いやその、悪い映画じゃないんだけどさ…両方とも…。
連れは泣きまくりだったんだけどさ…。
何だって、邦画は「自己犠牲」ばかり賛美するのかねえ…。
「涙そうそう」では、現代沖縄が舞台とあって(おおっ! ビル屋上にバラックが建ってる! 建築基準法違反かもしれない、香港でも見かける"屋上屋"だあああぁ!)なんてことに感動したりして。
香港では一流ホテルなんて泊まらないもんで、中級ホテルの上階だと、緑豊かな"屋上屋"(ていうか植物と湿気で崩れかけてる)の前で洗濯物を干してるおばあさんとモロに目が合ったりするわけなんですよ。
ああ、この亜熱帯の土地では、そういう人生も有りなんだなあ、なんてしんみりしたりするわけ。
さらに、沖縄の葬式。
(誰の葬式かはバラしませんが。)
喪服は黒ですが、やはり「悲情城市」の葬列を思い起こさせるものだったんです。
そうだよなあ、中国の文献によると、台湾島を小琉球、沖縄島を大琉球と呼んでた時代だってあるんだもんなあ…。
でもさあ、アレのためにワーキング・プアのニィニィ、そこまでする必要はあるまいよう…。
アレを準備するんなら、衿も帯も帯止めも長じゅばんも草履もバッグも一式必要じゃないかぁ。
それを年金生活者かもしれない"おばあ"に、後は用意しろってか?
それなら貸衣装でも、いっそ数万円のワンピースかツーピースでも、どうせ美人なんだから何着たって似合うじゃないか…。
nancixは女子大卒業の時だって、母親に断固逆らって、似合いもしないアレは拒んださー。弟を地方の私立大にやる家の経済状態を考えると、到底買うべきじゃないと思い決めてさー(いかん、何故か沖縄弁に)。
ニィニィ本人が見守ってくれた方が、どんだけ嬉しいと思うんだよぉぉ。
一生、「ワタシのために、大事なあの人は」という負い目を背負って生きて行けというのは、あまりに酷に過ぎるんじゃないかぁ? 身近に今でも背負ってる人間がいるから、余計に痛切に思うんだけどさ。
「地下鉄(メトロ)に乗って」は、随分前からシネマート心斎橋で前売り券が売られていて、
(嗚呼、もしもこの映画が無かりせば、トニー・レオンの「サウンド・オブ・カラー 地下鉄の恋」の劇場公開も可能だったかも…)と泣かずにはいられない作品だったりもするんですよ……。今更言ってもしょうがないんだけどさ…_| ̄|○。
韓国映画「殺人の追憶」の編集ウーマン、キム・ソンミンさんを邦画に起用するというのも画期的といえば言えるし。
だけどやっぱり、浅田次郎の原作を読んだ時から思ってたけど、
(あーーっ帰ってトニー・レオンの「月夜の願い」が見たい! 独りで「月夜の願い」+「サウンド・オブ・カラー 地下鉄の恋」2本立てを楽しんでお口直ししたい!)なんて、切望しちゃったりするわけなんですよ。
昭和39年の東京にも、焼け跡時代の東京にも、思い入れなんてないもんなあ…。
神戸・三宮で路面電車に乗ったり、そごう百貨店の大食堂で台付きソフトクリームを食べさせてもらうのが楽しみだった程度で…(あああ、年齢がばれるぅぅ)。
お人よしなくせに何かと威張りたがる、見栄っぱりな父親に苛立って「アンタは、負け犬だ」と引導を渡して黙らせたくなる不動産会社ヒラ社員の気持ちならちょっとわかるけど、大富豪の不肖の息子の気持ちなんて、わかんないもんなあ。
洋服の○山だかのスーツをあんなにカッコよく着こなせ、カートを引く後ろ姿もすらりと際立っている堤真一みたいな弱小衣料品会社社員なんて、いないもんいないもん。もうちょっとくたびれた中年の方がよかったもん。
そいでもって、常盤貴子が出て来たとたん、なぜか映画が2時間ドラマスペシャルになっちゃったもん。
ケバい。
ペラい。
昔なら倍賞美津子さんや名取裕子、せめてかたせ梨乃がみっしりと豊かなカラダを張って演じてた役なんだけどなあ。
他にいなかったのかなあ…。
何より。
浅田次郎って、「鉄道員(ぽっぽや)」でもそうだったし「ラブ・レター(セシリア・チョン張柏芝が演じた韓国映画では「白蘭」)」でもそうなんだけど、どーーも"薄幸の美女""耐える女"じゃないとダメな男みたいなんだよなあ…。
女としては、何だかなあ…なんですよ。
あーーーっnancixは辛気臭い演歌不倫女(あっ…)より、単純で無邪気であっけらかーんとしてるけど実は気丈で実行力があって判断力もあって、男に甘えつつも巧みにリードしていきそうな「月夜の願い」のカリーナ・ラウ劉嘉玲の方が好きだぁぁぁ!
