2007年06月30日

トニー・レオン、日本プレミアに不参加を決断

 週末になったら「香港回歸十載電影界大型晩會」についても、トニーの誕生日情報についても書き足そうと思ってたのに…。
 先に重要なことをお伝えしなければならなくなりました。

 「傷だらけの男たち」公式サイトなどではまだ発表されない、前例を考えるとプレミアの場内アナウンスで「なお、トニー・レオンさんは新作撮影のために来日されておりません」と伝えられるだけだと思われるので、たかが個人の日記ブログごときが、独断で伝えるべきなのかと一晩ためらいましたが、
 オークションサイトで「希望落札価格7万円」で日本公開直前プレミアの招待ハガキが出ているのを見ては、トニーを待ちわびるファンにだけでもお伝えしないわけにはいきません。(金城クンファンの友人によると「LOVERS/十面埋伏」の時は15万円まで上がったとか…)

 この日本公開直前プレミアに、トニー・レオンは不参加を決断しています。
 以下は日本の全てのファンに対する、彼の伝言です。29日午前中にいただきました。
 Youがuに省略され、IやJapanが小文字で統一されているのは、おそらくトニーさんのクセです(可愛いぞまったく)。
 「i'm so sorry to tell u that i can't attend the primere in tokyo,cause i have to work for ‘ red cliff ",
 please say hello to all my fans in japan & hope to see them in the near future.
  take care
  love
  tony」

 「申し訳ありませんが、僕は東京でのプレミアに出席できないと伝えなければなりません。僕には『赤壁』の仕事があるからです。どうか日本の全ての僕のファンに"ハロー"と伝え、近い将来皆さんに会いたいと望んでいることを伝えてください。元気で。愛をこめて。トニー」。
 「The Battle of Red Cliff」がred cliffに省略されている…しかも"〜"と打つところを‘〜"と打ち間違えてる…。
 わずかな休憩時間か、撮影に出発する前に、急いで打ったんだろうなあ……(T_T)

 ただし、nancixとしては金城武クンやアンドリュー・ラウ劉偉強監督に失礼になるので、決してプレミア会場に空席を作ってはならないと考えます。
 「トニーが来ないなら、無理して休みをとって行くこともないや」と思われる方は、ぜひともこの週末の間に、金城クンファンに招待状を譲ってあげてください!

 生活に支障をきたさない、せっかく当たったんだからプレミアに行こうと思われる方は、ぜひとも金城クンはもちろん、アンドリュー・ラウ劉偉強監督に盛大な拍手を送ってあげてください!

 丸ビルでの「ウインター・ソング」プレミアで、金城クンファンが耳をつんざく黄色い悲鳴をあげるなか、唯一「ピーターさぁぁん!」と声援してしまったnancixとしては、あーーんなトニーさんやこーーんな金城クンの魅力的な表情をきちんとカメラで捉え、フィルムに焼き付けて、厳選して我々に見せてくれた監督こそ、盛大に喝采したい相手なんですよ!

 特に、アンドリュー・ラウ監督は「CUT」7月号インタビューで、生半可に撮影現場を見て早とちりした香港のメディアが流したトニーとの不仲説を打ち消す「間違いなく、お互いに年寄りになるまで撮るでしょうね(笑)。作品を撮りながら、一緒に年を取っていくという感じかな」(TEXT:吉村紗矢香さん)と発言してくれた、貴重な映画人!

 あああ、本当に、トニーと金城クンと一緒に並んで、晴れやかに我々の喝采を受けてほしかった……(涙)。
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posted by nancix at 10:47 | Comment(9) | TrackBack(0) | 「傷城」特集

2007年06月27日

トニー・レオン、誕生日前日と当日

トニーとドン・ジェちゃん 東方日報&トニー・レオン公式サイトによると、トニーの誕生日27日の前日の夕方、ジェットトーン所属タレントの後輩にあたるドン・ジェ董潔ちゃんとジェットトーンのスタッフが、トニーの宿泊する北京のホテルに、特別にバースディーケーキを携えて訪問し、撮影に忙殺されるトニーが早めに誕生日の喜びを味わえるように計らいました。(25日のイベント「盛世華章 光影傳頌 香港回歸十載電影界大型晩會」の翌日も、北京に滞在していたんですね)。

 トニーは、自分の誕生日だからって過ごし方を特に注意するわけじゃない、最も重要なのは撮影の仕事が順調にいくことだと控えめにコメントしました。しかし、董潔は"お兄さん"の本音を代弁するかのように、可愛い願掛けをしました。「トニーがますます若々しくなって、仕事のほかは自由自在に四方に行って楽しく遊べますように!」

 ドン・ジェちゃん、「かちこみ!ドラゴン・タイガー・ゲート/龍虎門」(06)の後は順調にお仕事入っているのかしらん…。中国四川省で放送のテレビドラマ「梁山伯與祝英台」(07)に出てるだけなのかなあ。


 さて、誕生日当日の話は、例によって台湾聯合新聞網の記事を中心に。

 偉仔45歳の誕生日 カリーナは付き添う時間がない(午前3時24分)

 「電眼王子」トニー・レオンは本日が45歳の誕生日だ。彼の誕生日の願掛けの一つは「鐵馬精神を永く保つ」ことだ。しかし多くの人が関心を寄せるトニーのガールフレンド、カリーナ・ラウは現在香港で広告撮影をしていて、北京に駆けつけてトニーと誕生日を祝うことは無理な様子だ。

 トニーはこの半月、北京郊外の易縣で新作映画「赤壁」を撮影している。一昨日、ジョン・ウー監督と北京に戻って「香港回歸大陸10周年盛會」に参加し、昨日また撮影チームに戻った。最も親密なジョン・ウー監督は、口頭ではトニーの誕生日を祝うとは言わずに「27日は撮影はしない、リハーサルだけにする」と指令を出し、トニーが誕生日を過ごせるように取り計らった。撮影チームのスタッフとトニーの友人たちは、大きなケーキとプレゼントを用意することができる。

 トニーの毎年の誕生日の願掛けの内容はたいてい「世界平和、家族と友人と自分が健康でありますように」というものだ。今年はまた公私にわたって自分が「鐵馬精神(精鋭の騎兵の精神?)」を保ち、自立し自ら努力し、簡単にはあきらめず、努力し続けて前進することを望んでいる。

 トニーは近年、誕生日は香港のどこかに滞在し、誕生日前には韓国、日本などの地域のファンと一緒に食事会を開いてきた。誕生日当日には母親、カリーナらと一緒に団欒し、家庭の温かさを享受してきた。しかし今年は親友のジョン・ウーの「赤壁」のために、トニーは自宅を離れて誕生日を過ごす。内心では様々な調味料の瓶を幾つも引っくり返して混ぜたような味わいだというのは、彼自身だけがはっきりわかっていることだ。

 しかし易縣での映画撮影はとても辛く、トニーは周瑜として文武の両面を演じる。ロケ地の安格庄水庫は谷間に位置する地域であり、蒸し暑さは澱んで一向に解消されず、馬のように壮健な中国のスタッフでさえも暑気当たりに苦しんでいる。ましてトニーはなおさらで、噂では彼は病気にかかったように伝えられている。しかし他人に心配をかけたくないトニーは、自分の身体はちょっと調子が悪いだけだ、あまり深刻な体調ではないと言い張るのだ。

 撮影前に、トニーは身体を鍛錬し、ずっと早寝早起きを心がけ、毎日朝9時には起床して運動してきた。しかし「赤壁」は時間を有効に使って撮影を進めるために、毎朝7時前には起床し、真夜中に宿舎に戻る。トニーは(宿舎に戻っても)頭の中でまだ役作りを考えてしまい、考えが堂々巡りで寝付けない。体力の消耗と精神的プレッシャーはとても大きいのだ。

 来月の北京はさらに暑くなるとのことで、思いやり深い撮影チームはロケの合い間を縫って、トニーに数日間の休暇を与え、香港に戻って母親や親友たちと会い、心身を整えられるように、トニーの誕生日には1枚の「休暇期間の小切手」をプレゼントするつもりだ。


 この記事の後、同日午後にはこうなっちゃいます。
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posted by nancix at 23:58 | Comment(2) | TrackBack(0) | トニー・レオン

誕生日に「傷だらけの男たち」試写会

 トニー・レオン45歳誕生日。相も変わらず仕事に追われ、ラスト1時間はどうなることかと思う波乱万丈の展開でしたが、何とか定時1分前には職場を脱出。ダッシュで地下鉄駅に向かいました。

 新大阪メルパルク・ホールでの「傷だらけの男たち」試写会に、あと30分!

 駅からペデストリアン・デッキを、それこそライ・シンワー黎新華を追う丘建邦くんのようにダッシュして、何とか上映開始3分前にはホールの空席を見つけて座ることができました。関西のトニーファン仲間4人とは、席が離れちゃったけど…。
 お隣は金城クンファンの方と、一般のお友達? 金城クンファンが熱く金城クンの近況や、”この二人”が次の映画でも共演することを説明するのを、素知らぬそぶりで聞かせてもらったけど、金城クンが現在、邦画撮影中なのは言ってなかったなー…。

 さて、1010人収容の大ホールのスクリーンで見る、トニーと金城クンの駆け引きは、また格別で。
 香港ではこんなに大きなスクリーンではなかったし。

 翻訳は鈴木真理子さん、字幕は松浦美奈さんという、お馴染みのコンビでありました。
 ただ、字幕に、引っかかった点が幾つか。(単なるマニアのこだわりというだけですが)

 ポンラウ・チンヘイ……。

 うーーーむ。丘建邦と劉正煕はダメでも(ダメじゃないはず…)、ボンとチェンヘイにしてほしかったなあ。チンという響きは、日本では……。

 スー・チー舒淇が今夜はこの店で働いていると金城クンに告げたパブの名前、「世界林」にされてましたけど、本当は「ワールドカップ」という意味の「世界杯」なんです…サッカー熱が日本以上の香港ですから…九龍半島側に実在するスポーツパブなんですよ…_| ̄|○

 「林」と「杯」。

 スー・チーちゃんがコースターの裏に書いた文字、崩し文字だったから勘違いしたんでしょうか?

