"北京の男性が「彼女と結婚したい」と名乗りを上げた"というのは、中国人男性ブロガー、電車男ならぬ"照片男(写真男)"を自称する石峰(24)のこと。彼のブログはこちら。

北京の企業に勤める普通の職員だという彼は、気取った自分自身の画像を公開し、美人だと中国ブログ界で大人気の少数民族女性ブロガー"芙蓉姐姐"への大胆な求愛をブログで発表し、テレビ番組に出演するなど話題を振りまいたのですが、今回の事件が大きく取り上げられるとさっそく便乗。"芙蓉姐姐"を振ったと言い、楊麗娟の根性を誉め「楊麗娟にも"芙蓉姐姐"と同じように夢見る人なのだ、夢想を表現することには価値がある」「僕の目には、楊麗娟も"芙蓉姐姐"と同じように、とても美しい!」などと、本音なのか煽りなのかわからないことを書き綴っているそうです。
コメントで「まずアンディ・ラウそっくりに整形しろよ」と誰かに書かれると「僕は充分自分がカッコイイと思ってるし、色白で、顔立ちは整ってる。13年片思いしても苦しみしか与えられなかった楊麗娟が、ちょっと(男の)シュミを変えればいい話さ。僕は将来、アンディから彼女を奪えると思うよ! 彼女の母親も養うよ。まあ僕は月収2千人民元で、プレッシャーは大きいけど、精神的に助け合えるさ!」などと書き綴っているそうで。
しかし彼は楊母娘を助けるための、何の行動もまだ起こしてはいません。
……どうも中国のブロガーには、有名になりたい病的な連中も存在している様子です。
もっとも中国国内の8大アンディファンフォーラムは、結束して「華仔を力づけ、楊麗娟に面会しないという彼の決定を支持し、健康的なファン活動を推進する署名運動」なるものを展開し、全国のファンが心のありようを正し、理性と健康(な精神)をもってアンディの支援活動をするように、このような悲劇が再度起こらないように呼びかけ合っている様子です。その数、なんと8万人とも…。
当の楊麗娟は、メディアが出した金で、故郷の蘭州の東方大酒店(ホテル)に滞在し、まずは亡くなった父親の元の職場だった公立中学校に、ぞろぞろと記者団を引き連れて向かいました。しかし中学側はその日が「家長開放日」(保護者参観)の日だったため、混乱を恐れて取材を拒否。母娘だけが困惑する学校側と面談し、国家の規定による退職者への諸費用は従来通り保証する、しかし一家の借金の肩代わりはできない、などの協議を行いました。
そして母娘は蘭州市公安局に向かい、父親の遺体を引き取って荼毘にふし、埋葬するまでの手続きについて教わり、再び「港澳通行證」の取得手続きを終えました。「父親の遺体を引き取り、弔うため」という理由なので、取得は他の場合よりもスムーズに進行したそうです。
楊麗娟は例のアニータ気取りなのか? 「港澳通行證」など発行するなよ、と日本人としては苦々しく思うのですが、ある記者の調べによると、犯罪者もしくは国家に不利益をもたらす行為のための「港澳通行證」取得でなければ、発行を拒めないそうで。法的には楊麗娟への発行差し止めができません。
そして3日午後、楊母娘は10人ほどの記者団に取り巻かれて空港に向かいました。広東のメディアの2人の記者に付き添われ、なぜか北京行きの飛行機に乗り、北京から深[土川]に入り香港を目指す予定だそうです。北京の空港で待ち構えていた多くの記者が蜂の巣をつつくような大騒ぎで彼女らを迎え、母と娘は北京の高級ホテルにチェックインしました。噂によると、楊麗娟は母の陶菊英と二人のツインではなく、あくまでシングルルームを求め、部屋に案内されるとじろじろ点検して「消毒してあるの?」と聞き、周囲はあっけにとられたとか。また「今日はインタビューの申し込みはないの?」と不満そうに、付き添いの女性記者に洩らしたとのことです。
なぜ彼女らは北京に来たのか?
困窮しているはずの彼女らが、高級ホテルに泊まる費用は、誰が払ったのか?
