王家衛の再編集のせいで、もうめちゃくちゃ発注から納期までが短かったと思われる「2046」日本語字幕。
とくにしっちゃかめっちゃかになってしまっていたのが、例の2人のやりとりでした。
王靖[雨/文]:イ尓跟司機説這里、是加連威老道220號。
(あなたは運転手にこう言うのよ、グランビルロード220号って)
日本人商社マン:加連威…ガーリンワイロード?
王靖[雨/文]:由堪富利士道進去、接近金巴利道!
(ハンフレイス・アベニューから入れば、キンバリーロードに近いわ)
日本人商社マン:いやいやいや、もう一回、もう一回お願いします!
王靖[雨/文]:但イ尓千萬別轉進梳厘巴利道!
(だけど決してソールズベリー・ロードに曲がっちゃダメよ!)
日本人商社マン:もっとゆっくり! ゆっくり話してもらっていいすか?
王靖[雨/文]:還是給イ尓畫個圖ロ巴!
(じゃあ図に描いてあげる!)
日本人商社マン:(胸ポケットのペンを取ろうとした王靖[雨/文]をさえぎり)いやいやいや、これ僕のですから!
王靖[雨/文]:我再講一次、由堪富利士道轉進去、很接近金巴利道!
(もう一度言うわ、ハンフレイス・アベニューから曲がって入るの、キンバリーロードにとても近いから!)
但イ尓千萬別去了、梳厘巴利道ロ阿!
(でもあなたは決してソールズベリー・ロードに行っちゃダメなの!)
明唔明呀? 還是給イ尓畫個圖ロ巴!
(わかった? やっぱり図に描いてあげるわ!)
日本人商社マン:ガ、ガーリンワイ…?
王靖[雨/文]:由堪富利士道轉進去、千萬別去梳厘巴利道!
(ハンフレイス・アベニューから曲がって入るの、決してソールズベリー・ロードに行っちゃダメ!)
(彼は苦笑して去ってしまう)
王靖[雨/文]:千萬別去梳厘巴利道ロ阿!
(決してソールズベリー・ロードに行っちゃダメよ!)
王靖[雨/文]ことウォン小姐(ホテル管理人の長女)が口にする固有名詞、もはや呪文のように耳にこびりついています。
ハムフレイシって何だか、字幕訳者は分かってたかな? 手元に尖沙咀の地図があれば、一発で上記のように訳せたはずなのにー。
書き言葉で書くと、こうなります。言文一致ではない広東語なので、口語=話し言葉では「決して」を意味する「千萬」が「千祈(チンケイ)」、「行くな」の「別去」が「唔好去(ンーホウホイ)」になってたりしますが。
聖地巡礼=香港旅行に何度も行っている身には、彼女が何度も「ソールズベリー・ロード/Salisbury road」と口にしているのが聞き取れます。1960年代から現在までに香港が地名変更していなければ、これは九龍半島の尖沙咀東部から、香港文化中心とペニンシュラホテルの間を抜けてスターフェリー乗り場まで続く海岸沿いの大通りだと見当がつきます。今では星光大道=スターの手形が路面に埋め込まれた散策道に並行して続く、広い車道です。下の画像をクリックすると、大きな地図が見られます。いちばん下に、左右に続く梳厘巴利道がありますよね?
日本人商社マンくんは湾仔の東方酒店(ホテル)から、海を越えて九龍半島へ行こうとしていたのですね。おそらくはスターフェリーを降りてから、目的地のグランビルロード220号までタクシーで近道してどう行くかを、フェイは教えようとしたのでしょう。
するとハムフレイシーとはどこか? 個人旅行客の必需品、「香港街道地方指南」によると、尖沙咀きっての目抜き通りネイザン・ロードから東のカーナボン・ロードにつながる「堪富利士道(ハムフレイシートン)/Humphreys Avenue」という路地があります。
…ロードじゃないやん。
でもこれしか、該当する道路は尖沙咀にはありません。

下のほうの堪富利士道がわかりますか? 平行した道を2本挟むけど、そのまま進めば確かにキンバリー・ロード金巴利道に近いです。
キンバリー・ロードといえば、貧乏性個人客には心強いキンバリー・ホテルなど中堅よりちょっと安いホテルのあるあたり。よく利用したし、待ち合わせもしました。懐かしいなあ。
そういえば、王家衛は香港に親と一緒に来たばかりの一時期、九龍半島の重慶大廈近くに住んでいたのではなかったっけ? 彼の当時の住所がこの堪富利士道あたりだったとしても、驚きませんね。
しかし、商社マンくん……。
だから香港小姐に恋したら広東語を学びなさい、せめて筆談できるようになりなさい、と言うのに(言ってない言ってない)。「請イ尓慢慢講ー!(ゆっくり話してください)」を覚えるのはは基本中の基本ですよぉ。彼女の負担が大きすぎますです。
彼女に胸ポケットのペンも取らせないで、どこが愛し合って来た仲なんでしょう…冷たーい。ペンぐらい喜んで渡しなさいよ。
王家衛監督は若い恋人たちの、滑稽なまでにほほえましい姿をスクリーンに焼き付けたかったはずなのに、どーしてこうなっちゃうんでしょうねえ…。
フェイとTakさんへの演出意図の説明が、不足していたとしか思えません。
nancixならこの一幕は、二人が仲良く顔を寄せ合って筆談しているシーンにします。
フェイが書いた略図にある地名を、一生懸命広東語で発音しようとするTakさん、辛抱強く彼の発音を直すフェイ。「ハンフレー?」「唔係! ハムフレイシートン! モウイッカイ?」「ハンフレイシトン?」「ハム、でサゲテ。ハムフレイシー」「はむふれいしー」「ソウ! ワカッタ?」「わかった! 我明!」温かく笑い合う二人。その姿をジト目で羨ましそうに見つめる周さん…。
