2004年11月13日

女性の役柄に従って音楽の変奏が進行した

※今回はかなりネタばれがあり、映画的知識が要求される話になっています。「2046」未見の方は飛ばしても可。とりあえず、サントラ盤をお持ちの方は流しっぱなしで。
「王家衛談文學與美学」の試訳2:インタビュー◎藍祖蔚
2046 オリジナル・サウンドトラック

Q(藍祖蔚):あなたのどの映画にも、大量の愛の睦言が使われており、哲学的思想に富んだ「王記」的な味わいを作り出していますね。どうしてですか?

A(王家衛):ラブストーリー、それは映画の最も表面的な層なんだ。誰もがそれをとても容易に受け入れられるし理解できる。ただしそれはただ男女の情愛にだけ適用されるのではない。人と人の間の感情でもあるんだ。
 観客が私の映画を見るとき、通常は私の作品と他人の作品とを比べるのではなく、私の過去作品と比較するものだ。あるときは以前の作品のほうがよかったと言い、あるときは今回の作品がよかったという。この種の情況は周慕雲のおかれた情況と同じようなものだ。彼の印象と回想のなかでは、以前の愛はより美しくよりよい思い出になる。いったん現在の愛が過去のものになれば、彼はまた多くの主観的な意見を付け加え、過去のものとして感嘆するだろう。どの映画監督も、自分の過去作品を忘れがたいものだ。彼はいかにして自分の現在の情況に対峙すべきだろう?

依随女性角色進行音楽変奏
女性の役柄に従って音楽の変奏が進行した


Q:あなたはご自分の過去の映画と音楽も忘れがたいようですね。「2046」中の音楽手法は明らかにリフレインしてはまたリフレインしている。どの部分の音楽も、少し味わうだけでも、奏でられるや否や美しく浸透していくようであり、誘惑するようでもある。音楽が再び出現するのを待って、観客は熟知し、適応し、自然にあなたの音楽美学によって洗脳され喜ぶようになります。あなたはそのように仕組んだのですか?

A:実は私はDJのようなものなんだ。他の人が音楽DJなら、私は映画のDJだ。しかし目的は同じようなものだ。私はただ(自分の)好きな音楽を、工夫を凝らして映画の中に出現させるんだ。人は重複だと感じるかもしれないが、私は重複に何の関係も感じない。私は当然、自分があるとき音楽処理に飽き飽きしたことを感じたよ。それは一つの危険な傾向だ、私は努力してそれを避けなければならない。
 「2046」のカンヌバージョンの音楽処理は、編集が全て終わらないうちに途中からやり始めた。音楽の長さを正確に判断することがひどく難しかった。だからある旋律とリズムはとても退屈なものになり、私は非常に不満だった。そこで最後の再編集と新たなミキシングのときに、私は音声部分を最初からやり直すと言い張ったんだ。私の過去の8作のなかで「2046」の音声と音楽は最も難易度が高かった。私は最大限の気力を振り絞ったものだ。
 私の以前の音楽処理は一定の基本規律に従っていた。たとえば「欲望の翼」の時は、音楽はとても少なく、とても重要なときに音楽を入れて平常は空白(音声のみ)にしていた。しかし「恋する惑星」では70%が音楽入りで、最も重要な時にはかえって音楽を無くしたんだ。「花様年華」のときには梅林茂とナット・キング・コール(とマイケル・ガラッソ)のテーマ音楽を調和させた。「2046」に至って、私はそれらの規律を放り出したんだ。ある音楽は表面上は、ある役柄の専属のようだ。ただし他の役柄の身の上にも印すことができた。たとえばカリーナ・ラウ劉嘉玲が登場する時に、私は「パーフィディア(不誠実、不実)」の曲を用いた。なぜならそれは元々「欲望の翼」で使用した曲だからだ。しかしこの曲は、私にフェイ・ウォンが登場するシーンへの道もつけたんだ。なぜだろう? この2つの役柄は基本的に同じ系統の女性だからだ。彼女たちは愛情に対する信念をとても頑固に守り、軽々しくあきらめることがないからだ。だから私は音楽を用いて彼女たちをまとめたのだ。

Q:あなたは「花様年華」ではただあの時代を「見る」ことを要求するだけではなく、同時に時代を「聞く」ことも意図しましたね。特殊な年代の時間基準(time reference)を表現し、映画のリズムを組み合わせた。その理念は「2046」のなかでさらに一歩進めて貫徹されたようです。ナット・キング・コールの「The Christmas Song」とコニー・フランシスの「シボネー」で60年代の時代のムードをかもし出し、また人物の感情を表現しました。しかし「花様年華」では日本の作曲家の梅林茂が、過去に鈴木清順監督の「夢二」のために創造したテーマ音楽を採用した。「2046」ではさらに一歩進めて、ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー監督とクシシュトフ・キェシロフスキ監督の映画音楽も併用しました。なぜですか?