 そして、病院内のエレベーターホールで、劉正煕(トニー)がやたらでっかいタッパーのお弁当を黙々と食べているとき、スー・チーちゃん扮するフォン細鳳が話しかけるシーン。
 彼女は気ままな一人暮らしで、多分家事は得意ではないのです。だから、入院したあるヒトの下着を同性だからいいよね、洗濯しようと気を利かせたつもりが、あるヒトは裕福ですからシルクなど、洗濯機洗い不可、手洗い奨励のいい下着を着てたのです(多分)。大ざっぱな細鳳は洗濯機にネット袋にも入れずに突っ込み、「下着をダメにしちゃった」とテヘヘと笑い、
 いたたまれなくなった丘建邦が彼女を追っ払って「男と男の会話」をしようとし、劉正煕がぽつんと「僕も替えの下着が欲しいよ」と呟いて、「恋する惑星」「ブエノスアイレス」で見慣れた白ブリーフかやはりそうかっ!と我々を悶絶させるわけですが。
 そして丘建邦と細鳳がマンションに行って、阿頭(あたう、金城クンの甘い声で呼びかけられるトニーの呼称…)の白ブリーフを…白ブリーフを捜索……(鼻血)。

 白ブリーフの話は置いておいて。
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posted by nancix at 23:50 | Comment(1) | TrackBack(1) | 「傷城」特集

2007年06月26日

韓三平氏の発表を中心に「香港回歸十載電影界大型晩會」続報

エリックツイィートニマギ
 エリック・ツァンボス、ドレス&アクセサリーに気合い入りすぎのチャン・ツイィー章子怡、大笑いの嬉しげなトニー・レオン梁朝偉、マギー・チョン張曼玉。

 25日に北京で開かれた「盛世華章 光影傳頌 香港回歸十載電影界大型晩會」続報です。

 河北省での「赤壁」撮影を早めに切り上げ、トニー・レオン梁朝偉とジョン・ウー呉宇森監督、奥さんの牛春龍さん、フー・ジュン胡軍は、車で4時間!!!かけて北京にたどり着いたそうです。
 ……確かトニーさん、自分で運転するんじゃなければ、車酔いするんじゃなかったっけか…?

 しかもこの25日の北京は、最高気温が37℃を記録したそうで(泣)。レッドカーペット儀式は午後4時半からスタート、晩餐会イベントは午後6時半から開始とはいえ、まだまだ暑かったはずです。イタリアン・スーツ(よく考えると「2046」でカンヌ木村さんと並んだ時に着ていたのと同じスーツかも?)を着込んだトニーさん、さぞや汗だくだったのではないかと…。
 さて、香港映画人のリーダー格である呉思遠さんに率いられ、香港映画代表団は次々とレッドカーペットを踏みしめて会場入りしました。はるばる香港だか広東省だかから駆けつけたファンが、広東語で口々に声援を送っていたといいますから、昨日書いた「香港より中国で人気のトニー・レオン」は少々怪しくなってまいりました(^_^;)

 さて、北京新浪網によると、この10年間の数々の中国・香港合作映画を振り返り、主題歌披露などで華やかさを添えたこの一大イベントですが、なかでも注目すべきは、官民一体の映画製作・投資一大グループの中影集団董事長、ハン・サンピン韓三平氏の動きでした。
 今回はこの方の動きを中心に、イベント内容の抜粋をお送りします。

 韓三平氏はまず、ステージ上に陳凱歌監督率いる「梅蘭芳」の主要な出演者を招いて紹介します。レオン・ライ黎明、チャン・ツイィー章子怡、「たまゆらの女/周漁的火車」「セブン・ソード/七剣」のスン・ホンレイ孫紅雷、「黄色い大地」「ヘブン・アンド・アース/天地英雄」のワン・シュエイン王學圻です。

 レオン・ライは「梅蘭芳」のことについてはあまり話さず、撮影情況と京劇学習の情況について聞かれても「製作チームに聞いてください、ありがとう」としか答えなかったそうです。

 それに比べて饒舌なチャン・ツイィーは、カンヌ映画祭から戻って以来、北京であわただしく「梅蘭芳」の準備を始め、ヒロインの孟小冬役のために師匠に師事して苦心して京劇の演技を学んでいると話しました。(「女帝」プロモーションで来日してのあれこれは伏せておくべきなんでしょうか…?)「私は京劇を習ったことがありません。武術を学ぶのとはとても異なります」とも話したそうです。

 ところで彼女、レッドカーペットでのインタビューで「多くの香港スターと共演しましたが、最も忘れ難いのは『2046』でトニー・レオンと共演したことです。多くを学ぶことができました」と話したそうで。

 韓三平氏は、「梅蘭芳」は今年の映画製作計画の最も重きをおく作品であり、7月にはクランクインすると表明しました。陳凱歌監督は「私と撮影班のスタッフは最大の努力を払ってこの映画を素晴らしいものにするから、韓三平董事長は我々にプレッシャーをかける必要はありませんよ」と笑ったそうです。

 その後、韓三平氏はピーター・チャン陳可辛監督、フォン・シャオガン馮小剛監督、ジョン・ウー監督と周瑜役のトニー・レオンをステージに招きます。韓三平氏は、ピーター・チャン監督作品「投名状」はまさに後期工作=後工程を進行させているところで、年内には観客の前にお目見えすることでしょうと述べました。これがピーター・チャンと中影集団の最初の合作ですが、再び双方が手を組む映画の脚本を、すでに決定していると予告できるそうです。

 フォン・シャオガン馮小剛監督と中影集団の共同製作第一弾「甲方乙方」(97)は、中国国内での賀歳片=大衆向け娯楽正月映画の幕開けとなり、驚異的な成功を収めました。最近何年かのフォン・シャオガン作品はワーナーブラザースとの共同作品で、堅固な兵営となりました。しかし韓三平によると、馮小剛の次作は再び中影集団との共同製作となり、主演は馮小剛が最も褒め称えているチャウ・シンチー周星馳とグー・ヨウ葛優だというのです。現在、共同製作の基本的な合意にはもう達しているそうです。しかし今回の共同製作のキーを握る人物は韓三平であり、彼の長期的な「斡旋」こそが、この馮小剛、周星馳、葛優というゴールデン・トライアングルを形成することができたかもしれないのです。

 ジョン・ウー監督の時代劇大作「赤壁」は、まさに好調撮影中!というところです。ウー監督は「現在、まだ戦闘シーンと、トニーのシーンは撮っていません、いまだに"千軍万馬"の情景を撮影しています」と応えました。またトニーについて「本当にプロフェッショナルで、敬業精神を持つよい俳優だ」と絶賛したそう。
 トニー・レオンは「皆さんに一人の感性豊かな、楽観的な、ユーモア感覚を持つ周瑜像をお見せしたい」と語りました。司会に「周瑜の世界に入れたそうですが?」と聞かれると、照れ笑いしながら左右を見回し「そうですね。天気はとっても暑いです」と……まだ言ってる(^_^;)

 韓三平はまた、現在、中影集団と香港の著名なツイ・ハーク徐克監督とが手を組んで「尋人(尋ね人?)」を準備中で、イー・トンシン爾冬陞監督の新作も年内に撮影開始する、と明かしたのでした。
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posted by nancix at 23:55 | Comment(2) | TrackBack(0) | 香港映画

2007年06月25日

北京にこだましたトニーファンの「生日快楽!」の叫び

 ……いやもう、ホントのほんとに、北京にみんな集結したんですねえ…。
 今夜華々しく開催された「盛世華章 光影傳頌 香港回歸十載電影界大型晩會」の速報です。

 トニー・レオンがレッドカーペットに姿を現すと、両脇を埋め尽くすファンの黄色い悲鳴は、最高潮に達したそうで。
 香港以上にトニーの人気がある中国なんだなあ、とつくづく思います。香港電影金像奨のレッドカーペット沿いでは、アンディファンの悲鳴>レオン・ライ黎明ファンの悲鳴>>>>トニーへのどよめき、なんだもん…。

北京トニースーツ01
 カーペット沿いを埋めた中国人女性ファンは「梁朝偉、生日快楽!(トニー・レオン、お誕生日おめでとう!!!)」と叫びまくり、微笑んで受けたトニーはレポーターに「赤壁」撮影について聞かれて「僕は順調に撮影に入れた、もう周瑜の世界に入ることができているよ」と応えたそうです。

北京トニースーツ02
 キザだったり、893っぽくなったり、ちょいワルオヤジに見えがちだったりなイタリアン・スーツを、こんなに可愛く着こなす45歳に2日前の細身の男性なんて、世界でも珍しいんじゃないかとーーー!

北京トニースーツ04
 白ネクタイと、青系ストライプにボタンダウンのクレリックシャツの組み合わせが涼しげです、我らのハニカミ王子トニーさーーんーー!

北京トニースーツ03
 ほら、シークレットブーツなんてはいてません。普通の革靴。 念のため。

 他に出席が確認できたのは、司会進行役のエリック・ツァン曾志偉ボスはもちろんのこと、チャン・ツイィー章子怡、ジョウ・シュン周迅、レオン・カーファイ梁家輝、「傷城」エンディング・テーマ曲中国語版を見事に歌い上げた歌手のデニス・ホー何韻詩、ジョン・ウー呉宇森夫妻と中影集団代表取締役の韓三平、アンソニー・ウォン黄秋生、スー・チー舒淇、「地下鉄」のドン・ジェ董潔、アラン・タム譚詠麟とカレン・モク莫文蔚、アニタ・ユン袁詠儀とジュリアン・チョン・チーラム張智霖非婚カップル、ピーター・チャン陳可辛&サンドラ・ンー呉君如非婚カップル、イー・トンシン爾冬陞夫妻、ツイ・ハーク徐克と施南生夫妻、アンドリュー・ラウ劉偉強監督と何故か林一峰、レオン・ライ黎明とケリー・チャン陳慧琳、デビッド・ウー呉大維と懐かしいコワモテのシン・フィオン成奎安、そしてショーン・ユー余文楽などなど。
 
 ショーン君が「インファナル・アフェア」でアンディ&トニーがデュエットした主題歌を、晴れの舞台で披露したんですね!
 何となく指を口に持っていって、彼をまぶしく?見つめる客席のトニーさんが……何を考えてたんだろう?

北京陳可辛夫妻
 ……90年代のピーターさん(トニーと同い年)は、検閲制度のある共産主義国家中国と、誇り高い?中国映画人には、いろいろと含みがありそうだったのになぁ…だから一度はハリウッドに腕試しに行ったのになぁ…(^_^;)

北京胡軍
 39歳のフー・ジュン胡軍さん、ポケットチーフを無造作に丸めてポケットに差し入れ、まさにチョイもて、いやモテモテオヤジっぽい。

北京アーロン・クォック
 上海国際映画祭から駆けつけたと思われる、41歳のアーロン・クォック郭富城も同じページに。
 普通は40代南方中国系男性って、こんな濃さでこんな貫禄でしょ?
 なんで、トニー一人だけ………?

