2006年09月14日

再見おじ様俳優、關海山

 はぁぁ、訃報が続きます…。
關海山さん 映画「ハードボイルド 新・男たちの挽歌」で、子飼いの部下と信じていたトニーの窮地に「わしを撃て!」と毅然として告げるマフィア老ボス役、
 チャウ・シンチー周星馳やレスリー・チョン張国榮やマギー・チョン張曼玉と出演した旧正月映画「ハッピー・ブラザー/家有喜事」(92)のおじいちゃん役、
 かつてのTVBドラマシリーズ「再見十九歳」で、マカオから香港に父を尋ねて出てきた素朴青年トニーをいつくしみ、やがては実の祖父だったと判明する篤志家の医師役、
 「鹿鼎記」ではどぎついメイクで、アンディ・ラウ皇帝とトニーの脅威となる清朝の大臣役など、
 幅広く活躍してきたクァン・ホイサン關海山さんが11日に、糖尿病と高血圧、肺気腫などによる合併症で亡くなられたそうです。81歳(82歳説もあり)でした。
 特集サイト(中国語)が設けられ、唇を噛みしめて悲しみをこらえるアンディ・ラウ劉徳華の画像も掲げられています。

 “蝦叔(ハーソー、童顔の叔父さんってこと?)”の愛称で親しまれた關海山さんは1925年10月23日生まれ、本名を關寧もしくは覚銘といい、当時の多くの香港芸能人がそうだったように、広東オペラ(えつ劇のえつの漢字が出ないわー)俳優だった父親の關耀輝の縁で11歳で広東オペラの街角の舞台に立った、広東オペラ俳優出身でした。それで少々オーバーアクトだったんですね…。

 骨董品集めが趣味で、若いころは酒とタバコと競馬がやめられず、気っぷがよくてジェントルで女性にもモテモテだった典型的な”昔の芸人さん”。4度の結婚歴があるそうで、広州女性、ベトナムで知り合った女性、マレーシアで知り合った女性と、前夫人たちはバラエティー豊か。3人の息子と1人の娘がいます。現在の奥さんはシンガポールで出会った曾[女弟]容さん。香港の新聞はそれっとばかりに「遺産相続で大モメか?」と書き立てていますが、それよりドラマ・映画での大いなる成果を書き留めてほしいですよぉ。
 「リーロック伝・大いなる野望/五億探長雷洛傳」(91)で香港電影金像奨と台湾金馬奨の最優秀助演男優賞を受賞しています。それよりも前に、すでに引退した美人女優のチェリー・チェン鐘楚紅と共演した映画「男與女」(83)でも激しいベッドシーンをいとわない好演を見せ、香港電影金像奨の最優秀助演奨にノミネートされてもおかしくなかったそうですが、残念ながら当時の金像奨には最優秀助演奨がなかったとのことです。

 2001年に中風で倒れて入院するまで、TVBには26年在籍していました。半身不随になり、車椅子生活となった關海山さんに、この年、TVBは「萬千光輝演藝大獎」を授与して長年の功績を称え、闘病を励ましたそうです。
 また2005年8月には、リハビリして健康を取り戻した關さんの生活ぶりや、高齢者施設を慰問し歓迎を受ける姿のドキュメンタリーと、女優・司会者のドゥドゥ・チェンや、かつての”五虎将”の一人フェリックス・ウォン黄日華らテレビ界の後輩にメッセージを語らせる番組「活得康健關海山」が放映されたそうです。

 若い頃のチョウ・ユンファ、アンディ・ラウ、トニー・レオンと共演し、芸能人としての心得や心構え、人としての礼儀などを身をもって教えたかもしれない大先輩。心からご冥福をお祈りします。

 と、書いているのは実は東京・有楽町近くのネットカフェ。
 悲しい気分に一区切りつけて、午後から「ウインターソング」ピーター・チャン監督、金城武、ジョウ・シュン周迅ちゃんの「5分間の挨拶」と、記者会見中継を丸ビルで見て来ます。整理番号は200番台後半だから、人の頭でほとんど見えないかもだけど、話だけはバッチリ聞いてきます。
 終わったらまたここに戻って、レポート書いて、夜行バスでトンボ帰り。金欠だからなぁ…目の前の帝国ホテルは眺めるだけだわさ…。
 
posted by nancix at 10:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 香港映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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