
コレでメシ食ってるはずのプロの取材者の皆さんのうち、まずはネットニュースやネット会見記事がほぼ出揃ったようなので、安心してアマチュアが勝手な雑感を書かせていただきまふ。
記事は「ブロコリ韓国エンタメ情報」(ピーターさんのアップ画像が可愛いの〜)と、金城武ファンのあさかぜさんによる「武ニュースDiary」の労作会見記録が詳しいです。
動画では、goo動画ニュース
と
Yahoo!動画ニュースですかね、やっぱり。
URLが変わってしまったらごめんなさい。
さて、雑感と申しますのも。
ワタクシ、今回のイベントで2度ほど涙腺が緩んだ部分がございまして、いえもちろんナマ金城君を見て涙した他の皆さんとは全然違うところで、一人だけ勝手に調子っぱずれで大変申し訳ないのですが、
ホンモノの涙は出しませんでしたが、かなーり……うるうるでした。
というのも、まず1発め。
ステージ上に上がったピーターさんが、挨拶でこんなことを言うもんだから。
「How is great to come back Japan in Hongkong movie to five or six,Because again,Japanese fans love my movie especially,I think...ahhh...you very remember this a lot for you(このへん声低くて聞き取れず)....I think to coming back. Thank you! (以下通訳さんの言葉にプラス)5年か6年ぶりに香港映画を持って日本に帰って来られて本当にうれしいです。日本のファンは本当に僕の映画を愛してくれます。特に日本のファンの皆さんはラブストーリーが大好きなので、日本の皆さんにふさわしい、内容になっているのではないかなと思います、Thank you!」
……うえええん、あの時は聞き取れたと思ったのに、メモを書き起こしてみるとめちゃくちゃだ…。
とにかく、COME BACKですよ!
ええ、そうですとも、「久しぶりに僕の監督作を持って日本に来ましたぁ」じゃない、COME BACKです!!
「君さえいれば〜金枝玉葉」(94)と「月夜の願い〜新難兄難弟」(93)を引っさげて1994年に日本の映画祭上陸を果たしたあの若き日は「僕らの映画を、本当に日本人が理解できるのぉ?」と懐疑的だったピーターさんに、住んだこともない、仕事先でしかないはずの日本に、帰るあるいは戻るという言葉を使わせた!\(^o^)/
苦節ン年、ある時は"潜入"として情報収集に努め人を紹介し、ある時は"香港初の偶像導演"ミーハー追っかけファンとして花束を贈り、またある時は映画作りについて教えを請う生徒として、深く静かに支持してきた甲斐が…甲斐が…あったのかどうか…多分、あんまり全然役立ってない…_| ̄|○
とにかく、プロデュース&監督作としてホラー・オムニバス映画「THREE 死への扉」(02)を東京国際映画祭に持って来てティーチ・インに参加して以来の、ピーターさん公式来日ですよ。韓国映画「春の日は過ぎゆく」(2001)のプロデュースも日本の松竹と合同でやったけども。香港映画界総力を結集しての抗SARS市民啓蒙短編映画「1:99 電影行動」ではnancix待望のトニー・レオン主演で「2003年春・追想/2003春天…的回憶」を自分ひとりだけロングバージョンで撮ってしまって(王家衛が抜けた穴埋めだったかも)、涙ながらに微笑むトニーにKOされちゃったわけだけれども。
単独監督作「ラヴソング」(96)から、実にじつに10年じゃないかばかやろほぉぉぉ〜待たせやがってこんなにも待たせやがってチョウ・ユンファ周潤發主演で監督するぞと以前ぶち上げた「待ち暮らし」(ハ・ジン著/土屋京子訳/早川書房)もハードカバーで読破したのに全然音沙汰ないしばかやろほぉぉぉ〜そんなにそんなに10年愛が好きかそうかせめてファンを待たせるのは5年か3年にしてくれよぉぉと、内心涙するしかない待ち暮らし心境だったのである。「香港映画の死を見つめて」と大新聞様の記事に大見出しを掲げられて_| ̄|○とした1997年春以降だって、中華圏芸能マスコミのゲスさに反吐が出る思いをしながらもずっとずっと歯を食いしばってガルルルル〜と諸方面に唸りながらマニア続けてきたのも、いつかまた出資国・地域がロケ現場がどこであれきっとトニー・レオン主演作が、ピーターさん渾身の監督作が日本語字幕で見られる日が来ると信じ、その時は絶対に前売り券せっせと買って客席に座ってなきゃ!と心に決めていたからである。
