2004年06月01日

「焦點美指 張叔平」を入手した!(1)

この画像は本からではなくネットで拾ったもの
 昨朝はこの本について書こうとしたのに、LAWeeklyのアンチムーアぶりとトニー絶賛があまりにケッサクだったから、遅らせてしまったわ。

 実を言うとへそまがりのnancixは、熱狂的な王家衛ファンというわけではない。nancixが愛してやまないのはトニー・レオンであり、アートディレクターのウィリアム・チョン張叔平なのである。もうね、そりゃもうマルコヴィッチの穴ならぬ「ウィリアムの穴」に15分入れてやる、ウィリアムの視野からMTV撮影中のトニーを覗けるなんてことになったら、生涯賃金全部!はたいてもいいね。その15分で人生終わってもいい…もうとっくに終わってるか(^_^;)

 日本語で読めるウィリアム・チャンのインタビューというのはこんなに香港電影金像奨の常連受賞者なのに本当に少なくて、テルちゃんこと暉峻創三せんせの「香港電影世界」(メタローグ、絶版のはず)と「フェイス トニー・レオン」(キネマ旬報社)ぐらいしか思い出せない。
 テルちゃんに「もっとウィリアムさんにインタビューして裏話を引き出してくださいよー」とおねだりしたことがあるが「うーん、彼はインタビュー嫌いみたいだ…、現場でもいつもいるかいないかわからないぐらい物静かで…」と困られただけだった。
 インタビュー嫌いで、口が堅くて、トニーのチェックシャツから白ブリーフまでコーディネートしていそうな存在。あの王家衛の膨大なフィルムをいつもギリギリに押し付けられても、恨み言一つ言わずに奮闘していそうな男。泥酔してフラフラしながら街路を歩くトニーを、さりげなくフォローする男。ううう、ますます惚れちゃう…今年のカンヌでもいるのかいないのかハラハラしてたけど、赤絨毯上で、キャストの背後を王家衛にうながされるように歩いているのを確認してホッとした。何も知らないTakには歯牙にもかけられなかっただろうけど、nancixだけはAlways on my mind(*^^*)

 今年4月に行われた香港国際電影節では、そのウィリアム・チョンの業績を追う「焦點美指 張叔平」という特集が組まれた。もうね、日本語同時通訳さえあれば絶対に駆けつけてた。でもそんなのないから指くわえてた。開催期間前から香港の某業者にダメもとでリクエスト出していたら、30香港ドルの特集記念冊子が2210円にもなったけど、やっと届けてくれたではないか! ネットは偉大なり。

 B5変形サイズ74ページだけど、表紙はスキャンしてもセピア色1色に塗りつぶされそうな渋すぎるデザインだけど「焦點美指 張叔平」は充実した1冊だった。英語と中国語半々で、まだ英語部分はパラパラとしか読んでない。
 1953年11月12日香港生まれのウィリアム・チョンのご先祖は、江蘇省無錫の出身。両親は上海から香港に移民した。というわけで上海生まれの王家衛とは気が合うのも道理だ。
 少年時代から絵を描くのが大好きで、教科書は落書きだらけだったそう。映画は両親に連れられ何となく暇つぶしの娯楽として見に行っていたのだが、14歳でダスティン・ホフマン主演の「卒業」(1967)を看て一気に傾倒、「中国学生周報」という学生新聞の映画評論を参考に映画を見まくる。

 14歳〜17歳の多感な時期、彼はいつも映画上映会に通い詰めていた。補習の中年の女先生までを引き連れてルイス・ブニュエル監督、カトリーヌ・ドヌーブ主演の「昼顔」(1967)を見に行ったというのだから、シネフィルすぎる。案の定先生は驚いて「どうしてこんなイケない映画を見るの!」と教え子を叱ったそうだ。ちなみにドヌーブはこの映画で、夜は外科医の貞淑な人妻・昼は娼婦の役を演じているのだ。「団地妻・真昼の欲獣」とか何とかのハシリです。トニーさんトニーさん、14歳の少年はカンヌ影帝にもなれれば、こんな映画に夢中になることもできるんです…いやちょっと違うか。
 ウィリアム少年に深い印象を残したのはセクシードヌーブだけでなく、日本の戦争を描いた長編映画(註として小林正樹監督の「人間の條件」3部作ではないかと書かれている)などもあったそうだ。朝から夜まで3部作一気に看てたって…キミィ、学校は? そう、当時のウィリアム少年は週に4、5日は映画館に通い、登校拒否状態だったのです。中学がレベル低すぎて面白くなかったか、いじめでもあったのか?
 当然親は驚く。ウィリアム少年は父親に「(大学の)映画課程に進みたい」と決意を語る。父はワケがわからないなりに「それもいいが、親戚には言うなよ」と口止めするのだった。
 登校拒否少年とはいえ、頭が悪かったわけではなく、ウィリアム少年は昼間は工場でファブリックデザインを手がけながら"香港の東大"香港大学芸術校外課程の夜間クラスを受講する。そしてアートな映画を作ることで知られた女性監督セシ−ル・トン唐書[王旋]の兄弟に出会い、セシールとも知り合うことになるのだ。彼女が監督しアダム・チェン鄭少秋が出演した「十三不塔」(75)で22歳のウィリアムは助監督となり、アートディレクトも手がける。78年にはカナダのバンクーバー・スクール・オブ・アートに留学して映画を学ぶが、講義で取り上げられるのはジャン・リュック・ゴダールやイングマル・ベルイマン作品で、香港でもう見たよ…とウィリアムはがっかりする。カナダも好きになれず、ついには香港に戻るのだった。