 画像は明日になるともっと出てくるでしょうね。今夜のところはこのへんにしたらんかいってわけで。(明朝は早出なのよー…)
posted by nancix at 22:23 | Comment(2) | TrackBack(0) | 香港映画

北京で「香港回歸十載電影界大型晩會」開催

 早いもので、香港が英国領から脱し「中国回帰」したのが1997年7月1日のこと。

 日本のニュース番組だの旅&グルメ番組だのがバンバン香港を特集し、明暗を報じたものです。(中には天安門事件と絡めて、笑えるほど深刻めかしたものもあったけど)。6月30日〜7月1日は真夜中まで中継番組があり、nancixは母の亡くなった後で、まだ老父と距離を測りかねてぎくしゃくしつつ、その夜は自宅で一人ぽつねんと膝を抱えてテレビに見入っておりました。
 まだEメールが普及してなかったんだっけな。いま便利に使いまくってる携帯メールもなかったし。テレビを見つつ、香港映画ファン仲間としみじみFAXのやりとりをしておりましたよ。

 2007年の今年は10周年ということで、北京西城区太平橋大街にある全國政協禮堂(総建築面積1万6千平方メートル!)を会場に、「盛世華章 光影傳頌 香港回歸十載電影界大型晩會」が今夜開かれるそうです。全國政協港澳台僑委員會、全國政協教科文衛體委員會、國家廣電總局による総合主催であります。
 またしても「国家の威信をかけて」の大イベントなんでしょうね。

 香港の中国寄り新聞サイト「大公報」によると、出席予定の俳優は我らがトニー・レオン梁朝偉はもちろんのこと、
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posted by nancix at 01:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | 香港映画

2007年06月24日

「色、戒」中国の映画検閲機関に修正を命じられる

 あああ、そうでした、現代中国には国家広電総局(台湾・聯合新聞網の表記では電檢)による、映画の検閲制度という厄介なシロモノがあるんでしたーーー!

 中国という巨大マーケットで上映するには、どうしてもこの検閲に合格しないといけないのです…。そりゃもう、ヘアヌードばかり気にするような(違う)日本の映倫とは比べ物にならないほどの、厳しい条件なのに……。

 ちなみに、検閲で審査される10原則については、中国映画専門「中国映画のチャイナベ-シネマ」のこの用語解説が詳しいです。
 中国広東省在住の渡辺達郎店長さん、ありがとうございます。

 台湾のおなじみ「聯合新聞網」によると、
 今回、「色、戒」は、トニー・レオンの誘惑視線があまりに色っぽすぎて風紀を乱すとかではなく、
 トニーが既婚者の役なのに魅力的過ぎて不倫を奨励するとか言われたわけでもなく、
 「中国共産党の歴史教育と異なる」、そして
 「民族憎悪・差別感情の煽動、民族団結に対する損害、民族の風俗習慣に対する侵害」
 のうち「民族団結に対する損害」について、あれこれ修正命令が出ている様子です。

 まず、映画の時代背景が汪兆銘(精衛)と蒋介石がそれぞれに政権を打ち立てていた国民党政府時代なので、蒋介石側の政府情報組織として「軍統局(軍人委員会調査統計局)」という名称が登場しますが、それが中国共産党政権の検閲担当者としては許せない、名称を削除しろと。

 さらに、ヒロインがクライマックスで口にする台詞「快走! 快走!(はやく行って! はやく立ち去って!)」ですが、これも直接的に"漢奸"=売国奴を助ける行為にあたるので民族意識を損なう、台詞を削って表情や視線で合図するだけに留めろと。

 しかしこれ、原作小説にある、当然読者なら期待する、名台詞ともいえるものなんですよ!?

 10日前から北京に滞在中というアン・リー李安監督、中国の電檢上層部と「討論」を重ねている様子ですが、いくらコミュニケーションをとっても当局は態度を堅持し、決して変えないとのこと。
 メンツを保つことにこだわる中国人、ましてその上、役人だものなあ…。
 国家の威信をかけて、海外で華やかな活躍を続けるアカデミー賞監督にぎゃふんと言わせたいわけですかそうですか…。
 国家権力の横暴! 歴史の歪曲!!と、曲がりなりにも民主主義国家の国民で、戦後教育を受けてきた者としては憤まんを隠せません。(って、トニー・レオン主演作でなければふーーーん、面倒くさいの、で済ませるんですが…ははは)

 アン・リー監督も巨大な中国マーケットをむざむざ捨てるわけにはいきませんから、修正に同意しないわけにはいかない様子です……。

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posted by nancix at 09:21 | Comment(3) | TrackBack(0) | 「色、戒」特集

2007年06月23日

SUSHIでトニー・レオンを釣ってみた。

 一部スポーツ紙で報じられたりして、「傷だらけの男たち」の日本公開直前プレミアにトニー・レオンと金城武が来日(あ、いま日本にいる金城君に関しては「会場に到着」でいいのか)することがすっかり既成事実のようになり、しっかりと外堀を埋められた今日この頃、

 まだ半信半疑のnancix。

 「エビでタイを釣る」といいますが、
 SUSHIでトニー・レオンを釣ってみました。

 …いやあの、まさか釣れるわけもないよね、と思いつつ。
 真夜中にいきなり思い立って、ヘタな英作文+中国語繁体字作文して、英語ファンサイトのフォーラムと、公式サイトにマルチポスティング。
 ニフティ・フォーラム時代にはシスアドさんや先輩の皆さんに怒られたマルチポストですが(話が古過ぎるぞ)、これならトニー本人にも彼のマネージメントスタッフにも希望が伝わるだろうて。

 内容は
 今日、日本では、7月4日に「傷だらけの男たち」のプレミアショーが開かれると報道されました。
 ゲストのリストに、あなたの名前もあります。
 このプレミアショーには、映画ファンは抽選に当選しないと参加できません。
 あなたのファンたちは、必死になってこの抽選に応募しています。

 私はあなたがこのプレミアショーに参加できるかどうか、とても不安です。
 あなたは「赤壁」の撮影に参加したばかりです。
 ジョン・ウー監督は、あなたに日本旅行の許可を出してくれるのか?
 河北省易縣の撮影現場の天候はどうだろう?
 撮影現場で、事故がないだろうか?
 私の不安と心配は、7月4日当日まで続きそうです。

 もちろん私は、あなたが初対面の記者や映画批評家と会うのが苦手なことを承知しています。
 でも、彼らの背後にはあなたのファンがいます。私たちはあなたの話がとても聞きたいのです。あなたは彼らをファンの代弁者だと思ってください。

 あなたは香港”影視大使”です。Sir、日本であなたの任務を敢行してください!(そしておいしいおいしい寿司を食べてください…六本木ヒルズの寿司店で。その店はとても涼しくて快適よーー)

 私の心臓が破れないように、あなたが「日本に行く予定はない」「今は演技に集中したい」のなら、早めに教えてくださいね!
 もしもそうなら、私たちは東京集結を中止して、あなたが日本に来る次の機会を待つことができます!

 (あるいは、私一人はさびしくて耐え切れなくて、バイ・クァン白光の「等著イ尓回來」の歌を歌いながらあなたを待つかもしれない…当然これは冗談です、ハハハハ)

 いつも心のなかに。お身体大切に。万事がうまくいきますように。
 ちなみに白光の「等著イ尓回來」とは、トニー・レオンとンー・シンリン呉倩蓮主演の同名スリラー映画のモチーフにもなった、妖しい、待ちわびる女の恨み節にも近い懐メロである。
 ハハハハ、冗談にまぎれて少しばかり、カンヌ影帝を脅してみました。

 そして遅刻寸前に職場に駆け込み、寝不足に耐えつつ仕事して仕事して7月の休暇願を提出し、仕事して仕事して頑張って仕事終えて、Y橋カメラで(携帯電話とデジカメ買い替えたいなぁ…手持ちのデジカメの下取りは3000円均一か、はぁぁ…買った時は5万ぐらいしたのに…)と下見して、19時過ぎたのでデパ地下で定食食べてたら。

 トニーファン仲間から、携帯メールバンバン! あああ、1年過ぎの702iのバッテリーがバッテリーが!
>>「SUSHIでトニー釣り」の顛末を読む
posted by nancix at 23:29 | Comment(12) | TrackBack(0) | トニー・レオン

2007年06月20日

トニー・レオン、北京入りしていた!

北京空港トニー01 さて、英文ファンサイトに久々に18、19日付けでいくつかの書き込みがあったと思えば、その前に北京首都国際空港を出て来たところを、張り込んでいた記者に激写されてしまったトニー・レオン梁朝偉です。

 三国志映画大作「赤壁」撮影に際して、カツラで蒸れることを予測して、あらかじめさっぱりと短髪にしたんですねえ。「ブエノスアイレス」以来のスポーツ刈りか…?

 北京新浪網によりますと、
 先週末(14日か15日?)、北京の新聞記者はあらかじめ情報をキャッチして午前中から北京首都国際空港に張り込んでいたのですが、午後2時になってもトニーは"グズグズして"現れず。
 しかし午後2時ごろ、VIP通用口の外に「赤壁」のステッカーを貼ったワゴン車が停まったのに記者が気づき、色めきたちます。
 約20分後、トニーと付き人の女性スタッフらの一行が、ついに記者の視線の先に飛び込んできました。
 トニーは清潔なシンプルモードで、ごく普通の白Tシャツにジーンズ姿(ていうか、白ジャケットも着てますよね?)。さすがにパンダサングラスをかけて、いつ突然無遠慮にフラッシュを浴びせられても眼がくらまないように備えていました。しかし「大戦に出陣」の緊迫感は少しもなく、軽快な足取りで微笑すら浮かべて前に進んで行ったのでした。記者が撮影すると、うなずき軽く頭を下げさえして、非常に協力的であったのでした。(日本のタレントとはかなり違いますね…)。
北京空港トニー02

 
 トニー・レオン一行は迎えの車に乗り込むと、直接ホテルには向かわず、北京でも新興の飲食街、朝陽区建国路のSOHO現代城に行って食事をしたのでした(って、記者は車で追跡したのか!)。
 夕食は2時間にも及び、午後9時過ぎにはレストランを出て流しのタクシーを拾い、ホテルに戻ったのでした。(って、記者はそれまで外でただただ空腹をこらえていたのか! デスクに適当な報告して帰れば…)
 記者の推測によると、トニーは北京で2日ばかり休息を取った後で、河北省易縣の「赤壁」ロケ地に向かい、ジョン・ウー呉宇森監督と対面し、いよいよ「談笑している間にも、砦や櫓が吹き飛び灰と煙となってしまう」歴史伝奇大作の撮影に入るだろう、ということです。

 というわけで、北京のホテルに缶詰にされ、記者どもがたむろしているので外に出るのもままならず、退屈しのぎにファンサイトを覗いたのかなと思うとセレブゆえの不自由さに同情もしますが、
 ファン相手に「I'm in China now...........the weather is so hot,hope I can survive through this 6 months.」なんてボヤキを書き込んでないで、
 充分睡眠を取って、お顔の調子を整えて、"美周郎"になりきりっ!してほしいものです。

 ちなみに中国経済網は「関係者によると、トニーは周瑜役を引き受けることを決めた時点で何の準備もしておらず、脚本も読んでいなかったそうだ。周瑜役に決まってから脚本を熟読し、不完全な北京語の発音を矯正した…」と"付け焼き刃でどれだけのことができるかな"的な意地悪を書いてますが、脚本を読んでなかったなんてありえないです。初稿の段階から諸葛孔明の出番の部分だけでなく、完全脚本をもらっていたはず。その後いろいろ手直しされた最終稿をしっかり読み込み、周瑜について役柄を把握した上で自分ならどう演じようかと心積もりしていたから、会見で「ユーモアを加味したい」と発言できたわけで。何なのその醜い似顔絵もどき。ヘタすぎる。

>>ぼやきの続きを読む

2007年06月18日

「傷だらけの男たち」公開直前ジャパンプレミア

 待ちかねたよ〜〜〜!

