったにも関わらず、1ヶ月に2日足りない上映期間で、興収は当時としては空振りな1140万香港ドルだったのでした。
ミウ・キウワイ苗僑偉はアンディ&トニー主演のコミカル潜入モノ映画「反斗馬[馬留]」(93)で、マフィアボスの片腕、メガネ男子もといメガネの幹部を演じていました。部下となった新入りトニーのほっぺたを、可愛くてしょうがないとばかりにほっぺたをつねるシーンが印象的。
その後、5人は別々の道を歩みます。トニーは90年代前半の多作・模索の時を経て、ツイ・ハーク徐克、ジョン・ウー、ウォン・カーワイ王家衛に起用され「票房毒薬」(チケットブース・ポイズン、演技の評価は高いが観客動員力のない俳優のこと)呼ばわりされながらも、アート作品と娯楽作の間すれすれを独自に歩み、王家衛とカリーナ・ラウつながりで中国映画界とのパイプも太くします。
アンディ・ラウは映画俳優と歌手との兼業を続け映画製作にも取り組み、紆余曲折はあったものの東アジアのスーパースターの地位を固めます。
さて、5人のうち最も不運だったのがケン・トン湯鎮業だと言えるかもしれません。五虎将のうち最年長の8期卒業で、一時は正統派二枚目として絶大な人気を誇ったのですが、初めて"五虎将"と呼ばれてからわずか2年後、当時彼と交際中だった若手テレビ女優のバーバラ・ヨン翁美玲が、TVBからの「別れろ」という圧力と彼の心変わりを疑うことで情緒不安定になり、発作的にガス自殺してしまったのです。
熱狂的なバーバラファンが彼に責任を押し付け非難し、彼は苦悩のあげく半年ほど海外に出ます。そして復帰後は悪役や嫌われ者の役を演じる個性派に転身したのでした。しかし90年代の香港芸能界の不況のため仕事が激減。93年に亜州電視の女性タレントとようやく結婚したのですが、2001年に突如離婚。現在は数社の広告に出ているほか、中国で芸能人育成学校を開いて校長に就任しているそうです。今年熱心なファンを中心に開かれたバーバラの20回忌法要にもきちんと出席し、「悲しみはまだ癒えない」と思い出話を披露しています。
少女時代のカリーナ・ラウがアイドルとして憧れ、共演したくて芸能界入りを目指したというフェリックス・ウォン黄日華はアンディやトニーと異なり、出演映画は10作にも満たず、徹底してテレビドラマに出演し続けます。なんと20数年間で70以上のドラマに出たといいます。88年には結婚し、妻は芸能界を引退して保険会社でバリバリ仕事をしているそうです。さすがに数年前には「もうドラマに出る気力体力に自信が無いし、演技に飽きた」と宣言し、引退を発表。現在は家族とボーリングに興じているほか、サッカーも楽しんでいるそう。
何となくレオン・ライに似たノーブルな容貌だったミウ・キウワイ苗僑偉は、第9期訓練班を卒業。1年で7作ものドラマ主演を果たしたことも。87年に友人のサイモン・ヤム任達華にも出資してもらって「藝視眼鏡」という眼鏡店を始め、90年にはすぱっと芸能界を引退して事業に専念します。やがて「藝視眼鏡」は香港一の巨大メガネ店チェーンに成長。90年には10期卒業の後輩女優、ジャミー・チク・メイチャン戚美珍と、8年越しの恋を実らせて結婚しました。彼女はTVB入りを目指す周星馳の隣に住んでいて、先輩としていろいろアドバイスし夜間訓練班に入れるように骨を折ってくれた姉御肌。結婚式にはもちろんアンディ、トニー、チョウ・ユンファ、フェリックス・ウォン、エリック・ツァンが出席したそうです。

こちらは、眼鏡店オープンの時にお祝いに集まった五虎将の面々。サングラスかけてるけど、ちゃんとトニーも駆けつけてます。
ミウ・キウワイ夫妻は娘と息子1人ずつに恵まれ、夫婦仲もうまくいっているらしく、数年前に取材でアンディ、トニーの芸能界での活躍がねたましくないかとズバッと聞かれたミウ・キウワイは「僕には幸福な家庭があるさ!」と迷いなく答えたという話です。もっとも演技の楽しみは捨てがたいのか、2002年には眼鏡店チェーンを高値で売却、04年からテレビ・映画界に返り咲いているのでした。
映画「兄弟」の内容は、兄弟愛と友情を描くもの。あるマフィア組織がボスを決める選挙で、ボスの長男の苗僑偉を後継者に決める。海外留学から戻った次男のイーソン・チャンはマフィア組織の存続に興味がないものの、兄・苗僑偉の病が重いために、家族経営の事業だけを引き受ける条件で関わってしまうが…、というもの。黄日華は苗僑偉とイーソンの味方のよき兄貴分で、湯鎮業がやはり「蒼き獣たち」に続いてマフィア組織内の反対勢力を率いる敵役、アンディ・ラウはゲスト出演で、何と暴力的傾向のある幹部を演じるというのですが……あれれ……ジョニー・トーテイスト? アンディがジャッキー・チュン張學友と交代して演じる「ベルベット・レイン」?(^_^;)
トニーの不在について、ケント・チェンは「自分はただこの映画の製作を担当するだけなので、詳しくは映画会社に聞いてくれ。何で新作にトニーだけがいないかって? 劉生(ラウさん)に聞けよ、トニー・レオンがいないと映画は撮影できないのか?」とコメント。中国で撮影中のアンディはアシスタントを通じ、監督に聞いてくれと記者をたらい回し状態に。(「トニーにも出演を打診したが、スケジュールの関係で無理だった」とアシスタントが答えたという説も)
で、デレク・チウ監督はバンコクでこの映画のロケハン中で、長距離電話で「もともとトニーに出演してもらうつもりはなかった。トニーをオファーしないのには多くの原因があって、スケジュールの次がギャラの高さだ。トニーに出てもらうと予算がかさむんだ」と説明したそうです。またトニーのマネージメントプロダクションの澤東も「事情がよくわからないのでコメントできません」と答えたそうで。
まあ、香港映画の活性化も大事なことだし、トニーにも「赤壁」での一大任務を無事終えたら3ヶ月〜半年ぐらい休養して、若返って、改めて軽く明るい気分で撮影できる香港コメディ映画(王晶製作を除く)に、金城武クンと共演で(はぁと)出演してほしいものですが、もしかしてトニー自身が投資しないと、満足な資金が集まらないようなありさまなのか…あかんがな…_| ̄|○