 しかし、映画は好きだがどの方面に進めばいいのか、彼は迷う。インテリアデザイン、画家、ファッションなど興味のある創作の仕事はたくさんあるのに、なぜ狭いジャンルにこだわって専門化しなければならないのか…?
 しかも当時の香港映画界にはもう知人はおらず、TVBや香港ラジオに求職するが面接試験にさえこぎつけられなかった。仕方なく、彼は元の会社のファッションデザイン部門に戻るのだ。1年後、パトリック・タム譚家明監督の「愛殺」(81)で香港映画界初のアートディレクターになれるとは夢にも考えずに…。

 ああしまった、いつのまにかウィリアム・チャン伝と化してしまった。本当は「男のチェック綿シャツ」への偏愛、「ひげと制服」についての考察などが面白かったし、飛行機嫌いで外国ロケは苦手、「ブエノスアイレス」撮影中の4ヶ月はひたすら香港に戻るのを待ちわびていたなんて話が面白かったと書きたかったのだ。
 それにしても「恋する惑星」のときのエピソードで、レイトショー(プレミア上映のことか?)前夜に王家衛が現像したばかりのフィルムをどっさりと持ち込んで編集を依頼し、フィルムを見て選び終わったのは午前3時。そこからカットしていって朝の7時。まだ半分ある未編集フィルムは、見ることさえなくあきらめた…なんて話を読むと「そ、その未編集フィルムを捨てるな燃やすな傷めるなっ、買う!生涯賃金を全部!賭けてでも買い取る!」と絶叫したくなる。(何回生涯賃金を…無理だ)こんなむちゃくちゃな綱渡りでも第14回香港電影金像奨の最優秀編集賞を獲得したんである。ウィリアムさんの非凡さがうかがい知れるというものではないか。 そんなわけで、王家衛作品において多くの人々が「王家衛の特性だ、特質だ、こだわりだ」と思い込んでる部分の多くは、実はウィリアム・チャン張叔平という非凡な才人の特性であり、特質であり、こだわりであるのかもしれないんである。栄光も汚名も王家衛が引き受け、ひっそりと(主にカリーナの傍らに)たたずむウィリアム・チョンさんに、もっとスポットライトを当ててさしあげたい!と、nancixのへそ曲がりがまたぞろ蠢き出すのだ。でもきっと、チョンさんに謹んで辞退されちゃうんだろうなあ。

 気になるのがインタビュー中「私は神経衰弱な人間で、仕事をし過ぎることができないんです。プレッシャーが大きくなるとすぐに逃げます」とか「『ブエノスアイレス』撮影後、脚本について話すことが少なくなりました。私に心理的な障害が生じたのです、彼が話したがると、私は眠りに行く(笑)」というくだり。ナイーブなのね。「王家衛の作品はいつも長期化するので、仕事が終わったら彼と離れる必要がある、半年は顔を合わせないで別の仕事をします」とも言ってる。やっぱり、あの監督との腐れ縁で相当な気苦労が…。カワイソウに。

 ウィリアムさん、そろそろ気分を変えて、また王家衛抜きでトニーのMTVでも撮りませんか? 生涯賃金を全部!賭けてでも資金提供…もうええって!

追伸:すっかり忘れてしまっていたが、ウィリアムさんは「いますぐ抱きしめたい/旺角卞門」(88)で、マギー・チョン張曼玉の婚約者でもある医師役で登場し、少しだけど台詞もある。…で、そのとき着ているのもブルーのチェックシャツ。「地下情」で号泣する年上の女をトニーが抱きしめ、行きがかり上エッチを始めてユンファ兄貴に目撃されるときもブルーのチェック綿シャツ、「金玉満堂~決戦!炎の料理人」(95)のレスリーもブルーのチェック綿シャツを着ている(爆)。それをDVDで確かめようと思ったのだが…。「いますぐ抱きしめたい」買ってなかった。ガーーーン。ウィリアムさんファンを自称するなら手元に置いておかないといけませんね、ぐっすん。
posted by nancix at 00:13| Comment(2) | TrackBack(0) | 香港映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 nancixさん、初めまして☆
『インファナル・アフェア』をはじめて観た時から、一気に香港映画に
傾倒してしまったmiroと申します。
 今年のカンヌが観たいが為にCSの視聴番組も追加してしまいました。
カンヌの記者会見で普通に話しているトニーさんを、映画の中以外で
初めて見たんですが、終始こぼれる笑顔で本当に性格の良さそうな
人だなって感じました。
 香港映画サイトからこちらにたどり着きました。どうぞよろしく
Posted by miro at 2008年07月20日 20:07
 ウィリアムさんは、トニーやカリーナとよく一緒に飲みに行ったりしているオジサマですよね。温厚そうな方だなあと思っていました。
 映画好きの少年期のお話、面白く読みました。かねがね香港映画の創り手はどんな道をたどって業界に入るのかなあ、と疑問に思っていたのです。トニーたちのようにTV局などの訓練の場があるようでもないし…。やはりツテとかコネがないと就職が難しいのですね。
 miroさん、nancix HK moviesroomの掲示板でもおしゃべりしましょうね。どうぞよろしく!
 
Posted by YunYun at 2008年07月20日 20:07
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