A:私は映画を見るのがとても好きだ。映画音楽にもとても興味がある。ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー監督とクシシュトフ・キェシロフスキ監督の映画にも、私は深い感動を受けた。「2046」のなかで彼らの音楽を採用したのは、一方ではそれらの曲が私の映画に適応すると感じたからだし、私はこのスタイルで大先輩に向けて敬意を表したのだ。しかし更に重要なのは、彼らもラブストーリー映画の名手であるということだ。誰でも新しい角度で人間の情愛を探る時に、更に新たに彼らの音楽を採用することで私の映画にさらなる化学的反応を生み出せると感じないだろうか? 私は(それを)期待したのだ。(訳註:「Decision, from ‘A Short Film About Killing’」はキェシロフスキ監督の「「殺人に関する短いフィルム」」(87)のBGM、「Dark Chariot」「Sysiphos At Work」のペール・ラーベンはファスビンダー監督の25作品の映画音楽を作曲した)

Q:「花様年華」では梅林茂のワルツとタンゴの旋律が男女の情愛の世界を象徴する力を持っていました。梅林茂が今回、あなたのためにまた「2046」のテーマ音楽を創作するときに、あなたはどんな新しい要求を提出したのですか? 音楽で「花様年華」との明確な区別をつけましたか?

A:私が再び梅林茂を作曲に起用した主要な原因は、男性主人公のトニー・レオンの扮する周慕雲の役柄が「花様年華」から生み出されたものだからだ。互いに関連性があるから、私は彼にメインテーマを任せたのだ。私はただ彼に、もしも「花様年華」の音楽が小規模の室内楽曲(Chamber Music)だとしたら、この「2046」の音楽はさらに壮大な構成であるべきだと簡単に告げただけだ。
 基本上それは一つの旅程を話すことであるべきだ。しかし順不同のドラマの章と段落には、それぞれに変奏がある。たとえば私は3人のヒロイン、コン・リー鞏俐、チャン・ツイィー章子怡とフェイ・ウォン王菲のために、異なった曲想の音楽を書いてくれと依頼した。私に言わせると、3人の女性は過去、現在、未来を代表している。ただ私は梅林茂にダンス曲の感覚で強烈なリズムのある曲を書いてほしいと望んだんだ。彼はとても多くのバージョンを書いてきたが、その中のタンゴとチャチャのバージョンを私は使わなかった。それらは「花様年華」ととても感覚が似ていて、私がすでに使ったリズムと重複していたからだ。私が採用したのはルンバとポロネーズの旋律だ。
 しかし梅林茂が最後に渡してくれた作品は、誰か一人の役柄に限定したものではなかった。私は彼がまとめた一つの主題を、イントロは荘厳で、とてもOver the top(頂点を超えて、もしくは度を過ぎて?)で、とてもオペラ的な感覚だと感じたんだ。それからルンバに変奏されたその曲は一種の酔いどれ、まるで酒を飲んで酔ったような感じだった。最後はポロネーズのダンスメロディで、始まりはとても軽快で、しかしだんだんととてもセンチメンタルになり、とてもSad(哀しげ)な感じがその中に現れるんだ。

在最喧嘩與歡楽裡撫慰寂寞感
もっとも賑やかで歡楽の中に身をおいて寂しさを紛らわせる


Q:あなたは人々が「2046」は「花様年華」の続編だと言うことを望まないのですね。しかし「2046」の人物とストーリーは明らかに「花様年華」「欲望の翼」との関連性を指し示しているのですが、観客はどのように理解すべきですか?