 「傷だらけの男たち」日本公開直前プレミアのお知らせが、公式サイトより先にTOKYO FMのサイトにアップされてます!
 http://www.tfm.co.jp/cinema80/preview/index.php?id=424

 7月4日(水)午後6時開場、6時半開演。
 場所はTOHOシネマズ六本木ヒルズ!(うはぁ……「2046」日本プレミアの苦い記憶が…(-_-;))
 
 応募締め切りは、奇しくもトニー・レオンの誕生日である6月27日 (水) 、12:00!

 圧倒的な数の金城君ファン、エンディング・テーマ歌手ファンに次々敗北していく、少数精鋭のトニーファンの嘆きが今から思いやられますが、え〜い憤死してなるものか。

 ジョン・ウー版「赤壁」のごとく、金城ファンと手を携えて、強大なエンディング・テーマ歌手ファン曹操軍に立ち向かうのだ!


 あ〜ただし"直前君"のトニーさんが、当日来場の「スタッフ、キャスト」の中に、いるとは限りませんのでご覚悟を。

 来日してるのにファンの前で挨拶せずに、グループインタビューや取材だけ受けてそそくさと帰った「HERO 英雄」「2046」「インファナル・アフェア3」の前科もありますからっ!

 ほんとに…ファンにお祭り騒ぎさせてくれない人なんですよ…昔っから……_| ̄|○

 特に今回は「赤壁」撮影中! 心身ともに周瑜に成りきる必要があるのに現代人の劉正煕に戻りたくない…と思っても、役者の生理として当然といえば当然。
 役者バカ一代と謗れない…ていうか、それでこそトニーって気も…。

 でもでもでも、金城クンと並んでほしいんだよねえ。
 目と目でふふっと笑ったり、えーとそちらからどーぞ…と譲り合ったり、(あっトニーさんもそっと前へ! 僕を盾にしようとしないで、並列に写真撮ってもらいましょーよー)と金城クンが気配りするところ、見たいんだよぉ。見せてよぉ。
 ファンの前に生身をさらすのが怖くて苦手なら、「ウインター・ソング」の丸ビルの時みたいに、記者会見をスクリーンで中継でも仕方ないよぉ。

 ちゃんと香港影視大使の任務を果たしてるところ、見たいんだよねえ。

 とにかく、トニーが本当に、会場に、ファンの前に姿を現すまで、半信半疑、極めて懐疑的な人間になること間違い無しのnancixなのであった。
 期待し過ぎると、却って辛いんだもん。
 期待し過ぎなきゃ、がっかりも半分なんだしね。
posted by nancix at 19:28 | Comment(3) | TrackBack(0) | 「傷城」特集

2007年06月17日

行きたかったなぁ…張學友コンサート…

 そんなわけで、張學友コンサートに、関西からも大挙して、
 あの人もこのヒトも、
 あーーんな子もこーーーんな方も上京されたんだなぁ…と取り残された悲哀感を噛みしめている、残留組です。
 「李香蘭」だか「秋意恨」は歌ったのかなぁ…。
 一度だけ大阪で見たコンサートの時のように、猫紙ことカンニングペーパーを見ながら、懸命に日本語でトークしたのかなぁ…。
 せめて大阪でも、やってほしかったなぁ…。

 サイト再構築の準備も思いのほか大苦戦で、はかどらないしさ……。

 すねながら、気分転換にYouTubeで「トニー・レオン&ジャッキーの友情版"一天一點愛戀"」を視聴するのであった。
 ええ、北京語歌詞の「一天一點愛戀」はトニーの持ち歌で、おそらく最大のヒット曲ですよ。


 …男二人で見つめ合って「たとえ世界がどうなろうと、君は僕の傍にいてくれて、長い夜を僕と過ごしてくれるだろうか?」とラブソングを捧げ合うって、どうなのよ。
 持ち歌なのに、照れまくりでおぼつかなくて、ジャッキーが慈愛に満ちた視線を向けつつフォローしちゃうって、鼻ピアスにサングラスで武装固めた歌手トニーさん、どうなのよ。

 そしてこちらでは、ジャッキーが珍しく英語で、トニーとの友情について語っているのであった。

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posted by nancix at 23:55 | Comment(2) | TrackBack(0) | トニー・レオン

2007年06月16日

『パイレーツ・オブ・カリビアン/デッドマンズ・チェスト』、中国では一部カットで公開

 ……だから中国・香港・台湾では、随分と前から報道されてたことなのにさぁ。

 国営新華社通信が海外に配信したのが、15日と随分遅かったってこと?

 このなかの「中国人を悪魔のように描くハリウッドの昔の手法と同じ」というのは、おそらく以前も書いたドクター・フー・マンチューや、スキンヘッドにナマズヒゲに吊り上がり眉の"残酷なミン=ミン・ザ・マーシレス"のイメージと同じ描き方だ!ってことなんでしょう。ミン・ザ・マーシレスはSFコミックシリーズで映画化もされた「フラッシュ・ゴードン」の敵役、世界制覇を狙う惑星モンゴに住む悪の帝王でございます。80年のリメイク版映画でミン・ザ・マーシレスを演じたのは、名優マックス・フォン・シドーだったり。
 
ロミオ・マスト・ダイ 特別版 でも、それを言うなら「ダイ・ハード4.0」でマギー・Qが演じる女テロリストだって、おそらくは"ドラゴン・レディ""チャイナ・ヴァンプ"のイメージの域を出ていないと思う。ジェット・リー李連杰主演作「ロミオ・マスト・ダイ」(00)であっけなく殺された女殺し屋ライダー?役の香港女優フランソワーズ・イップ葉芳華や、「ラッシュアワー2」のチャン・ツイィー、もっと昔で言えば「上海特急」でマレーネ・ディートリッヒと共演したロサンゼルス生まれの華人女優、アンナ・メイ・ウォン黄柳霜と、大して変わりはありませんよね。彼女はドクター・フー・マンチューの娘役を演じたこともあるんです。
上海特急 終生"チャイナ・ヴァンプ(毒婦)"扱いされ続けた彼女の発言が、切ない。
 「スクリーンの中の中国人はどうしていつも残酷な悪者で、嫌われ者の敵役なのかしら。凶悪で、反逆的で、あたかも草むらに潜む蛇……。私たちはそんなじゃない。西洋よりも遥か古くから文明を築いてきた者としては、どうすればいいの? 私たちにも徳性はあります。品行や栄誉に対する厳しい規範を持っています。でもスクリーンではなぜ、こういう面を映さないの? どうして私たちは常に何かをたくらみ、盗み、殺さなければならないのかしら。私はもうウンザリしています」(朝日選書「イエロー・フェイス―ハリウッド映画にみるアジア人の肖像」より引用)

 ハリウッドにおけるチャイニーズの扱いって、そういうアンナの時代から、大して変わっちゃいないんですよ。
 この問題を考察するには、ぜひ村上由見子さんの著書「イエロー・フェイス―ハリウッド映画にみるアジア人の肖像」(朝日選書)を探してお読みください。

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posted by nancix at 01:41 | Comment(0) | TrackBack(1) | アジア以外の映画

金城&トニーが悶える?!     

 えーーと、雑誌内の記事見出しって、著作権だの知的財産権が生じるんでしたっけ?


 まあいいや。深く考えな〜い。

 本日、帰宅途上の電車内で、隣に座ったおねーさん(推定24歳)が、「Weekly ぴあ関西版」6月28日号を開いていたんですよ。
 (おお、「CREA」に続いて、ぴあも夏映画紹介かぁ)と、半分眠ったままチラチラ誌面を横目に見ていると、
 上記の見出しが目に飛び込んできました。

 015「金城&トニーが悶える!
  極上フェロモンをどうぞ」


 ……も、も、悶える?

 男二人が、悶える

 フェロモン?

 トニーの微笑みに、無意識・無防備なあどけない仕草に、性別関係無しにじぃぃぃぃぃぃっと見つめるあの「僕を愛して・でも怖いから近づき過ぎないで」光線に、我々ファンが悶えるんじゃなくて??

 そそそんな映画なのか! そんな腐女子ウハウハ映画だったのか、「傷だらけの男たち」って!

 あのシーンか!

 トニー初の悪役(注・初ではない)とか、金城クンの酔いどれ探偵ぶりとかHE○○O KITTY尽くしの部屋とかよりも、
 ライターの印象に残ったのはやっぱり、腐女子限定大鼻血サービスとしか思えない、あのやりとりなのか!

 いったい日本語字幕では、例のシーンはあのやりとりは、どうなっているんだ!

 電車を下りたら速攻でpitapaカードの使える書店に走り、「Weekly ぴあ関西版」買ってしまいました。
 ちなみにその駅近くの書店では、トニーへのインタビュー(いつのインタビュー?)が載っているという「ぴあマップ 香港版」は見つからなかった。

 ………えと、映画紹介の本文では「男たちの愛と苦痛が切なさとともに伝わってくる」としか、見出しに当てはまる文章がないんですが?

 悶える? 極上フェロモン?