これなら違和感がいくらか払拭されます。
いくら言語の断絶、ディスコミュニケーションを描くのが王家衛のお得意でありこだわりであると言っても、ここではひとつ観客に、言語の壁を越えて愛し合う二人の姿を強く印象づけるのが親切というものでしょう。
そうすれば、周さん描くところのアンドロイドと人間のディスコミュニケーション、男と女の肉体関係を結んだ後でさえなお起こるディスコミュニケーションが、さらに際立つはずだったのです。
神経を病むほど日本人を恋い慕い、父の反対を押し切ってまでも日本へ行ってしまう、フェイの動機づけになったのです。
王家衛はメイキングでこう語ります。
「木村拓哉の演じる人物は、実は現実生活では彼(周慕雲)とはほんのわずかな縁しかないんだ。彼は木村をとても勇敢で一途だと感じる。彼は自分が木村のようになりたいと望む。だから彼は木村という人物に自己投影して、未来の物語に入り込むわけだ。」

……_| ̄|○
残念ながら、nancixはあの泣きたいほど意思が通じていないカップルを、別れに際してギロギロ彼女を睨むだけのような男を、国際都市・香港に駐在していながらあれほど言語に不自由なへっぽこ商社マンを、彼女をかばって言葉が通じなかろうが何だろうが父に「彼女に二度と怒鳴るな!」と食ってかかれないできつい表情で座り込んでいるだけの若者を、周さんがうらやむとは到底思えなかったです、はい。
ウォン小姐の一途さ可愛さは充分伝わってきたし、周さんが彼女をいとおしみ、彼女に愛されたくなる気持ちなら、わかるんですけどねー。
60年代にはまだシェラトンがなくて、広い駐車場だったんですよね。今日観た『狂戀詩』にも出てきました。
交際のきっかけですか!
それならそうと、周さんのナレーションだけで説明したつもりにならずに、2人のシーンを増やして明確に表現してくれればいいのに〜王家衛の意地悪ぅぅぅぅ〜!
せんきちさん、いつも懐かしの映画の話、感服して読んでおります。金巴利道と天文台道の交わる角…スタンフォード・ホテルのあたりでしょうか?
昔はもっと店が少なくて高級住宅街だったのでしょうね。その片鱗は今でもあるんですが…。
アンディ・ラウ経営の美容院「無名髪」から天文台道に至るまでが結婚の記念写真撮影スタジオのメッカだったりします。金巴利道の古ぼけた文具屋さんも、よくお世話になったし、スープ定食屋さん「阿二[青見]湯」にも通ったわー…あーあ、香港また行きたくなってきた…。
あの映画で一番気になったシーンをnancixさんが取り上げられてたのが嬉しく、コメントさせて頂きます
このシーン直前まで、この映画の舞台って香港のはずなのに全然香港らしくない〜、一体ここどこー?上海?マカオ??銀河鉄道999〜?!と思ってた所にこのやりとり!
今ではどでかい「和民」の看板が目立つ堪富利士道、それが60年代だったら…と空想開始
瞬時に香港へ戻れた気分で無事鑑賞継続できた、私にとってひじょーに有難いシーンでございました
しかし・・・「この語学力で商社マンが通用するのか、日本は」と思われてるだろうなぁと
なんか見てて悲しかったなぁ・・・
「現地の人とは話さないの?それで仕事が出来るの?」「道も聞けないでどうやって?」と。
そんなことが大きく膨らんで・・・
その語学力で彼女を射止めてしまったのは
やはりあれでしょうかねぇ?(^_^;)
そしてnancixさん編のも見てみたいと思いました。
そういえば、Takは父と娘の間に入って止めもせず、でしたね。
ほんとだわ。なんだかあそこは1シーンとして残ってるだけでした。(座ってるシーン)
他にもいろいろ発掘シーンあるんだろうなぁ。
あと,、あの時代はまだまだ父親の権威は絶対だったのではないかと。その時代に教育を受けたTakは、恋人の父親に対しても、食ってかかることはできなかったんじゃないか? 現代であれば、また違っていたのではないかと思います。
ジンウェンの母親の話があったのか定かではないのですが、父親と娘に対するいろいろな思いで強気に出る勇気がもてなかったのだと感じました。
でもジンウェンは日本に行って幸せになれたのか心配です。当時の日本はまだまだ封建的な家族主義の時代ではないかと思いますので。
今回のTakとジンウェンのシーンについては、私も二人の交際のきっかけになったシーンであると思っておりました。
全く違和感なく受け取っていましたので、nancixさんの解釈は意外でした。
初めての出会いと受け取った方が、自然なのではないでしょうか?
字幕に出てくる「ハムフレイシ」?が聞き取れない〜とずっと思ってました(汗)
ハンフレイスとソールズベリー、こんどはしっかり聞き耳立てて聞いてきます!
ありがとうございました。
私も知り合った最初の場面かなと思ってましたが・・・。
いろいろ思うのも、日本語が分かるゆえ。
ヨーロッパ圏での公開がどのような形の状態かわからないのですが、あのままで字幕が英語なり仏語なりで出ているのであれば、二人の意思疎通が図られていない(日本語と広東語で全くのすれちがい)というのが、向こうの方に分かるのかどうか気になります。北京語と広東語のシーンといい、監督はどこまで意図されているんでしょうね。
訂正TB
【加連威老道(グランビルドード)】→【加連威老道(グランビルロード)】
ううっTBは訂正できない。(ーー;)