2006年09月12日

カリーナ・ラウの父、10日に死去

 カリーナ・ラウの父、ラウ・クァイメン劉桂明さん(66)が突然亡くなられました。

 妻のウォン・フッムイ王馥梅さん(62)と一緒に、10日午後5時ごろに香港島・石澳近くの大浪灣を散歩していたのですが(東方日報や明報によると、大浪灣の海水浴場で遊泳後、シャワールームに入って)、公衆トイレ(身障者用の広い個室)に入ったまま、一向に出てこないので、異変を察知した妻は管理員(救急員とも)に頼んで鍵をこじ開け中に入ってもらいます。桂明さんは人事不省の状態で倒れていました。
 すぐに救急車を呼び、妻が付き添って病院に運び、手当てを受けましたが、おそらくは心臓発作か隠れた病気のための発作と見られ、ついに息を吹き返すことはありませんでした…。
 カリーナは悲報を聞きすぐに病院に駆けつけましたが、父の死に目に会うことはできなかったそうです。

 劉桂明さんは中国・江蘇省蘇州市出身。1976年に香港に移住し、2年後に妻とカリーナ、カリーナの弟を呼び寄せて、香港の銀行で働いていました。定年退職した後は香港島の北角で、夫婦そろって過ごしていました。親孝行なカリーナは、今月20日にトニーと日本でのマドンナコンサートに行くついでに、両親を伴い日本観光を楽しんでもらう予定でした。出発は17日のはずでしたが、旅行は急遽取り消しになったそうです。またトニーもアン・リー監督作「色、戒(老易的故事)」の撮影のためマレーシアに向かうはずでしたが、当分はカリーナを助けて葬儀などの準備に追われることになります。

中国でのカリーナ一家
 1970年のメーデーに、黄浦江のほとり(あれ? 上海の?)で撮影された家族写真です。両親と、祖母と、カリーナと、弟ちゃん。カリーナはまだ5歳だったそうです。
 彼女はママ似なんですね…。
 香港文匯報(中国寄りの新聞)によると、カリーナの祖父、劉積は1930年代に、広西省容縣からタイに移住、結婚してカリーナの父親ら6人の子供に恵まれました。しかし1955年、共産主義が自国に広まり王制が危うくなることを恐れたタイ政府による反共・華僑弾圧政策のためか逮捕され、残された桂明さんらは同郷人同士で助け合って、タイ当局の監視をかいくぐり中国に戻ります。祖父・劉積も、翌年には他の華僑と共に国外追放処分にされ、ようやく中国に戻れたのでした。
 桂明さんは江蘇省蘇州市で進学し、ワン・フーメイ王馥梅さんと1964年に結婚しました。カリーナと、2歳下の弟の嘉勇さんの2人の子供に恵まれます。カリーナは学校で器械体操の選手としても好成績を収めました。しかし桂明さんは、子どもたちに英語などのさらによりよい教育を受けさせたいと望み、香港移住を決意します。もしかすると、60年代後半〜70年代前半の文化大革命中は、劉一族は帰国華僑としてブルジョワ・知識人・資本主義者の手先・スパイとみなされ、迫害を受けたのかもしれません。桂明さんはついに1976年(1978年とも)に香港に移住し、2年後には妻子を呼び寄せることができました。
 しかし慣れない環境のせいか、両親の間に揉め事が絶えず、少女時代のカリーナを悩ませます。
 
 銀行職員として働く桂明さんは、利発な娘・カリーナの才能を見込んで、絵画を習わせたいと望んでいました。しかし彼女は決して裕福ではない家計を心配し、また弟にこそ大学進学させたいと考え、中学を卒業し、93年にはTVB藝員訓練班に合格して芸能界へと飛び込みます。こうして父の願いにそむいたことで、一時期は父を激怒させ、父娘関係は危機に陥っていたそうです。しかし、カリーナが結婚したいと切望した相手に裏切られ、周囲に中傷されて失意のどん底にありながらも、パーティーで気丈に明るく振る舞う姿を、父はそっと見守っていました。パーティー終了後、放心状態の彼女が隅にうずくまっていると、父が近づきぶっきら棒に「おまえ、大丈夫なのか」と気遣ってくれたのが和解のきっかけとなりました。カリーナは父がちゃんと自分を愛してくれていることを実感し、わだかまりはなくなったのでした。トニーと交際するようになると、トニーも時間を見つけてはカリーナの両親に会い、一緒に食事をして交流し、カリーナの両親は(結婚していれば娘婿に当たる)トニーを家族の一員として認めていたのでした。それだけに、今回の突然の別離は、カリーナにとってもトニーにとっても大きな大きなショックだと思われます…。

 傷心の母親に記者らが群がったりしないようにか、親族に迷惑がかからないようにか、所属会社のジェットトーンは午後7時に、公式声明を発表しました。

 各位朋友:
  劉嘉玲小姐的父親昨日於香港過世。對於這個令人遺憾的消息,嘉玲表示,父親往生讓[女也]和家人心情很低落,但還是非常謝謝各界朋友和媒體朋友的關心與慰問。現在[女也]的家人們都在協助處理後事相關事宜,請各位勿掛念。也希望各界朋友、媒體朋友們都能多多體諒家屬的心情,保留給他們一點私人的空間。謝謝大家。
                                                       澤東電影有限公司

 友人の皆さんへ:
 カリーナ・ラウの父親は昨日、香港で逝去されました。この残念な報せに対して、カリーナはこう表示しています。父親の死去で彼女と家族はとても沈み込んでいます。しかしまた、各界の友人とジャーナリストの友人の皆さんの気配りと慰問に非常に感謝しています。現在、彼女の家族たちは協力し合って事後の処理に当たっています。どうか皆さん、心配しないでください。各界の友人の皆さん、マスコミの友人の皆さんに、どうか家族の心境を思いやって、彼らのプライバシーを守ってくださるよう望みます。どうぞよろしくお願いいたします。
                    ジェットトーンプロダクション
 カリーナの父の66年の生涯は、中国から香港に移住した庶民の一典型かもしれません。幼少期には生命の危険すら経験し、劇的な祖国の変化を見聞きし、香港では働きづめに働いて子供たちを一人前にし、政治・思想の争いにも巻き込まれず経済的にも不安なく、ようやく夫婦水入らずで安らかな老後を過ごせる日々が来た矢先の、悲劇。

 長患いで病からの痛みに苦しむことなく一瞬で死が訪れたのは僥倖なのか、子供たちに一目会えず、言い遺すこともできず、大いに心残りだったのか。推し量ることはできませんが、ただただご冥福を祈ります。そして、いつも雄々しくガッツで苦難に立ち向かってきたカリーナが、トニーと共に手を携えて、この大きな哀しみを受け止め、少しずつ心を癒せるように祈ります。
posted by nancix at 23:54| Comment(1) | TrackBack(0) | トニー・レオン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
心からカリーナさんのお父上のご冥福をお祈りします。

Posted by もごもご at 2006年09月13日 21:22
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