 まあ、こういう情報誌の場合、本文を書くライターと、見出しを付ける・決定する担当者は違ったりするんですが。

 ちなみに「傷だらけの男たち」、読者の見たい度は12447人中575人で8位(「TAXI4」や誰かさんが書き下ろし主題歌を歌うという邦画「怪談」、松ケンの「ドルフィン・ブルー〜」よりも上!)、
 ライバル映画会社情報マンの見たい度は2位(12ポイント)なんだそうです。
 1位はマギー・Q大活躍の「ダイ・ハード4.0」だそうです。

 …………宣伝不足で知名度は低いが、映画通にはひそかに評判ってことか…。
 まあ「恋する惑星」の時代から、日本におけるトニー人気って、「パンピーとは一味違うのよね、私のシュミって♪」と自負する業界の女性達に支えられてきてましたから…(何の業界だ)。


>>製作日誌関連の続きを読む
posted by nancix at 00:09 | Comment(4) | TrackBack(0) | 「傷城」特集

2007年06月12日

トラン・アン・ユン夫妻、訪港中   

 わははは、そんなことだろーと思っていたのだ。

 昨夜は「まーたゴシップ記事出たのかー。トニーってば安易に助手席に女性を乗せるからなー」と苦笑しつつ広東語教室で遅くなったのでそのまま寝てしまったのだが、案の定、今朝になると「助手席の女性」は「シクロ」のトラン・アン・ユン陳英雄監督の夫人で女優の、トラン・ヌー・イェン・ケー(初めて知ったが、中国語表記は陳努安姫または陳如嫣らしい。でも明報が書いてる「劉燕荷」は、発音的に違うんじゃないかな…)だったことが判明。
 「東方新地」、どうせ2年もしないうちに転職するモノ知らずの若者を契約記者として雇ってるからなー。トラン・ヌー・イェン・ケーを知らなくてもしょうがないか…やれやれ。

トラン・アン・ユン夫妻
 「青いパパイヤの香り」「シクロ」を撮った、フランス育ちのベトナム系華人であるトラン・アン・ユン監督は、長年、ハーヴェイ・カーテルとトニーで新作を撮るとる撮りたいと言い続けていて、でもスポンサー探しなどが難航し、トニーも「スケジュールが空いたらね…」と言っていたのだが、いつ果てるともしれなかった「2046」撮影を経てさすがに待たせ過ぎた。とうとうトラン・アン・ユン監督は、ジョシュ・ハートネットと韓国のイ・ビョンホン、香港のダニエル・ンー呉彦祖を起用して新作「I Come With The Rain(中国語仮題は我隨雨來)」を製作すると発表してしまった。カンヌ映画祭の最中にそのニュースを聞いた時は、カンヌ木村&慎吾空の物見遊山なんてどうでもよくなるほどガッカリしたよ……。

 でも、幸いなことにトニーとの友情は続いていて、今週はトラン・アン・ユン監督夫妻がロケハンで香港に来ていて、ジモティ・トニーがいろいろと手配したり案内したりしている様子だ。6月7日の午後7時ごろ、トニーは全くの普段着で自分の愛車を運転して旺角へ。旺角亞皆老街でトラン・ヌー・イェン・ケーさんを乗せて、しばし談笑しながらドライブ。運悪くゴシップカラーグラフ誌「東方新地」記者に追跡され、遠慮なくフラッシュを浴びせかけられたのだった。
東方新地のゴシップ写真

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posted by nancix at 10:09 | Comment(1) | TrackBack(0) | トニー・レオン

2007年06月10日

公式サイト設立に思う(2):官方網站Forum使用心得

 プレオープンしたばかりのトニー・レオンの公式サイトですが、この公式サイト作成にも協力している東方日報によれば、すでに会員登録者は1000人を超したとのこと…。

 英語ファンサイトには「中国語は読めないのよう!」と非中国語圏の皆さんから嘆きの声が寄せられていますが、さすがに香港。英語バージョンを近々用意するとのことで、日本人も恩恵に預かれますな。

トニー公式サイト
 台湾の「聯合新聞網」でも早速報じられています。やはりこの両新聞社には、ジェットトーンと親しい記者がいるのだろうな。

 (しかし本日初めて気がついたのですが、聯合新聞網のここのトニーのフィルモグラフィー、記念すべき連続テレビドラマ初出演作の「香城浪子」(82)が、なぜか映画処女作に入れられています(-_-;))

 それにしても、トニー1人で、全部のメッセージに目を通し切れるのか???

 ま、中には"いっちょかみ"こと冷やかしの連中もいれば、トニーの生の発言を記事にしたいと虎視眈々なゴシップ誌記者もいることと思われます(苦笑)。また、いったんログインしたつもりがうまくできず、慌てて会員登録をし直した重複者もいそう。

 登録したつもりが、ログインがうまくいかない時は、ブラウザの「更新」で表示されているページを表示し直すか、いったんログアウトしてブラウザを閉じ、再びログインすることをおすすめします。Cookieの悪戯かもしれませんので。

 ところで、会員になると書き込み(タイトルと内容を書くだけで、登録名が自動的に表示される)・閲覧ができる「Forum」ですが。

 「回復主題」が、そのスレッドのテーマについての返信を書き込む投稿フォームを表示させる、「主題列表」がスレッドリストに戻るという意味です。「填好送出」が、送信ボタンですね。


 しかし、Flashを使ったプログラムのせいか、いささか使い勝手が悪い。
 (あ、お使いのブラウザでAdobe Flash Playerを入れておくのが、話の前提ですよ。念のため)
 nancixの場合、愛用マウスのスクロールボタンが効きません。ページ右のFrashによるスクロールバー(小さなグレーの長方形をマウスで左クリックしたまま、上下させる)で、リストや記事の読みたい部分を上下するしかありません。
 IE6だと、「回復主題」投稿フォーム内で、自分が打ち込んだばかりの文字のコピー&ペーストができません。FireFOXやNetscapeなど、他のブラウザーではどうなのでしょう? MACだったら?

 フォーラムはスレッドリスト形式ですが、最初にそのトピックス(テーマ)を立てた人ではなく、最終発言者しか表示されないので(あれ、自分が立てたスレッドはどこだっけ…?)と一瞬慌ててしまいます。

 また、日本語漢字がうっかり混じると
“具有潛在危險 Request.Form 的?已從用?端 (...........) 偵測到。 ”
 というような警告が出てしまいます。
日本人は英語を用いるか、Excite翻訳サイトの中国語訳した文章をそのままコピー&ペーストするしかないようですね。

 書き込んだ文章が、いったんアップされた後もまだ、投稿フォームに残って見えるのも何だか気持ちが悪いものです。うっかり「填好送出」を押して再度送信してしまいそう。それに、この時点で右クリックによる「新しいページで表示する」を選ぶと、自動的に送信されてしまうそうです。
 そんな時は送信後、すぐにいったん「主題列表」のページに戻ればいいんですけどね。

 また、「ニュース」の各項目にはファンが書き込めるコメント欄があるのですが、30文字までしか書き込めません。
 「フォーラム」も、100文字以内。また一人の会員が立てられるスレッドは、8個までに制限されている様子です。

 ま、不具合や困ったことがあれば、ユーザーが自主的に問題提起したり助け合ったりするのが、ネチズンのいいところ。
 広東省在住で、独自にトニーの中国語会員制ファンサイトを運営している飛雪(Feixue)さんが、さっそく「フォーラム」での様々な不具合を研究して、使用心得をまとめてくれています。さすがに自分でCGIプログラムを設置したりPHPを駆使してサイト作成ができる、聡明で献身的な小姐の皆さんは、一味違うぞ。
 いっそ彼女をフォーラムの管理人に任命したらいいのに。
 ……と思うけど、公式サイトとなると、ファンの自主性にお任せするわけにもいかないのか。

>>官方網站Forum使用心得を読む
posted by nancix at 21:17 | Comment(0) | TrackBack(0) | トニー・レオン

2007年06月08日

トニー・レオン公式サイト設立に思う(1)

 「ファンなんて、いないと思ってる
 と、ファンクラブに入るほど支持してきた俳優さんが女性誌インタビューに答えているのを見たときは、辛かったなぁ…。

 いやもう何年も何年も前の話。日本の俳優さんのこと。

 正確にはその後、こう続くんだけど。「ファンがどう思うか、意識してしまったら、俳優として演技の幅を持てなくなる。たとえば、ファンがショックを受ける、モラルについて悪影響を与えるかもしれないと意識したら、悪役や犯罪者の役ができない。そうなったら、役者としての幅が狭まってしまうから、僕はあえてファンの存在を意識しないようにしているんです。僕はアイドルではなくて、あくまで俳優なんです」。

 ファンクラブ会員には、一人ひとりの誕生日に自筆サインと「○○さんへ」と名前入りでカードを贈ってくれるような、律儀な俳優さんだったんだけどね。

 いないと思ってるようなファンに、コンサートに来てほしい、レコード(CDじゃなく(^_^;))買ってほしい、サイン会に来てほしいって望むのはどうなのよ?と引っかかりながらも、せっせとお小遣いを費やして応援したものです。
 彼が出演した舞台劇を見るために思い切って上京もしたし、映画ロケ地見学もした。出演映画公開初日に並び、その映画の監督さんと話もできた。彼の出たドラマ原作本もせっせと読んだし、向田邦子さんや倉本聰さん、山田太一さんのシナリオ集も探して読んだ。
 演劇や映画、ドラマ作りのいろんな知識を、彼を通じて得られて、単なる"本の虫"でしかなかった自分の世界が大きく広がったから、ファンクラブが随分昔に解散してもなお、深くふかく感謝してますよ。
 …現在の本人にお会いしたいとは思わないけど…お会いしても自分の得たものをうまく伝えられなくて「…ああ、そうですか…」で軽くいなされてしまうと解ってるしね。

 さて、余談はここまでにして、
 トニー・レオン

 公式サイト設立のニュースには、感慨深いものがありました。

 「今までなかったのが不思議なくらい」と言われても当然。nancixもトニーを好きになった頃は、彼の公式ファンクラブが無いのをけげんに思っていた。当時の映画芸能雑誌「銀色世界」には、スターへのファンレター宛先リストが毎号のように載っていたのだけど、トニーはすでに映画界にどしどし進出していたにも関わらず、ずっとずっと、TVB(無線電視)宛てでした。

 いつしか、その宛先リストからトニーの宛先がなくなり、あきらめた頃に、彼は突然、歌手として大々的に(再)デビューした。

 勇んで「飮茶倶楽部」を通じて取り寄せたCDアルバムには「梁朝偉國際歌迷倶楽部(トニー・レオン国際ファンクラブ)」の申し込み用紙が同封され、宛先はそのレコード会社(台湾)の香港支社となってました。
 応募しようかどうしようか、会費の海外送金方法はどーしたらいいのよと随分悩んだけど、広東語の先生が「国際たって、それは海外在住の華僑のファン対象だから。日本人が応募したって、あんまりメリットないよー」と助言してくれたので、見送りました。
 聞くところによると、会員になった日本人もいたんだけど、年に1、2回「会報」が送られてきただけで自然消滅したそうで…。

