2005年05月09日

「王家衛的恋愛」に恋心は持てない

 片づけに追われながら、やっと「王家衛的恋愛」を読み終えました。
 …………。
 申し訳ないけど、この著者とは、映画デートしたくないです…。
 ましてや、恋心は抱けそうにありません。ごめんなさい(ペコリ)。

 何だか、一緒にマイナーなフランス映画を見に行ったら、帰りに茶店で蕩々とまくしたて、人の相づちもろくに聞かず遮る間合いも与えず「だって、ゴダールがトリュフォーが、○○を引用すればさ、えっ○○見てへんの? なんで? 興味ない? どうして! 話にならんやん!」と呆れてくれたボーイフレンドを思い出すですよ。
 お話にならないのはそっちだ! このゴダール男!と、速攻、縁を切りましたけど。
 まあ、大学生なんてそんなものか。

 それに比べて2000年秋・東京での「香港映画祭」のときだったか、アジア映画ファンみんなで一緒に中華料理店の丸テーブルを囲んだときに、「いや、既婚男性としてはですね、『花様年華』は本当に心にしみ入る作品でして…」としみじみ自分の言葉で何一つ引用することなく、謙虚にとつとつと語ってくれた、ウィリアム・チョン張叔平似の40代とば口男性の、なんと素敵だったことよ。既婚と解っていながら、思わずよろめいてしまいそうだったわ(こらこら)。

 いやこっちはさ、キルケゴールもニーチェもジル・ドゥルーズも〈73年の世代〉(しかも欧米の!)も、完全に全くどうでもいいんだから。
 そんなのを、読む者の当然知っているべきジョーシキ、前提にされたって。
 読みたいのは王家衛作品について、なんで。
 レスリーのみずみずしさ、彼の汗のしずくが決して臭わず、むしろどんなにエロティックか。
 マギーの伏し目がちな、つつましさと毅然とした立ち居振る舞い。
 トニーの手、うなじ、そのしぐさの甘い誘惑、言葉より雄弁な、恋に溺れ切れないまなざしのアンニュイ。
 文章で語るべきものは、映画そのものの中にいくらだって見い出せるのに。
 なぜ欧州の先人の言葉をわざわざ借りなければ、語れないわけ?

 王家衛があえてぼかして、観客の推理にお任せした「花様年華」のチャン夫人の連れていた子どもを、なぜ周慕雲との子どもだと断定するの?
 「欲望の翼」「ブエノスアイレス」のレスリーはアンニュイではあるけど、「卑劣さを身にまとっている」なんて思ったこともない。彼には彼なりのいさぎよさがあり、決然たる意志がある。
 「楽園の瑕」の砂漠は砂漠で、剣士らを浮き世のしがらみからすっぱりと隔絶し存在を際立たせるための舞台装置であり、決して「冷徹な資本の論理によって人情や家族的紐帯を破壊する市場社会の隠喩」なんてものじゃない。王家衛がこんなややこしい解釈を読んだら、唇を軽く歪めて冷笑するだけだろう。
 「2046」のミミ/ルルについては、nancixも当初は「可哀想に、"おいらはドラマー ヤクザなドラマー"に殺されちゃったんだね。後で出てくるのは周さんの、さらに時を遡った回想なんだね」と解釈してしまったんで、著者の誤解も無理はないと思うけどね。
 
 そして、やっぱり出たよ、「ポストモダン」が。
 この単語が出現すると、nancixの脳裏にはピコピコと黄信号が点滅する。
 ましてや「ハイブリッド・ポストモダニズム派」?
 それって食えるのか?