思えば「ラヴソング」を東京国際映画祭で上映するにあたり、英語作品第一作(「ラブ・レター/誰かが私に恋してる?」(99))を準備中のハリウッドから太平洋を越えて東京に駆けつけたピーターさんってば「君たちはファンだからそうやって誉めてくれるけどさぁ、日本じゃ王家衛作品ほど『君さえいれば』の興収は思わしくなかったんだろ? レスリー主演でもダメなら、一体どうすれば日本の一般の映画ファンに見てもらえるの?」と鋭く質問してきたんである。その時は(ああそうですか、こちとらどうせマニアですよっ。"トニー・レオンのスカート"を知らないと笑えないギャグなんかを散りばめたのはそっちじゃないの? じゃあ今すぐ東京の街角でいろんな人を呼び止めて聞いてみてよ、レオン・ライを知ってるか? マギー・チョンを知ってるか? 香港映画をどう思うかって!)と口惜しくても語学力不足で応えられず。
後で川本三郎さんらの「ラヴソング」評勝手に英訳や、資料を当時の事務所に送りつけて「ほらっ某新聞社の調査によると、日本の一般人は、年に○本しか映画見ないんだよっ! それもハリウッドか日本の話題作だけ! 今の日本じゃトホホなことに、映画1本でムーブメントなんか起こせるもんかなの! そんなにメジャーになりたけりゃ、あなたもカドカワとでも組んで金城武を主演にして(でも日本のテレビ女優を相手役に使っちゃ日本のファンに総スカン食らうから絶対ダメ)香港映画マニアによる解説無しでも誰にでも解るラブストーリー作って、ノヴェライズに写真集にコミック版出してメイキング番組放送してテレビCMしてメディアミックスでガンガン宣伝するしかないんだよっ! そして1回だけ東京に来て挨拶して終わりじゃなく、日本各地をキャストと一緒に回って舞台挨拶しろぉ! 日本映画の監督はそれやってる!(それでもヒットしないときはしない…) だけど映画の中味がなくちゃ、あなたらしさがなけりゃ、私は見ないからねっ!」とヤケッパチで書いた記憶も…いや、こないだ自室のブラックホールからすっかり忘れてたその手紙の下書きが出てきて、顔面蒼白になったんだけど…全然そんな威勢のいい文章になってなくて単なるファンレターになってたけど…ピーターさんはヘタな英文しかも長文に辟易して全然読んでないだろうし、忘れてるに決まってるけどさ。
頼む、ピーターさん。そんなものは受け取ってないと言ってくれ。若気の至り。
でも東京以外での舞台挨拶・地方紙の映画担当記者に地道な味方を作るのも大切よ、ええ。
…おかしいぞ、お涙頂戴のエピソードを書こうとしたのに、モニターの向こうから笑い声が聞こえる気がする。深夜の幻聴か?
急いで話を元に戻すと、涙うるうる2発目は、記者会見で、金城武君("ラブストーリーのプリンス"なんて陳腐な枕詞は勘弁してくださいや。プリンスと呼んでいいのは近衛文隆公爵御曹司や最近お生まれになった男の赤ちゃんぐらい!)が、こんな思い出話をするもんだから、だったんである。
金城:楽屋で1つのソファに、監督真ん中に入れて、3人でこうやって(と仰向けに寝そべる仕草)寝そべって、『ここはやっぱ、これじゃおかしいよ』とか、ずっとそうやって台本を考えてるのをスタッフがみんなが待ってた、ということがありました。(中略)そういう、何かその絵が、僕は(ちょっとかわいいなあ、俺ら)と。うん、うん、可愛いかわいい、可愛いよ金城君。
もうね、それ聞きながら、涙腺、ぶわっと緩んじゃったよ。
だってnancix、撮影現場で無造作にソファーに寝転んで、脚本家手書きのレポート用紙をコピーしただけの「脚本」1枚を頭上に掲げて検討しているピーターさんの姿、見たことあるんだもの。
あれは後に「ザッツ香港ムービー 香港娯楽映画読本 上級編」と名付けられた単行本取材のために西貢に馳せ参じた、1996年7月18日夜半〜19日未明のことで。
「ボクらはいつも恋してる! 金枝玉葉2」撮影現場でも、ピーターさんは時々、大道具のソファーに、無防備に、仰向けに寝転んでたんだもの。
セットには偉そうなディレクターズ・チェアなんてなくて、みんな平等で、ピーターさんも監督とは呼ばれず「ピーター!」と呼ばれていて、若いスタッフはみんな一人何役も兼ねてキビキビと動いていて、日本の映画やテレビの現場にはつきものと聞く怒号や罵声など全然飛ばなくて。門外漢の見学者の我々まで、気がついたら出番前の小型犬を抱いて大人しくさせておく役目を果たしてなんかいて。
あああ、あの時にカルバン・クラインのロゴ入り白ボクサー・ショーツをはいて、その上にクマのプーさんプリント付きのロング丈Tシャツを着込み、クマの立体顔付きスリッパを履いてずっかずっか歩き回っていた、ピーターさんが熱心に話しかけるのにウンウンうなずきながらも、(いやもう1を聞いて10を知る僕だから、くどくど説明しなくたって解るし)とばかりに片手でキーホルダーをクルクル回していたレスリー・チョン張國榮は……もう……(涙の堤防、ついに決壊。しばし待たれよ)