A:「花様年華」のラストはトニー・レオンがアンコールワットの樹の上の洞(訳註:実際は建築物の壁の穴)に内心の思いを打ち明ける。「2046」はその洞から始まるのだ。2作の映画は当然連結している。しかし私は、みんなに鑑賞の順序を逆にすることを建議したい。まず「2046」を見れば、あるいはトニー・レオンが以前夫のいる婦人を愛したことに気づくことができるかもしれない。君はタクシーの中のマギー・チョン張曼玉は結局誰なんだ?と考えるだろう。そのとき君は改めて「花様年華」を見れば、マギーの物語を見ることができるんだ。同様にして、もしも君がカリーナ・ラウに興味を持てば「欲望の翼」の中からつながりを見い出すことができる。私に言わせれば「2046」は集大成で、どの人物も一つの章や段落を持っている。私は3つの映画を60年代3部作と捉えている。今のところもう一段落したと言えるが、長い年月がたってから別の新しいパースティクティブ(視野、観点)で、もう一度このようなテーマについて討論する必要があるね。

Q:映画のなかで、あなたはアクセサリーや衣装と女性の関連性をクローズアップする極めて多くのシーンを用い、どの女優にも鮮明なスタイルと演技をさせています。あなたはどう彼女たちの特質を区別したのですか?

A:一切は彼女たちの特質から来たものだ。
 フェイ・ウォンの最大の強みは彼女のボディと仕草にある。彼女のボディ・ランゲージは非常によい。彼女に彼女の心情を表す簡単な動きを与えれば、彼女に20の台詞を与えるよりもずっといいんだ。とりわけ彼女が歩く様子は非常にいい眺めだ。だから私は最初の(フェイの登場)シーンをフェイ・ウォンの足から始めたのだ。そのとき彼女はハイヒールを履いていて、ただ足の美しさを感じ取るだけでなく、彼女につられて靴の模様が飛び跳ね始める様子も感じ取れるだろう。私はチャン・ツイィー章子怡の足を撮影するとき、彼女に裸足になって、見る者に一種のみだらな感覚を与えるように要求した。
 私がそのように配慮したのは、当然私が女性の美しさにとても敏感で、選り好みがあるからだ。私は女性の足が最もセクシーな部分で、とても味わい深く撮影できると思うんだ。それに、私は女優がそのような条件にあれば、明らかに彼女の強みがそこにあるとわかっている。そこを重点的にクローズアップすれば、彼女が現れるときにみんなの視線を吸い寄せることができるんだ。

Q:寂しい感じの人を撮影し、よいラブストーリーの映画を撮るのに、あなたは映画のなかで「1224」と「1225」の時間のパスワードを採用し、クリスマス休暇に寂しい男女が愛情を渇望し、ぬくもりを渇望し、抱き合うことを渇望している濃厚な感情を表現しました。しかしあなたは映画の中で最もひんやりとした「The Christmas Song」を採用して、祝日のなかで落胆する思いを作り出しました。それはあなたが最も寂しく孤独で辛いときには、最も賑やかであふれる人ごみの中に進んで入っていき、疎外感と更に大きなぞっとするような寂しさで、自分の寂しさを慰めようと考えるからですか?

Q:そうだ、辛い時であればあるほど、一人ぼっちで引きこもるべきではないのだ。人ごみのなかにまぎれ、喧騒と歡楽のなかに身を置けば更に強烈な疎外感と寂しさに襲われる。しかしそれが最もよい治療法なんだ。まるで思い切り泣いた後に、傷口がだんだんとふさがっていくようなものでね。
posted by nancix at 23:51 | Comment(1) | TrackBack(1) | 2046
この記事へのコメント
TBありがとうございました!TBいただける前から、それはそれはnancixさんのいろいろな情報やお話や意見などなどにはお世話になっておりました!
それにしても、“訳す”なんてすごいですね!
Posted by 映画子 at 2004年11月21日 00:24
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのTrackBack URL
http://blog.seesaa.jp/tb/1031399

ペール・ラーベン
Excerpt: 【THE RAINER WERNER FASSBINDER FILMS / PEER RABEN】 イギリス盤nancixさんからTBが来た。行ってみると、王家衛監督の映画音楽に対する使い方考え方のイ...
Weblog: なんだか粤っぽい 〜小心ものは地を滑る
Tracked: 2004-11-14 21:20
△TOPへ