 ハイ、「図書館で見つけたら、借りて読んでもいいかな本」入り決定ね。
 植民地主義だの本土主義だのをしたり顔で説く前に、考えなければならないことがあるじゃないか。かつて列強のアジア侵略の嵐のなかで不思議にも、かつまた幸運にも、植民地になったことのない日本に生まれ育った我々が、ではなぜ王家衛作品にこうも魅了されるのか? かつての"渋谷系"若者が、「恋する惑星」「天使の涙」にああも感情移入でき、共感できたのはなぜ? 60年代の香港にも上海にも住んだことがないのに、チャイナドレスだって着られない体型なのに、なぜほのかな憧れ、淡い懐かしさを感じてしまうんだ?
 ナショナルの"同じ釜の飯"を食べたようでいて、我々はご飯が炊きあがるのを、蓋を透明ガラスにしてまで確認したいとは思わなかったし、未だに電子ジャーの「おかゆ」機能を使ったことがなかったりする。
 似ているようでどこか違う。でもその差は欧米との差ほどではない。「スター・ウォーズ」のレイア姫や「スパイダーマン」のキルスティン・ダンストをnancixは全く、どの角度から見たって美女だと思わないけど、「恋する惑星」のフェイ・ウォンはどう見たってキュートだし(やってることはストーカーでフェチであっても!)、「楽園の瑕」のブリジット・リンや「花様年華」のマギーにはその凛とした美しさに圧倒される。
 美意識の共通性。同時代性。異国のコスチューム・プレイでありながら、現代日本人にも深く刻み込まれる感情、関係性。それをこそ、学者先生には論じてほしいのに。
 
 それに、後半の2段組の「王家衛フィルモグラフィ」の方が、本編よりずっとずっと読みやすいというのは何だかなあ。
 多分、各雑誌に寄稿するときは著者が、読者の存在をちゃんと意識していたからなんだろうなあ。

 ずいぶん前から主張してるんだけど、王家衛作品は決して、断じて、小難しく説くべき哲学的作品ではありません。批評家先生諸氏がやたらこねくりまわして小難しくしてしまうから、ぜひ見てほしい感受性豊かな世代(特定しない。50歳でも感じられる人は感じられるし、20歳でもわからん人は全然わからん)が引いてしまうんだ。
 「考えるな、感じるんだ」。
 と、ブルース・リー先生の言葉で断じてしまえば、「それを言っちゃあ、おしめえよ」って寅さんにたしなめられてしまうんだろうけどね。 
posted by nancix at 17:03| Comment(10) | TrackBack(4) | この本を読んだ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
nancixさんありがとうございます。

これで、
「せっかく買ったのに・・・そろそろ
読まなくちゃいけないんじゃなあい、自分。」
な呪縛から解かれて
最優先?なdutyにココロおきなく励めます〜。

とりあえず、もうしばらく、
デスクに飾っときます。
(頭よさそうに見えるから・・・。)

PCのトラブル?でnancixさんの日記が
一時拝読不可状態でした。
そうしたら、若干、体調が悪くなりました。
Posted by nu. at 2005年05月09日 18:03
図書館でいいのね、とホッとしたりして。
周りでこねくりまわすと、ご本人が考えもしなかったような解釈がもぞもぞと生まれ出てきそうで・・・
やっぱ、私も心で「感じたい」ですね。

ときに。
ナショナルの電気釜― 我が家では使用末期の頃、スイッチを押すと感電寸前といった感じで「びびびーっ!!」と音がしまして、子供心に怖かった〜白いボディに黒のアクセントは潔いデザインでしたね。
Posted by 藍*ai at 2005年05月09日 18:36
>「図書館で見つけたら、借りて読んでもいいかな本」

いや、読まなくていいです(^^);

みなさん、本屋さんでみかけたら
張震くん、大人になったね〜と微笑みかけてあげてください(笑)
中身はどうあれ、映画コーナーにあの表紙が
並べてあることだけはちょっと嬉しいです。