撮影現場での映画監督というものは孤独な存在で、自分の采配一つでその日の撮影がどうなるか決まってしまう。誰も最高のシーンを撮るための正解なんて教えてくれないし、身代わりにもなってくれない。決断また決断を瞬時に迫られる。
そんなピーターさんの孤独に、若い金城君と周迅ちゃんがすいっと寄り添ってくれるなんて、まるでおとぎ話のように可愛い姿で……。
ありがとう、金城君、周迅ちゃん。
あとね、用意された"楽屋"が、壁ではなく隣と布一枚で隔てられただけで、隣で鼻歌うたってるジャッキー・チョン張學友に、金城君が所属会社のスタッフと「儲かったねえ、タダで聞けてよかったねえ」なんて言い合ってた、というエピソードも、爆笑させてもらいましたよ。
そりゃnancixだって"歌神"ジャッキーの歌だったら、思わず有り難さに合掌して金縛り状態で聞きほれるけどさ。「李香蘭」なんてアカペラで歌い上げられたら滂沱の涙だけどさ。
コンサートがあるなら、招待券もらってVIP席で堂々と聞ける立場の金城君なのに「タダで聞けて儲かった」ってその感覚……いいわぁぁぁぁ。関西人、大感動よ。
やっぱり"ラブストーリーのプリンス"でない、そのオフビートさが、金城君のたまらないトコロ。プリンス? そんな枕詞はノシつけて、韓国スタァの方々に突っ返してい……もがもがもが。
香港映画ファンの皆さんが10年も待ちに待った作品『ウィンターソング』の字幕を翻訳させていただいた光栄を改めてかみしめています。
ピーターさんの熱い思いも、金城君の人間性もよく出たいい記者会見だったと思います。私もずいぶんいろいろな記者会見の通訳をしていますが、
今まで一番ハートウォーミングな会見でした。
一言だけ言わせていただくと、記者会見のピーターさんの通訳さんは広東語ネイティブで、記者会見の直前に、ピーターさんから英語でやりたいと言われて、真っ青になりながらも何とか頑張りますと舞台にあがられたんです。英語は専門でなく
まして日本語ネイティブではない。もし私が英中通訳をしろと急に言われたら、速攻帰っています。でも、ご安心を。翌日からはピーターさんの
通訳さんはベテラン英語映画通訳さんになったので、ピーターさんの思いのたけを充分に記者の方たちに伝えていただけたと思いますよ。
私も(「インファナル・アフェア」の時の通訳さんってことは広東語通訳の方のはず?)といぶかしく思っておりました。ただ香港の方だとしたら、公式挨拶程度の英語訳も大丈夫なのかな、とも。しかしピーターさん早口の上に話長いから、いつも通訳さん泣かせですよねえ。いろいろ言うんだけど、煎じ詰めると「スタッフの全員が一丸となって頑張ってくれました」ってことになっちゃう…という場合も。
まだ日本語字幕付き版は関西では見られないのですが、関西での試写会にせっせと応募すると共に、京都国際映画祭オープニングのチケットは、ぴあに発売初日に始発で並んででも何とか入手する覚悟です。マダム・チャンさんがご担当なら、安心だぁぁ。
http://www.walkerplus.com/movie/mwtv/mo4605_01_1m.html
香港にいながらでも、みなさんのお話を見聞きして、
本当に、いいイベントだったんだと思います。
そのご紹介いただいた動画のおかげで、テレテレながら小さく手を振ってるピーターさんを確認できました。その方向には、サンドラじゃなくて私がいたはず(T_T)…(思い込み激しすぎ)。
手を振ってくれてたんだ…その時は前列のおねえさんが身長170cm以上あって、ぴょんぴょん跳ねていた私にはろくに前が見えなかったんですけど(号泣)。
ピーターさん、変わらずええ人やぁぁぁ。
いや、熱い感想記事に、私も涙させていただきました。
報告記事はマスコミ各種から出ましたが、ファンというのは
それぞれ、長い個人史を映画の裏に抱えているんですよね・・・。
だからこそ、一句、一言に心動かされ、涙し、また喜ぶのですよね。
プリンスなんて称号は要りません。nancixさんのような
長い個人史に彩られた深く熱いメッセージこそ
心を動かすのですっ(涙)
よくわからないコメントになり、すみませんです・・・
消えてしまったようです。
多重投稿になっていたらすみませんっ!
今回のイベント、ホントいろいろ報道されて
嬉しい限り。
でも、涙腺の堰が決壊したのは、nancixさんの
ご報告記事が初めてです。
ファンって、皆それぞれ個人史を映画に裏に
抱えているんですよね。
だからこそ、一本の映画に端からみたらオカシなぐらい涙し、
会見の一言、一句に涙し、喜びを感じるんですよね(涙)
nancixさんの個人史と深い思い入れにある記事に
私も涙させていただきました。
ありがとうございます(なんか意味不明コメントになってたらゴメンなさい!)