 やがて中国語記事が読めるようになり、夢中でトニーのインタビューを読み漁ったけど、何となく、彼もまた「ファンなんて、いないと」思おうとしているタイプなのかなあ、という気がしたのです。

 もちろん、歌手活動中は、香港・台湾では握手会やサイン会が盛大に開かれ、律儀なまでにファンに接するトニーの姿を新聞記事や雑誌記事でかいま見られたけど。
 香港にトニーファンの友人がいる、という香港映画ファン仲間に「トニーの追っかけをすると、彼は必ずファンに、『今日は君、学校は? 仕事は?』って聞くんだって。サボったなんて答えると不機嫌になる。学校の祝日で休みだとか、公休日だ、代休だって言わないとダメなのよね」と聞かされたこともある。
 …まあ、そりゃー10代から働いてママと妹を養って来たトニーなら、やれる時に勉強したり、稼いだりしなきゃダメじゃないか、僕のために君の一生を棒に振らないでよ、という気持ちがあって当然かなあ、と何となく思った。
 TVBテレビアイドル時代のトニーのことも知るにつれ、当時の香港では珍しかった"ティーンズアイドル"のハシリだったトニーが、周囲から「理想のカップル」「おしどりカップル」扱いされていたマギー・ツァン曾華倩との別離や新たな恋の芽生えによって、それまで熱狂的に彼を応援していたファンが一気に背を向けた、ある日トニーがテレビ局から外に出たら、それまで出待ち入り待ちをしていた顔見知りのファンが誰一人としていなくなっていた、という苦い経験を経たことも知った。
 ファンの移り気をあまりにも早々に知ってしまったら、固定的なファンクラブを設けようという気にならないかもね…と密かに納得したんである。

 映画界に活動の場を移したトニーは、長らくどこのマネージメントプロダクションにも所属していなかった。個人事務所も設けなかった。
 どんなに辣腕だろうとマネージャーという存在に管理されるのが嫌、出演作品は自分で選びたいという理由もあったんだろう。香港に取材に行った日本の雑誌ライターが「トニー・レオンにだけは連絡が取れなくて、インタビューできなかったよ。現地コーディネーターが、トニーの過去の出演映画の映画会社に掛け合ってくれたんだけど、こっちの連絡先だけ聞いて、トニーがその気になったら連絡するだろう、って返事しかもらえなかった」と苦笑していたこともある。
 帰国寸前にやっとトニーに連絡がつき、会ってみたら実に親切だった、ワインをご馳走してくれたと感激の記事を書いていた女性ライターもいたなあ(^_^;)。

 そんなわけで、トニーの公式ファンクラブは今までなかった。
 80年代〜90年代前半のトニーは、3年後には引退する、30歳になったら、33歳になったら、35歳になったら俳優業を辞めるんだと言い続けていたしね。
 ファンも「また言ってるよー。おいそれと辞められるわけないのにね」と苦笑いしながらも、ゴシップとパパラッチに苦しめられながらの昼夜問わない映画撮影・彼の苦手な宣伝に、いつまであのトニーが耐えられるだろうか、引退声明されても納得するしかないなあ…と密かに覚悟を決めていたんである。

サウンド・オブ・カラー 地下鉄の恋 nancixは「サウンド・オブ・カラー 地下鉄の恋/地下鐵」(03)を観に行った時以来、香港人女性トニーファンらとも知り合ったけど、彼女らの解説によると、トニーはファンからお金を徴収するのを絶対によしとしないらしい。そんなお金があったら両親にプレゼントするとか学費に充てるとかステップアップのため自分磨きの資金にしてほしいらしい。
 だから会費制ファンクラブの運営はしたくないのか。90年代にも、日本の成田空港で見送りに来たファンらのカフェテラスでの支払いを、自分から彼女らのレシート取って引き受けた、なんて逸話もあったし。
 (それに、何となーく、何となーくnancixの受けた印象だけど、TVB時代から絶えず外部から比較対象にされてきた、多芸多才なアンディ・ラウ劉徳華兄貴と同じようなことはしたくない…内向的な自分には向いてない…うまくできっこない…というようなこだわりもあるのかも…。アンディが早くから公式ファンクラブ「華仔天地」を結成し専属スタッフを置き会報を出しファンイベントを開き、アクセサリーやステーショナリーやグリーティングカードといったオフィシャルグッズを販売し、会員のボランティア活動を奨励し、経済的に恵まれない会員に奨学金まで出しているのは、香港台湾では有名な話である。それはそれで、若くて一途なファンが追っかけに熱中し過ぎて道を踏み外さないよう、人生の見本を指し示し啓蒙するには必要な配慮だった)。

 トニーが王家衛と彼が率いる映画会社ジェットトーン澤東電影制作公司と本格的に組み、辣腕女性プロデューサーでマネージャーのジャッキー・パン彭綺華さんら、スタッフを信頼してマネージメントを任せるようになったのは「花様年華」以後のこと、と記憶している。当初は「ウチは映画製作会社で、タレントのマネージメントは業務外だから」とややそっけなかった澤東電影制作公司も、映画界不振のためCM制作やブランドイメージキャラクター業務を請け負うようになり、ついに2005年にはアーチストマネージメントオフィス「Project House」を設けて、トニーを看板アーティストとして香港、台湾、上海に支社を設置、タレントマネージメント業務に乗り出す。
 看板アーティストというより、もはやトニーは同社のスタッフにとって専務か常務クラスの扱いらしいし。

 次々と国際的な大作出演が決まるし、本人の言葉よりも周囲の推測や邪推が先行または一人歩きするケースがみられるようになった。ファンも心を痛め、トニー自身の考えや本音を知りたいと切望するしで、公式サイトのオープンはまさにグッドタイミングと言えるのではないだろうか。

 一方、トニー個人のパソコン歴は「ブエノスアイレス」撮影中の96年頃に遡る。
 レスリーの腹痛について症状を聞き出し、インターネットで検索して疑わしい病名を突き止め、その病気に詳しい医師の連絡先を探し出したというのは有名なエピソードである。
 多分若いスタッフに「パソコン持ってるの? ちょっと検索してよぉ」と頼んだだけではない、自分でやったんだと…思われる。
 残念ながら「花様年華」プロモーションで世界中を駆け回っている間に、アカウント更新の手続きをする暇もなく、頼める友人もいなくて、いったんはメールアドレスを無くしたりしたらしいが(^_^;)

 ま、時間的余裕ができればネットサーフィンしたくなるのが、ネチズンのサガ。

 トニーには97年後半に、米国在住の一華人女子大生Sandyさんが無料サーバー上に作った個人サイトとして出発した老舗の英語ファンサイト(フォーラムにユーザー登録をしているのは現在、1084人)と、数人の男女ファンを中心とした共同運営である会員制中国語ファンサイト(会員数はもはや不明)の2大ファンサイトがあり、それぞれに活発なファン交流が行われている。
 トニー本人と思われる書き込みが、最初に出現したのは英語ファンサイト内の「ゲストブック」で、時は1999年5月25日のことだった。その日は当初独りで頑張ってサイトを運営していた管理人、Sandyさんの誕生日だったのだ。
 「u are so nice thanks」(uはYouの略。君はいい人だね、ありがとう)だけだったけど。

 そして、2003年のレスリー・チョン張國榮の死という、大いなる衝撃と世界中のレスリーファンの慟哭を目の当たりにするという経験を経た後、トニーは信頼のおける有能な香港人女性ファングループの支持を得て、少しずつ変わり始める。

 「2046」完成・世界を駆け巡ってのプロモーションという一仕事を果たした後の、2004年後半か2005年。中国滞在中、トニーは仕事の合い間に、中国語サイトのメインスタッフと対面している。米国在住の英語ファンサイト創立者Sandyさんとも、2005年4月末に、香港のファンを介して連絡を取り、その日にニューヨークに駆けつけられた米国内のファンらと併せて、グループ・ミーティング方式で対面している。
 「Interviewing, touring, and meeting people are all hard work.=インタビューもプロモーションも大勢の人々に会うのも、自分にとっては辛い仕事だ」と年下の女性ファンに愚痴ったトニーだが、ネットを通じてトニーを支持してきたファンとの、少数限定での対面と会話は、いささか俳優業にくたびれてきた彼にとって快い経験だったようだ。彼女らはキャーキャー騒いだり悶絶したり泣き出したりせず、あくまで平静に話し合えたようだから。
 そして、彼本人と思われる人物が両サイトのフォーラム形式の掲示板にひょいと書き込みを始めたのが、確かその2005年のことである。
 韓国の老舗会員制サイトにもほぼ同時期に彼の書き込みがあったらしい(が、ハングルが読めないし日本人はとかく敵視されやすいので、nancixは会員登録していない)。あくまで伝聞ですが。

 そりゃもうファンには驚天動地であり、会員登録すると使用できる、フォーラム付属の個人メールボックスはたちまち満杯になり管理人さんが急いで使っちゃダメ声明を出し、
 半信半疑のファンは、本人か?それとも騙りか?本人に限りなく近しい存在のアシスタントとかスタッフが、トニーの意志を汲んで指示を得て、代わりに書き込みしているのか?と論議したものである。

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posted by nancix at 23:55 | Comment(0) | TrackBack(0) | トニー・レオン

ソフィー・マルソーとトニー、共演か?