その答えは、4日に北京で明らかになりました。
実は先日来、「老鼠愛大米〜ねずみがお米を愛するように」1曲だけネット上でヒットして、あとは鳴かず飛ばずらしい"網絡歌手"のヤン・チェンガン楊臣剛という芸能人も、楊麗娟の亡くなった父親にいたく同情し、「彼は偉大な父親だ!」と誉めそやし、楊母娘の香港での滞在費と葬儀費用を寄付してもよいと談話を発表していました。蘭州市での葬儀費用は約1万人民元といわれているそうですが、彼は「まあ2、3万人民元もあったら足りるだろ」と事も無げに話し「ただし楊麗娟がアンディの追っかけをもう止めるという条件付きだ」と提示したのでした。楊母娘が直接香港入りせずにわざわざ北京に向かったのは、実はこの楊臣剛からの「費用授与式」に出席し、2万だか3万だかのお金を受け取るためだったのです。その費用とは蘭州から北京、そして香港への旅費と宿泊費、食費、父親の遺体を香港で火葬し蘭州に遺灰を持ち帰るための費用全額だそうです。楊母娘と楊臣剛が揃った会見場には、150人もの記者が詰め掛けました。
楊麗娟本人は会見場でうなだれたまま「誰も私たちを助けようと思わない時に助けていただいて、とても感激しています。今回の香港行きでは、目的は一つだけです。とにかく父を弔い連れ帰りたい。劉徳華のことは、考えられません…」と殊勝なことを発言していますが、先日まで「でも劉徳華本人が、父を慰霊してくれるのなら(私と1対1で)会ってもいい…」とまだ言ってたわけだから、危ない。
当て付け自殺などしないよう、周囲には充分監視してほしいです。
で、このように派手に立ち回った楊臣剛の狙いは、自分で作詞作曲した新曲「共赴奧運(共にオリンピックに赴こう)」にありました。彼はこの曲を200人の中国と香港の歌手で大合唱したい、アンディ・ラウ劉徳華にも合唱に参加してほしいと要請すると明かしたのでした……_| ̄|○ この発言を聞かされた記者たちは、しらけきって無言だったそうで…。
さて、中国の記者らはただ唯々諾々と楊母娘について回るだけではなく、蘭州での周辺取材も怠りません。
半年前に売られてしまったはずの楊家の旧居では、家を借りていた住人が「"楊家の毒気"に当てられたくない」と早々に退去してしまったと、隣の住人は証言しているとのこと。またその家から移り住んだ小さな借家では、夫婦間のいさかいが絶えず、妻の陶菊英が香港で自殺した夫の楊勤冀を怒鳴り散らし、時には松葉杖で夫を殴りつけることもあったそうです。その時、楊勤冀は殴り返すこともせず、家を逃げ出し建物の隅に身を隠し、家の中が静かになってからうなだれて戻っていったとか。彼がご飯やおかずを買って帰ると、妻と娘だけが家の中で食事し、彼は一人ぼっちでご飯の容器を抱え、建物の裏で食事をしていたといいます…。彼はいつもボロボロの灰色背広しか着ておらず、記者が写真で確認したところによると、香港で自殺したときもその服装のままだったと…。
それから、楊勤冀と親しかった蘭州の教師仲間の女性が気になる証言をしています。楊勤冀は本来は河北省の生まれで、蘭州には一人の親族もいなかったというのです。「彼はとても善良な人で、人にはとても正直で、教え子たちも彼のことが好きでした。唯一の欠点は、他人との交流が苦手だったことです。そのために、生前の彼には腹を割って話せる親友ができなかったのです」。他人との交流が苦手だった理由は何か。実は、楊勤冀の母と弟も精神疾患があり、早くに亡くなったと彼が洩らしていたというのです。
楊麗娟の妄想性人格障害が10代のときにすでに顕著になっていたのに、高等中学の教師として懸命に体面を保ってきた楊勤冀は、遅くに授かった愛娘も母と弟と同じようになるのかと恐怖し、誰にも悩みを打ち明けられず、何ともないふりをするために、精神科医を受診させたり専門家に相談したりすることができなかったのでしょうか。
また、楊勤冀と"家事をしない妻"陶菊英は、1994年に一度離婚していたことも明らかになりました。"アンディを追っかけるための香港行きの最中に転倒して後遺症で松葉杖が欠かせなくなった"はずの陶菊英の足ですが、隣人によると、楊夫妻が離婚して別居中に、陶菊英がガス中毒になり、その後遺症で足が不自由になったと聞いているとか。娘への不憫さと、元妻の面倒を看る者が誰もいないので、憐れんだ楊勤冀がまた家に迎え入れ、面倒を看ていたということになっています。追っかけと足の障害は、関係なかったのですね…。それでも夫妻の諍いは絶えず、両親の不仲がさらに楊麗娟を妄想に逃げ込ませる、大きな要因になったのではないかとも推定されます。

広州の街中を歩くこの画像を見ても、松葉杖の母親を介助しているのはメディアの女性スタッフか誰かで、娘の楊麗娟(背後の茶色いセーターの女性)は全く知らん顔です…。
楊勤冀も一種のアダルトチルドレンで、妻のだらしなさとヒステリックさ、娘の妄想癖からあえて目を背け、自分しか妻子を支えることができないと自分で自分を追い込み、疲れ果てていたのではないかと推理されます。同僚に「私は妻子に殺されてしまう…」とこぼしていたこともあるそうです。
その楊勤冀に遺書で「娘をあとはよろしく」と託されてしまったアンディ、懸命に沈黙を守っていましたが、もちろん誰よりも心を痛め、これ以上騒ぎが大きくならないように事態の収拾に心を砕いているはずなのは、アンディなわけで。
公式ファンクラブ「華仔天地」サイト「awc618.com」の掲示板に、アンディは「イ尓不會[りっしんべんに董]得我傷悲(君に僕の傷ついた悲しみは理解することができない)」と題した短文を書き込み、心配して連絡をくれた芸能人仲間や関係者、ファンに感謝を述べているとのことです。
東方娯楽のこちらで、書き込み内容が紹介されています。
その内容は。
「イ尓不會[りっしんべんに董]得我傷悲」アンディが何より憂慮しているのは、世間が「会って話くらい聞いてやってもいいじゃないか、ファンがこんなに多大な犠牲を払ってきたんだから、責任取れよ」とアンディを批判すること、または「何よ、私だってこんなに長年の追っかけでこんなに犠牲を払って不幸になったんだから、アンディが○○してくれたっていいじゃないの!」と、"不幸自慢"でアンディ本人に無理強いしようとするファンが続出することだったでしょうが、そうはならない様子で本当によかったですね。
最近発生した多くのことに、皆さんが大変心配してくださいました。
多くの親友が慰めの電話をくれました。特に阿倫(アラン・タム譚詠麟?)、克勤(歌手のハッケン・リー李克勤)、三哥(TVB時代からの先輩俳優ミウ・キウワイ苗僑偉)、また阿sa(TWINSのシャーリーン・チョイ蔡卓妍)、阿嬌(TWINSのジリアン・チョン鐘欣桐。TWINSの二人ともアンディに携帯電話でショートメッセージを打ったらしい)などなど、みんなとても僕を気遣ってくれていることが、僕には解っています。
当然(華仔天地会員の)君たちもです。コメントはもう40数ページにもなりました…全部、どの人のコメントも、僕は見てますよ!
