懸案事項だった「ネバーランド」をやっと見に行けたのです!
いやしかし…最近はジョニー・デップ主演映画を見ると(この役、トニーにできるかな…トニーだったら…)とついつい考えてしまうから始末に困る。
邪念無くして映画を見られんのかと、自分でも自分に突っ込みますよホント。だから、ジョニデのファンの方はムッとしないでね。
今回はさらに、あらすじだけでも(なーんだか、「永遠(とわ)の愛に生きて」(93)を連想しちゃうなあ)と最初から色眼鏡かけてしまってたし。はい、「ネバーランド(Finding Neverland)」は、「ピーターパン」の作者、ジェームズ・バリの実話をもとにしていますね。
彼は未亡人と4兄弟(実際は5人兄弟)と出会い、救いを感じ、交流を深めていく。
そして「永遠の愛に生きて(Shadowlands)」は、「ナルニア国ものがたり」の作者、C.S.ルイスの実話をもとにしていますね。
彼は最初は既婚、後に離婚したシングルマザーと幼い息子と出会い、交流を深めていく。
違うのは、バリはこの出会いで着想を得て戯曲「ピーター・パン」を書くが、ルイスはすでに「ナルニア国物語」シリーズで名声を得た後だったというところ。
そして、バリと未亡人シルヴィアはかなりプラトニックな関係だったけど、ルイスと米国人女性詩人のジョイ・グレシャムは結婚までしてしまうこと。
結婚と言っても、便宜的で形式的。ジョイが英国に残れるようにするためで、こちらもかなりプラトニックだったんだけど。だってルイスはそのとき、もう50歳を過ぎていたんだから!
演じるはジョニー・デップVSアンソニー・"レクター博士"ホプキンス。
ヒロインはケイト・ウィンスレットVSデブラ・ウィンガー。
そうハリウッド女優たちの本音を集めた女性映画「デブラ・ウィンガーを探して」(02)のタイトルにもなった女優ですわ。
そりゃ、ジョニデ主演の方が全国公開の規模は大きいわな…。
「永遠の愛に生きて」は、公開中は知らずに、ビデオで見つけたんじゃないかな…?
この物語、実は戯曲でもありまして、96年には新神戸オリエンタル劇場にお芝居版「シャドー・ランズ」を見に行ったこともあります。津嘉山正種、倉野章子出演版。
…泣けました。ボロボロ泣きました。日本語セリフでも泣けた。
最初は「ファン」でしかなかった、でも魅力的で才能ある女が、男に大いなる影響を与えて彼に人生において大切なものを気づかせていくという筋立てが、ツボにはまったのかもしれない。
当時のnancixは香港映画のなかでも「君さえいれば 金枝玉葉」にベタ惚れしてましたから。
ジェームズ・マシュー・バリは10人兄弟の9人目。6歳のときに13歳の兄が事故死。激しい衝撃を受けた母親の愛を欲して、13歳で成長を止めたと言われているらしい。小柄で少年体型で声も細かったとか。
少女漫画でよくあったようなシチュエーション。兄の死後、男装するようになった少女の物語とかさ。
一方、C.S.ルイスは少年時代に母を失い、学究生活に入って結婚もせずに兄と二人きりで暮らし、オックスフォード大学のカレッジの教授を務めている。
バリは、兄が行ってしまった場所を「ネバーランド」だと想像した。
ルイスは「現世は、やがて迎える天国での暮らしの前段階であり、いわば曖昧模糊とした”シャドーランド=薄暗がりの世界”である。魂の至福は、永遠の来世で必ず得られる」と、著書や講演で力説していた。
ネバーランドとシャドーランド。
仏教風に言うなら、彼岸と現世。死の影が両作品を覆う。でも、その深みがまるで異なる。
映画「ネバーランド」の魅力は、何といっても「パイレーツ・オブ・カリビアン」撮影前だったジョニー・デップの、お茶目な振る舞い。
スプーンに息を吐きかけて湿らせ、鼻口に押し付けて子供たちに見せる晩餐シーンにはさすがに笑った。子供たちは実は、ジョニデがこっそり仕掛けたブーブークッションのせいで笑い崩れていたらしいが。
西部劇ごっこやインディアン(今だと政治的に正しくない呼称だけど、当時だから許して)の扮装。セントバーナード犬との大真面目なダンス。大のオトナだけど「子供に遊んでもらう」のが似合うのは、ジョニデとトニー・レオンぐらいだ。(「恋する惑星」で、でかい犬のぬいぐるみをおなかに乗せて対話していたトニーにもこういうシーンを演じてもらいたいなあ…こましゃくれた子供と共演してほしい)
「永遠の愛に生きて」のアンソニー・ホプキンスは、神学の教師であり人気講師であり童話作家。そりゃお茶目というわけではない。
だけど、聡明で勘の鋭いジョイにビシバシとオックスフォード大学人の封建性と女性に対する偏見をやっつけられておろおろするところ、屋根裏部屋の衣装箪笥(もちろん、あの「ナルニア国ものがたり」で異世界への扉となる衣装箪笥だ!)の前で、ジョイの遺児ダグラスと一緒になって途方にくれ、腕を回して坊やを抱きしめ、涙を流し続ける姿……大のオトナが、あのレクター博士が、寄る辺無き内向的な少年に見えてくるから、演技とはすごいもんなのである。
「永遠の愛に生きて」で、ルイスは愛する人―人生の後半でやっと得た―を喪った悲しみに打ちのめされ、苦しむ。
天の配剤、天の助け、神の意志…ルイスが常々、他人に説いてきたことが根本から覆されるのだ。これは50代の、ひとかどの地位を築いた人間にとって青天の霹靂、根本からアイデンティティーを覆される過酷な体験である。
彼は兄に言う。
「…わたしは現実をすこしばかり経験した。そう、経験とは、じつに情け容赦のない教師だよ。だが、学ぶことができる。そうとも、いろんなことを学ぶことができる」そう言いながらも、彼は神の仕打ちに対する怒りを抑えきれず、達観することがなかなかできない。神はいまも我々を見下ろして…取るに足らない人間の悲運をあざ笑っていることだろうとすら考える。子供の頃、日曜学校に通ってみたnancixも何度もそんな思いに苦しんだ。それで信仰を捨てるニンゲンだって数多いだろう。しかしキリスト教国において信仰を捨てたら、人はいったい何を心の支えにして生きていくのか?