 まーだー!「赤壁」のトニー分の撮影がこれから始まる!!って時に、こんなニュースも飛び込んできましたよ。
 北京金馬影視文化有限公司とフランスの会社の共同出資(製作予算は1.5億人民元!)による「熱(仮題)」という合作映画の撮影が、来年早々に四川省成都市で始まる予定なのですが、この映画のヒロインはフランス女優のソフィー・マルソー。メガホンを取るのは新鋭女性監督で女優としてのキャリアも長い羅荷·杜提耶=Laure Duthilleul(カタカナで何と表記したらいいんでしょ?)で、ソフィーとは「À ce soir(中国語名は今晩見)」(2005)でも組んでいます。

 ソフィー・マルソーといえば自伝的小説「うそをつく女」も書き、監督も脚本もプロデュースも手がける才女。日本ではロブ・ライナー監督の「あなたにも書ける恋愛小説」(03)以後、公開作品がありませんが、順調に女優業を続けています。監督第3作目、クリストファー・ランバート(クリストフ・ランベールとも)と共演の「La Disparue de Deauville/ドーヴィルの消えた女」(07)が5月に公開されたばかり。珍しく、第60回カンヌ映画祭にも姿を見せました。
 1966年11月生まれ、現在40歳だから、トニーと釣り合うといえば釣り合うのね。
 ユニフランスのこちらの記事で、彼女が2005年に、中国でのフランス映画大使として成都市を訪れたこともあると知りました。

 シナリオを練りつつあるという映画の内容は、こんな感じ。
 ソフィーはファッションデザインを学ぶフランス人女性で、パリで四川省成都市出身の中国人の若者と出会い、恋に落ちる。二人は結婚し1男1女に恵まれるが、まもなく若者は不慮の事故?で亡くなるのだった。フランス人女性は我が子を連れて、夫の故郷である成都を訪れる。そこで出会うのが、トニー扮する小学校の教師。性格がとてもよく、ファッション関連の仕事で起業するよう、いつも励ましてくれる男性だ。二人の間に、次第に芽生える思い…。果たしてヒロインは亡くなった夫への思いを整理し、新しい恋に踏み切れるのか? 子連れの外国人女性を、中国人男性は全て受け入れることができるのか?
 うーーーん、おフランス感覚であまりストーリーを複雑化せず、カップルの感情の変化を丹念に追うように撮影されたら、結構好みの作品に仕上がりそうですよ。

 そういえば金馬影視有限公司といえば、チャン・ツイィー章子怡が女三代記を演じた秀作「ジャスミンの花開く/茉莉花開」を共同制作した実績のある会社でもあります。アンディ・ラウ劉徳華主演の「門徒」と、「赤壁」にも出資しているそう。

 問題は撮影スケジュールですが、今年12月には成都で正式に撮影チームを組みキャスト発表し、来年早々には成都での撮影を開始したいとのこと。トニーが「赤壁」撮影後に「もーだめヘトヘト、半年間休養するぅ〜」と音を上げなければ…実現可能?

 以前から「もしもトニーが外国映画に出るなら、ハリウッド大作でも邦画でもなく、おフランス映画かホ・ジノ許秦豪監督の韓国映画で!」と切望していたnancixにはニンマリ企画ですが、
 例によって慎重派トニーは、製作発表があるまで出るとも出ないとも発言しないんだろうなあ…(-_-;)

 ポシャッた企画も多いし…。

 実現を祈りながら見守るしかありませぬ。
posted by nancix at 04:10 | Comment(0) | TrackBack(0) | アジア以外の映画

【赤壁】周瑜の都督府は北京から河北省へ

 昨日、香港の「東方日報」「太陽報」が報じた「赤壁」ニュースが、本日には中国の新聞「新聞午報」などで否定されています。

 昨日のニュースは
北影片廠(北京電影制片廠=北京映画撮影所のスタジオのことか)に壮大、金ピカ&翡翠色でまばゆいばかりの豪華な周瑜の水軍都督府のセットを組んでいる『赤壁』だが、一度も周瑜を迎えることなく期限切れを迎え、取り壊されるはめになりそうだ。来月撮影開始となる陳凱歌監督の『梅蘭芳』の20世紀初頭の北京東安市場付近にあった丹桂大戯院(京劇の劇場)セットを北京撮影所内に組むためで、使われなかったセットによる損失は1千万人民元(約1.6億円)となる
というものでした。
 また、昨年12月に出演契約した端役の俳優や各部署のスタッフも、7月には大部分が契約切れを迎える、新たに契約を結び直すとしたらまた膨大な経費が必要になる。とのことで「ジョン・ウー監督は戦わずして退却の太鼓を鳴らすはめになるのか」と揶揄されていたんですよね。

 待てまてまてーい!

 7月末までなら、まだ1ヶ月弱あるじゃないか! 映画撮影の場合1週間、昼夜を問わず集中撮影なんてザラにあるぞ! 「恋する惑星/重慶森林」は2週間で撮り終えたぞ!(時代劇じゃないって…) おまえら自分の国の映画製作を冷やかしてばかりいないで、少しは温かい目で見守れー!(…まあ、「大日本人」はnancix、観に行きませんが…)。

 しかし、中国の新聞晨報の記者らが投資集団の中でも大手の「中影集団」広報責任者の翁立氏にコメントを求めたところ「『梅蘭芳』も『赤壁』も、わが社が出資する作品で、いわば家族の一員ですよ。セット設営も、セットの移築も、セットを取り壊すことも予定通り行います。巷で言われているような高額の損失など、根も葉もない噂で、ありえません」との返答があったそうです。
 また「周瑜の都督府を北京撮影所から河北省に移転させるのは、チョウ・ユンファ周潤發からトニー・レオンに急遽キャストが交替になり、撮影予定が大幅に変更されたためです」と肯定したそう。セットを建築する時には、確かに北京撮影所で撮影が行われる予定だったんだそうで。
 さらに「何人かの俳優の撮影は8月初旬に終わる予定だった」ことについても、翁氏は「何ら問題はなく、現在は金城武とリン・チーリン林志玲の撮影に集中しているところ、撮影場所は水庫などのロケ地であり、撮影は予定通り進行しています」とコメントしましたが、あのー、金城君は先週からnancixのホームタウンを大股で闊歩し行儀正しいギャラリーにニコッとし小さく手を振って……おっと、製作発表があるまでむにゃむにゃ、むにゃ。

 さて、大量の時代劇台詞についての訓練と役作り研究を終え、大河ドラマ「風林火山」にお耽美Gackt謙信が登場するのに歩調を合わせて(合わせてない)、いよいよ来週から「赤壁」撮影に入ると噂されているトニー周瑜。
「いよいよ出陣です、頑張ります…暑いの嫌だけど…」のトニーさん

 本来、先に集中して撮るはずの金城武とトニーの共演シーンは全て後回しに(あああ……いちばん期待しているのに…)。
 ヴィッキー・チャオ趙薇が扮するおてんば姫君の孫尚香と、尤勇が演じる劉備との間の芝居が急遽先に固め撮りされます。林志玲、張豐毅の出演シーンも全て前倒しに。中国の若手俳優イ冬大為が「蹴鞠」シーンを撮影したのに続き、ジョン・ウー監督は台湾の林志玲のシーンを撮影中とのことです。半年間の演技訓練を受けたチーリンを、女性には優しいジョン・ウー監督は「感情表現が豊富で細やか」と絶賛しています。チーリンは食事制限の努力をしてダイエットし、トニーと釣り合う愛らしさを出そうと苦心しているとか。お世話かけます……m(__)m
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2007年06月07日

その後の「我的家在山的那一邊」

 こないだのドラマ「「テレサ・テン物語 私の家は山の向こう」についての記事に、Blog「まぜるなきけん」のせんきちさんから貴重なコメントをいただき、思わずまたまたネットサーフィンしてしまいました。

 ……まずい……寝そびれた……(-_-;)

 テレサ・テンが1989年5月27日、香港での民主化支援12時間コンサート「民主歌聲獻中華」で歌った北京語曲として「我的家在山的那一邊(私の家は山の向こう)」としてドラマで紹介されていた曲ですが、
 せんきちさんのコメント&紹介してくださった中国語サイトによると「家在山那邊」という歌だとのことで。
 しかも台湾で作られた映画「水擺夷之戀」(1958、昭和33年)挿入歌で、上海出身で1949年に台湾にやって来た作曲家の周藍萍氏が作曲し、「2046」のフェイ・ウォンパパこと王[王探]氏が歌詞を手がけ最初に歌ったんだというではありませんか。
 王[王探]氏は、若い頃は台灣三大男高音(三大テノール)の一人として、民国軍の音楽教官もしながら声楽の公演をしたりしてた人なのねーー。でもその後は職を転々とし、やっと映画界に進出できたと思えば所属した映画会社(キャセイ・フィルム)の首脳陣が航空機事故で一度に亡くなり、せっかくの"歌える映画スター"へのチャンスをフイにしちゃったのねー。そして周藍萍氏は、台湾で買った「老歌情未了 流行歌曲60年(1920〜1980)」によると、チョウ・ユンファ周潤發主演の「プリズン・オン・ファイアー/監獄風雲」(87)の挿入歌、「緑島小夜曲」などを作曲、63年には「梁山伯與祝英台」の映画音楽を手がけたのが縁で香港に移住、映画音楽の世界で活躍した人です。

 …って、この「家在山那邊」が世に出たのは1958年? 終戦から13年も経ってから?

 テレサパパが台湾の雲林県で、1953年生まれ=5歳ぐらいのテレサに歌い聞かせたんだとしたら、山東省から移住した台湾での流行歌に随分と敏感なパパだったってことに…? 山東省の故郷の風景を偲んで歌ってたんじゃないのかー…?

 しかし、ここで引用してもいいのかどうかわかりませんが、尊敬している「実録 亞細亞とキネマと旅鴉」のxiaogangさんは、この「我的家在山的那一邊(家在山那邊)」は、あの中国大陸で♪九一八(ちゅいばー)〜九一八(ちゅいばー)〜と歌い継がれた抗日歌「松花江上」の替え歌らしい、と書いておられる。

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posted by nancix at 04:11 | Comment(3) | TrackBack(0) | 日々のこと。

2007年06月03日

6月16日から上海国際映画祭開催

 香港國際電影節&香港電影金像奨領奨典禮に追いつけ追い越せで頑張っている、中国唯一の国家A級クラス国際映画祭「上海電影節」=上海国際映画祭&金爵賞、今年でついに第10回を迎えました。今年は6月16日〜24日に開催です。(公式サイト、むちゃくちゃ重くてなかなか表示されません。海外からの閲覧は当局の監視下にあるのか??)
 すでに映画祭参加が確定しているゲスト・スターは、王家衛と組んでのディオールCAPTUREのCM撮影もしたシャロン・ストーン、ドラマ「LOST」や映画「プライベート・ライアン」(98)で知られるカナダ生まれのネイサン・フィリオン
 母親が上海人のマギー・チョン張曼玉、ジェイと再会かアンソニー・ウォン黄秋生、いまやすっかりジョニー・トー一派のニック・チョン張家輝、シャーリーン・チョイ蔡卓妍、
 台湾のスー・チー舒淇、ジェイ・チョウ周杰倫、チャン・チェン張震、すっかり男っぽくなったチェン・ボーリン陳柏霖、
 韓国からは「王の男」「初雪の恋〜ヴァージン・スノー」の若手俳優のイ・ジュンギ李準基、ドラマ「イブのすべて」と中華圏映画「セブンソード/七剣」(05)でブレイクした女優のキム・ソヨン金素妍、
 日本からは「武士の一分」が参加ということで、「SAYURI」でも中華圏で注目の我らが桃井かおり姐さん(主人公役は呼ばれていない様子)、
 中国武侠ドラマで人気のホァン・シャオミン黄暁明、リウ・イエ劉[火華]、チェン・クン陳坤(彼はヴィッキー・チャオ趙薇と北京電影学院で同級生だったそう)、「墨攻」の紅一点で上海戯劇学院出身のファン・ビンビン范冰冰、「セブンソード/七剣」「門徒」(07)のチャン・ジンチュー張靜初、大ベテラン女優のスーチン・ガオワー斯琴高琴や「大地の子」の陸一心の妻役が懐かしいチァン・ウェンリー蒋[雨/文]麗、米中合作映画「紅美麗/Shanghai Red」(07)のヒロイン&製作プロデューサーも務めたヴィヴィアン・ウー郎君梅、
 という顔ぶれ。
 久しく中国映画関連のイベントに出席していなかったマギー・チョン、今回は回顧上映特集の対象になるそうで、これは出席しないわけにはいかないでしょうね。あああ、上映されるフィルムとマギー本人を、瞬間移動でそのまんま東京国立近代美術館フィルムセンターにさらって来たい! 金もヒマもコネもない単なる日本人ファンは指をくわえてせっかくの機会を傍観するしかなくて、辛いなぁ……(T_T)。

