2006年08月28日

杉山登志のドラマに思う

 広告に携わる、あるいはその業界に入ろうとした人なら、知らないはずがない、と思いたい。
 日本の広告黎明期に活躍した名CMディレクター、杉山登志(とし)が37歳で書き遺した文章。

リッチでないのに
リッチな世界などわかりません
ハッピーでないのに
ハッピーな世界などえがけません
「夢」がないのに
「夢」をうることなどは………とても
嘘をついてもばれるものです


 昔、通っていた脚本塾の講師だったか、誰かのコラムだったかは、この文章について次のように断じていた。
  「そんなのはクリエイターとして、言ってはならない禁句です。年収が1千万ないと、超高級マンションのコピーライティングは書けませんか? 家庭円満でなければ、毎日定時に帰って一家団欒を味あわなければ、幸福な家族像は描けませんか? そんなはずはありません。どんなに厳しい状況におかれても、どんなに不幸な境遇にいても、いやだからこそ、夢を描き夢を売らなければ、クリエイターとは言えないのです。甘えるな!とあえて申し上げたい」
 そんな調子でハッパをかけられたときは、この文章の書き手について何も知らなかった。彼がどんな業績を残し、どんな仕事ぶりを見せ、どんなふうに周囲に思われ、どんな時代背景を背負い、どんな家庭環境にいたのかを。

 ただ、残業・早出が続き、言いたい放題の困ったクライアントにも笑顔で接し、クライアント至上主義の営業の要求を呑んで黙って表現を大げさに書き換え、コンビニのカップ麺をすすりながらフレンチの達人が華麗に仕上げたコースの見事さを書き、ホスピスに入った母が日々衰弱していく姿を見ながら"双子のようにセンスが同じの、リッチな母娘"に来店を呼びかける百貨店についての文章を書いているときに、繰り返し杉山登志の文章を、そして彼の文章を批判する言葉を思い起こさずにはいられなかった。

 嘘をつくのは、本当に、ほんとうにやりきれないことだ。
 自分は自分自身や誰かを傷つけないためのささいな嘘は吐けても、壮大な嘘をつくには、つくづく向いていないのだと思う。

 後に、ネットで検索して、杉山登志の人生の概要と、業績の一端を知った。
 とんでもなく大きな存在だった。
 なぜ縊死を遂げたのか、はっきりとしたことは遺された誰も知らないという。所属していた会社の問題、若手部下らと会社上層部の軋轢、大恩ある、二人三足で時代を駆け抜けて来たスポンサーが掲げたテーマへの違和感が拭いきれなくなったのか、愛した女性を恋敵に奪われたこと、画家を目指した身なのに、37歳になってもまだ、まさにコマーシャリズム(商業主義)に浸っていること、40歳という節目を前にしていつまで制作の最前線にいられるのか、感覚が古くなりはしないかとの不安…。
 多くの要素が絡み合い、彼を厭世的にさせ、12月のある孤独な夜に死神を招き寄せたとしか、nancixには思えない。

 今夜、TBSのドラマ「メッセージ 〜伝説のCMディレクター・杉山登志〜」を見た。
 「テレビCMの日」ということで、資生堂の1社提供・全面バックアップドラマではあるが、日本モービル石油などの懐かしのCM(といっても往年の番組『テレビ探偵団』や、CM特集番組で見ただけのものも多かった)も、スポンサー枠を超えていろいろ紹介された。
 登志が描いた実物なのかフェイクなのか、絵コンテやクロッキー、自画像スケッチを見られたのも収穫だった。
 内山理名が駆け出しのCMウーマンで、プレゼン用の試作CMを作るというだけで、いきなり大先輩である杉山登志の弟=杉山伝命(実在の弟さんは傳命と表記するようだ)を説得し、カメラマンとして引っ張り出すのは、あまりに無謀だし隠遁生活を送るベテランが引き受けるはずもない。とはいえ、志はあるのに先輩に急かされ期限を切られ(期限に間に合わせるのも確かにプロの使命である)、現場で慌てふためき、志はどこへやら、とにかく仕上げられればと功を焦る姿は、かつての自分を見ているようであまりにも身につまされた。
 藤竜也はやっぱり渋い。NHKドラマ「新・人間交差点」の仲代達矢よりさらに人間臭く、まだまだ男臭く、彼に名前で呼ばれたら何だか甘やかで、女はやっぱりドキドキすると思う(イマドキの20代だとどうだか知らないが)。トニー・レオンが目指す地平は、やはり藤竜也である。で、このドラマ出演で竜也の"半年の仕事"分は終了、また南の島でのんびり暮らすの?