"ひとはなぜ、失えばひどく傷つくとわかっていながら、だれかを愛するのか? わたしはもはや答えを持ち合わせてはいない。手元にあるのは、自分が歩んできた人生だけだ。わたしは人生で二度、少年のときと大人になってから、選択の機会をあたえられた。少年のとき、わたしは安全な道を選んだ。だが、大人は苦しむほうを選ぶ。現在の苦痛は、過去の幸福の一部である"
――文庫版「永遠の愛に生きて」(リアノー・フライシャー著 嵯峨静江訳)より。
バリが書き遺していたとしても不思議ではない言葉だ。
現在の苦痛は、過去の幸福の一部である。
だが映画「ネバーランド」は、そこまでの境地、人生観を描いてはいない。静かにセンチメンタルに、バリと少年の悲しみの共有を描くだけで終わってしまう。バリが未亡人シルヴィアを一人の女性として愛していたのか、あくまで少年たち=自分自身の投影の保護者として畏敬していただけなのかも、あいまいだ。これでジョニー・デップがアカデミー賞最優秀主演男優賞を取れるのかい、ちょっと待ってよ、とも思わなくもない。
それに、忠告する友人がアーサー・コナン・ドイル卿である必然性があるのかないのか。
「最近、私は妖精に凝っててね」とか「ホームズでなくても君の気持ちぐらい推理できるさ」ぐらい言わせてほしかった。
ダスティン・ホフマン、きっちりと脇を固める役柄を飲み込んでいて、さすがだった。もうちょっと見せ場をあげたかったぐらい。
映画「ネバーランド」で泣いた人に、ぜひ「永遠の愛に生きて」も見てほしいと思うんだけど、13年も前の作品だもんなあ。DVDにもなってやしない。[Amazon.co.jp]には文庫版の在庫があるみたいなので、興味のある人はぜひ読んでほしい。
そして、期待と不安が入り混じるC.S.ルイス原作「ナルニア国ものがたり」映画化。
米国(日本も?)公開まで、あと300日余り…。
こんなサイトを見つけちゃいました。
http://www.narniaweb.com/
「ロード・オブ・ザ・リング」に負けじとクリーチャー造形にこだわるスタッフの皆さん…。
でも子供が恐怖のあまりに泣き出すほど、悪夢を見てしまうほどのものにはしないでね。
ルパート・エヴェレットも声優として参加ですよ。
「あるまじろ (丸まりたい・・・)」 が日本語で情報を報じています。
ライオンの姿をした"自己犠牲の権化"(?)アスランの出来栄えや、いかに?
でもぼくの方が後日の記事なのに何故?
永遠の愛に生きて、は見たこと無いですね。機会があったら探してみようかな?
TBはいったん書いた後に、あっここにもTBしたいと思ったら付け加えられますですよー。
「永遠の愛に生きて」は、レンタルビデオ屋さんならどこかにあるかも…?
何だったらBook Offとかで文庫本だけでも読んでみてください。
ルイスと、兄の関係も優しいんですわー。
「永遠の愛に生きて」心に残る映画です。
「現在の苦痛は、過去の幸福の一部である。」
という台詞、映画でも出てきて印象的でした。
「ナルニア国ものがたり」映画化。
まさにおっしゃるとおり、期待と不安で一杯です。
>ジョイの遺児ダグラスと一緒になって途方にくれ、腕を回して坊やを抱きしめ、涙を流し続ける姿
この場面がどうしてこんなにつらかったのか……nancixさんが「大のオトナが、あのレクター博士が、寄る辺無き内向的な少年に見えてくる」と書かれているのを拝見して、そうだったんだと大きくうなずいてしまいました。
ナルニア映画化、harunoさんと同じく期待と不安でいっぱいです。てらわずに、いい映画にしてほしいですね。
ネバーランドとシャドーランド!
「ピーターパン」もナルニアと同じく「最初に自分で読んだ本」の一冊だったのに、この二つを関連づけたことはありませんでした。
今バンコクなので日本語字幕がないのはきついけど映画館に行きたくなりました。
(「永遠の愛に生きて」は日本では近所のツタヤにありました。)
ナルニアぶろぐ「あるまじろ(丸まりたい)」は帰国したら再開しますのでよろしくお願いします。