2005年05月27日

何時、何処かで、消えるともなく消えていく「浮雲」のように。

 読破しましたですよ、林芙美子の文庫版「浮雲」。
 DVDを見てから読むか、読んでから見るか、が問題でしたけど。

 森雅之の面影がいっこうに浮かんでこないので、「色は青黒く、髪の毛の房々とした、面長な顔立ち」「ゆっくり孤独を愉しんでいるような茫洋とした風貌で、酒を飲んでいる」34、5歳から40歳前の男・富岡には、とりあえず前髪を垂らしたアンニュイモードの周慕雲のルックスを当てはめた。

 ヒロインのゆき子は、実は全然美人ではない平凡な容貌、足は練馬大根(苦笑)とのことなのでチャン・ツイィーには似てもにつかず、しかしまさか山田花子にもできず。
 「女優の三宅邦子に似てる」って形容されているけど、中年以降の三宅さんしか知りませーん。
 要するに、黒澤明監督も想いを寄せた高峯秀子みたいな美貌の持ち主では、ないらしい…。

 それにしてもこの富岡、モテ過ぎ。周慕雲どころの騒ぎではない。

 人妻だった邦子と色々あってやっと結婚し、仏印と呼ばれた戦中のベトナムに赴任すると3日に1度は妻へ手紙を書いていたのに、戦後日本に引き揚げると放ったらかしで、面倒も看ずに肺結核で孤独死させてしまう。
 ベトナムでは、現地使用人のニウに手を出し、妊娠させた上に、うっちゃってしまう。
 同僚がゆき子に惹かれているのを察していながら、その目を盗んでゆき子を手に入れる。なのに戦後、たった一人で引き揚げてきたゆき子からの電報に連絡もせず、「過去の思い出にばかりこだわって、うっとうしい女」と思いつつ、金に困ったり何かあると彼女を頼る。
 ゆき子との心中も考えつつ2人で温泉地・伊香保に行ったのに、伊香保で親身になってくれた男の若妻おせいと、ゆき子の目を盗んで情事にふけり、一人で東京に出てきたおせいと何となく同棲。追って来た元夫に、おせいは殺されてしまう(ん…? ミミ/ルル?)。すると富岡はゆき子といても、くよくよ、くよくよ。おせいのことばっかり思い出す。

 何と失礼な。何度も頭をコツンとやりたくなりましたね。

 ま、ゆき子もゆき子だけどね。寄宿先の義弟による無理やりのロストバージン・慰み者化は可哀想だけど、女一人でベトナムくんだりまで行っても男2人の間で揺れ動き、戦後は妻と両親の暮らしを両肩に担う富岡に頼れないとなると、実家にも帰らず、疎開中で不在の義兄一家の家に居着き、勝手に荷物を売り、それもトラブルになると行きずりの米国軍人にすがって物置小屋に住みながら、まだ富岡に執着し続ける。その一方で、ベトナムで恋に破れて刃傷沙汰まで起こした加野を見舞ったりする。

 富岡をどう口説いてもダメだとなると、嫌いなはずの義兄が関わる新興宗教の総本山に雇われ、毎日ざっくざっくと入ってくる現金60万円を持ち逃げ、妻と死別した富岡のもとへ。…いやあ、女はたくましいよ。まだ売れるだけの若いカラダがあるから、不美人でも窮乏期の日本で生き抜いていけたのかしら。

 いちばんワハハハ、と笑いそうになったのは、富岡の下宿に不良少女が居着き、叱っても平気で勝手に寝床に入っちゃったりしているくだり。もちろん、富岡は周慕雲と同じく、未成年には接吻までで、手を出してませーん。
 で、この富岡、農林省の技官として登場したのに、戦後に友人との事業に失敗すると、農業雑誌に植物やベトナム時代の思い出などについての随筆の寄稿を始めるのだ。そして、稿料で何とか食い扶持を稼ぐ。
 うわーん。また作家かよー。…未来小説を書かないだけ、マシか…。

 稿料はゆき子の堕胎料金にも化ける。まったくもう、一緒に暮らす=夫婦に納まる気は全然ないくせに、病身の妻には子ができなかったから、自分の子どもを産んでほしかったなんてよく言うよ。到底父親にはなれない、扶養もする気がないアンニュイデカダンスだらしな男のくせにさ。

 結局、金と異性にだらしのない、"どうしようもない昭和枯れすすき状態"の二人は流れ流れて屋久島にまで行くのだけど…ここからはゆき子が可哀想だったなあ。いや、屋久島には雨ばっかり降ってることぐらい、あらかじめわかるでしょうによ。まだ若い医師に胸ときめかせたりして、懲りない女だけどさ。実直に暮らしている屋久島のみなさんだって困りますよ、こんなワガママな連中に来てもらっても。

 あー、やっぱり周慕雲の方が、よほどいいオトコだぁー。(比べること自体、間違っておる)
 "夢の女"の面影を胸に、所帯染みることをやんわりと拒んで、女の本気をいなし、友人たちを困らせず裏切らずに面白おかしく過ごし、酒と煙草と執筆にふける日々。
 何にも残さない、同じ浮雲のように消えゆく身でも、罪作りな日本の男よりは矜持があって、かなしいほど美しいじゃあーりませんか。

 戦後のどさくさまぎれの日本が舞台だから、「浮雲」の世界はやっぱりしみったれてます。ゴージャスなドレスも、妖しく耳元で輝くイヤリングも出てこない。せいぜいがオメガの腕時計に赤い絹のマフラーに外套(コート)。音楽は蓄音機でかける、ドボルザークの交響曲第9番「新世界より」。
 それに、女性作家の書く男女の饒舌なやりとりは、なんて皮肉で意地悪で生臭くて「イタい」ことか…。水虫が悪化して歩けないだとぉおおお? 惚れてもない女に向かって言うなー!
 王家衛、やっぱりトホホ男のかいまみせる可愛げや矜持、女の突っ張りも強がりもそこがまた可愛いと思わせる術に、長けてます。

 といいつつ、スクリーンで邦画版も見たいな…。せっかくだから。
posted by nancix at 16:25 | Comment(3) | TrackBack(0) | この本を読んだ
この記事へのコメント
こんにちわ。東京になってしまいますが、7月10日(日)に池袋の新文芸座で上映があります。『めし』と2本立です。
http://www.shin-bungeiza.com/schedule.html
Posted by せんきち at 2005年05月27日 20:19
私幼少期パリで野崎歓先生に家庭教師してもらってました。
Posted by クリント at 2005年05月28日 01:13
わぁ、読破したんですね〜♪
うん、nancixさんにもスクリーンで観て欲しいなぁ・・。
せんきちさんもお知らせして下さっているように
成瀬監督、生誕100年なので今年は
あちらこちらで上映してくれるかもですね。。
関西でも上映してくれることを願ってます。。
富岡はほんとに、どーしようもない男
なのだけど、ラストが泣けます。。
そして、あのラスト場面を『HERO』で
トニーさんお手本にしようとしたのかな?って思いました。
あぁ、また再見したいな。。
Posted by ガオ at 2005年05月28日 03:52
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