私が卒論書くときにお世話になった先生の
「○○は△△の影響をうけててここが似ている!ということばかり
 考えてもツマラン!!!
 論じるなら○○の持つ独自に素晴らしい特別なところは
 どこなのか、それを突き詰めなさい」
 ・・・とかなんとかいう言葉を思い出しましたわ。
Posted by grace at 2005年05月09日 20:50
私も読みました。同感です。
私はもろに元祖渋谷系の流れでカーワイファンになったものですが
なんの予備知識もなく観た「恋する惑星」は衝撃的でした。
「考えるな、感じろ!」という李小龍先生の言葉を思い出します。
Posted by マッシュ at 2005年05月09日 21:40
先日この本が紹介されてから「よ、読まねばなるまい!(-_-;」と焦っていたのですが、ちょっとホッとしました(笑)。
そのような内容なんですね。参考になりました。
近所の図書館にあるかどうかは微妙ですが、本屋でパラパラめくって(^-^;)それから買うかどうか決めたいと思います。
Posted by RMG at 2005年05月10日 00:13
ぱらぱらとめくったら、「ユリイカ」の文字、
これはダメだ。私には分かりません、きっと。
せっかくのnancixさん御紹介だけど・・・

野崎先生の本のように、nancixさんのブログのように、作品を見たい気にさせてくれるといいんですけどね。

しかし、平積み。野崎先生の時は発売日に入ってさえなかったのに。
何を基準に選んでるんだ、有隣堂。(~_~;)

Posted by 多謝 at 2005年05月10日 00:25
 せっかくの素敵な題名なのにねー。(恋の手ほどきHow To本でないのは確か(^_^;))
 読まなくていいとまで営業妨害はできませんが、読む人を選ぶ本だとは思いますねー。
 「えっこれくらいスラスラ読めるでしょ? ジル・ドゥルーズぐらい知らなくてどうするの」という頭のいーい人も世の中にはいらっさるでしょうけど、すいません、nancixの知的水準がそこまで達していません<(_ _)>。
 でもいったい、王家衛作品をどんな切り口で書く本なら、日本でも読まれるんでしょうね? わっからーん。
Posted by nancix at 2005年05月10日 00:28
そ、そうなんですか…。
題名につられて思わずゲットしようとしていましたが、やめーた!(はやっ!!)

もう、マギーの子供がトニーの子供…ってとこで。さようなら状態になってしまいました。
野崎先生の本にも、学生さんで、そういう解釈をされていた方がいると書いてあったけど…。

同じ題名でnancixさん著の本が読みてーわ。
って、何でこんなに私は怒ってるんやろ?謎。
Posted by マディ at 2005年05月10日 10:26
nancixさん、はじめまして。いつも拝見していますがレスは初体験です!例の本わたしも読みきりました…ちょっとガックリ(>_<)あの題名は買う気を起こさせるんですよねぇ〜まんまと引っかかったような気がしてます。わたしには小難しすぎました…映画って何かを引用したり比べたりしないで、ただ好きならそれだけでいいのになぁ〜なんて思います。
Posted by なつろう at 2005年05月10日 23:26
 みなさん、どもども。
 なつろうさん、読む人に「あーそうそう、それそれ! わかるわかる!」と膝を打ってもらえる(あるいはよくそんな作品を、そんなシーンを連想できるなあと大笑いしてもらえる)ような引用や比較なら、映画の印象をさらに広げて楽しむことができて○だと思うのですよ。
 たとえば書評だって、
http://www.yomiuri.co.jp/book/review/20050307bk04.htm
 みたいに書かれれば、香港映画を通して香港という街、日本と同じように戦後と高度成長時代を潜り抜けて現在がある親近感抱ける香港という街について興味を持った人間は「ほうほう、読んでみようかな」と感じる。
 「私は好きですっ、なぜか知らないけどとにかく好き!」だと、無料で読めるblogならOKでも、お金払って買う本にならない気が(^_^;)
 というわけで、マディさん、nancixはお金取れるような本はまだまだ書けませーん。
 1冊売れると自分が5円か10円ずつ損をするようなものなら書けるかもしれないけど…こっそり(^_^;)
Posted by nancix at 2005年05月10日 23:36
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