唯一"耐える女"っぽい薄幸の美少女アニタ・ユン袁詠儀だって、実はいざとなったらトニー・レオンよりも度胸が据わってそうだしぃぃ! 嫌な男には平手打ちして、好いたらしいトニーには酔った勢いでのしかかっていきそうだったしぃぃ(こらこら)。
何より、問題は「自己犠牲の美しさ」で泣かせよう、泣かせようとするこの日本にやって来る「ウインター・ソング」の受け具合なんである。
「ウインター・ソング」の主要人物は、誰ひとりとして「自己犠牲」なんて頭にない!
「冬ソナ」もどきの邦題であっても「君のためなら死ねる!」なんて、愛する人を心底思いやれるキャラクターは、いない!
金城クンは過去の思いに足をとられたまま苦しみ悶え続けるし(悩み苦しむ男は美しい♪)、
ジャッキー・チョン張學友は来るべき未来への怖れと自分の力量不足への不安に囚われ創作の"産みの苦しみ"にかられてばかりだし、
過去をばっさり切り捨てよりよい現在だけを見据えてきた周迅ちゃんは、忘れたはずの過去に追いつかれ信じた未来に去られ立ちすくむばかりで、自意識過剰な男どもはほんっっっとに当てにできないしぃぃ!
┳┳
彡
(,,ノ >Д< )ノ
せっかくチャングムさんを陰になり日なたになり見守り続け「あなたをお守りしたい」「あなたのためなら…」と自己実現に手を貸し、手を差し伸べ、切ない愛のまなざしを向け、いざとなったら必ず駆けつけて救ってくれる"尽くす男"を演じてとっても素敵だったチ・ジニさんを配しながら、ピーター・チャン監督が彼に与えたのは単に「狂言回し」「取材者」「傍観者」の務めだけ?!
それでも…それでも……。
「ウインター・ソング」は見るべき価値があるのだ!
一見だけでは語りつくせないほど、奥が深いのだ! 見るたびに受け止め方が、想いが変わるのだ!
重いものも、心の底に澱むのだけど…。
ってことを「ニィニィ〜! ニィニィ〜!」「お母さんの幸せと、私の愛した人の幸せを、秤にかけてもいいですか…?」(そんなもん秤にかけるんじゃなーーい!)で、うううう〜っと泣いてカタルシスを感じたがる日本人に、どう伝えればいいんだよぉぉぉ!
ピーターさぁぁぁん! どうしよーーー?(ToT)
とにかく、今後、そんじょそこらの映画評論家がお茶を濁す部分も、blogの特性を生かして、丁寧に見ていきたいと思うんである。
少々荷が重いけど。
日本人は自己犠牲好きですよね。最近私も妙に気になっていました(~_~)(最近流行というより、少なくとも100年は流行しているかも!?)
平等―悪く言えば横並び好きや、犠牲好き。こういう性質がある日本人はキリストの教えが広まり易いんじゃないかとも思えるのですが、キリスト教は広まらない。興味深いなと思っていました。
映画と関係ないつぶやきで失礼しました<(_ _)>
これからもトニー・レオン関係のエントリーを楽しみにしています!
上記の映画については、残念ながらいずれも拝見したことがないので、コメントできなくてスミマセン。
でも、先日「ハードボイルド/新〜」を約10年ぶりに観て、さらにさらにトニーファンになりました!
(興奮しすぎて、その晩夢にチョウ・ユンファ&トニーが出て来ました・・かなり重症かも・・)
これから毎日1本ずつビデオを観て、トニー映画を
全制覇します!!
次は「サウンド〜」も借りますね!
この国最大の自己犠牲が数十年前の「お国のために、愛する人々を守るために、外国の資源を取ってきて敵をたくさん殺して死んできます!」だったんだと思うんですよ。「過ちはもう繰り返しませんから」と呟いて育って来た"戦争を知らない子供たち"の一人としては(ますますトシがばれる)、釈然としないのですわ。
キリスト教も、聖書をよく読みこめば、何だか旧約聖書は選民主義で、選ばれた民族だけが救われるような…女は産めよ増やせよじゃないといけないような…んでもって、偶像崇拝の異民族は滅ぼさないといけないような…。新約聖書ならそうでもないんですけど。神のために身を捧げるのはいいけど、生身の人間のために犠牲になるのも本来は許されないのですよね…。日本人の湿気の多いメンタリティには、フィットしづらいかもしれません。
>ぴろこさん、おお、楽しみですね、トニー映画制覇! ぜひとも「月夜の願い」も何とか捜して見てみてください。純白シャツの長髪トニー、うるうる瞳が眩しいです!「[女馬]〜(ママ)??」と目を丸くして口開けて叫ぶトニーが(やや照れで)可愛い!