普段は僕がこの掲示板に来ることはないんだけど、或いは皆さんにコメントすることはとても少ないんだけど、皆さんが特に僕に近況を聞いてきて、僕のために頑張れと言ってくれるので…華仔天地のファンは、本当に言葉に出来ないほどとてもよくしてくれるよ。
みんな安心して。僕はokだから……
一人の友人が僕に言いました。思ってもみなかった、納得のいかないことがあっても、どのみち過去になるんだ。或いは一定の時間が経てば、解るかもしれないよ、と。また僕に以下の話(詩?)を贈ってくれました。
全てのことは自然に任せるべき
出遭ったところで成り行き任せ
得意絶頂の時は淡々として
失意の時は超然として
艱難辛苦は必然と思い
世の変転を経験し尽くせば悟ることもある
この幾つかの言葉は思い当たることがある。みんなでちょっと分け合いましょう。
p.s.多くのメディアの記者の皆さんが僕にとても関心を持ってくださっている。あなた方の真心はスタッフが全て伝えてくれています。皆さんが僕にちょっとコメントしてほしいと望んでいることは解っていますが、僕はここで皆さんに言いたいことは、皆さんのご厚意に感謝はするけれども、お答えすることはありませんということだけです。必要があれば会社を通じてコメントします。僕個人として返答することはありません。今後も再回答することはありませんので。皆さんご苦労様です。
アンディは「投名状」撮影と、ソロアルバムのレコーディングを済ませ、いよいよ敦煌及び甘肅省瓜州縣で「三国志:龍的復活」改め「三國之見龍卸甲」の撮影を、サモハン・キンポー洪金寶と合流して開始しています。
とにかく有象無象が飽きて離れていった後の、楊母娘の生活保護を蘭州市にしっかりとやってもらい、できることなら、誰かにすがって自ら働かずして香港に来ることは、決してできないようにしてほしいですよ。
経済的に自立して、おそらくは病弱をタテに愚痴ばかりこぼし全面的に寄りかかってくる母親との共生関係にめげないだけの精神的強さと、社会性を身につけるべきです、楊麗娟は。大変難しいけど。
"夢見る乙女の時間"はとっくに過ぎ去りました。メディアがちやほやしてくれるのも、父の遺灰を抱いて香港から蘭州に戻るまででしょう。
"悲劇のヒロイン"をこれ以上続けて注目を浴びようと、自分や家族を傷つける真似は、絶対にしないでほしい。
楊という女性の行為はあまりに凄まじく理解に苦しむところですが、もし私自身が自分を悲劇のヒロインと思い込んでしまったら・・・・・・・
状況を客観視できるかどうか自信ないなぁ。
彼女は精神障害の要素を差し置いても非難される事をしてしまったけど、読んでいるこちらも自戒の念を強く感じました。
nancixさんにトニさんやアンディさんの人となりを伺う度、素晴しい人間性で誠実に仕事やファンに接している著名人がちゃんと存在しているんだなと嬉しく思う毎日です。
アンディさんが、もっと幸せになりますように。
もはやアンディの心痛そっちのけで、母娘の素っ頓狂な行動をメディアが面白おかしく報じ、母娘を利用して有名になりたがる連中が群がり…。
もはや自分の人生をぶん投げての追っかけの是非ではなく、この騒動がどう決着するかによって、中国と香港の関係が微妙に変わってしまいそうで、もうしばらく、ニュースを追いたいと思ったりします。あまり気持ちのいい話じゃありませんけど。
「自分の人生、自分でちゃんと生きないと、トニーに顔向けできない」と言いつつ、彼に存在すら知られない1ファンの取り越し苦労なんですけどねえ…(^_^;)。