 新聞社の文化部記者(石黒賢)が、バーで大声で騒ぎつつ「絵描きさん(=登志)」にちょっかいを出し、世相の移り変わりを表現しているリフレインは、いささかあざとかったが、最後の最後でニヤリともさせられる。
 バーは登志らが出入りした実在のバーをモデルにしたと思われる(実はマスターではなくマダムで、バツ1となった登志に猫を譲ったりしたらしい)が、モデルとなった記者はいるのだろうか。

 ドラマの枠に収めるために、割愛した部分も多いのだろう。登志が属した広告制作会社の名物社長はほとんど登場しなかったし(てっきり登志が経営も担当していたのかと途中まで思っていたが、最終的に専務だったのね)、1930年代に登志と傳命と息子に名づけた両親はどんな人だったのか、母に背いて家を飛び出した20代の登志だったようだが、いったい親はどうなったのかも描かれなかった。傳命氏の希望なのだろうか。
 杉山傳命で検索してみたが、今回のドラマについてしかヒットしなかった。
 実際に、葉山に隠遁されておられるのだろうか。

 ドラマではどう、登志の自死の理由を描くのかとかたずを呑んで見ていたが、やはり「コレだ!」と断定するのは避けた作りだった。
 1973年後半の彼は、本当に、CM制作現場で、ディレクターでありながら、メガホンを取らない、ただ見守るだけで放心、なんて状態であったのか。
 だとしたら、まさに"燃え尽き症候群"、鬱が高じていたとしか思えないのだけど。

 藤木直人が見せた、昏いどろどろとした情念に満ちたもう一人の自己に見入るかのようなまなざしに、
 どうしても、レスリー・チョン張國榮の自死を連想してしまった。
 詩人ヴェルレーヌのいう「撰ばれてあることの、不安と恍惚と、二つわれにあり」という葛藤を、舞台は違えど才能ある表現者としてたえず抱えていたに違いない、レスリーと杉山登志。
 もしもレスリーが杉山登志の文章を知っていたら、何と評したのだろう。
 共感を覚えたか、それとも勢い込んで異論を唱えたか…。

 今年は、レスリーの生誕50周年でもあるそうだ。
 50歳のレスリー……想像もつかない…。
 女性タレントの「着替え」盗撮に手を染めるような下劣なイエロージャーナリズムと物見高い大衆から縁を切って海外に去り、姿を隠しているか、
 藤竜也式の一徹な俳優業を続けているか、
 良心的な製作者として舞台裏で能力発揮しているか…?
 彼が時代を駆け抜けつつ、我々に発したメッセージとは、いったい何なのだろう……?

 自分自身がハッピーなときもハッピーでないときも、
 苦しみ悩み、時には周囲とぶつかり満身創痍になりながらも、
 尽きせぬ「夢」を大衆に与えてくれて、本当にありがとう。
 彼らに向けて、もはや独自の表現を断念したへたれな凡人はそう感謝するしか、ない。
posted by nancix at 23:55 | Comment(3) | TrackBack(4) | 日々のこと。
この記事へのコメント
昨日からず〜っと頭からはなれなくて
そしたらこちらに‥
コメントをしたくなってしまいました。

全然知らない人でした。
新聞の紹介で気になって。
資生堂のCM?
こんなに見ようと思ったドラマは久々でした。

ドラマを見てて涙が‥
せつなかった‥
いつもいつも新しいものを作りだすことを要求されること、どんな気持ちだっただろう。
あなたなら絶対出来る、あなたしか出来ない。
あぁ‥プレッシャーの海‥
私なら溺れてしまう。
(毎月ほとんど同じこと繰り返し仕事してる私、ぬるま湯)

いままでCMをなんとなくぼんやりとしかみてない私でした。
今日は少し見る目がちがったと思う。
長々とすいません‥



Posted by ヨコリン at 2006年08月29日 22:35
改めて今回のドラマについて自社ホームページに書こうと検索していたらnancix様のブログと出会いました。
そしてトラックバックさせてもらいました。
とても的確な感想だと思いました。登志さん、本当にカッコよかったそうですよ。
それでは、またお邪魔させてもらいます。
Posted by 川中紀行 at 2006年08月30日 12:37
懐かしいCMを見られて楽しかったので、検索してこちらに来ました。
資生堂に少し勤めていました。杉山さんのCM(その頃はデイレクターの名前など知りませんでした)は素敵で楽しくて、ドラマに出てこなかったけれど、ピンクポップやピンクパウワウなど
おしゃれで印象的なものが多く、記憶に残っています。その後杉山さんが自殺されたという事を
新聞で知り、心に引っかかっていました。
もっと他のCMも見たいなあ、、、、と思いました、、。
死の原因はやはりわかりませんが、
見ていて、黒澤明も自殺未遂をふと、思い出しました。天才なるが故の苦悩、ただがむしゃらに
創造していた時期を経て 立ち止まってしまう時胸に去来したものは何だったのか、、、、。
まさに選ばれし者の恍惚と不安、、、、おっしゃるとうりですね、、、。
では失礼致します。 
Posted by SESIRA at 2006年08月31日 08:43
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