 今年から、カンヌやベルリン映画祭と同じく国際フィルムマーケット部門が設けられることになり、取引会場は中国映画と国際映画に分けられます。また中国映画撮影基地展(中国国内の撮影所紹介ってことかな)、共同撮影プロジェクトの商談コーナーも設置され、3ゾーン構成に。上海影視楽園で日本のドラマ「華麗なる一族」、横店影視城で映画「西遊記」、勝強影視基地で映画「魍魎の箱」を撮影したようなケースも、世界的にもっと増えるかもしれないわけね。

 73の国と地域から895作品が参加とのことで、誰が全作品を見られるんだか(^_^;) あっ犬童一心監督の「眉山─びざん─」もコンペ部門に参加してます。「蒼き狼」よりも興収的によかったと伝え聞く「バッテリー」や、のだめこと上野樹里主演の「幸福のスイッチ」、チン・シウトン程小東が参加した「どろろ」も「日本映画週間」(6月17日〜26日)で招待上映予定。この「日本映画週間」協賛企業募集の勧誘ページを見ると、1口1万元(約16万円)なんだそうで、うひゃー……。

 目玉となる中華圏の作品といえば、

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posted by nancix at 23:47 | Comment(0) | TrackBack(0) | アジア映画

2007年06月02日

日本語過ぎた「テレサ・テン物語 私の家は山の向こう」

 テレサ・テンが亡くなった、あの1995年。
 阪神・淡路大震災も起こって、母がガン宣告を受け、翌年母が亡くなって、nancixがいろんなことを断念した年。

テレサ・テンが見た夢―華人歌星伝説 後に百貨店で巡回で開催された「テレサ・テン展」は勇んで見に行った。日本デビュー前に台湾と香港で数本の映画に出演したという部分が興味深く、改めて、日本ではまったくの新人扱いされたテレサの苦労を思った。図録は貴重な資料になった。テレサに関する書籍は95年〜96年に相次いで出版されたけど、nancixが買ったのは平野久美子さんの「テレサ・テンが見た夢―華人歌星伝説」だけだった。
 平野久美子さんは、「中国茶と茶館の旅」といった書籍も書かれていたし、中国語が読めて話せる方なら間違いないだろう、しかも女性だしと信頼を置いたのだ。その後「食べ物が語る香港史」や「トオサンの桜 散りゆく台湾の中の日本」といった、nancixの心の琴線に触れる書籍を書かれた作家さんだしね。

 国民党スパイ説とか、エイズで死亡説とか、薬物中毒死説とか、中国?の謀略による殺害説をセンセーショナルに書き立てる書き物は、読むだけで目が穢れるような気がした。

 同年のオウム真理教が起こした一連の事件で一躍名を売ったジャーナリスト・有田芳生の本は、申し訳ないけど買う気になれなかった。オウムのせいで、阪神・淡路大震災の被災者に一旦は向けられたマスコミの注目が、一気に関東に向けられたんだもんなあ…ってこれ、八つ当たり。
 今夜放送されたのは、その有田芳生の「私の家は山の向こう」を原作とした「テレサ・テン物語 私の家は山の向こう」だった。中国語題名なら、私の家は山の向こうは「我的家在山的那一辺」ですな。

 ………ううううううう…(ーー;)。

 テレビ東京製作、上戸彩主演の「李香蘭」は、まだ日本人キャストが中国語を話す努力をしていたけれど、今回は全編日本人が日本語だけで押し通す単なる"再現ドラマ"だった。…「蒼き狼〜地果て海尽きるまで」並みに……。勘弁してぇな…。
 香港ポリドール(レコード会社)の女性マネジャー、リンさんまで、どう見ても日本人の小林綾子が演じてた。
 香港の富豪御曹司のエディ・タム譚(仮名。実在した婚約者はマレーシアの名門華僑の美男子、郭孔承とのことで、アジアの高級ホテルチェーン、シャングリ・ラ ホテルズ&リゾーツを経営する郭家の御曹司なのかな…)も中村俊介、その祖母も淡路恵子さんが演じる。

 ……おいおい、あの95年にさんざん放送されたチープな"再現ドラマ"でさえ、フランス人のステファン・ピエールはフランス語で話してたぞ。
 西村和彦、成宮寛貴ら、nancix好みのイケメンも出演してたんだけどね…大杉漣さんまで"謎の東洋人"そのものの姿で……。トーラスレコード社長・舟木稔氏をテレサの半生の観察者として主軸にして描くドラマとしていましたが、その舟木役の高島政伸といい、テレサ役の木村佳乃といい……。いや特に木村佳乃、リキ入り過ぎ。空回りしてた。
 もともとテレサってタヌキ顔なのに、キツネ顔の木村佳乃が演じることに無理があるし、声はアルトでテレサ・テンの透き通るような高音で優しい美しい声とまるで違うし。(子供時代を演じたタレ目の永井杏ちゃんは、かなり雰囲気出てた)仕草も現代日本女性そのもので、テレサの世代のアジア女性があんなに手振り身振りが激しいわけがな…い……それとも違うのかな…。

 まあイーソン・チャン陳奕迅が言うまでもなく口パクで、あくまでもテレサの声で名曲を聞けたのはうれしいけど、それにしたってあんなに両親に真っ向から反発し突っぱねるような女でしたかテレサは? フランス人恋人を渾身の力で跳ね除け突き飛ばすようなヒステリックなDV女でしたか晩年のテレサは??

 イメージが違う……_| ̄|○

 テレサより先に日本でアイドルとして売れていたアグネス・チャン陳美齡も、欧陽菲菲も出て来ないなんて(泣)。
 子供心に不思議だったのは、香港出身のアグネスはティーンズに支持されるアイドル歌謡路線を順調に歩み、すっかり日本人の仲間入りしてたのに、アグネス以上に下膨れで垂れ目でタヌキ顔で可愛いテレサが、アイドルではなくムード歌謡というか耐える女の演歌路線を歩んでいたことだった。ドリフの「8時だよ!全員集合!!」では、たどたどしい日本語力を逆手に取って、愛くるしいギャグを披露していたのになあ。合唱団の白いスモッグを着てベレー帽被ってニコニコしてたテレサ、うっすらだけど覚えてるよ。

 1979年の「偽造パスポート事件」は、新聞や週刊誌が騒ぎ立ててたことを何となく覚えている。何だか"出稼ぎ芸人のくせに大変な犯罪を犯した"ように騒がれてたけど……。後に「香港の声」(ゲルト・バルケ著)を読んだり、同じ香港人でも海外移民先のパスポートと、英国人扱いでは決してない英国海外居民パスポートと、無国籍状態で国外に出るたびにいちいち申請して証明書を発行してもらう人がいる、家族でも国籍がバラバラだったりすると知ったりして、戸籍制度のある、二重国籍を認めない日本とは随分と感覚が違うんだなあと驚いたりしたっけ。79年にテレサをバッシングした人々のどれくらいが、そんな事情を知っていただろう?
 今回のドラマでは「偽造」ではなく、友人の仲介で本当にインドネシアで作ったパスポートの英語名が、手違いでELLY TANGになってただけだ、というような説明だったなあ。

 1989年5月27日、香港・ハッピーバレー競馬場に30万人が集まった民主化支援12時間コンサート「民主歌聲獻中華」には、天安門事件の後、事件に関わった学生や運動家を積極的に援助し、かなり危ない橋を渡り彼らを海外に亡命させて中国政府に睨まれた、香港大学生時代は学生運動家でその後映画プロデューサーとなったもじゃもじゃ頭のジョン・シャム岑建勲が出て来ないと嘘じゃん(泣)。エリック・ツァン曾志偉は? 有名作詞作曲家の故・ジェームス・ウォン黄霑さんは? Beyondは? エミール・チョウ周華健は?
 ちゃんとYouTubeで在りし日のテレサの姿が残されていました。司会として彼女を紹介しているのが、ジョン・シャム岑建勲と・ジェームス・ウォン黄霑です。


 ドラマの話に戻るけど、テレサが亡くなってから初めて彼女との短い恋愛を証言したジャッキー・チェン成龍は、どうして全然出て来ないのよ。サミュエル・ホイ許冠傑やアラン・タム譚詠麟は?
 「我的家在山的那一辺」の貴重な音源を聞けたのは嬉しかったけど、その後テレサが香港から黒柳徹子&久米宏時代の「ザ・ベストテン」に生中継出演し、香港の夜景をバックに「香港HongKong」を歌ったことは忘れてないわよ。あれ以来、カラオケで必ずテレサの「香港HongKong」を歌ってたnancixなんだから!
 そして、レオン・ライ黎明&マギー・チョン張曼玉の「ラヴソング/甜蜜蜜」のモチーフとなった「甜蜜蜜」や、レスリーの来日コンサートで必死に声を張り上げて歌った「月亮代表我的心」が出てこない……。
 せっかく香港のTVBから協力を受けていたのに…。
 10代のテレサが香港のライブレストランの「美麗華(ミラマー)」で歌っているシーンでも、中国語の「再見我的愛人」じゃなくて日本語でアン・ルイスの「グッバイ・マイ・ラブ」を歌っていたのに_| ̄|○でした。

 80年代に、彼女が情熱を傾けた、中国の古典詩に曲を付けて歌ったアルバム「淡淡幽情」にも言及してほしかったよ。日本語の歌もいいけど、少女時代の中国語の歌や「淡淡幽情」での伸びやかな歌声も、本当に素晴らしいんだから。

 こんな日本の視点だけに偏ったドラマを、台湾の「緯來日本台」ほか、世界30カ国で放送したのかよ……_| ̄|○
 まあ、どうせマニア向けケーブルテレビ局で放送されて、日本に興味ある人しか見ないかもしれないけどね。
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posted by nancix at 23:55 | Comment(4) | TrackBack(0) | 日々のこと。
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